第2幕 その4
ー/ー 七月二十三日、火曜日。朝。ようやく梅雨明けしたものの今日は何やら曇り模様だ。洗濯をするか迷うところだ。
今日も今日とてルーティンのXの通知チェックだ。トレンドはもうすぐオリンピックが近いからかその手の話題が多い。本当に開催できるのかって毎回問題になってどうにかなってる気がする。
ちょっと気になるニュースが目に付いた。
二十二日午前、奈良県北山村のダムで大阪市に住む五十代の父親と五歳の娘が死亡しているのが見つかりました。
中略
「死にたいので子どもを預けたい」と電話をかけていて、職員が詳しく事情を聴いていたところ、途中で電話が切れたということです。
このため職員が電話をかけなおすと、「娘と心中する」と話した後、連絡が途絶えたということです。
(NHK 関西NEWS WEBより)
無理心中か……。大分年の離れた親子のようだが深い事情があるのかは記事からはわからない。
普段リアル生活では死はどちらかと言えば秘されている。非日常と言える。それがネットのツイートではすべて同列に扱われる。お腹空いたのツイートの上下には死があるかもしれないのだ。 改めてそこに気付きぞっとした。
ヤニで気分を鎮めると、今度はODコミュニティだ
今日は何だか親子との不和の投稿が多い。どうしても無理心中した親子がチラつく。最後はなぜ一人で死ななかったのだろう。それは残酷な疑問だろうか。
問いも程々して既読感覚のいいねを付けていく。
親と子。自分と他者。個とSEKAI。 神話の時代から親子対立はお決まりだが、ツイートを読んでいたら、誰も彼も親か社会に殺されているか、呪われて終身刑、そんな気分になってきた。
思考がネガティブ方向に行きがちかな。
紫煙を吐き出すと、一度深呼吸。 それから頓服のデパス神を〇・五ミリ投入する。OD勢だが処方薬は貴重なので基本的にODしていない。この量で充分効く。 カチノンを入れるか迷ったが、そろそろ規制で貴重なので取っておこう。
その後朝食のバナナと納豆を平らげると歯を磨いて風呂に入った。
午後からデス子の家に呼ばれている。メメ子の家じゃない、デス子だ。勿論メメ子も一緒だが信頼してもらえたか。友達扱いで良いのかな。
この前はあの後どこか空元気のメメ子をデス子が相手にしていたが。 デス子からお礼のDMも来てた。無駄に騒がなくて良かったか。
今日は家でまったり桃鉄ワールドをするらしい。俺は春に買って数十時間プレイ済みだ。「飛びカード」使った後に「急行系カード」使うだけのクソゲーってわからせてやるぜ。
「おじゃまー。さあどぞどぞー」
「お邪魔します」
勝手知ったるなんとやら、我が家であるかのように靴を脱いで上がっていくメメ子に続く。それくらい仲が良いんだろう。
間取りは多分三LDKかな。他人の家の生活感は何だか好きで安心する。
リビングの手前で部屋にメメ子が入っていく。ここがデス子の部屋か。
壁にたくさん張られたポスター。地下アイドルらしきのが多い。ぱっと見全部女性アイドルか。一番目立つところにあるのが一番の推しだろう。あ、ちいかわもある。うさぎ推しか。 そして小さいが可愛らしい化粧台は整えられ、クロミちゃんのタオルで鏡を覆っている。
「落ちづぐねー」おどけるメメ子。
「ふふ」と笑みのデス子は「あ、堂島さんそこら辺に座って」
「りょ。クーラー助かる」
「汗っかきだねー。ねえねえーワイちゃん早くやりたいー」
「ちょっと待って今起動するね」
これまた可愛らしいモデルのSwitchだ。何の作品だろう。
「あ、コントローラー持ってきたんだった」 思い出して袋から出してデス子に見せる。
「ありがとう」
「そっちのは二人で使ってくれればいいかな」 デス子のSwitchのジョイコンを指さして聞く。
「うん」
起動した桃鉄ワールドの設定をデス子がしていく。サブタイトルは地球は希望でまわってるねぇ。 皮肉気になりそうなのを抑えて楽しむモードに切り替える。
キャラはそれぞれ「めめこ」「ですこ」「どうじま」。コンピューターはなしだ。
「絶対勝つぞー」
息まくメメ子にニヤニヤと不敵に笑みを返す。
「おー堂島さんなんか手慣れてる!?」
「二人で協力しちゃおっか?」と穏やかな笑みでデス子。
「悲しいけどこれ戦争なのよね」
「??」「?」
通じなかった。馬鹿でありがとう、俺。 めげずに聞く。
「年数は? せっかくだから長めがいいな」
「いつでも返れたよねー」
「俺は取り敢えず十年希望」
「じゃあそうするね」
戦争、開始。
まずは一番手のメメ子だ。カードもないから最初の目的地までは基本サイコロで運ゲーと評せる。
「とりゃー」
謎の動きと掛け声を上げながらメメ子がサイコロボタンを押す。
トゥルルルルルーペンポン。
一。
「草」「くっあはは」
「なんでー!?」
"逆に"持ってやがる。
次いでデス子が四、最後の俺が五で最初のターンが終了。
「次こそ。とりゃー」
毎回それやるのか。疲れるぞ。
トゥルルルルルルルルルルルルーペンポン。
二。
「草」「メメ子クソ雑魚ぉ」
「なしてー!?」
しかも赤マスしかなかった。
「ワイちゃんのおマニーが! ハァ? ハァ?
傍にあったちいかわのうさぎのぬいぐるみを抱きながら感情たっぷりでメメ子が言う。
二人とも楽しそうだ。
五ターン目遂に俺はプロペラカードをゲット。サイコロを2個振れるカードだ。目的地まで残り八マス。早ければ次のターン俺のゴールだな。
ちなみにメメ子はまだ十九マスもあった。
結局最初は俺がゴール。
「こんにちは貧乏ワイちゃん。このセカイこわいこわい」
哀れメメ子。
そんな感じで終始出目の悪いメメ子がうぎゃーうがーと貧乏神に祟られるゲームとなった。南無。
ようやく十億まで資産を回復したメメ子がキングボンビーに十三億吹き飛ばされ魂が抜け始めたのを笑っていると、玄関の方から音がした。
家族かな、あいさつかなとメメ子に吹き出しつつ考えていると、ドスドスと足音が聞こえてきた。
その音に何となく怒気を感じて少し警戒した瞬間、バーンとドアが荒々しく開けられる。
「あんたまた遊んで――」
ヒステリックな中年女性の声だった。母親か。
「出てって」
すっと立ち上がってデス子が告げる。小さめの声だが強い拒絶を感じた。
「あんたまた男なんか連れ込んで!」
「出てって!」
デス子は髪を撫でつけている。
「ホントにしょうもない! お前なんか産むんじゃなかった! 金食い虫!」
ドキッと心臓が跳ねる。 心臓に何か刺さったように。 デス子が弾けるようににビクついた。
張り詰めた空気がより冷たくなるのを感じる。
呼吸が止まる。 メメ子も動かない。 キングボンビーの禍々しいBGMが嫌味のようになっている。
どうし――。
「黙れクソブス! 金も学もねえブスがガキ産んでんじゃねえよ!」
決壊した。
「――……なんだとコラァ!? いらねぇガキがぁ!」
怒鳴る母親にデス子が掴みかかる。 だが跳ねのけられて尻もちをつく。
泣いていた。
涙と獣のような慟哭のような声とともにデス子が再び掴みかかる。 そこからもう原始的な掴み合いと引っかき合いだった。
俺より先に動いたのはメメ子だった。
素早く立ち上がると無言で取っ組み合いする二人に駆け寄る。
俺もそれに倣おうとし――
「ワイちゃんパンチ!」
メメ子の鋭い拳が暴れる母親の肝臓を正確に直撃する。
うっと低い声を上げて母親が突っ伏した。
は……マジかよ嘘だろ何して――
「デス子行くよ! ほら堂島さんも!」
「ちょ……嘘メメ子?」
デス子に答えずメメ子は彼女の手を引っ張ると部屋から出ていこうとする。
母親は苦しそうに倒れたままだ。完全にレバーをやられてダウンしている。
「ほら早くー!」
「あ、ああ」
駄目だまだ事態を処理しきれない。素直に彼女に従った。
マンションを出て近くの日陰へと向かうメメ子。それに力なく引きずられるようなデス子。 俺も日陰に追いつくが何も言えない。
事情を何も知らない。険悪なのは解ったが。
メメ子は知っているのか?
デス子は泣いていた。だがその瞳には怒りを宿している。呼吸が荒かった。
メメ子はデス子の手を握り黙っている。
「堂島さん、今日は解散にしようー」
少し元の調子の声でメメ子が言った。
そしてデス子から見えない位置で指で小さくヨシした。任せろってことか。
「……わかった。じゃあ……また――」
掛ける言葉がなくデス子を見つめる。繋いでいない手で頭を押さえている。乱れた髪の隙間から覗く目は虚空を凝視していた。
"俺"は眼中にないと解釈した。
とぼとぼと一ミリも動かなくなった大気の中を汗だくで歩く。 心臓はまだ跳ねるように鼓動していた。
「――んん?」
意識が戻る。
帰ってすぐ眠剤のサイレースを五ミリを入れた。爆睡していたらしい。一日の上限は二ミリである。
眠剤特有の頭をぼんやり重い感覚が支配している。
通話コールが鳴っていた。
そうかこれで起こされたのか。
相手はメメ子か。スマホをタップして繋ぐ。
何を言っているのか理解できなかった。
ぼんやりとしていた頭が一気に冷えていく。
体温が冷めていく。
肌が粟立った。
目の奥がチリチリする。
視界が、SEKAIが、遠のいた。
ゴーンと頭を鈍器で殴られたように、また頭から理性が飛んでいく――。
ハッとしてようやくメメ子が泣いているのを理解した。
俺の手は激しく震えていた。
メメ子の泣き声が悲しげに虚ろ気に薄暗い部屋にこだましていた。
<第二幕 デス子が死んだ日――閉幕>
<インタールード その3>
自殺したこどもの内訳をみると、女子中学生と定時制・通信制高校の女子が大きく増加した。高校生の自殺数は全日制が多いが、自殺死亡率(人口十万人当たりの自殺者数)は定時制・通信制が全日制より高いことが2023年3月の有識者会議で判明した。(福祉新聞より 引用)
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