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第3幕 その2

ー/ー



 突如の轟音で、メメ子の声も蝉も自分の鼓動も消えたかのようだった。

 目の前の架橋を新幹線が通過していく。

 特有のキィィィィィィンという音がSEKAIを引き裂いていく。

 ――父さん、俺はどうすればいい?

 自殺した友に良かったねと泣きながら言う、こんな優しい子に何ができる?

 そしてデス子――自殺少女――その名の通り死んでしまった少女。自らに『死』を付けて名乗るような少女。その名前は彼女の叫びで救いを求めていたかもしれない。

 生者と死者。残された者たちと逝ってしまった者たち。生ける不幸と死んだ幸福。 俺に何ができる? 親に殺された少女。 寝て起きたら死んでいたという超絶ブラックジョークにすら笑えなかった。

 メメ子がすがるようなまなざしで問いかけている。

「いいと……思う、俺は。俺はいいと思うよ」

 自分に言い聞かせる。
 が――無意味だろ? とメタ自分が氷のように冷たい一言を放つ。
 無意味。
 虚ろ。
 すべては空っぽ。
 がらんどう。

 オランダ元首相ドリス・ファン・アグトは今年二月妻ユージェニーとともにある選択をした。
 ――安楽死である。 九十三歳の老夫婦になって孫たちに見守られながらその生涯を終える者。

 一方、自殺少女――絶望し顔面を潰すことを選んだ少女。

 相対化はいつだって残酷だ。 自殺という命を以ってしてでももはや"特権"足りえない。SEKAIが迫っていた。

 かわいそうなデス子。 無意味なデス子――。

『――いや違う! あの兵士たちに意味を与えるのは我々だ!』

 突如その声が脳内に鳴り響いた。進撃の巨人のエルヴィン団長の声が。

『――あの勇敢な死者を、哀れな死者を、思うことができるのは生者である我々だ!』

 ――すべては繋がっている。

『兵士よ! 戦え!』

 こちとら敗戦からこの方敗北しか知らないのに?

 戦争に負け、戦後左翼が負け、バブルで負け、三十年は失われ、何もかも負けている底辺オブ底辺の負け犬だ。 いつになったらこの国は! このクソゲー日本に勝てるんだよ!?

 ――すべては繋がっている。

 ――気付く。

 ……圧倒的に必要なのは勇気だってジョジョで学んだろ? 立ち上がれ。スタンドしろ。立ち向かえ――敗北を矜持に。

 それは元々リスカやらレグカ、自傷させてでもメメ子をどうにかしようと思って持ってきたのだが。

 カミソリが一枚増えるな。まあ結局大差ないことになりそうだ。

 ふらつくメメ子にまた近づいてなんとはなしに手を差し出す。

 よろよろとこちらに来るメメ子を待つ。それでいいぞ俺。
 ゆっくりと緩慢な動作でメメ子が俺の手に触れる。手冷たってなった瞬間何か熱くなってそんなことにも、生を感じる。

「そうだ、ね。肯、定、する。俺は……君とデス子の死を受け入れるよ」

 泣きながらメメ子が頭をブンブン縦に振る。貧血起すぞ。

「でもさ……デス子のこと全然知らないけど、仲良くなれそうだったけどさ、それで――」

 唾を飲み込む。

「――でもなんかよくわかんねえけど、よくわかんないことを、よくわからないテンションで、よくわからないまま選ぶっていうか」

 あまり通じてなさそうだな。やっぱりカミソリが増えるな。

 ゆっくりとメメ子の手を放す。手放す――それはある種の気付きだ。手放すことか。そうか。
 そうだね父さん――手放そう。

 手持ちから自傷勢御用達の貝印のカミソリを取り出す。ムダ毛の処理に使えないほどよく切れる。

 物理的自傷行為はあまり好みではないのだが。

「彼女の死に特権を上げるって感じかな――」

 呟きながらゆっくりと少しずつ刻むように、自分の左手首に刃を押し付ける。
 皮膚が裂け、遅れてきたように血が滲んだ。

「――!?」

 そりゃ驚くかもしれないが。

 ざっくりと裂けた傷口が疼く。まるで目玉のようだ。何となく旧エヴァの劇場版を思わせる。

「デス子のこと全然知らないけど、これで忘れないだろ?」

 血の滲み始めた傷口を向けてメメ子に問う。これで"意味"ができただろ?

「――ぶぇつ――ワイぢゃんもやる!」

 まあそうなるわな。 ――父さん、ごめん。

 あなたは俺を医者にさせたかったみたいだけど、全然駄目駄目の腐れ放蕩息子さ。ブラックジャックにすらなれないただの薬中さ。今度は自分を傷つけさせることなんかしてる悪人さ。

 それでも、それでも俺たちは生きてるよ、父さん。彼女たちはこの夏確かに生きてたよ。それを思い出にしちゃ駄目かい? 楽しくて悲しい思い出に。

 それじゃ不満かい?

 震える手でメメ子が貝印のカミソリを左手首の上部あたりに当てる。

 店の裏。

 白い肌が裂かれていく。

 永遠の蝉の声。

 血が滲み脂肪が顔をのぞかせた。

 誰も気付かない。

 俺だけが気付いていたか。ちょっと自嘲気味に考える。

 メメ子が泣いている。一人突っ立って泣いている。赤子のように泣いている。

 そんな彼女になるべく優しく諭すように告げる。 

「デス子のこと全然知らないからさ。なんか笑える話とかないかな?」

 首を傾げて聞いてみる。

「……ぁる」

「じゃあさいっぱい笑ってさその後でまたいっぱい悲しもうよ。嫌、かな?」

 すごい勢いで首を横に振るメメ子。首肯と取ったからな。

 それからメメ子はぽつりぽつりとデス子との思い出話を始めた。

 初めて出会った日。二人で地雷系メイクに初挑戦してヤマンバになった話。パパ活でいたやべえやつ。好きな食べ物。元カレの話。元々カレの話。実はホラーゲームが全然怖くないこと――全部が全部知らないことばかりだった。

 蝉しぐれの中、デス子は思い出に蘇り、傷痕を残して消えていった。


<第三幕 この残酷なSEKAIに抗うすべ――閉幕>


<インタールード その4>

消防庁の救急搬送人員データを一般社団法人JSCPが分析したところ、2019年以降、故意に自分自身を傷つける「自損行為」による搬送が増加傾向にあることが分かりました。特に、10代~20代の若い女性で増加が顕著です。(Y!ニュースより引用)


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 突如の轟音で、メメ子の声も蝉も自分の鼓動も消えたかのようだった。
 目の前の架橋を新幹線が通過していく。
 特有のキィィィィィィンという音がSEKAIを引き裂いていく。
 ――父さん、俺はどうすればいい?
 自殺した友に良かったねと泣きながら言う、こんな優しい子に何ができる?
 そしてデス子――自殺少女――その名の通り死んでしまった少女。自らに『死』を付けて名乗るような少女。その名前は彼女の叫びで救いを求めていたかもしれない。
 生者と死者。残された者たちと逝ってしまった者たち。生ける不幸と死んだ幸福。 俺に何ができる? 親に殺された少女。 寝て起きたら死んでいたという超絶ブラックジョークにすら笑えなかった。
 メメ子がすがるようなまなざしで問いかけている。
「いいと……思う、俺は。俺はいいと思うよ」
 自分に言い聞かせる。
 が――無意味だろ? とメタ自分が氷のように冷たい一言を放つ。
 無意味。
 虚ろ。
 すべては空っぽ。
 がらんどう。
 オランダ元首相ドリス・ファン・アグトは今年二月妻ユージェニーとともにある選択をした。
 ――安楽死である。 九十三歳の老夫婦になって孫たちに見守られながらその生涯を終える者。
 一方、自殺少女――絶望し顔面を潰すことを選んだ少女。
 相対化はいつだって残酷だ。 自殺という命を以ってしてでももはや"特権"足りえない。SEKAIが迫っていた。
 かわいそうなデス子。 無意味なデス子――。
『――いや違う! あの兵士たちに意味を与えるのは我々だ!』
 突如その声が脳内に鳴り響いた。進撃の巨人のエルヴィン団長の声が。
『――あの勇敢な死者を、哀れな死者を、思うことができるのは生者である我々だ!』
 ――すべては繋がっている。
『兵士よ! 戦え!』
 こちとら敗戦からこの方敗北しか知らないのに?
 戦争に負け、戦後左翼が負け、バブルで負け、三十年は失われ、何もかも負けている底辺オブ底辺の負け犬だ。 いつになったらこの国は! このクソゲー日本に勝てるんだよ!?
 ――すべては繋がっている。
 ――気付く。
 ……圧倒的に必要なのは勇気だってジョジョで学んだろ? 立ち上がれ。スタンドしろ。立ち向かえ――敗北を矜持に。
 それは元々リスカやらレグカ、自傷させてでもメメ子をどうにかしようと思って持ってきたのだが。
 カミソリが一枚増えるな。まあ結局大差ないことになりそうだ。
 ふらつくメメ子にまた近づいてなんとはなしに手を差し出す。
 よろよろとこちらに来るメメ子を待つ。それでいいぞ俺。
 ゆっくりと緩慢な動作でメメ子が俺の手に触れる。手冷たってなった瞬間何か熱くなってそんなことにも、生を感じる。
「そうだ、ね。肯、定、する。俺は……君とデス子の死を受け入れるよ」
 泣きながらメメ子が頭をブンブン縦に振る。貧血起すぞ。
「でもさ……デス子のこと全然知らないけど、仲良くなれそうだったけどさ、それで――」
 唾を飲み込む。
「――でもなんかよくわかんねえけど、よくわかんないことを、よくわからないテンションで、よくわからないまま選ぶっていうか」
 あまり通じてなさそうだな。やっぱりカミソリが増えるな。
 ゆっくりとメメ子の手を放す。手放す――それはある種の気付きだ。手放すことか。そうか。
 そうだね父さん――手放そう。
 手持ちから自傷勢御用達の貝印のカミソリを取り出す。ムダ毛の処理に使えないほどよく切れる。
 物理的自傷行為はあまり好みではないのだが。
「彼女の死に特権を上げるって感じかな――」
 呟きながらゆっくりと少しずつ刻むように、自分の左手首に刃を押し付ける。
 皮膚が裂け、遅れてきたように血が滲んだ。
「――!?」
 そりゃ驚くかもしれないが。
 ざっくりと裂けた傷口が疼く。まるで目玉のようだ。何となく旧エヴァの劇場版を思わせる。
「デス子のこと全然知らないけど、これで忘れないだろ?」
 血の滲み始めた傷口を向けてメメ子に問う。これで"意味"ができただろ?
「――ぶぇつ――ワイぢゃんもやる!」
 まあそうなるわな。 ――父さん、ごめん。
 あなたは俺を医者にさせたかったみたいだけど、全然駄目駄目の腐れ放蕩息子さ。ブラックジャックにすらなれないただの薬中さ。今度は自分を傷つけさせることなんかしてる悪人さ。
 それでも、それでも俺たちは生きてるよ、父さん。彼女たちはこの夏確かに生きてたよ。それを思い出にしちゃ駄目かい? 楽しくて悲しい思い出に。
 それじゃ不満かい?
 震える手でメメ子が貝印のカミソリを左手首の上部あたりに当てる。
 店の裏。
 白い肌が裂かれていく。
 永遠の蝉の声。
 血が滲み脂肪が顔をのぞかせた。
 誰も気付かない。
 俺だけが気付いていたか。ちょっと自嘲気味に考える。
 メメ子が泣いている。一人突っ立って泣いている。赤子のように泣いている。
 そんな彼女になるべく優しく諭すように告げる。 
「デス子のこと全然知らないからさ。なんか笑える話とかないかな?」
 首を傾げて聞いてみる。
「……ぁる」
「じゃあさいっぱい笑ってさその後でまたいっぱい悲しもうよ。嫌、かな?」
 すごい勢いで首を横に振るメメ子。首肯と取ったからな。
 それからメメ子はぽつりぽつりとデス子との思い出話を始めた。
 初めて出会った日。二人で地雷系メイクに初挑戦してヤマンバになった話。パパ活でいたやべえやつ。好きな食べ物。元カレの話。元々カレの話。実はホラーゲームが全然怖くないこと――全部が全部知らないことばかりだった。
 蝉しぐれの中、デス子は思い出に蘇り、傷痕を残して消えていった。
<第三幕 この残酷なSEKAIに抗うすべ――閉幕>
<インタールード その4>
消防庁の救急搬送人員データを一般社団法人JSCPが分析したところ、2019年以降、故意に自分自身を傷つける「自損行為」による搬送が増加傾向にあることが分かりました。特に、10代~20代の若い女性で増加が顕著です。(Y!ニュースより引用)