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【1】②

ー/ー



 全員が十代なのでソフトドリンクで乾杯を済ませ、食事しながらの近況報告を兼ねた挨拶も全員分一回りして終わった。
 会場内ではもう自由に行き来が始まっている。
 とりあえず周囲の懐かしい顔ぶれと会話を交わしながらも、宏基はグラスだけを手にタイミングを見て陽奈の席を目指して歩を進めた。

「三倉さん、久しぶり」
 第一声に迷った末、無難に話し掛けた宏基に彼女は笑顔を返してくれる。

「わぁ、小野寺くん!」
 陽奈の屈託ない表情、明るい声。
 素っ気ない対応をされなかったことに、まずはほっと胸を撫で下ろした。

「こっちの大学なんだってね」
「そうなの。有香(ゆか)ちゃんが『同窓会あるから来て!』って呼んでくれて。卒業してないのに図々しいかな、って思ったんだけど」
 陽奈の少し遠慮がちな口調に、近くにいた女子たちが口々に異論を被せる。

「何言ってんの! 五年生まで一緒だったじゃん、全然関係ない子呼ぶのとは違うでしょー」
「そうだよ~。有香のおかげで陽奈ちゃんに会えてよかったよ。戻って来てるのも知らなかったしぃ」
「そういやあたしと有香以外はみんな知らないんだ」
奈々子(ななこ)も文通続けてたの?」
「『文通』は中学入った頃までだね~。そのあとはメールと、今はもうメッセージよ。ね? 陽奈ちゃん」
 彼女たちの会話を傍で聞いたところでは、津島 有香と木村(きむら) 奈々子は陽奈が転校してからもずっと連絡を取り続けていたらしい。

「陽奈ちゃん、メアドかID教えてくれる?」
「あ、わたしも!」
 一人が切り出すのに、ブランクがあったらしい周りも便乗している。

「いいよ、あたしも知りたい」
 陽奈はすんなり了承して、バッグからスマートフォンを取り出した。
 わいわいと連絡先を交換している女性陣。
 陽奈と離れるときは住所を訊くことさえできなかった。ほんの一歩、踏み出す勇気がどうしても出なかったあの頃。
 八年も経ったのだ。自分はもう十歳の子どもではない。同じことを繰り返すのは嫌だ。

「三倉さん、俺も、──俺も番号交換してもらえる、かな?」
「もちろん」
 情けなくも微かに震える声で頼んだ宏基に、彼女は躊躇なく笑みを浮かべて頷くとスマートフォンを握り替えた。
 周りの友人たちの目が他に向いて、宏基にようやく陽奈と二人きりで話せる隙がやって来る。
 この好機を逃すわけにはいかない。

「三倉さん、俺さ、あの。……最後にもらったボールペン、今も持ってるよ。持ってるっていうかずっと大事に使ってるんだ。あれ、見た目カッコいいだけじゃなくてすごく書きやすいよね」
 彼女を意識するようになったきっかけは、教室で落としたボールペンを拾って渡したことだ。五年生の五月の、それ自体はほんの些細な出来事。
 その年の一学期の終業式、転居して行く陽奈がクラスメイトに別れを告げた日の出来事だった。彼女からまるで押し付けるかのように贈られた、外国製の洒落たボールペン。言葉通り、宝物のように大切に使っている。
 宏基は陽奈の想いに、──おそらくは勇気を振り絞ったのだろう行動に応えることができなかった。



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 全員が十代なのでソフトドリンクで乾杯を済ませ、食事しながらの近況報告を兼ねた挨拶も全員分一回りして終わった。
 会場内ではもう自由に行き来が始まっている。
 とりあえず周囲の懐かしい顔ぶれと会話を交わしながらも、宏基はグラスだけを手にタイミングを見て陽奈の席を目指して歩を進めた。

「三倉さん、久しぶり」
 第一声に迷った末、無難に話し掛けた宏基に彼女は笑顔を返してくれる。

「わぁ、小野寺くん!」
 陽奈の屈託ない表情、明るい声。
 素っ気ない対応をされなかったことに、まずはほっと胸を撫で下ろした。

「こっちの大学なんだってね」
「そうなの。有香(ゆか)ちゃんが『同窓会あるから来て!』って呼んでくれて。卒業してないのに図々しいかな、って思ったんだけど」
 陽奈の少し遠慮がちな口調に、近くにいた女子たちが口々に異論を被せる。

「何言ってんの! 五年生まで一緒だったじゃん、全然関係ない子呼ぶのとは違うでしょー」
「そうだよ~。有香のおかげで陽奈ちゃんに会えてよかったよ。戻って来てるのも知らなかったしぃ」
「そういやあたしと有香以外はみんな知らないんだ」
奈々子(ななこ)も文通続けてたの?」
「『文通』は中学入った頃までだね~。そのあとはメールと、今はもうメッセージよ。ね? 陽奈ちゃん」
 彼女たちの会話を傍で聞いたところでは、津島 有香と木村(きむら) 奈々子は陽奈が転校してからもずっと連絡を取り続けていたらしい。

「陽奈ちゃん、メアドかID教えてくれる?」
「あ、わたしも!」
 一人が切り出すのに、ブランクがあったらしい周りも便乗している。

「いいよ、あたしも知りたい」
 陽奈はすんなり了承して、バッグからスマートフォンを取り出した。
 わいわいと連絡先を交換している女性陣。
 陽奈と離れるときは住所を訊くことさえできなかった。ほんの一歩、踏み出す勇気がどうしても出なかったあの頃。
 八年も経ったのだ。自分はもう十歳の子どもではない。同じことを繰り返すのは嫌だ。

「三倉さん、俺も、──俺も番号交換してもらえる、かな?」
「もちろん」
 情けなくも微かに震える声で頼んだ宏基に、彼女は躊躇なく笑みを浮かべて頷くとスマートフォンを握り替えた。
 周りの友人たちの目が他に向いて、宏基にようやく陽奈と二人きりで話せる隙がやって来る。
 この好機を逃すわけにはいかない。

「三倉さん、俺さ、あの。……最後にもらったボールペン、今も持ってるよ。持ってるっていうかずっと大事に使ってるんだ。あれ、見た目カッコいいだけじゃなくてすごく書きやすいよね」
 彼女を意識するようになったきっかけは、教室で落としたボールペンを拾って渡したことだ。五年生の五月の、それ自体はほんの些細な出来事。
 その年の一学期の終業式、転居して行く陽奈がクラスメイトに別れを告げた日の出来事だった。彼女からまるで押し付けるかのように贈られた、外国製の洒落たボールペン。言葉通り、宝物のように大切に使っている。
 宏基は陽奈の想いに、──おそらくは勇気を振り絞ったのだろう行動に応えることができなかった。



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