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最接近4日後 リュック入手

ー/ー



「…出られた…」
呟いた後、ユウゴは自分が泣いていることに気付いた。
隣ではユズも泣いている。

「…うん…生きてる…」
ユズは袖で涙を拭いながら頷いた。

ユウゴはごろりと横に転がり、仰向けになる。
視界に飛び込んできたのは青空ではなく、灰色と薄紫に濁った異様な空だった。
太陽は頭上にあるようだったが、ひどく滲んで存在感が薄い。
涙が乾くのを待たず、ユウゴは上体を起こし、辺りを見回す。

街は、もう街ではなかった。
見慣れたはずの建物や通りは、まるで巨大な怪物に押しつぶされたように跡形もなかった。
アスファルトは波のように盛り上がり、電柱は根元から折れ、車は横倒しになり、いくつかは押し潰されて黒焦げになっている。
さらに、いくつかの建物の残骸からは黒い煙が染み出し、ゴムが燃える様な臭いが鼻を衝く。

「…こんな…」
ユウゴは言葉が続かない。

「街が…なくなってる…」
ユズが隣で呟いた。

「誰も、いないの…?」
ユズの声は震えていた。
ユウゴは答えられなかった。
自分も同じことを考えていたから。

「…か、母さん、探さないと…」
ユウゴは、自分に言い聞かせるように掠れた声で呟いた。
喉が焼けるように痛い。
長く昏睡していた間の渇きと疲労が、全身にまとわりついている。
ユウゴは瓦礫に手をつき、ぐらつく足でなんとか立ち上がる。
「行こう…貝塚のおばさんも…探さないと」

その言葉に、ユズは涙をぬぐいながら頷いた。
「うん…」

ユズもゆっくりと立ち上がる。
足元の瓦礫がカラカラと音を立て、そのたびに身体がふらついた。
ユウゴは慌ててユズの腕を支える。
「大丈夫…?」
「ちょっと…ふらふらする…でも、行ける」

ユズの声は弱々しいけれど、その目には確かな意志が宿っていた。

二人は、崩れた建物の影を縫うようにして歩き始めた。
ユウゴは歩きながら、自分が路地に置き去りにしたリュックを思い出していた。
「あのリュック、どこだっけ…」

母親とはぐれた後、ユズと一緒にポチャを探した路地。そこに置きっぱなしにしてしまった。
アウトドア好きの父親に連れられて、山へ行く時に使っていた登山用のリュック。
『いつ遭難してもいいように』と冗談めかして言っていた父親が、水や保存食、そして小さな救急セットも入れくれていたはずだ。
今の二人にとって、どれも命綱になるものばかりだ。
ユズが弱い声で言った。
「多分、この辺りだよ…覚えてる…
 佐野くん、リュックを置いてポチャを探してくれた…」

その言葉に、ユウゴは胸の奥が少しだけ痛んだ。
ユズは泣きながらポチャの名前を呼んでいた。
ユウゴは唇を噛み、瓦礫だらけの地面に目を落とした。

崩れた建物の影。
ひび割れたアスファルト。
粉塵で白くなったガラス片。

その中に、見覚えのある色の生地が、瓦礫の下からのぞいていた。
「あった!」

ユウゴは思わず声を上げた。
ユズが驚いたように顔を上げる。
「見つかったの…?」

ユウゴは頷き、膝をついてその生地を確かめる。
砂埃でくすんでいるが、確かに自分のリュックの生地だ。
自分で選んだ、濃い青色。

瓦礫の下敷きになっていて、簡単には抜けそうにない。
ユウゴは両手で瓦礫を押しのけようとしたが、腕に力が入らない。
学校では6年生にも一目置かれる力自慢で通っていたのに、衰弱が恨めしい。
「…くそ…!」

ユズがそっと隣にしゃがみ込んだ。
「佐野くん…手伝うよ」

小さな手が、ユウゴの手の横に添えられる。
振り向くと、ユズと目が合った。
頷き合い、二人は息を合わせて瓦礫を少しずつ動かした。

ガリ…

コンクリート片がずれ、リュックの肩ベルトが見えた。

「…いけそう…!」
ユウゴは力の入らない手で肩ベルトを掴み、体重をかけてゆっくりと引き抜く。
瓦礫の下から、くすんだ青いリュックが姿を現した。
ユズが小さく嘆息する。
「…よかった…
 破れてないよ…」

気付けば、ユウゴはリュックを抱きしめていた。
まるで、探していた仲間と再会できたような心強さがあった。
「水とか…あるかも…飲もう!」

ユウゴが言うと、ユズは弱々しく頷いた。
「…佐野くん…ありがとう…
 私のせいで…置いていくことになったのに…」

ユウゴは首を振った。
「違うよ。
 ポチャを探すのは当たり前だろ。
 それに…オレが勝手に置いてっただけだし…」

ユズは目を伏せ、小さく呟いた。
「…ポチャ…どこにいるんだろ…」

「猫ってすばしっこいし、きっと無事だよ…
 おばさん達を見つけたら、探しにこよう」
ユウゴの言葉に、ユズは頷く。
ユウゴは二人の間にリュックを置き、ゆっくりとファスナーを開けた。
金属の擦れる音が、やけに大きく響く。

中を覗いた瞬間、思わず声が漏れる。
「よかった…!あった!」

中には、乾パン1缶と保存食用羊羹1箱、500mlペットボトルに入った水が2本、サバイバルシートと救急セット、ポンチョが一式入っていた。
ユズが目を丸くする。
「すごい…
 ちゃんと非常時のこと、考えてたんだね」

「父さんが、いつ遭難してもいいよにって」
ユウゴが照れくさそうに言うと、ユズがくすりと笑う。
その笑みで、ユウゴは肩の力が抜け、自分がずっと緊張していたことに気付いた。


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「…出られた…」呟いた後、ユウゴは自分が泣いていることに気付いた。
隣ではユズも泣いている。
「…うん…生きてる…」
ユズは袖で涙を拭いながら頷いた。
ユウゴはごろりと横に転がり、仰向けになる。
視界に飛び込んできたのは青空ではなく、灰色と薄紫に濁った異様な空だった。
太陽は頭上にあるようだったが、ひどく滲んで存在感が薄い。
涙が乾くのを待たず、ユウゴは上体を起こし、辺りを見回す。
街は、もう街ではなかった。
見慣れたはずの建物や通りは、まるで巨大な怪物に押しつぶされたように跡形もなかった。
アスファルトは波のように盛り上がり、電柱は根元から折れ、車は横倒しになり、いくつかは押し潰されて黒焦げになっている。
さらに、いくつかの建物の残骸からは黒い煙が染み出し、ゴムが燃える様な臭いが鼻を衝く。
「…こんな…」
ユウゴは言葉が続かない。
「街が…なくなってる…」
ユズが隣で呟いた。
「誰も、いないの…?」
ユズの声は震えていた。
ユウゴは答えられなかった。
自分も同じことを考えていたから。
「…か、母さん、探さないと…」
ユウゴは、自分に言い聞かせるように掠れた声で呟いた。
喉が焼けるように痛い。
長く昏睡していた間の渇きと疲労が、全身にまとわりついている。
ユウゴは瓦礫に手をつき、ぐらつく足でなんとか立ち上がる。
「行こう…貝塚のおばさんも…探さないと」
その言葉に、ユズは涙をぬぐいながら頷いた。
「うん…」
ユズもゆっくりと立ち上がる。
足元の瓦礫がカラカラと音を立て、そのたびに身体がふらついた。
ユウゴは慌ててユズの腕を支える。
「大丈夫…?」
「ちょっと…ふらふらする…でも、行ける」
ユズの声は弱々しいけれど、その目には確かな意志が宿っていた。
二人は、崩れた建物の影を縫うようにして歩き始めた。
ユウゴは歩きながら、自分が路地に置き去りにしたリュックを思い出していた。
「あのリュック、どこだっけ…」
母親とはぐれた後、ユズと一緒にポチャを探した路地。そこに置きっぱなしにしてしまった。
アウトドア好きの父親に連れられて、山へ行く時に使っていた登山用のリュック。
『いつ遭難してもいいように』と冗談めかして言っていた父親が、水や保存食、そして小さな救急セットも入れくれていたはずだ。
今の二人にとって、どれも命綱になるものばかりだ。
ユズが弱い声で言った。
「多分、この辺りだよ…覚えてる…
 佐野くん、リュックを置いてポチャを探してくれた…」
その言葉に、ユウゴは胸の奥が少しだけ痛んだ。
ユズは泣きながらポチャの名前を呼んでいた。
ユウゴは唇を噛み、瓦礫だらけの地面に目を落とした。
崩れた建物の影。
ひび割れたアスファルト。
粉塵で白くなったガラス片。
その中に、見覚えのある色の生地が、瓦礫の下からのぞいていた。
「あった!」
ユウゴは思わず声を上げた。
ユズが驚いたように顔を上げる。
「見つかったの…?」
ユウゴは頷き、膝をついてその生地を確かめる。
砂埃でくすんでいるが、確かに自分のリュックの生地だ。
自分で選んだ、濃い青色。
瓦礫の下敷きになっていて、簡単には抜けそうにない。
ユウゴは両手で瓦礫を押しのけようとしたが、腕に力が入らない。
学校では6年生にも一目置かれる力自慢で通っていたのに、衰弱が恨めしい。
「…くそ…!」
ユズがそっと隣にしゃがみ込んだ。
「佐野くん…手伝うよ」
小さな手が、ユウゴの手の横に添えられる。
振り向くと、ユズと目が合った。
頷き合い、二人は息を合わせて瓦礫を少しずつ動かした。
ガリ…
コンクリート片がずれ、リュックの肩ベルトが見えた。
「…いけそう…!」
ユウゴは力の入らない手で肩ベルトを掴み、体重をかけてゆっくりと引き抜く。
瓦礫の下から、くすんだ青いリュックが姿を現した。
ユズが小さく嘆息する。
「…よかった…
 破れてないよ…」
気付けば、ユウゴはリュックを抱きしめていた。
まるで、探していた仲間と再会できたような心強さがあった。
「水とか…あるかも…飲もう!」
ユウゴが言うと、ユズは弱々しく頷いた。
「…佐野くん…ありがとう…
 私のせいで…置いていくことになったのに…」
ユウゴは首を振った。
「違うよ。
 ポチャを探すのは当たり前だろ。
 それに…オレが勝手に置いてっただけだし…」
ユズは目を伏せ、小さく呟いた。
「…ポチャ…どこにいるんだろ…」
「猫ってすばしっこいし、きっと無事だよ…
 おばさん達を見つけたら、探しにこよう」
ユウゴの言葉に、ユズは頷く。
ユウゴは二人の間にリュックを置き、ゆっくりとファスナーを開けた。
金属の擦れる音が、やけに大きく響く。
中を覗いた瞬間、思わず声が漏れる。
「よかった…!あった!」
中には、乾パン1缶と保存食用羊羹1箱、500mlペットボトルに入った水が2本、サバイバルシートと救急セット、ポンチョが一式入っていた。
ユズが目を丸くする。
「すごい…
 ちゃんと非常時のこと、考えてたんだね」
「父さんが、いつ遭難してもいいよにって」
ユウゴが照れくさそうに言うと、ユズがくすりと笑う。
その笑みで、ユウゴは肩の力が抜け、自分がずっと緊張していたことに気付いた。