第6話 火の神です。見習いですが 2
ー/ー「ななななナビ!」
訳も分からず蒼は畳間にいるナビに向かって呼んだ。
「なに」
「来てくれ」
「テレビ今いいとこ——」
「来てくれ……早く」
二回目で来た。台所の入口に立ったナビが女の子を見た。女の子はナビを見る。
一瞬の沈黙の後、女の子がぴしっと姿勢を正す。
「ユタの方ですね。ご存知かと思いますが私はまだ見習いなので、至らない点があれば——」
「具現化してるじゃない」ナビが言った。「珍しー!」
「あなたが来てから安定しなくて。香炉の中にいられなくなってしまって……申し訳ありません」
「わん(私)の所為?」
「はい」
それを聞いたナビは特に悪びれなかった。
女の子がまた姿勢を正すと今度はナビではなく香炉の方を向いた。
「名前は?」ナビが聞いた。
「まだ担当家庭が正式に決まっていないので、固有名はありません。見習い期間中です」
「じゃあミカ!みーかーって呼びたい!」
「……ミカ?」
「今決めた。問題ある?」
女の子——ミカは少し考えてから「ありません」と言った。でもその顔は、わずかに、ほんのわずかに、何か嬉しいものを受け取った時の顔をしていた。
蒼は台所に三人で立ち尽くしてる光景に戸惑いを隠せなかった。
石から出てきたユタと、具現化した火の神の見習いのミカ。
どうしてこうなった。
「あの」ミカが蒼に向き直った。「管理者の方に確認なのですが」
「え……っと、俺が管理者なのか」
「はい。本来ならば管理者は女性が相応しいのですが、男性でも台所を守って頂けるのなら問題はありません。管理者は香炉を預かった方がそうなりますがいくつか報告があります」
「報告?」
「まず換気扇の油汚れです。次にコンロ——」
「あの……台所の話しかしないの?」
「台所の神です。台所の話をします」
蒼はナビを見た。ナビは「そういうもの」という顔をした。完全に他人事の顔だった。
「スミマセン……換気扇は今週末に掃除します」
「承知しました。神界に報告しておきます」
「え?神界に報告されるの、換気扇の話が?」
「家のことは全部報告します。火の管理、食事の内容、家族の健康状態——」
「一人暮らしなんですが……」
「存じています」ミカが少し間を置いた。「少し寂しいですね……」
蒼は黙った。一人暮らしだからしょうがない、と言おうとした。言えなかった。言葉が出てこなかったのではなく、出す気になれなかった。それが何を意味するのか、蒼にはまだ分からなかった。
ミカは香炉の前に戻って静かに立った。具現化していても定位置に戻る習性があるらしい。香炉の前に立つと姿勢が少し違った。仕事をしている時の立ち方だった。
ナビがミカの隣に並んで問いかけた。
「みーかぁ、沖縄そばの出汁の取り方知ってる?」
「豚骨と鰹節ですね。豚骨は下茹でが重要です」
「でしょ!やっぱり!」ナビが蒼を振り返った。「言ったでしょ、やっぱりちゃんと下茹でしないといけないって」
「そっちの話になるのか」
「大事な話さぁ!」
「……俺の台所がなんか凄いことになってる」
誰も否定しなかった間、ミカが蒼を向いた。
「包丁の件ですが、砥石はお持ちですか」
「否、持ってない」
「近隣のホームセンターで購入できます。番手は——」
「神界に包丁の話も報告するのか」
「家の道具も管理状態は全て報告します」
「……」
蒼は天井を見た。
ナビが台所の隅に置いてある食材を見ながら言った。
「今日のご飯、何にする?」
「そばはこの間食べたからな……」
「今日も食べたい!」
「毎日食べるのか」
「あんなまーさむん、毎日食べたいさ!」
ミカが静かに言った。
「なら、沖縄そばに必要な材料が不足しています。カチュー(鰹節)、豚の三枚肉、麺——」
「ミカまでそばの話になってる」
「台所の管理上、食材の過不足は把握しています」
蒼はもう一度天井を見た。生態学の学生として沖縄に来て御嶽の生態系を調べるはずだった。今、台所にユタと火の神の見習いが立っていて、沖縄そばの食材が足りないと報告されている。
「しょうがない……スーパー、行くか」
ナビとミカが同時にこちらを向いた。
ナビは「行く」という顔をしていた。
ミカは「承知しました」という顔をしていた。
「ミカも来るのか」
「管理者の食材調達に同行することは、台所の神の職務の範囲内です」
取り合えず三人でスーパーに行くことになった。
制服の女の子を連れて歩く大学生。ついでにもう一人、蒼の大きなパーカーをワンピース代わりに着た少女もいる。
どう見ても普通ではない気がしたが蒼はもう、普通にこだわる気力を失いつつあった。
* * *
スーパーの入口で、ナビが自動ドアの前で一瞬止まった。
開くたびに毎回少し驚く。何度来ても慣れない。蒼はもう指摘しないことにしていた。
ミカは自動ドアに特に反応しなかった。きっちりした姿勢のまま、ついてきた。
精肉コーナーでナビが豚の三枚肉を手に取った。ミカが隣でそれを確認した。
「脂の乗り具合が適切です」
「でしょ」ナビが蒼に向いた。「これが一番まーさん(美味しい)さぁ!」
「二人が同じ意見の時、俺に反論の余地がないんだが……」
「反論しなくていいさぁ」ナビが言った。
「正解を選んでいます」淡々とミカが言ったので蒼はかごに三枚肉を入れた。
製麺コーナーでナビが前回と同様、茹で麺と乾麺の前で止まった。麺はこの間のやつだったがそれでも三分くらい動かなかった。
「茹で麺の方が食感が良いです」ミカが隣に並び二人で麺を見ていた。
「でしょ!」ナビがうなずいた。「分かってるじゃん、みーかぁ!」
「台所の神として麺類の知識は基本です」
「気が合うじゃないか」
「気が合う、という感覚は私にはよく分かりませんが」ミカが少し間を置いた。「判断が一致していることは確認しました」
ナビがくっと笑う横で蒼は茹で麺をかごに入れた。
レジに向かう途中、ナビが青ネギの束を手に取った。蒼のかごにそっと入れる。
「蒼が好きでしょ?」
「……そうだけど」
また、その言葉だ。蒼は少し黙ってから「そうだったかもな」と言った。
ナビは何も言わずに歩き出し、ミカも静かについてきた。
* * *
帰り道、ナビが沖縄そばの材料が入ったビニール袋を両手に提げて前を歩いていた。ミカが蒼の隣を歩いていた。背筋が真っ直ぐだった。
「ミカ」
「はい」
「さっきスーパーで、ナビのことじっと見てたな」
「それは……観察していました」
「観察とは?」
「ユタがどういうものか、知識としては知っています。でも実際に見るのは初めてなので」
「香炉の中にいた時は知らなかったのか?」
「香炉の中からは台所しか見えませんので」
「そっか」
ミカがナビの後ろ姿を見た。ナビはビニール袋を揺らしながら歩いていた。
「あのユタは……」ミカが言った。「変わっています」
「どう変わってるの?」
「ユタはもっと、こう——重いものを持っている人が多い。でもあの方は」
「軽い?」
「軽い、ではなく」ミカが少し考えた。「真っ直ぐです。重いものを持っていても、それに引きずられていない」
蒼はナビの後ろ姿を見て笑った。
「……そうかもな」
「管理者も」ミカが続けた。
「俺も?」
「変わっています。霊力がないのに、気配に気づく。それは珍しい」
「お前にも分かるのか」
「台所の神は、家の人間のことをよく見ています」ミカが言った。「管理者は三日前から変わりました。最初の夜と今では、違います」
「三日でそんなに変わるか」
「変わります」ミカが真顔で言った。「神界に報告しておきます」
「俺の変化を神界に報告しないでくれ」
「全て報告します」
前を歩くナビが振り返った。
「何話してるの?」
「ミカが俺の変化を神界に報告するって言ってる」
「そりゃそうでしょ」ナビがあっさり言った。「みーかぁーの仕事だもん」
「お前も止めないのか」
「止める理由ある?」
そんなナビの言葉に蒼は返す言葉がなかった。
ナビが前に向き直って歩き始めた。ミカが蒼の隣を歩き続ける中、潮風を受けながら蒼は考えていた。
神界では今、仲村蒼という大学生の部屋は換気扇の汚れと、三日間の変化と、沖縄そばの食材調達が、どうやって記録されているのだろうか。
なんとも言えない気持ちになったが、まあいいかと思った。
どうせもう、普通ではないのだから。
帰宅後、三人で沖縄そばを作ってみた。ミカが作る途中でナビが鍋を覗き込んで「みーかぁ、まだ?」「まだです」を繰り返しているその横で「下茹でが重要です」とミカが言い続けた。蒼が洗い物をしながら横目で二人を見ていた。
そんな出来上がりの沖縄そばをナビが一口食べた。目が最初に食べたそばよりキラキラ輝いていた。
「まーさぬよ!」
ミカが静かに言った。
「豚骨の下茹でを丁寧にした成果です」
「みーかぁーが教えてくれたから」
「私は助言しただけです。作ったのは蒼さんです」
「蒼、上手くなった!でーじ(とても)まーさぬよ!」
「三日間練習したから」
ミカが蒼を向いた。
「神界に報告します。管理者の料理の腕が向上したと」
「それは報告していい」
ミカがわずかに、本当にわずかに、口元を動かした。
笑ったのか、笑わなかったのか。蒼には確信が持てなかった。
あっという間に器を空にしたナビが二杯目のそばを要求してきた。
今日の三人の台所は狭かったけれど、暖かくて悪くなかった。
* * *
食後、ナビがお茶を飲みながらミカを眺めていた。
「ミカって、どのくらい見習いなの」
「まだ担当家庭を持ったことがありません」ミカが答えた。「今回が初めての長期配置になるかと思います」
「初めて」
「はい」
「じゃあ私たちが最初の家族みたいなもんか」
ミカが少し黙った。
「家族、という言葉が適切かどうかは——」
「適切でしょ」ナビが言った。「一緒に飯食べたんだから」
ミカはまた黙ったが今度は少し長かった。
「……そうかもしれません」ミカが言った。「神界に報告しておきます」
「何を?」
「初めて家族ができたと」
ナビが「うんうん。報告してきな」と言った。
蒼は黙ってそばをすすった。
これは……報告していいかな、と思った。
訳も分からず蒼は畳間にいるナビに向かって呼んだ。
「なに」
「来てくれ」
「テレビ今いいとこ——」
「来てくれ……早く」
二回目で来た。台所の入口に立ったナビが女の子を見た。女の子はナビを見る。
一瞬の沈黙の後、女の子がぴしっと姿勢を正す。
「ユタの方ですね。ご存知かと思いますが私はまだ見習いなので、至らない点があれば——」
「具現化してるじゃない」ナビが言った。「珍しー!」
「あなたが来てから安定しなくて。香炉の中にいられなくなってしまって……申し訳ありません」
「わん(私)の所為?」
「はい」
それを聞いたナビは特に悪びれなかった。
女の子がまた姿勢を正すと今度はナビではなく香炉の方を向いた。
「名前は?」ナビが聞いた。
「まだ担当家庭が正式に決まっていないので、固有名はありません。見習い期間中です」
「じゃあミカ!みーかーって呼びたい!」
「……ミカ?」
「今決めた。問題ある?」
女の子——ミカは少し考えてから「ありません」と言った。でもその顔は、わずかに、ほんのわずかに、何か嬉しいものを受け取った時の顔をしていた。
蒼は台所に三人で立ち尽くしてる光景に戸惑いを隠せなかった。
石から出てきたユタと、具現化した火の神の見習いのミカ。
どうしてこうなった。
「あの」ミカが蒼に向き直った。「管理者の方に確認なのですが」
「え……っと、俺が管理者なのか」
「はい。本来ならば管理者は女性が相応しいのですが、男性でも台所を守って頂けるのなら問題はありません。管理者は香炉を預かった方がそうなりますがいくつか報告があります」
「報告?」
「まず換気扇の油汚れです。次にコンロ——」
「あの……台所の話しかしないの?」
「台所の神です。台所の話をします」
蒼はナビを見た。ナビは「そういうもの」という顔をした。完全に他人事の顔だった。
「スミマセン……換気扇は今週末に掃除します」
「承知しました。神界に報告しておきます」
「え?神界に報告されるの、換気扇の話が?」
「家のことは全部報告します。火の管理、食事の内容、家族の健康状態——」
「一人暮らしなんですが……」
「存じています」ミカが少し間を置いた。「少し寂しいですね……」
蒼は黙った。一人暮らしだからしょうがない、と言おうとした。言えなかった。言葉が出てこなかったのではなく、出す気になれなかった。それが何を意味するのか、蒼にはまだ分からなかった。
ミカは香炉の前に戻って静かに立った。具現化していても定位置に戻る習性があるらしい。香炉の前に立つと姿勢が少し違った。仕事をしている時の立ち方だった。
ナビがミカの隣に並んで問いかけた。
「みーかぁ、沖縄そばの出汁の取り方知ってる?」
「豚骨と鰹節ですね。豚骨は下茹でが重要です」
「でしょ!やっぱり!」ナビが蒼を振り返った。「言ったでしょ、やっぱりちゃんと下茹でしないといけないって」
「そっちの話になるのか」
「大事な話さぁ!」
「……俺の台所がなんか凄いことになってる」
誰も否定しなかった間、ミカが蒼を向いた。
「包丁の件ですが、砥石はお持ちですか」
「否、持ってない」
「近隣のホームセンターで購入できます。番手は——」
「神界に包丁の話も報告するのか」
「家の道具も管理状態は全て報告します」
「……」
蒼は天井を見た。
ナビが台所の隅に置いてある食材を見ながら言った。
「今日のご飯、何にする?」
「そばはこの間食べたからな……」
「今日も食べたい!」
「毎日食べるのか」
「あんなまーさむん、毎日食べたいさ!」
ミカが静かに言った。
「なら、沖縄そばに必要な材料が不足しています。カチュー(鰹節)、豚の三枚肉、麺——」
「ミカまでそばの話になってる」
「台所の管理上、食材の過不足は把握しています」
蒼はもう一度天井を見た。生態学の学生として沖縄に来て御嶽の生態系を調べるはずだった。今、台所にユタと火の神の見習いが立っていて、沖縄そばの食材が足りないと報告されている。
「しょうがない……スーパー、行くか」
ナビとミカが同時にこちらを向いた。
ナビは「行く」という顔をしていた。
ミカは「承知しました」という顔をしていた。
「ミカも来るのか」
「管理者の食材調達に同行することは、台所の神の職務の範囲内です」
取り合えず三人でスーパーに行くことになった。
制服の女の子を連れて歩く大学生。ついでにもう一人、蒼の大きなパーカーをワンピース代わりに着た少女もいる。
どう見ても普通ではない気がしたが蒼はもう、普通にこだわる気力を失いつつあった。
* * *
スーパーの入口で、ナビが自動ドアの前で一瞬止まった。
開くたびに毎回少し驚く。何度来ても慣れない。蒼はもう指摘しないことにしていた。
ミカは自動ドアに特に反応しなかった。きっちりした姿勢のまま、ついてきた。
精肉コーナーでナビが豚の三枚肉を手に取った。ミカが隣でそれを確認した。
「脂の乗り具合が適切です」
「でしょ」ナビが蒼に向いた。「これが一番まーさん(美味しい)さぁ!」
「二人が同じ意見の時、俺に反論の余地がないんだが……」
「反論しなくていいさぁ」ナビが言った。
「正解を選んでいます」淡々とミカが言ったので蒼はかごに三枚肉を入れた。
製麺コーナーでナビが前回と同様、茹で麺と乾麺の前で止まった。麺はこの間のやつだったがそれでも三分くらい動かなかった。
「茹で麺の方が食感が良いです」ミカが隣に並び二人で麺を見ていた。
「でしょ!」ナビがうなずいた。「分かってるじゃん、みーかぁ!」
「台所の神として麺類の知識は基本です」
「気が合うじゃないか」
「気が合う、という感覚は私にはよく分かりませんが」ミカが少し間を置いた。「判断が一致していることは確認しました」
ナビがくっと笑う横で蒼は茹で麺をかごに入れた。
レジに向かう途中、ナビが青ネギの束を手に取った。蒼のかごにそっと入れる。
「蒼が好きでしょ?」
「……そうだけど」
また、その言葉だ。蒼は少し黙ってから「そうだったかもな」と言った。
ナビは何も言わずに歩き出し、ミカも静かについてきた。
* * *
帰り道、ナビが沖縄そばの材料が入ったビニール袋を両手に提げて前を歩いていた。ミカが蒼の隣を歩いていた。背筋が真っ直ぐだった。
「ミカ」
「はい」
「さっきスーパーで、ナビのことじっと見てたな」
「それは……観察していました」
「観察とは?」
「ユタがどういうものか、知識としては知っています。でも実際に見るのは初めてなので」
「香炉の中にいた時は知らなかったのか?」
「香炉の中からは台所しか見えませんので」
「そっか」
ミカがナビの後ろ姿を見た。ナビはビニール袋を揺らしながら歩いていた。
「あのユタは……」ミカが言った。「変わっています」
「どう変わってるの?」
「ユタはもっと、こう——重いものを持っている人が多い。でもあの方は」
「軽い?」
「軽い、ではなく」ミカが少し考えた。「真っ直ぐです。重いものを持っていても、それに引きずられていない」
蒼はナビの後ろ姿を見て笑った。
「……そうかもな」
「管理者も」ミカが続けた。
「俺も?」
「変わっています。霊力がないのに、気配に気づく。それは珍しい」
「お前にも分かるのか」
「台所の神は、家の人間のことをよく見ています」ミカが言った。「管理者は三日前から変わりました。最初の夜と今では、違います」
「三日でそんなに変わるか」
「変わります」ミカが真顔で言った。「神界に報告しておきます」
「俺の変化を神界に報告しないでくれ」
「全て報告します」
前を歩くナビが振り返った。
「何話してるの?」
「ミカが俺の変化を神界に報告するって言ってる」
「そりゃそうでしょ」ナビがあっさり言った。「みーかぁーの仕事だもん」
「お前も止めないのか」
「止める理由ある?」
そんなナビの言葉に蒼は返す言葉がなかった。
ナビが前に向き直って歩き始めた。ミカが蒼の隣を歩き続ける中、潮風を受けながら蒼は考えていた。
神界では今、仲村蒼という大学生の部屋は換気扇の汚れと、三日間の変化と、沖縄そばの食材調達が、どうやって記録されているのだろうか。
なんとも言えない気持ちになったが、まあいいかと思った。
どうせもう、普通ではないのだから。
帰宅後、三人で沖縄そばを作ってみた。ミカが作る途中でナビが鍋を覗き込んで「みーかぁ、まだ?」「まだです」を繰り返しているその横で「下茹でが重要です」とミカが言い続けた。蒼が洗い物をしながら横目で二人を見ていた。
そんな出来上がりの沖縄そばをナビが一口食べた。目が最初に食べたそばよりキラキラ輝いていた。
「まーさぬよ!」
ミカが静かに言った。
「豚骨の下茹でを丁寧にした成果です」
「みーかぁーが教えてくれたから」
「私は助言しただけです。作ったのは蒼さんです」
「蒼、上手くなった!でーじ(とても)まーさぬよ!」
「三日間練習したから」
ミカが蒼を向いた。
「神界に報告します。管理者の料理の腕が向上したと」
「それは報告していい」
ミカがわずかに、本当にわずかに、口元を動かした。
笑ったのか、笑わなかったのか。蒼には確信が持てなかった。
あっという間に器を空にしたナビが二杯目のそばを要求してきた。
今日の三人の台所は狭かったけれど、暖かくて悪くなかった。
* * *
食後、ナビがお茶を飲みながらミカを眺めていた。
「ミカって、どのくらい見習いなの」
「まだ担当家庭を持ったことがありません」ミカが答えた。「今回が初めての長期配置になるかと思います」
「初めて」
「はい」
「じゃあ私たちが最初の家族みたいなもんか」
ミカが少し黙った。
「家族、という言葉が適切かどうかは——」
「適切でしょ」ナビが言った。「一緒に飯食べたんだから」
ミカはまた黙ったが今度は少し長かった。
「……そうかもしれません」ミカが言った。「神界に報告しておきます」
「何を?」
「初めて家族ができたと」
ナビが「うんうん。報告してきな」と言った。
蒼は黙ってそばをすすった。
これは……報告していいかな、と思った。
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