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4話 スタンドアップ・ボーイ(2)

ー/ー



 廃棄されているとはいえ、ドールズは軍用兵器。

 それを民間人が勝手に回収し、あまつさえ修理して運用までしては大問題だ。ここは解体して、パーツ単位で売って金に換えたほうがいい。その提案を、おやっさんは却下したのだった。

「こういう機械はな、戦争の道具だけじゃねぇのさ。俺たち使う人間次第で、便利な道具になるんだぜ」

 実際に動かせるようになると、巨大な人型兵器は生活に寄り添う、便利な作業用機械として活躍している。

 しかも、駐屯軍もいない、この辺境の田舎街では特に大きな役割を持った。

 世界を飲み込む黒霧と、ビーストという巨大な化物。混沌とした世界で、突如として襲いかかってきた牙を相手に、人間はその数を減らしながらも、身を寄せ合って生きている。

 戦況は一進一退と聞くが、本当のところはどうなっているのか、それは分からない。手紙なんて書くような父親ではなかったし、軍規に触れる内容を書けはしまい。

 便りもない軍人である父親に不安はあったが、前線に立つには年を取っているし、屈強な男性として写真に写るその姿に、きっと無事に帰ってくると、根拠のない信頼を置いていたのである。

 それに、この国は世界的にも脅威からは遠いほうで、穏やかな暮らしが守られている側面がある。それがある種の無頓着や関心の薄さに繋がり、世界規模という大きな眼を持てていない。

 言ってしまえば、自分を含め、身近な人間と目の前の問題に向かい、今を生きることに皆が必死なのだ。

 それぞれの州、街ごとのコミュニティで完結することがより一層求められるようになったこの社会で、巨大な労働力を得ることは、得難い富に等しい。

 だからこそ領主は渋い顔をしながらも、表向きに街は関与しないという条件で、ドールズを秘密裏に保有するという、おやっさんの提案に頷いたのだった。

(結局、いいように使うくせに。まぁドールズに乗れるし、金は稼げる。俺からすれば、文句はないんだけど)

 切り出された巨木をドールズの手で掴み、山のように荷台に積む。いくつかの山を作り終えたあと、連結された荷台の先頭を、ワイヤーで牽引していく。

 周辺一帯に自生している樹木は普通よりも大きく、逞しく育つ。一本からだけでも、何倍もの量の木材が採れる利点はあったが、その分重量も桁違いに重い。

 何人もの人の手と多くの時間が必要になる作業だったが、ドールズ一機あるだけでこんなにも楽になる。

「おやっさん。コイツのパイロットだった人が見たら、こんな使い方したこと怒ると思う?」

 少し先を車輛で誘導するおやっさんの声が、インカム越しに静かに聞こえた。

「……さあなぁ。ドールズといっても、人が扱う機械に変わりはない。機械は基本的に何かの目的で作られちゃあいるが、なにもそれだけが正しい使い方じゃない。どんな形であっても、人の暮らしに関わり、役に立っている姿を見たら、きっと嬉しいだろうさ」

「そうかな……」と呟くと、「きっとそうさ」と語りかけるような答えが返ってくる。

「さぁ、依頼は他にもあるんだ。さっさと済ませて、晩飯にしよう」



 ◆   ◆   ◆



 最後の依頼を終えたのは、水平線に夕陽が半分も沈んだ頃だった。迫る夕闇の気配に、空には星々の白い瞬きが姿を見せ始めている。

 老朽化でところどころ朽ち果て、先日ついに折れてしまった鉄塔の後処理。放っておけば二次被害が起こる可能性もあるので、街からも遠く民家もなかったが、念のため完全に撤去してほしいというものだ。

 撤去した鉄塔は回収さえしてくれれば、好きにしていいという。

 通常の報酬に加えて資材も手に入る、なんとも旨味のあるものだった。

「よぅし、これで終わりだ。さっさと基地に運んじまおう。今日は久々に、街にでも食いに行くか。ついでに、リディスの顔も見ていけばいい」

「姉さんのとこ? いいよ別に。もう義理兄(にい)さんと一緒に住んでるんだし、邪魔になる」

「なにを遠慮してんだ。家族なんだから、いつ会ったっていいんだぜ。そんなに気になるんだったら、手土産を渡して、顔を見るだけでもいいだろうよ」

「……わかった」

「そうと決まれば、どこの店にするかな。腹が減った日は、オオバサミ屋の肉団子パスタが定番だが、カザミドリ亭の新メニューも気になるな……。スレイはなにかあるか?」

 父親の兄であるこの人には、母が亡くなる前から良くしてもらっている。

 食べることが好きな人ではあったが、姉が結婚してしまうことで寂しくならないよう、こうやって気をかけてくれている。その厚意に甘えて、今ではおやっさんの家で寝泊まりさせてもらっていた。

 おやっさんは機械いじりがとにかく好きな人だったから、良縁を求めることはなかった。独身だから、少し気が楽だったこともある。

「そうだなぁ。俺は、オオバサミ屋が」

「待て。呼び出しだ」

 赤いブレーキ灯を点けて車が停まる。合わせて、ドールズも停止させた。

 拡大して映る横顔が険しい。こちらへの無線は切っているから聞こえないが、なにか怒鳴っているようだ。一通りのやり取りを終え、すぐに無線が繋がる。

「まずいぞ。軍が撃ち漏らしたビーストが、近くに迷い込んだらしい。軍の追撃部隊は編制中、要請した応援も間に合うか微妙らしい。街には避難警報が出された。俺たちには、避難の協力依頼がきてる」

「そんな……大変じゃないか。おやっさん、はやく行こう!」

「待て、依頼には続きがある。もしビーストの襲来が救援よりも早かった場合、街の被害を最小限に留めるために戦えとも言ってきてるんだ。

 言っている意味がわかるか? 領主の野郎は戦えと言っておいて、軍の連中にソイツの件で詰められたら、俺たちを見放すつもりなんだぞ」

 軍の所有物を民間人が無断で使用しているのだ。あまりいい話し合いにならないことは予想できる。

「ソイツを修理しようと言い出したのも、領主と交渉したのも俺だ。スレイ、お前の責任はならないよう、俺が何とかしてやる。

 だが、もしも戦うことになれば、命がけになるかもしれない……いや、きっと命がけだ。無理強いはしない。断ることもできる。それでも、お前は行ってくれるか?」

 おやっさんの声は、言い聞かせるように静かで、穏やかなものだった。

「避難への協力は必要だよね。三区のリズばあも、六区のクロじいも、足が悪くて逃げ遅れてるかもしれない。他にも、逃げられない人がいると思う」

「……そうだろうな」

「だったら俺、できることをやるよ。母さんが教えてくれたんだけど、親父は誰かの為に強くなった人だったって。産まれてくる俺にも、そうなってほしいって話してたって。

 だから俺、親父みたいに上手くはやれないだろうけど、やるよ。いや、やらなきゃいけないんだ。おやっさん」

 不思議と、震えはなかった。操縦桿を握る手はいつも通り適度に力が抜け、胸は熱く苦しいものがあったが、頭だけは妙に冷たく、すらすらと言葉を紡ぐことができた。

 心のどこかで、今が憧れの背中に近づく時だと、誰かが叫ぶ声が聞こえているのだ。

「わかった。だが、無茶だけはすんなよ。ソイツは間に合わせの修理しかしてないんだ。本来の性能なんて、まったく出せちゃいないんだからな」

「無茶はしない。約束する」

 そう言って、土煙を上げる車を追い、ドールズを走り出させた。



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 廃棄されているとはいえ、ドールズは軍用兵器。
 それを民間人が勝手に回収し、あまつさえ修理して運用までしては大問題だ。ここは解体して、パーツ単位で売って金に換えたほうがいい。その提案を、おやっさんは却下したのだった。
「こういう機械はな、戦争の道具だけじゃねぇのさ。俺たち使う人間次第で、便利な道具になるんだぜ」
 実際に動かせるようになると、巨大な人型兵器は生活に寄り添う、便利な作業用機械として活躍している。
 しかも、駐屯軍もいない、この辺境の田舎街では特に大きな役割を持った。
 世界を飲み込む黒霧と、ビーストという巨大な化物。混沌とした世界で、突如として襲いかかってきた牙を相手に、人間はその数を減らしながらも、身を寄せ合って生きている。
 戦況は一進一退と聞くが、本当のところはどうなっているのか、それは分からない。手紙なんて書くような父親ではなかったし、軍規に触れる内容を書けはしまい。
 便りもない軍人である父親に不安はあったが、前線に立つには年を取っているし、屈強な男性として写真に写るその姿に、きっと無事に帰ってくると、根拠のない信頼を置いていたのである。
 それに、この国は世界的にも脅威からは遠いほうで、穏やかな暮らしが守られている側面がある。それがある種の無頓着や関心の薄さに繋がり、世界規模という大きな眼を持てていない。
 言ってしまえば、自分を含め、身近な人間と目の前の問題に向かい、今を生きることに皆が必死なのだ。
 それぞれの州、街ごとのコミュニティで完結することがより一層求められるようになったこの社会で、巨大な労働力を得ることは、得難い富に等しい。
 だからこそ領主は渋い顔をしながらも、表向きに街は関与しないという条件で、ドールズを秘密裏に保有するという、おやっさんの提案に頷いたのだった。
(結局、いいように使うくせに。まぁドールズに乗れるし、金は稼げる。俺からすれば、文句はないんだけど)
 切り出された巨木をドールズの手で掴み、山のように荷台に積む。いくつかの山を作り終えたあと、連結された荷台の先頭を、ワイヤーで牽引していく。
 周辺一帯に自生している樹木は普通よりも大きく、逞しく育つ。一本からだけでも、何倍もの量の木材が採れる利点はあったが、その分重量も桁違いに重い。
 何人もの人の手と多くの時間が必要になる作業だったが、ドールズ一機あるだけでこんなにも楽になる。
「おやっさん。コイツのパイロットだった人が見たら、こんな使い方したこと怒ると思う?」
 少し先を車輛で誘導するおやっさんの声が、インカム越しに静かに聞こえた。
「……さあなぁ。ドールズといっても、人が扱う機械に変わりはない。機械は基本的に何かの目的で作られちゃあいるが、なにもそれだけが正しい使い方じゃない。どんな形であっても、人の暮らしに関わり、役に立っている姿を見たら、きっと嬉しいだろうさ」
「そうかな……」と呟くと、「きっとそうさ」と語りかけるような答えが返ってくる。
「さぁ、依頼は他にもあるんだ。さっさと済ませて、晩飯にしよう」
 ◆   ◆   ◆
 最後の依頼を終えたのは、水平線に夕陽が半分も沈んだ頃だった。迫る夕闇の気配に、空には星々の白い瞬きが姿を見せ始めている。
 老朽化でところどころ朽ち果て、先日ついに折れてしまった鉄塔の後処理。放っておけば二次被害が起こる可能性もあるので、街からも遠く民家もなかったが、念のため完全に撤去してほしいというものだ。
 撤去した鉄塔は回収さえしてくれれば、好きにしていいという。
 通常の報酬に加えて資材も手に入る、なんとも旨味のあるものだった。
「よぅし、これで終わりだ。さっさと基地に運んじまおう。今日は久々に、街にでも食いに行くか。ついでに、リディスの顔も見ていけばいい」
「姉さんのとこ? いいよ別に。もう義理兄《にい》さんと一緒に住んでるんだし、邪魔になる」
「なにを遠慮してんだ。家族なんだから、いつ会ったっていいんだぜ。そんなに気になるんだったら、手土産を渡して、顔を見るだけでもいいだろうよ」
「……わかった」
「そうと決まれば、どこの店にするかな。腹が減った日は、オオバサミ屋の肉団子パスタが定番だが、カザミドリ亭の新メニューも気になるな……。スレイはなにかあるか?」
 父親の兄であるこの人には、母が亡くなる前から良くしてもらっている。
 食べることが好きな人ではあったが、姉が結婚してしまうことで寂しくならないよう、こうやって気をかけてくれている。その厚意に甘えて、今ではおやっさんの家で寝泊まりさせてもらっていた。
 おやっさんは機械いじりがとにかく好きな人だったから、良縁を求めることはなかった。独身だから、少し気が楽だったこともある。
「そうだなぁ。俺は、オオバサミ屋が」
「待て。呼び出しだ」
 赤いブレーキ灯を点けて車が停まる。合わせて、ドールズも停止させた。
 拡大して映る横顔が険しい。こちらへの無線は切っているから聞こえないが、なにか怒鳴っているようだ。一通りのやり取りを終え、すぐに無線が繋がる。
「まずいぞ。軍が撃ち漏らしたビーストが、近くに迷い込んだらしい。軍の追撃部隊は編制中、要請した応援も間に合うか微妙らしい。街には避難警報が出された。俺たちには、避難の協力依頼がきてる」
「そんな……大変じゃないか。おやっさん、はやく行こう!」
「待て、依頼には続きがある。もしビーストの襲来が救援よりも早かった場合、街の被害を最小限に留めるために戦えとも言ってきてるんだ。
 言っている意味がわかるか? 領主の野郎は戦えと言っておいて、軍の連中にソイツの件で詰められたら、俺たちを見放すつもりなんだぞ」
 軍の所有物を民間人が無断で使用しているのだ。あまりいい話し合いにならないことは予想できる。
「ソイツを修理しようと言い出したのも、領主と交渉したのも俺だ。スレイ、お前の責任はならないよう、俺が何とかしてやる。
 だが、もしも戦うことになれば、命がけになるかもしれない……いや、きっと命がけだ。無理強いはしない。断ることもできる。それでも、お前は行ってくれるか?」
 おやっさんの声は、言い聞かせるように静かで、穏やかなものだった。
「避難への協力は必要だよね。三区のリズばあも、六区のクロじいも、足が悪くて逃げ遅れてるかもしれない。他にも、逃げられない人がいると思う」
「……そうだろうな」
「だったら俺、できることをやるよ。母さんが教えてくれたんだけど、親父は誰かの為に強くなった人だったって。産まれてくる俺にも、そうなってほしいって話してたって。
 だから俺、親父みたいに上手くはやれないだろうけど、やるよ。いや、やらなきゃいけないんだ。おやっさん」
 不思議と、震えはなかった。操縦桿を握る手はいつも通り適度に力が抜け、胸は熱く苦しいものがあったが、頭だけは妙に冷たく、すらすらと言葉を紡ぐことができた。
 心のどこかで、今が憧れの背中に近づく時だと、誰かが叫ぶ声が聞こえているのだ。
「わかった。だが、無茶だけはすんなよ。ソイツは間に合わせの修理しかしてないんだ。本来の性能なんて、まったく出せちゃいないんだからな」
「無茶はしない。約束する」
 そう言って、土煙を上げる車を追い、ドールズを走り出させた。