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3話 スタンドアップ・ボーイ

ー/ー



 小動物でも齧ったのだろう、導線が剥き出しになっている配線を付け替える。建て付けが少しバカになってきていることは知っているから、適度に力を込めて配電盤を閉めた。

 すると周りの細かなところからわっと埃が立ってしまい、慌てて仰け反る。内部は空気を吹きかけて掃除しておいたが、外側までは気が回らなかった。

 咳をしながら、顔の前で右手を振って埃を払い、隙間風の吹く小屋を出る。

 急な太陽の日差しに目を細めながら、役割を再開したはずの風車を見上げる。

 ぎこちなくギ、ギと止まりながらも、海から吹くエーテルの風を受けて軽やかに回り始めた。よしよし、と独り言ち、錆びた鉄梯子を両手の支えだけで滑り落ちていく。

「おばさん、修理終わったよ。やっぱり、配線がダメになってた。ちょうど替えを持ってからいいけど、ネズミとかリスとか、入り込んだんじゃないかな」

 洗いたてのシーツをぴんと張ったロープに掛けていた、大柄の女性が振り返る。その顔に、ぱっと笑顔が広がった。

「おんやまぁ、ありがとうね、スレイ。助かったよ。これ、今回の駄賃だよ」

 そう言うとエプロンのポケットから、小さな布袋を取り出した。「まいど」と恭しく受け取ると、感じた重さから少し量が多いことに気がつく。

「おばさん、ちょっと多いよ」

「へぇ、気付くなんて大したもんだ。いいのさ。そいつは、また今度もよろしく頼むよっていう、前払いみたいなもんなんだから。取っといておくれ」

「まぁ、そういうことなら、遠慮なく」

 懐に布袋をしまうと、洗濯物の合間を縫って子供たちが駆け寄ってくる。この家の幼い兄妹たちだ。

「にーちゃん、仕事おわり? だったら遊ぼうよ。オレ、また探検したい」

「えー、お兄ちゃんばっかりズルい。今日はわたちと遊ぶんだもん。そう約束したんだもん」

「おいおい、約束なんてしてないだろ。それに、今日はまだこれから仕事があんの」

 ええーっ、と同じ声を上げる二人の頭を撫で、「また今度な」と笑いかける。

「ずいぶん忙しいんだね。……あぁ、そうか。リディスの式が近いんだったね。お姉さんの結婚式に向けて、なにか贈り物でもしようってんだろう?」

 リディスというのは九歳離れた姉で、町の領主の息子と縁談が決まっているのだった。

「いや、まぁ。姉ちゃんには苦労かけたし、それもあるんですけど。俺一人でやってく為にも、稼いどかないといけないしさ」

 母親を早くに亡くし、軍人である父親の顔はもう何年も見ていない。それどころか、実際に顔を会わせたこともなかった。父親の顔は、写真でしか知らない。

「ふぅん。まだ十五だっていうのに、しっかりしたもんだよ。親父さんもさぞ、鼻が高いだろうね」

「はは、どうかな。そう思ってくれてれば嬉しいけど。姉ちゃんなんか、私たちを放って帰って来ないんだからもう知らないなんて、親父のこと悪く言うんだから」

「仕方ないさね。アンタはそんな親父さんのことを尊敬してんだろうけど、女からすればたまったもんじゃないからね」

 そんなもんかな。と、鼻の横を掻いていると、チチチと、甲高い音が鳴る。腕時計のアラームだ。どうやら約束の時間になってしまったらしい。

「おっと、おやっさんを待たせてるんだ。じゃあね、おばさん。くれぐれも配電盤、気をつけておいてよ」

 手を振って、にっこりと笑う姿に見送られて、駆け出していった。



 ◆   ◆   ◆



 押し寄せる波の浸食によってできたのだろう、岩壁を割ってできた洞窟。潮の香りと寄せては砕ける波しぶきを感じながら、その裂け目を目指して岩壁の小道を進んでいく。

 いつもなら通らない、ある種のスリルを味わえる道ではあったが、こちらの方が遥かに早く着くことができた。平たく大きな出入り口のある本来の道は、なにせ反対側にある。少しでも近道を行きたい。

 裂け目に入ると、いくつもの小さな電灯に照らされた、鉄板を置いただけの雑に舗装がされた道がある。その先に天井の高い開けた空間があって、そこが目的地だった。

「遅いぞ」

 暗い空間の入り口には、むすっとした表情で腕を組む、作業着の男。

 どちら側から来るのかお見通しだったらしい。その長身から見下ろすように睨みをきかせる『おやっさん』に、ごめんと顔の前で手刀を切って通り過ぎた。

「ったく……。準備は万端。暖機運転は済ませといたぞ」

 軽く手を振って応え、開け放たれているコクピットに潜り込む。

 おやっさんの言った通り主電源は入り、すぐにでも動かせる状態だった。コンソールを操作してハッチを閉める。少しのラグの後、景色を映し出すモニターに、おやっさんを捉えた。

 片膝立ちの格好になっている機体を立ち上がらせる。最初こそ、岩壁に装甲を擦ったものだが、今では感覚だけですんなりと済ませることができる。

「丁寧に扱えよ。しっかりと修理したわけじゃねぇんだ。足りない部分を継ぎ接ぎした、間に合わせなんだからよ」

 装着したインカムを通して、おやっさんの声が聞こえる。

「分かってるよ。俺だって手伝ったんだから。それに、こんだけ動けば十分だって」

 関節部の軋みはあるようだが、動作に支障はない。正規品ではない、間に合わせの動力炉ではあったが、こちらもまだまだもちそうだ。

 まったく。打ち上げられた魚のように、漂着していたこのドールズを見つけた時は、ここまで動くようになるとは思いもしなかった。

 右腕は破損し肘部からなく、左腕だっておしゃか。頭部も半分が潰れ、脚部はまぁ、繋がってはいたが、動力炉があっただろう部分はごっそりと抜け落ちていた。

 コクピットハッチは開け放たれたまま無人で、戦闘によって破棄されたことは明らかだ。

 一目見てスクラップ行きだと思ったが、なにを考えたのか、おやっさんは修理をすると言い出したのだった。

「海を漂ってたオンボロをさ、ここまで動かせるようにしたんだから、おやっさんの腕前には敵わないね。しかも、こんなタイプみたことない、そんくらい旧式をだよ。俺も十年以上教わったけど、足元にも及ばない」

「当然だ。年季が違うんだよ。年季が。それに、こいつだって理由があってここに辿り着いたのかもしれねぇだろ。お前からしたらスクラップでも、俺から見ればまだ脈ありってだけだ」

 放棄された車輛をひっぱてきて、オフロード仕様に改造した愛車に乗り込むと、おやっさんはそのまま走り出していく。

 誘導車輛を追い、洞窟の外へと出ると、驚いた海鳥たちがわっと岩山から飛び立つ。

 雲一つない青空に浮かぶ燦燦と輝く太陽が、継ぎ接ぎの白い鎧を纏う、騎士のようなドールズを照らしていた。


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 小動物でも齧ったのだろう、導線が剥き出しになっている配線を付け替える。建て付けが少しバカになってきていることは知っているから、適度に力を込めて配電盤を閉めた。
 すると周りの細かなところからわっと埃が立ってしまい、慌てて仰け反る。内部は空気を吹きかけて掃除しておいたが、外側までは気が回らなかった。
 咳をしながら、顔の前で右手を振って埃を払い、隙間風の吹く小屋を出る。
 急な太陽の日差しに目を細めながら、役割を再開したはずの風車を見上げる。
 ぎこちなくギ、ギと止まりながらも、海から吹くエーテルの風を受けて軽やかに回り始めた。よしよし、と独り言ち、錆びた鉄梯子を両手の支えだけで滑り落ちていく。
「おばさん、修理終わったよ。やっぱり、配線がダメになってた。ちょうど替えを持ってからいいけど、ネズミとかリスとか、入り込んだんじゃないかな」
 洗いたてのシーツをぴんと張ったロープに掛けていた、大柄の女性が振り返る。その顔に、ぱっと笑顔が広がった。
「おんやまぁ、ありがとうね、スレイ。助かったよ。これ、今回の駄賃だよ」
 そう言うとエプロンのポケットから、小さな布袋を取り出した。「まいど」と恭しく受け取ると、感じた重さから少し量が多いことに気がつく。
「おばさん、ちょっと多いよ」
「へぇ、気付くなんて大したもんだ。いいのさ。そいつは、また今度もよろしく頼むよっていう、前払いみたいなもんなんだから。取っといておくれ」
「まぁ、そういうことなら、遠慮なく」
 懐に布袋をしまうと、洗濯物の合間を縫って子供たちが駆け寄ってくる。この家の幼い兄妹たちだ。
「にーちゃん、仕事おわり? だったら遊ぼうよ。オレ、また探検したい」
「えー、お兄ちゃんばっかりズルい。今日はわたちと遊ぶんだもん。そう約束したんだもん」
「おいおい、約束なんてしてないだろ。それに、今日はまだこれから仕事があんの」
 ええーっ、と同じ声を上げる二人の頭を撫で、「また今度な」と笑いかける。
「ずいぶん忙しいんだね。……あぁ、そうか。リディスの式が近いんだったね。お姉さんの結婚式に向けて、なにか贈り物でもしようってんだろう?」
 リディスというのは九歳離れた姉で、町の領主の息子と縁談が決まっているのだった。
「いや、まぁ。姉ちゃんには苦労かけたし、それもあるんですけど。俺一人でやってく為にも、稼いどかないといけないしさ」
 母親を早くに亡くし、軍人である父親の顔はもう何年も見ていない。それどころか、実際に顔を会わせたこともなかった。父親の顔は、写真でしか知らない。
「ふぅん。まだ十五だっていうのに、しっかりしたもんだよ。親父さんもさぞ、鼻が高いだろうね」
「はは、どうかな。そう思ってくれてれば嬉しいけど。姉ちゃんなんか、私たちを放って帰って来ないんだからもう知らないなんて、親父のこと悪く言うんだから」
「仕方ないさね。アンタはそんな親父さんのことを尊敬してんだろうけど、女からすればたまったもんじゃないからね」
 そんなもんかな。と、鼻の横を掻いていると、チチチと、甲高い音が鳴る。腕時計のアラームだ。どうやら約束の時間になってしまったらしい。
「おっと、おやっさんを待たせてるんだ。じゃあね、おばさん。くれぐれも配電盤、気をつけておいてよ」
 手を振って、にっこりと笑う姿に見送られて、駆け出していった。
 ◆   ◆   ◆
 押し寄せる波の浸食によってできたのだろう、岩壁を割ってできた洞窟。潮の香りと寄せては砕ける波しぶきを感じながら、その裂け目を目指して岩壁の小道を進んでいく。
 いつもなら通らない、ある種のスリルを味わえる道ではあったが、こちらの方が遥かに早く着くことができた。平たく大きな出入り口のある本来の道は、なにせ反対側にある。少しでも近道を行きたい。
 裂け目に入ると、いくつもの小さな電灯に照らされた、鉄板を置いただけの雑に舗装がされた道がある。その先に天井の高い開けた空間があって、そこが目的地だった。
「遅いぞ」
 暗い空間の入り口には、むすっとした表情で腕を組む、作業着の男。
 どちら側から来るのかお見通しだったらしい。その長身から見下ろすように睨みをきかせる『おやっさん』に、ごめんと顔の前で手刀を切って通り過ぎた。
「ったく……。準備は万端。暖機運転は済ませといたぞ」
 軽く手を振って応え、開け放たれているコクピットに潜り込む。
 おやっさんの言った通り主電源は入り、すぐにでも動かせる状態だった。コンソールを操作してハッチを閉める。少しのラグの後、景色を映し出すモニターに、おやっさんを捉えた。
 片膝立ちの格好になっている機体を立ち上がらせる。最初こそ、岩壁に装甲を擦ったものだが、今では感覚だけですんなりと済ませることができる。
「丁寧に扱えよ。しっかりと修理したわけじゃねぇんだ。足りない部分を継ぎ接ぎした、間に合わせなんだからよ」
 装着したインカムを通して、おやっさんの声が聞こえる。
「分かってるよ。俺だって手伝ったんだから。それに、こんだけ動けば十分だって」
 関節部の軋みはあるようだが、動作に支障はない。正規品ではない、間に合わせの動力炉ではあったが、こちらもまだまだもちそうだ。
 まったく。打ち上げられた魚のように、漂着していたこのドールズを見つけた時は、ここまで動くようになるとは思いもしなかった。
 右腕は破損し肘部からなく、左腕だっておしゃか。頭部も半分が潰れ、脚部はまぁ、繋がってはいたが、動力炉があっただろう部分はごっそりと抜け落ちていた。
 コクピットハッチは開け放たれたまま無人で、戦闘によって破棄されたことは明らかだ。
 一目見てスクラップ行きだと思ったが、なにを考えたのか、おやっさんは修理をすると言い出したのだった。
「海を漂ってたオンボロをさ、ここまで動かせるようにしたんだから、おやっさんの腕前には敵わないね。しかも、こんなタイプみたことない、そんくらい旧式をだよ。俺も十年以上教わったけど、足元にも及ばない」
「当然だ。年季が違うんだよ。年季が。それに、こいつだって理由があってここに辿り着いたのかもしれねぇだろ。お前からしたらスクラップでも、俺から見ればまだ脈ありってだけだ」
 放棄された車輛をひっぱてきて、オフロード仕様に改造した愛車に乗り込むと、おやっさんはそのまま走り出していく。
 誘導車輛を追い、洞窟の外へと出ると、驚いた海鳥たちがわっと岩山から飛び立つ。
 雲一つない青空に浮かぶ燦燦と輝く太陽が、継ぎ接ぎの白い鎧を纏う、騎士のようなドールズを照らしていた。