2話 コールド・グリムリーパー(2)
ー/ー なんとも時代遅れな、古めかしさすら感じる光景だった。
鋼鉄の剣を握り、双方に打ち合う騎士たち。打ち合うたびに火花が散り、ガギンと低く唸り響く音。
まるで映画だ。見たことはないが、甲冑に身を包んだ騎士たちが、こうやって争い合う映画があると聞いた。
だがそんな作り物よりも遥かに重たい、見る者を圧倒し立ち尽くさせる迫力。それが、目の前の現実にはある。
赤黒い鎧と、白い鎧。対照的な色合いをした鋼の巨人は、時に離れ、再び斬り結び、揉み合うようにして、嵐のなかを駆け巡っていく。
(援護を……でも、手持ちの武装じゃグレッサ大尉にも当たる)
マシンガンは先の接触でフレームが歪み、使い物にならない。左脚部にマウントしたミサイルポッドはまだ残弾があるが、二機の位置があまりに近く危険すぎる。
(A.B.Rを切り落とされたのは、痛手だった)
「ケリース。聞こえますか。こちらイーグル1。ケリース、応答してください」
応援を求めようにも返ってくるのはノイズばかり。マンダヴの主機関が爆発した影響と、悪天候も相まって距離のある通信は一切行えないでいる。
「聞こえているか、クーナ少尉。まもなく軽空母レンゴゥが自沈する」
距離の近いクルセイダであれば通信は可能らしく、パイロットであるグレッサの声が聞こえた。彼は齢五十を迎えようとしていたはず。いかに凄腕のパイロットであろうとも年波には抗えず、格闘戦に振り回され、呼吸の苦しさが感じ取れた。
「自沈!? なぜです」
「この正体不明機にやられ、レンゴゥは航行不能。艦隊は既に壊滅状態だ。正攻法では撤退さえも難しい。どうせ沈むのなら自沈させて、機関爆発の隙に乗じて撤退するしかないだろう。全速力で戦闘空域を離脱、所定地点でケリースと合流だ」
化物じみた軌道になんとか喰らいついているが、クルセイダの動きが鈍くなっていた。機体が頑丈でも、中身に乗っているのは人間なのだから、疲れが思考と動作を鈍らせていく。
「クソ……。高機動戦はキツイな」
クルセイダの動きが止まる。赤黒い敵機は逆方向に捻じるようにブースターを吹かし、勢いそのままに剣を叩きつける。
なんとか防いだクルセイダだったが、巨大な質量を御しきれず、姿勢を崩して落下した。両機の間に、距離が生まれた。
ここしかない。左脚部の多弾頭ミサイルをロックオンし、トリガーをひく……。
赤黒い機体の双眸が、こちらを捉えた。
「ダメだ少尉。手を出すな!」
ぞわりと、下腹部から頭にかけてうすら寒いものが走る。ほとんど考える間もなく、機体を後方へと仰け反らせる。
次の瞬間、海面を割って現れた何本かの槍のような物体が、眼前を突き抜けていき、両脚部をもぎ取っていった。
「ああっ!」
襲ってくる衝撃を必死に堪え、片目でディスプレイ上の損害状況を確認する。墜落しまいと必死に立て直し、襲ってきた正体を睨む。それは、四枚羽を生やした三体のビーストたちだった。
その内の一体が、焦点の合っていないぎょろぎょろとした目玉を向け、鋭い嘴で突進してくる。その横腹を突くようにクルセイダは接近し、胴と首を断ち切った。
「少尉。その機体では足手まといになる。殿は私が務めるから、タイミングを合わせて離脱しろ」
「いけません! 私もお供します!」
「ダメだ。クーナ少尉、これは命令だ。カウントを開始する」
クルセイダは残り二体のビーストを切り伏せると、再び接近戦を挑んできた敵機と打ち合い始める。
「カウント10」
「大尉!」
クルセイダが右腕で敵機の肩部あたりを掴む。そしてそのまま、メインブースターを目いっぱいに吹かし、離れていく。
「……頼む。……生きて……息子に……」
通信にノイズが混じり、グレッサの声が遠退いていく。
爆音が響いた。それは、臨界を迎えて爆発した軽空母レンゴゥの最期の光だった。
◆ ◆ ◆
「イーグル1。そのまま高度を維持。大丈夫だ、よく帰ってきた」
気がつけば、母艦であるケリースが目前に迫っていた。どこをどう飛んだのか、覚えていない。嵐は収まり、黒い雲間を割って覗く朝日がただただ眩しかった。
HUDに表示されたガイドビーコンに従って、冷たくなった手を動かす。
ふっと視界を影が覆った。艦内に入ったのだ。膝下から損壊した脚部をぶつけ、展開されている保護ネットに機体を沈ませた。
俯せのまま機体は揺れ、少しした後に止まった。停止した機体に、周囲の整備士が飛び出してきては消火剤を吹きかけているのがモニター越しに見える。
整備士の一人が、外部からコクピットハッチを開くレバーを回したのだろう。喧騒がいきなり大きくなって耳に飛び込んでくる。
「クーナ少尉、お怪我はありませんか」
「……ええ、大丈夫です。問題ありません」
機体の主電源を落とし、すぐに機体から降りた。そうしたくて、たまらなかった。
心配してくれる声を振り切り、ハンガーを足早に歩く。途中、帰還したのだろう他部隊の機体が見えた。横倒しにされたままの機体の肩部には、スピア4という表記が掠れながらも覗いている。
その前で話し合っている、パイロットたちの視線が向けられたことを、肌に刺さるような痛みで感じていた。
ぼそりと呟かれた言葉に、聞こえなかったふりをして、ハンガーの出口をくぐる。誰もいない廊下を、自室に向かって走った。
無機質で固い足音。ようやく自室に辿り着くと、とてつもなく長い間走っていた気がして、入室したその場でへたり込んだ。
———死神め。
ヘルメットを脱ぎ、胸にぎゅっと抱きしめる。
まただ。また、護れなかった。あんなに優しくしてくれた人なのに、また私だけ生き残った……。
「ごめんなさい……」
何がキサラギ研のエリートだ。私は誰も護れやしない、最低の落ちこぼれじゃないか……。周りばかりが死んでいく。私は、死神だ……。
暗い部屋に、嗚咽だけが聞こえる。ぼたぼたと溢れる涙が、ヘルメットを濡らしていた。
鋼鉄の剣を握り、双方に打ち合う騎士たち。打ち合うたびに火花が散り、ガギンと低く唸り響く音。
まるで映画だ。見たことはないが、甲冑に身を包んだ騎士たちが、こうやって争い合う映画があると聞いた。
だがそんな作り物よりも遥かに重たい、見る者を圧倒し立ち尽くさせる迫力。それが、目の前の現実にはある。
赤黒い鎧と、白い鎧。対照的な色合いをした鋼の巨人は、時に離れ、再び斬り結び、揉み合うようにして、嵐のなかを駆け巡っていく。
(援護を……でも、手持ちの武装じゃグレッサ大尉にも当たる)
マシンガンは先の接触でフレームが歪み、使い物にならない。左脚部にマウントしたミサイルポッドはまだ残弾があるが、二機の位置があまりに近く危険すぎる。
(A.B.Rを切り落とされたのは、痛手だった)
「ケリース。聞こえますか。こちらイーグル1。ケリース、応答してください」
応援を求めようにも返ってくるのはノイズばかり。マンダヴの主機関が爆発した影響と、悪天候も相まって距離のある通信は一切行えないでいる。
「聞こえているか、クーナ少尉。まもなく軽空母レンゴゥが自沈する」
距離の近いクルセイダであれば通信は可能らしく、パイロットであるグレッサの声が聞こえた。彼は齢五十を迎えようとしていたはず。いかに凄腕のパイロットであろうとも年波には抗えず、格闘戦に振り回され、呼吸の苦しさが感じ取れた。
「自沈!? なぜです」
「この正体不明機にやられ、レンゴゥは航行不能。艦隊は既に壊滅状態だ。正攻法では撤退さえも難しい。どうせ沈むのなら自沈させて、機関爆発の隙に乗じて撤退するしかないだろう。全速力で戦闘空域を離脱、所定地点でケリースと合流だ」
化物じみた軌道になんとか喰らいついているが、クルセイダの動きが鈍くなっていた。機体が頑丈でも、中身に乗っているのは人間なのだから、疲れが思考と動作を鈍らせていく。
「クソ……。高機動戦はキツイな」
クルセイダの動きが止まる。赤黒い敵機は逆方向に捻じるようにブースターを吹かし、勢いそのままに剣を叩きつける。
なんとか防いだクルセイダだったが、巨大な質量を御しきれず、姿勢を崩して落下した。両機の間に、距離が生まれた。
ここしかない。左脚部の多弾頭ミサイルをロックオンし、トリガーをひく……。
赤黒い機体の双眸が、こちらを捉えた。
「ダメだ少尉。手を出すな!」
ぞわりと、下腹部から頭にかけてうすら寒いものが走る。ほとんど考える間もなく、機体を後方へと仰け反らせる。
次の瞬間、海面を割って現れた何本かの槍のような物体が、眼前を突き抜けていき、両脚部をもぎ取っていった。
「ああっ!」
襲ってくる衝撃を必死に堪え、片目でディスプレイ上の損害状況を確認する。墜落しまいと必死に立て直し、襲ってきた正体を睨む。それは、四枚羽を生やした三体のビーストたちだった。
その内の一体が、焦点の合っていないぎょろぎょろとした目玉を向け、鋭い嘴で突進してくる。その横腹を突くようにクルセイダは接近し、胴と首を断ち切った。
「少尉。その機体では足手まといになる。殿は私が務めるから、タイミングを合わせて離脱しろ」
「いけません! 私もお供します!」
「ダメだ。クーナ少尉、これは命令だ。カウントを開始する」
クルセイダは残り二体のビーストを切り伏せると、再び接近戦を挑んできた敵機と打ち合い始める。
「カウント10」
「大尉!」
クルセイダが右腕で敵機の肩部あたりを掴む。そしてそのまま、メインブースターを目いっぱいに吹かし、離れていく。
「……頼む。……生きて……息子に……」
通信にノイズが混じり、グレッサの声が遠退いていく。
爆音が響いた。それは、臨界を迎えて爆発した軽空母レンゴゥの最期の光だった。
◆ ◆ ◆
「イーグル1。そのまま高度を維持。大丈夫だ、よく帰ってきた」
気がつけば、母艦であるケリースが目前に迫っていた。どこをどう飛んだのか、覚えていない。嵐は収まり、黒い雲間を割って覗く朝日がただただ眩しかった。
HUDに表示されたガイドビーコンに従って、冷たくなった手を動かす。
ふっと視界を影が覆った。艦内に入ったのだ。膝下から損壊した脚部をぶつけ、展開されている保護ネットに機体を沈ませた。
俯せのまま機体は揺れ、少しした後に止まった。停止した機体に、周囲の整備士が飛び出してきては消火剤を吹きかけているのがモニター越しに見える。
整備士の一人が、外部からコクピットハッチを開くレバーを回したのだろう。喧騒がいきなり大きくなって耳に飛び込んでくる。
「クーナ少尉、お怪我はありませんか」
「……ええ、大丈夫です。問題ありません」
機体の主電源を落とし、すぐに機体から降りた。そうしたくて、たまらなかった。
心配してくれる声を振り切り、ハンガーを足早に歩く。途中、帰還したのだろう他部隊の機体が見えた。横倒しにされたままの機体の肩部には、スピア4という表記が掠れながらも覗いている。
その前で話し合っている、パイロットたちの視線が向けられたことを、肌に刺さるような痛みで感じていた。
ぼそりと呟かれた言葉に、聞こえなかったふりをして、ハンガーの出口をくぐる。誰もいない廊下を、自室に向かって走った。
無機質で固い足音。ようやく自室に辿り着くと、とてつもなく長い間走っていた気がして、入室したその場でへたり込んだ。
———死神め。
ヘルメットを脱ぎ、胸にぎゅっと抱きしめる。
まただ。また、護れなかった。あんなに優しくしてくれた人なのに、また私だけ生き残った……。
「ごめんなさい……」
何がキサラギ研のエリートだ。私は誰も護れやしない、最低の落ちこぼれじゃないか……。周りばかりが死んでいく。私は、死神だ……。
暗い部屋に、嗚咽だけが聞こえる。ぼたぼたと溢れる涙が、ヘルメットを濡らしていた。
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