1話 コールド・グリムリーパー
ー/ー 真っ黒な暴風雨が機体を襲う。横に縦にと振られるなか、操縦桿をぐっと握りこみ、フットペダルを踏む加減を微妙に調整していく。
愛機であるファルコンⅡ型のウリはその軽さと俊敏性だが、その分、叩きつける風の影響をもろに受ける。見えない巨大な手に抱えられ、遠慮なく振り回されるような、胃がひっくり返るような感覚。
黒い空に、まるで雲が走るようにして、緑色のラインが走った。
ラインは二つ。それぞれが規則性のない曲線を描き、急激に速度を上げては、直線的な動きを折り混ぜて交差。ラインで挟み込み、標的を追い込んでいく。
(……いや、あれではやられる)
ラインを引いて走る先。HUD(ヘッドアップディスプレイ)に表示される、友軍を示すマーカーに、強引に軌道を捻じ曲げて赤いターゲットマーカーが急接近した。
ひゅうと短く息を吸い込み、止める。目を見開いて一点に集中し、トリガーを絞る。
モニターの右側が、赤紫色に光った。
右腕に装備されたA.B.R(アームビームライフル)から放たれる荷電粒子の奔流は、四枚羽を持つ中型ビーストの胴を焼き貫く。
部分的に拡大表示されたカメラが、荒れ狂う海原に墜落し、沈んでいく様を映していた。
「イーグル1か!? 援護には感謝するが、射線が近すぎる。こっちまで当たりそうだったぞ!」
「黙れスピア4。おかげで命拾いしたんだ。文句を言う前に、お前自身の腕の悪さを恨むんだな。イーグル1、こちらスピア2。視界も悪く、姿勢制御も難しいなか良くやってくれた。援護に感謝する。その調子で、他の連中も助けてやってくれ」
音声通信で聞こえてくる、男性パイロットの声。スピア隊との面識はなかったが、どうやらベテランらしい。
「スピア2。こちらは先程からマンダヴからの通信が受信できていません。信号では健在のようですが、現状はどうなっていますか?」
マンダヴというのは、スピア隊が母艦としている重空中戦闘艦の艦名である。他に、軽空中母艦レンゴゥと、軍技研所属の軽空中戦闘艦ケリースを含む三隻は、とある実証実験の為に移動中、ビーストによる襲撃を受けたのだった。
「さっきのやつを追い込む前に、艦が被弾したことは目視している。艦体を損傷し、通信に支障が出ているのかもしれん。空域のすべてを把握しきれていないが、戦線はおされている。こちらはスピア5と6が喰われちまった」
機体からの脱出が叶ったとて、下は荒れ狂う海原。生存の望みは、限りなく低い。
「……敵戦力は? 中型種が数体確認できていましたが」
「交戦時に確認できたのは十匹。さっきのでやっと三匹目を落としたとこだ。小型種はもっと多いぞ。ウチの艦砲だけじゃ心許ないからな、隊長たちの戦果を期待したいところだ……おっと、新手が来た」
断続的で、不快な警報が鳴る。左前方から、敵性集団が接近していることを、レーダーが教えてくれている。
「ケリース。こちらイーグル1。スピア2、4と接触。マンダヴは被弾損傷の可能性大。こちらは接近する小型種集団との交戦に入ります」
「……こちらケリース。イーグル1、それは許可できない。そこはスピア隊に任せ、急ぎマンダヴを救援せよ」
スピア隊が使用しているドールズは、いまだ現役の第三世代機とはいえ、未改修のタイプで制圧火力も乏しい。この状況で任せていいはずがない。
「承服できません」そう言いかけて、スピア2の音声が割り込む。
「ここは、任せてもらおう。イーグル1の火力と機動性はウチの母艦救援にあててもらいたいね。……頼むよ、あそこには仲間たちが乗ってんだ」
メインモニターに映る、スピア隊の二機が接近中の敵集団に射撃を開始する。迷っている時間はない。
「……了解しました。イーグル1は方位八十に回頭。マンダヴの救援に向かいます」
小指でパネル操作し武装を選択、右脚に装着された多弾頭ミサイルポットを発射し、推力を上げて東北東に向かう。
接敵することはなかったが、等間隔で映し出されるレーダー信号と、目視による警戒は怠れない。雨足は強まるばかりで暴風は衰えることを知らず、容赦なく機体を煽ってくる。
マンダヴの反応が近づく。その少し離れた位置に、二機のドールズの反応がある。おそらく、残りのスピア隊だろう。レンゴゥからの増援は、まだ到着していないようだ。
(良かった。まだ飛んでる……)
望遠カメラでは、被弾した箇所までは分からなかったが、雨が味方してくれて火災は食い止められたのだろう。自力航行に支障はないようにみえる。
敵性体の反応もない。この空域の制圧は完了したようだった。
「緊急! レンゴゥから応援に向かったソード隊の四機が信号途絶。同時に正体不明のドールズ反応を感知。ちくしょう、どこから湧いて出てきやがった! イーグル1、そちらに向かっているぞ!」
ひっ迫した怒鳴り声に、フットパネルを踏み込み、高度を上げた。
機体の向きを変えながら上昇し、周囲の状況に神経を研ぎ澄ませる。下方、距離九百といったところで、海面すれすれを飛ぶ機影を見つけることができた。
A.B.Rの標準を呼び出し、ロックオンする。
正体不明なだけで、敵ではないかもしれない。ソード隊の信号が途絶えたことに関係しているとは、まだ言い切れないのではないか。
冷静な声がトリガーを引く指を押しとどめる。しかし、それ以上に頭の中に響く声が、胸を内側から打ち鳴らす焦燥が、あれは敵だと声高々に叫ぶ。
回避軌道を予測、時間差をつけて二発。A.B.Rを発射する。
だが接近中の敵機は減速することなく、大きく半円を描くように膨らんで回避。あまつさえさらに加速し、距離を詰めてくる。左腕に装備した重マシンガンの火器管制を半自動に設定し、三発目を打ち込むが、それすらもあっさりと回避される。
一際強い横風が、機体を大きく揺らがせる。制御に一瞬気を取られた。その僅かな間に、機影を見失う。
下方からの接近警報が鳴る。真下に潜り込んだ敵機が、一気に突き上がってくる。
メインモニターに、敵機が大きく映る。禍々しい赤黒いボディカラーをしているが、その特徴的な双眸のアイカメラと、無骨なシルエットには見覚えがあった。
(原型機……!? どうして。ケリースで待機中なんじゃないの)
長い銃身が災いして、A.B.Rが実体剣によって両断される。すぐに投棄したが、誘爆によって視界が半分以上を奪われる。
半自動に設定していた左腕が反応し、唸るような射撃音が轟くが、長くは続かなかった。追尾可能な索敵範囲から抜けられたのだ。
「いったい、どこに……」
レーダーに目を落とすと、マンダヴ近くにあったスピア隊二機の反応が消えていた。最終地点の上に撃墜の文字が表示されている。
その直後、轟音が響いた。遅れてきた衝撃波に、びりびりと全身まで震える。
風圧に乱される機体の制御に注力しながら、爆発の起きた方向を確認する。ノイズ混じりのモニターに、黒煙を上げながら波間に沈むマンダヴが見えた。
「そんな……撃沈されたっていうの」
接近警報。迎撃を開始した左腕と、ばらまかれる弾幕に呆けていた意識が引きずり戻される。
火線を避けるように大きく上昇しする軌道。赤いラインを鋭く空に引いて、左右に大きく振ったあと、急激に近づく。
瞬く間に肉迫。射撃中の銃口が力づくで抑え込まれ、カラカラと空回りをした。防御も回避もままならない。逆手に持たれた、実体剣の切先が、モニターに大きく映り出される。
やられる……! そう思っても、身体は動いてくれない。
あれほど訓練を積み、多くの実戦を経てもなお、最期の瞬間というものは、突然訪れる。なんて、呆気ないものだろう。
辛うじて閉じることなく、開き続けている目が、ぴたりと動きを止めた切先に気付いた。まるで躊躇うかのような僅かな間に、白い機影が飛び込んでくる。
「クーナ少尉。退け!」
張りのある、男性の声。思い浮かぶ人物に「なぜ」と驚きの感情が生まれる。
不意に接近戦を挑まれたことを嫌ったのか、赤黒い機体は潔く後退する。庇うように前面に立った機体は、ケリースで待機中の原型機、クルセイダだった。
「グレッサ大尉ですか!? アーキタイプは実戦装備されていないんですよ」
「そうも言っていられまい。味方の被害は甚大だ。それにあの敵機は、普通じゃない」
他のドールズよりも一回り大きく、無骨なシルエットは驚くほど似通っている。違っているのは、血塗られた鎧か、純白の鎧か。その機体に纏われた雰囲気だけ。
まるで兄弟機のような二機が、互いに実体剣を握り、対峙していた。
愛機であるファルコンⅡ型のウリはその軽さと俊敏性だが、その分、叩きつける風の影響をもろに受ける。見えない巨大な手に抱えられ、遠慮なく振り回されるような、胃がひっくり返るような感覚。
黒い空に、まるで雲が走るようにして、緑色のラインが走った。
ラインは二つ。それぞれが規則性のない曲線を描き、急激に速度を上げては、直線的な動きを折り混ぜて交差。ラインで挟み込み、標的を追い込んでいく。
(……いや、あれではやられる)
ラインを引いて走る先。HUD(ヘッドアップディスプレイ)に表示される、友軍を示すマーカーに、強引に軌道を捻じ曲げて赤いターゲットマーカーが急接近した。
ひゅうと短く息を吸い込み、止める。目を見開いて一点に集中し、トリガーを絞る。
モニターの右側が、赤紫色に光った。
右腕に装備されたA.B.R(アームビームライフル)から放たれる荷電粒子の奔流は、四枚羽を持つ中型ビーストの胴を焼き貫く。
部分的に拡大表示されたカメラが、荒れ狂う海原に墜落し、沈んでいく様を映していた。
「イーグル1か!? 援護には感謝するが、射線が近すぎる。こっちまで当たりそうだったぞ!」
「黙れスピア4。おかげで命拾いしたんだ。文句を言う前に、お前自身の腕の悪さを恨むんだな。イーグル1、こちらスピア2。視界も悪く、姿勢制御も難しいなか良くやってくれた。援護に感謝する。その調子で、他の連中も助けてやってくれ」
音声通信で聞こえてくる、男性パイロットの声。スピア隊との面識はなかったが、どうやらベテランらしい。
「スピア2。こちらは先程からマンダヴからの通信が受信できていません。信号では健在のようですが、現状はどうなっていますか?」
マンダヴというのは、スピア隊が母艦としている重空中戦闘艦の艦名である。他に、軽空中母艦レンゴゥと、軍技研所属の軽空中戦闘艦ケリースを含む三隻は、とある実証実験の為に移動中、ビーストによる襲撃を受けたのだった。
「さっきのやつを追い込む前に、艦が被弾したことは目視している。艦体を損傷し、通信に支障が出ているのかもしれん。空域のすべてを把握しきれていないが、戦線はおされている。こちらはスピア5と6が喰われちまった」
機体からの脱出が叶ったとて、下は荒れ狂う海原。生存の望みは、限りなく低い。
「……敵戦力は? 中型種が数体確認できていましたが」
「交戦時に確認できたのは十匹。さっきのでやっと三匹目を落としたとこだ。小型種はもっと多いぞ。ウチの艦砲だけじゃ心許ないからな、隊長たちの戦果を期待したいところだ……おっと、新手が来た」
断続的で、不快な警報が鳴る。左前方から、敵性集団が接近していることを、レーダーが教えてくれている。
「ケリース。こちらイーグル1。スピア2、4と接触。マンダヴは被弾損傷の可能性大。こちらは接近する小型種集団との交戦に入ります」
「……こちらケリース。イーグル1、それは許可できない。そこはスピア隊に任せ、急ぎマンダヴを救援せよ」
スピア隊が使用しているドールズは、いまだ現役の第三世代機とはいえ、未改修のタイプで制圧火力も乏しい。この状況で任せていいはずがない。
「承服できません」そう言いかけて、スピア2の音声が割り込む。
「ここは、任せてもらおう。イーグル1の火力と機動性はウチの母艦救援にあててもらいたいね。……頼むよ、あそこには仲間たちが乗ってんだ」
メインモニターに映る、スピア隊の二機が接近中の敵集団に射撃を開始する。迷っている時間はない。
「……了解しました。イーグル1は方位八十に回頭。マンダヴの救援に向かいます」
小指でパネル操作し武装を選択、右脚に装着された多弾頭ミサイルポットを発射し、推力を上げて東北東に向かう。
接敵することはなかったが、等間隔で映し出されるレーダー信号と、目視による警戒は怠れない。雨足は強まるばかりで暴風は衰えることを知らず、容赦なく機体を煽ってくる。
マンダヴの反応が近づく。その少し離れた位置に、二機のドールズの反応がある。おそらく、残りのスピア隊だろう。レンゴゥからの増援は、まだ到着していないようだ。
(良かった。まだ飛んでる……)
望遠カメラでは、被弾した箇所までは分からなかったが、雨が味方してくれて火災は食い止められたのだろう。自力航行に支障はないようにみえる。
敵性体の反応もない。この空域の制圧は完了したようだった。
「緊急! レンゴゥから応援に向かったソード隊の四機が信号途絶。同時に正体不明のドールズ反応を感知。ちくしょう、どこから湧いて出てきやがった! イーグル1、そちらに向かっているぞ!」
ひっ迫した怒鳴り声に、フットパネルを踏み込み、高度を上げた。
機体の向きを変えながら上昇し、周囲の状況に神経を研ぎ澄ませる。下方、距離九百といったところで、海面すれすれを飛ぶ機影を見つけることができた。
A.B.Rの標準を呼び出し、ロックオンする。
正体不明なだけで、敵ではないかもしれない。ソード隊の信号が途絶えたことに関係しているとは、まだ言い切れないのではないか。
冷静な声がトリガーを引く指を押しとどめる。しかし、それ以上に頭の中に響く声が、胸を内側から打ち鳴らす焦燥が、あれは敵だと声高々に叫ぶ。
回避軌道を予測、時間差をつけて二発。A.B.Rを発射する。
だが接近中の敵機は減速することなく、大きく半円を描くように膨らんで回避。あまつさえさらに加速し、距離を詰めてくる。左腕に装備した重マシンガンの火器管制を半自動に設定し、三発目を打ち込むが、それすらもあっさりと回避される。
一際強い横風が、機体を大きく揺らがせる。制御に一瞬気を取られた。その僅かな間に、機影を見失う。
下方からの接近警報が鳴る。真下に潜り込んだ敵機が、一気に突き上がってくる。
メインモニターに、敵機が大きく映る。禍々しい赤黒いボディカラーをしているが、その特徴的な双眸のアイカメラと、無骨なシルエットには見覚えがあった。
(原型機……!? どうして。ケリースで待機中なんじゃないの)
長い銃身が災いして、A.B.Rが実体剣によって両断される。すぐに投棄したが、誘爆によって視界が半分以上を奪われる。
半自動に設定していた左腕が反応し、唸るような射撃音が轟くが、長くは続かなかった。追尾可能な索敵範囲から抜けられたのだ。
「いったい、どこに……」
レーダーに目を落とすと、マンダヴ近くにあったスピア隊二機の反応が消えていた。最終地点の上に撃墜の文字が表示されている。
その直後、轟音が響いた。遅れてきた衝撃波に、びりびりと全身まで震える。
風圧に乱される機体の制御に注力しながら、爆発の起きた方向を確認する。ノイズ混じりのモニターに、黒煙を上げながら波間に沈むマンダヴが見えた。
「そんな……撃沈されたっていうの」
接近警報。迎撃を開始した左腕と、ばらまかれる弾幕に呆けていた意識が引きずり戻される。
火線を避けるように大きく上昇しする軌道。赤いラインを鋭く空に引いて、左右に大きく振ったあと、急激に近づく。
瞬く間に肉迫。射撃中の銃口が力づくで抑え込まれ、カラカラと空回りをした。防御も回避もままならない。逆手に持たれた、実体剣の切先が、モニターに大きく映り出される。
やられる……! そう思っても、身体は動いてくれない。
あれほど訓練を積み、多くの実戦を経てもなお、最期の瞬間というものは、突然訪れる。なんて、呆気ないものだろう。
辛うじて閉じることなく、開き続けている目が、ぴたりと動きを止めた切先に気付いた。まるで躊躇うかのような僅かな間に、白い機影が飛び込んでくる。
「クーナ少尉。退け!」
張りのある、男性の声。思い浮かぶ人物に「なぜ」と驚きの感情が生まれる。
不意に接近戦を挑まれたことを嫌ったのか、赤黒い機体は潔く後退する。庇うように前面に立った機体は、ケリースで待機中の原型機、クルセイダだった。
「グレッサ大尉ですか!? アーキタイプは実戦装備されていないんですよ」
「そうも言っていられまい。味方の被害は甚大だ。それにあの敵機は、普通じゃない」
他のドールズよりも一回り大きく、無骨なシルエットは驚くほど似通っている。違っているのは、血塗られた鎧か、純白の鎧か。その機体に纏われた雰囲気だけ。
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