第9話:過去の事件
ー/ー
「まあ、こんなもんだ」
時刻はすでにお昼をまわっていたが、お客はいまだにゼロだった。
看板には、本日のおすすめとして「ワッフル風フレンチトースト」を書き込んでいた。
看板を一つ置いたことでお店がいきなり盛況になるのなら、世の中のお店は大体繁盛している。
そんなことは俺もわかっている。頭ではわかっていても、期待というのはしてしまうものだ。
まあ、初日から効果が出るわけでもないだろう。地道に待つしかない。
……そんなことを考えていた時だった。
――カランカラン
「おちゃー!」
制服姿の女子生徒が、元気のいい挨拶とともに入店してきて、速攻でカウンター席へと座った。
「如月先輩あの看板なに!? めっちゃいいジャン! ――あ、いつもので!」
「あいよ」
如月さんがやれやれといった感じで、ラテを作り始めた。
看板褒めるんだったら、せめて本日のおすすめを頼めよ。
俺はその『ギャル』をまじまじと見た。
彼女の来ている制服に見覚えがあったからだ。
――コトッ
如月さんが慣れた手つきでキャラメルのソイラテ作り、カウンターに置いた。
「ってか甘露樹。お前、春休みでも制服なのか?」
「新聞部の部活ですよ部活ゥ。 ――ってアレ、如月先輩。この人誰ですか? 新しいバイトの人?」
「ど、どうも」
「ああ、真宮だ。こないだから入った。お前の言う『めっちゃいい看板』を作ったのもコイツだ」
「へぇ……なかなかいいセンスしてますね!」
「あ、ありがとうございます」
「真宮さんも聖北の生徒さんなんですか?」
「う、うん。この春から転籍する予定」
「転籍ですか。どおりであまねが知らないわけですね……。せーほく1年の、甘露樹 甘音でーす。よろです!☆」
て、テンションたっか……。
そしてまぶしい。これが陽キャってやつなのか……?
いまの一年というと、俺の一つ下の後輩ってことになるのか。
「ど、ども。真宮孝一です。……よろしく」
――聖学とは。
聖東学園、聖西学園、聖南学園、聖北学園。そして、聖央学園の5つからなる私立学園の総称だ。
「それで、どこからの転籍ですか? もしかして……聖央ですか!?」
「いや、聖西から……」
「聖西――ってあー……、あのインテリ集団ですか」
聖北は女学園。聖西はインテリの集まり。のように学園ごとに一応なりとも特色がある。
聖学間での転籍は、運営の方針で成績や素行に問題がなければ、内部生に限り一度だけ認められている。
特に聖北はいま生徒数減少の影響で内部流動を推進しているので、転籍しやすい状況にあった。
ただ、それでも『聖央』だけは別だ。
トップ中のトップであり天才中の天才。
オンリーワンナンバーワンにしてオールフォーワン。
まさに選ばれた人間のみ在学することが許される、最後の楽園のような存在だ。
「そうだ! 真宮先輩」
甘露樹さんが両手をパンと叩く。
「う、うん?」
「このあと、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
「……え」
これは――アレか?
もしかして、モテ期ってやつか? 年下の後輩か。なるほど悪くない。
自慢ではないけど、俺はいままでモテたことがない。
つまり。俺のリボルバーにはモテ期という弾丸が三発すべて残っているということだ。
……いや。残っていた――か。
俺は外出の許可を得ようと如月さんの方をチラリとみたが、どうやらもう関わりたくないらしく、沈黙だけが返ってきた。
* * *
俺たちはファミレスに移動して、とりあえずドリンクバーを注文した。
「早速なんですが先輩。先輩って超常現象って信じますか?」
席に座るやいなや、甘露樹さんは突拍子もないことを言ってきた。
……おやおや。初手から雲行きが怪しくなってきましたね。
ツボでも売りつけられるのかな俺。とりあえず、リボルバーはしまった方がよさそうだ。
「うーん。あったらいいなとは思うけどね」
「ふーん。先輩は結構ドライなんですね」
「それで……俺にインタビューって何が聞きたいの?」
「もちろん。あの喫茶店のことですよ」
あの喫茶店……。
まあ、らぶろあ以外にないだろう。
「どうって、なにも普通だけど。……もしかして事故物件だったりするの?」
「いえ。全然。建物は問題ないですよ。あまねが調べた限り。見た目が喫茶店に見えない以外は普通の建物ですよ」
見た目が喫茶店に見えないのは当事者からしたら十分問題なのだが。
やはり、外部から見てもそうらしい。
「建物が問題じゃないなら、じゃあ何が問題なのさ。如月さんとか絢瀬さんとかってこと?」
しかし、あの二人に限ってそんなことはないだろう。
そう思いながら、俺はここ数日に渡る自分の記憶を呼び起こした。
……前言を撤回させて頂いてもよろしいだろうか。
「いや。何いってるんですか先輩。もう一人いるじゃないですか。――あの『青髪の人』が」
「え。柚月さん? 彼女がなんかしたの……?」
さっきの二人とは違い、それこそ考えられなかった。
人畜無害の小動物のような笑顔を振り回すだけの、ただの女神だぞ。
「……先輩、ほんとに何も知らないんですね」
「一番ヤバいの『あの人』ですよ?」
そう言い捨てた甘露樹さんの目つきと言い方に、俺は背筋が冷えるのを感じた。
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