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第8話:偶然

ー/ー



8話_表紙

「――ないな」

 俺と柚月さんは、とある材料を買いに近くのホームセンターにきていた。
 しかし目当ての材料だけが、どこにもなかった。
 店員さんに聞いても『そこになければないですね』とテンプレを言われる始末だった。

「そんなぁ……。マミヤくんと一緒に作るの、楽しそうだったのにな……」

 柚月さんはうつむいて肩を落としていた。

「他に売っているお店があるか、探してみます」

 俺はスマホで近くの店を探していた。
 その時だった。

「――よいしょ」

 一人の男性客が目の前の棚にスチール缶を置いて、そのまま去っていった。
 黒板ペイントと書かれたスチール缶が、さっきまでなかったはずの場所に置かれていた。

「ま……マミヤくん」

「う、うん。柚月さん」

「は――はははやく! はやくかごに! とられちゃう!」

「わわわ、わかってますよ!」


 ――なぜ、こんなことになっているか。
 それは少し前にさかのぼる。


 その日のお昼。
 俺と柚月さんは、一人の老大工の工房にお邪魔していた。

「なんとか、おねがいできないでしょうか……?」

 お店の看板に問題があると思った俺は、もっと喫茶店らしい看板に変えることを二人に提案した。
 よほど気に入っていたのか、柚月さんは、初めはあまり乗り気そうではなかったが、最終的には『それも面白そう』といって了承してくれた。

「――なるほどな。それで店の看板をワシに作り替えてほしいと」

 そうして俺と柚月さんは、看板の作成者であるこの『油終 銀』さんに新看板の制作の依頼をしに来ていたのだった。

「銀さん! わたしからもおねがい! ……ね?」

 飛び切り威力の高いウィンクで、柚月さんが畳みかける。
 油終(ゆじまい)さんの鼻の下が伸びる。効果は抜群だ。

「う、うむ。この油終銀(ゆじまい ぎん)。雪華ちゃんの頼みとあっちゃ断るのも忍びない!」

「じ、じゃあ……!」

「……と、いいたいところなんじゃが。スマンが無理じゃ」

 油終さんが裾をめくり、赤く腫れた手首を見せた。
 昔気質な職人なら、こんな状態では仕事をしないだろう。
 自分の仕事に納得が出来ないからだ。そして、油終さんも同じようだった。

「雪華ちゃんたちがくる、ほんのちょっと前に階段から転んでしまってな……」

「そうだったんですね……」

「……ご………………さい」

 柚月さんはショックだったのか、そのケガを見て、なにか5文字か6文字くらいのことを呟いていた。

 しかし。
 職人の手がこれなら、依頼するのは難しいだろう。
 ダメか……。そう思ったとき。

「その代わりに、黒板看板の作り方を教えてやろう。それなら坊主にも作れるじゃろう」

「すごーい! 一緒に作ろうよ! ね? マミヤくん!」

 飛び切り威力の高いウィンクで、柚月さんが畳みかける。
 俺に対しては、もう、言うまでもないだろう。


* * *


 そうして、俺は店看板を作るべく材料集めに奔走していた。と言うわけだった。

「いやー、よかったね!」

「偶然って重なるもんですね」

 油終さんの捻挫。
 材料費の購入費が無いことに気づいたときに、タイミングよく不動産屋から返金された入居費。
 そして、この黒板ペイント。

 偶然と言うには、あまりにもタイミングが良すぎる気がするが、生きていればそういう時もあるのだろう。

「偶然かぁ。……うん。そう、だね」


 柚月さんはうんうんと頷きながら、何かを考え込んでいた。
 その表情だけが、いつもと少し、違って見えた。


* * *


 翌日。
 俺は完成した看板をさっそく店の前に立て掛けた。
 作成している途中、柚月さんがまだ乾いてない黒ペンキをツンツンする使命を背負ったり、居もしないミニトラマンなる特撮ヒーローを探したりとあったが、それはまた別のお話。

 とにもかくにも、店看板ほど豪気さはないけど、これはこれで存在感を醸し出していて、悪くないと自画自賛できる仕上がりだった。

「へぇ……やるじゃねぇか。がんばったな。真宮」

 如月さんが珍しく素直にほめてくれた。
 令和のツンデレは、好感度が高くなくてもデレを提供してくれるらしい。

「……ありがとうございます」

 俺は、少し誇らしい気持ちになった。

「マミヤくん、マミヤくん」

「うん?」

 柚月さんが俺の袖を引っ張る。

「ありがとね」

 感謝の弁をつらづらと並べられるよりも、その裏表のない一言が、俺には一番うれしかった。


 にっこりと少女が笑う。
 それはまるで、陽だまりのような温かさを感じさせる笑顔だった。


 こんなラブコメみたいな日常が、いつまでも続けばいい。
 本気でそう思った。

 こんなことを聞くと、捻くれたやつは『世の中』そんなにうまくいかない。
 そんな言葉を口にするのだろう。


 でも、彼女に対しては違ったんだ。

 ――『世界』は、彼女に優しくなかった。



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「――ないな」
 俺と柚月さんは、とある材料を買いに近くのホームセンターにきていた。
 しかし目当ての材料だけが、どこにもなかった。
 店員さんに聞いても『そこになければないですね』とテンプレを言われる始末だった。
「そんなぁ……。マミヤくんと一緒に作るの、楽しそうだったのにな……」
 柚月さんはうつむいて肩を落としていた。
「他に売っているお店があるか、探してみます」
 俺はスマホで近くの店を探していた。
 その時だった。
「――よいしょ」
 一人の男性客が目の前の棚にスチール缶を置いて、そのまま去っていった。
 黒板ペイントと書かれたスチール缶が、さっきまでなかったはずの場所に置かれていた。
「ま……マミヤくん」
「う、うん。柚月さん」
「は――はははやく! はやくかごに! とられちゃう!」
「わわわ、わかってますよ!」
 ――なぜ、こんなことになっているか。
 それは少し前にさかのぼる。
 その日のお昼。
 俺と柚月さんは、一人の老大工の工房にお邪魔していた。
「なんとか、おねがいできないでしょうか……?」
 お店の看板に問題があると思った俺は、もっと喫茶店らしい看板に変えることを二人に提案した。
 よほど気に入っていたのか、柚月さんは、初めはあまり乗り気そうではなかったが、最終的には『それも面白そう』といって了承してくれた。
「――なるほどな。それで店の看板をワシに作り替えてほしいと」
 そうして俺と柚月さんは、看板の作成者であるこの『油終 銀』さんに新看板の制作の依頼をしに来ていたのだった。
「銀さん! わたしからもおねがい! ……ね?」
 飛び切り威力の高いウィンクで、柚月さんが畳みかける。
 |油終《ゆじまい》さんの鼻の下が伸びる。効果は抜群だ。
「う、うむ。この|油終銀《ゆじまい ぎん》。雪華ちゃんの頼みとあっちゃ断るのも忍びない!」
「じ、じゃあ……!」
「……と、いいたいところなんじゃが。スマンが無理じゃ」
 油終さんが裾をめくり、赤く腫れた手首を見せた。
 昔気質な職人なら、こんな状態では仕事をしないだろう。
 自分の仕事に納得が出来ないからだ。そして、油終さんも同じようだった。
「雪華ちゃんたちがくる、ほんのちょっと前に階段から転んでしまってな……」
「そうだったんですね……」
「……ご………………さい」
 柚月さんはショックだったのか、そのケガを見て、なにか5文字か6文字くらいのことを呟いていた。
 しかし。
 職人の手がこれなら、依頼するのは難しいだろう。
 ダメか……。そう思ったとき。
「その代わりに、黒板看板の作り方を教えてやろう。それなら坊主にも作れるじゃろう」
「すごーい! 一緒に作ろうよ! ね? マミヤくん!」
 飛び切り威力の高いウィンクで、柚月さんが畳みかける。
 俺に対しては、もう、言うまでもないだろう。
* * *
 そうして、俺は店看板を作るべく材料集めに奔走していた。と言うわけだった。
「いやー、よかったね!」
「偶然って重なるもんですね」
 油終さんの捻挫。
 材料費の購入費が無いことに気づいたときに、タイミングよく不動産屋から返金された入居費。
 そして、この黒板ペイント。
 偶然と言うには、あまりにもタイミングが良すぎる気がするが、生きていればそういう時もあるのだろう。
「偶然かぁ。……うん。そう、だね」
 柚月さんはうんうんと頷きながら、何かを考え込んでいた。
 その表情だけが、いつもと少し、違って見えた。
* * *
 翌日。
 俺は完成した看板をさっそく店の前に立て掛けた。
 作成している途中、柚月さんがまだ乾いてない黒ペンキをツンツンする使命を背負ったり、居もしないミニトラマンなる特撮ヒーローを探したりとあったが、それはまた別のお話。
 とにもかくにも、店看板ほど豪気さはないけど、これはこれで存在感を醸し出していて、悪くないと自画自賛できる仕上がりだった。
「へぇ……やるじゃねぇか。がんばったな。真宮」
 如月さんが珍しく素直にほめてくれた。
 令和のツンデレは、好感度が高くなくてもデレを提供してくれるらしい。
「……ありがとうございます」
 俺は、少し誇らしい気持ちになった。
「マミヤくん、マミヤくん」
「うん?」
 柚月さんが俺の袖を引っ張る。
「ありがとね」
 感謝の弁をつらづらと並べられるよりも、その裏表のない一言が、俺には一番うれしかった。
 にっこりと少女が笑う。
 それはまるで、陽だまりのような温かさを感じさせる笑顔だった。
 こんなラブコメみたいな日常が、いつまでも続けばいい。
 本気でそう思った。
 こんなことを聞くと、捻くれたやつは『世の中』そんなにうまくいかない。
 そんな言葉を口にするのだろう。
 でも、彼女に対しては違ったんだ。
 ――『世界』は、彼女に優しくなかった。