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第7話:風林火山

ー/ー



7話_表紙

――ザッザッザ

「――いい天気だ」

 昨日降っていた雨のせいか、今日の日差しは強みを増していた。
 そんなことを考えながら、喫茶店の目の前を箒で掃いている時だった。

「――やあ。新しい店員さんかな?」

「え」

 見ると、不審者が俺に声をかけていた。
 とても初見の人に対してかける言葉ではないが、そうとしか言い表せなかった。

 その人物は、このすっかり暖かくなってきたであろう春爛漫に、喧嘩を売るようにして薄茶のロングコートと、顔が見えなくなるまで深く帽子を被っていた。
 季節感か、もしくはファッションセンスが異様にズレていた。

「はい……一応。今日から働かせてもらっています」

「そうかい。そいつはゴキゲンだね」

「は、はあ……。えっとお客さん……ですか? すみません。まだお店開いてな」

「君は、縁ってどうおもうかね」

「……はい?」

 その不審者は見た目だけではなく、振ってくる話題まで突拍子もなかった。

「えん……ですか? 人との関係性とかの」

「そうとも。認めよう。その縁だ」

「う、うーん……。そうですね……。都合のいい解釈ともいえますし、そういうのに縋りたい気持ちも、わかる気がします」

 現に俺は、そういう巡り会わせを経て、その恩恵をいままさに体感しているところだった。

「……そうかい。なら、それを自分の意のままに操れるヤツがいたとしたら、君はどうおもうかね」

 帽子で見えないはずのに、不審者の目つきが刺すように鋭くなったのがわかった。

 やはり不審者なだけあって、先ほどから何を言いたいのか要領を得ない質問を投げかけてくる。
 クレーマーとはこれはまた違う、厄介な人種もいたものだ。

 ただ……もし本当に、そんなことが出来るやつがいたら、俺はどう思うんだろう。
 スゴイって称賛するのだろうか。
 それとも気色が悪いとか、気味が悪いとか。そんな風に感じるんだろうか。


――ガタッ


「あわわ」

「あれ……柚月さん?」

「あ……おはよマミヤくん! 朝早いんだねえ」

 えへへ。と軽く笑いながら柚月さんが近づいてくる。
 先ほどまでいた不審者は、俺の錯覚が生み出したのではないかと疑うくらい、跡形もなく消え去っていた。

「…………」

「どうしたの?」

「いや。なんでもないです。ちょっと変な客が――」

 本当にお客さんだったのか、いまとなってはわからない。
 しかし、そんなことを吹き飛ばすような光景が俺の目線の先にはあった。

 俺は、ここに来てから、お店には裏口からしか入ったことがなかった。
 つまり、正面を見たのは今日が初めてだった。

「……柚月さん」

「うに。どうしたの?」

「お客さんの入りが悪いって、言ってましたよね」

「そうなの! どうしてかなあ。可愛いメイドさんもいるのにね」

 そりゃあ。そうだろ。と、いまなら言える。
 俺の見上げる目線。
 その先には、読みにくいが店の外観や内装の風格に相応しい文字で書かれた木製の店看板があった。

 看板はまるで『風 林 火 山』みたいな勢いで男前に『ら ぶ ろ あ』と書かれていた。

 これでは一体何の店かわからない。
 いくら行間を読むのが得意な日本人でも、このひらがな4文字だけで喫茶店だということを察しろというのは、あまりにも荷が重いだろう。
 看板を見る限り、格式高そうな感じで嫌煙されるか、老舗のうなぎ屋か何かと勘違いされて入店されるかのどちらかだ。

「ふっふっふ……。その目線。どうやら見つけちゃったみたいだね? マミヤくん」

 俺が頭痛を感じていると、更に頭痛が酷くなるような予感しかしない声の主が、不敵な笑みを浮かべながら横からひょいっと顔を出してきた。

「……ああ。孫子さんはじめまして」

 孫氏と言われた柚月さんはキョトンとしていた。

「雪華ちゃんだよ……?」

「……存じております」

「それで…、どうかな?」

 孫氏さんが再び不敵な笑みでコチラを見つめてくる。

「どうって……なにがですか?」

「そりゃあもちろん、この看板だよ!」

「いやぁー……うん。まあ、はい」

「はぁ……。マミヤくんは感じないかなぁ。この看板からあふれ出る漢気? ってやつ」

「うん。いま体感中です」

「アタシはこう言うのわからねぇけど、雪華の言うように、この看板からはなにか、魂の迫力? のようなものを感じてんだ」

 いつの間にか如月さんも隣で看板を眺めながらそうつぶやいた。
 みんな「?」ついてんなぁ! いや、確かに感じるけど。なにかを。

 俺は二人に自分の感じている違和感をぶつけてみた。

「……柚月さんと如月さん」

「うん? なあに?」

「ぉん? あんだよ」

「例えばさ、うな重食べようと思って入ったのに、ナポリタンが出てきたら、どう思います?」

「え……ナポリタンもおいしいよ?」

「ばっかお前。アタシのナポリはうな重よりうめぇから! 待ってろいま食わせてやる!」

 くっそう……!
 ダメだこのダブルムーン! 俺が何とかしないと。

 「わたしも食べたい!」と如月さんの後を追うもう一つの月を追いかけながら、俺は二人に店の改善案を呼びかけるのだった。



 ――そして、そんな俺たちのやり取りを見つめる不審者の姿に、俺は気づいていなかった。

「……急ぎたまえよ。ブックメーカー。もう時は刻み始めているのだから」



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――ザッザッザ
「――いい天気だ」
 昨日降っていた雨のせいか、今日の日差しは強みを増していた。
 そんなことを考えながら、喫茶店の目の前を箒で掃いている時だった。
「――やあ。新しい店員さんかな?」
「え」
 見ると、不審者が俺に声をかけていた。
 とても初見の人に対してかける言葉ではないが、そうとしか言い表せなかった。
 その人物は、このすっかり暖かくなってきたであろう春爛漫に、喧嘩を売るようにして薄茶のロングコートと、顔が見えなくなるまで深く帽子を被っていた。
 季節感か、もしくはファッションセンスが異様にズレていた。
「はい……一応。今日から働かせてもらっています」
「そうかい。そいつはゴキゲンだね」
「は、はあ……。えっとお客さん……ですか? すみません。まだお店開いてな」
「君は、縁ってどうおもうかね」
「……はい?」
 その不審者は見た目だけではなく、振ってくる話題まで突拍子もなかった。
「えん……ですか? 人との関係性とかの」
「そうとも。認めよう。その縁だ」
「う、うーん……。そうですね……。都合のいい解釈ともいえますし、そういうのに縋りたい気持ちも、わかる気がします」
 現に俺は、そういう巡り会わせを経て、その恩恵をいままさに体感しているところだった。
「……そうかい。なら、それを自分の意のままに操れるヤツがいたとしたら、君はどうおもうかね」
 帽子で見えないはずのに、不審者の目つきが刺すように鋭くなったのがわかった。
 やはり不審者なだけあって、先ほどから何を言いたいのか要領を得ない質問を投げかけてくる。
 クレーマーとはこれはまた違う、厄介な人種もいたものだ。
 ただ……もし本当に、そんなことが出来るやつがいたら、俺はどう思うんだろう。
 スゴイって称賛するのだろうか。
 それとも気色が悪いとか、気味が悪いとか。そんな風に感じるんだろうか。
――ガタッ
「あわわ」
「あれ……柚月さん?」
「あ……おはよマミヤくん! 朝早いんだねえ」
 えへへ。と軽く笑いながら柚月さんが近づいてくる。
 先ほどまでいた不審者は、俺の錯覚が生み出したのではないかと疑うくらい、跡形もなく消え去っていた。
「…………」
「どうしたの?」
「いや。なんでもないです。ちょっと変な客が――」
 本当にお客さんだったのか、いまとなってはわからない。
 しかし、そんなことを吹き飛ばすような光景が俺の目線の先にはあった。
 俺は、ここに来てから、お店には裏口からしか入ったことがなかった。
 つまり、正面を見たのは今日が初めてだった。
「……柚月さん」
「うに。どうしたの?」
「お客さんの入りが悪いって、言ってましたよね」
「そうなの! どうしてかなあ。可愛いメイドさんもいるのにね」
 そりゃあ。そうだろ。と、いまなら言える。
 俺の見上げる目線。
 その先には、読みにくいが店の外観や内装の風格に相応しい文字で書かれた木製の店看板があった。
 看板はまるで『風 林 火 山』みたいな勢いで男前に『ら ぶ ろ あ』と書かれていた。
 これでは一体何の店かわからない。
 いくら行間を読むのが得意な日本人でも、このひらがな4文字だけで喫茶店だということを察しろというのは、あまりにも荷が重いだろう。
 看板を見る限り、格式高そうな感じで嫌煙されるか、老舗のうなぎ屋か何かと勘違いされて入店されるかのどちらかだ。
「ふっふっふ……。その目線。どうやら見つけちゃったみたいだね? マミヤくん」
 俺が頭痛を感じていると、更に頭痛が酷くなるような予感しかしない声の主が、不敵な笑みを浮かべながら横からひょいっと顔を出してきた。
「……ああ。孫子さんはじめまして」
 孫氏と言われた柚月さんはキョトンとしていた。
「雪華ちゃんだよ……?」
「……存じております」
「それで…、どうかな?」
 孫氏さんが再び不敵な笑みでコチラを見つめてくる。
「どうって……なにがですか?」
「そりゃあもちろん、この看板だよ!」
「いやぁー……うん。まあ、はい」
「はぁ……。マミヤくんは感じないかなぁ。この看板からあふれ出る漢気? ってやつ」
「うん。いま体感中です」
「アタシはこう言うのわからねぇけど、雪華の言うように、この看板からはなにか、魂の迫力? のようなものを感じてんだ」
 いつの間にか如月さんも隣で看板を眺めながらそうつぶやいた。
 みんな「?」ついてんなぁ! いや、確かに感じるけど。なにかを。
 俺は二人に自分の感じている違和感をぶつけてみた。
「……柚月さんと如月さん」
「うん? なあに?」
「ぉん? あんだよ」
「例えばさ、うな重食べようと思って入ったのに、ナポリタンが出てきたら、どう思います?」
「え……ナポリタンもおいしいよ?」
「ばっかお前。アタシのナポリはうな重よりうめぇから! 待ってろいま食わせてやる!」
 くっそう……!
 ダメだこのダブルムーン! 俺が何とかしないと。
 「わたしも食べたい!」と如月さんの後を追うもう一つの月を追いかけながら、俺は二人に店の改善案を呼びかけるのだった。
 ――そして、そんな俺たちのやり取りを見つめる不審者の姿に、俺は気づいていなかった。
「……急ぎたまえよ。ブックメーカー。もう時は刻み始めているのだから」