表示設定
表示設定
目次 目次




第6話:ようこそ らぶろあへ

ー/ー



6話_表紙

「……す、すまん。雪華」

「ごめんなさい……」

 俺と如月さんは、そろって頭を下げていた。

「あはは……。まあ、生きてればそういうコトもあるよ……ね」

 柚月さんは、照れ臭そうに頬を掻く。

――シーン

 気まずい沈黙が降りる。

「……あ! そうだ! さっちゃん。マミヤくんにお布団出してあげてもらえるかな?」

「お、おう。わかった」

 如月さんは二階へと向かっていった。
 ホールには、俺と柚月さんの二人だけが取り残されていた。

――シーン

 再び、沈黙が降りる。

「……ねえ、マミヤくん」

「は、はい」

 俺は責められるのを覚悟した。
 女神だなんだといっても、その顔は仏ではないだろう。
 年端もいかない女性が自分の裸を見たとあれば、文句の一つも言いたくなるというものだ。

「ここ、居心地悪いかな……?」

「――え」

 それは予想外な範疇外の質問だった。
 俺は言う。

「……居心地が良すぎるくらいです」

 そう。
 それがまるで、そうであるように。
 元からそうであったように。
 俺はこの場所に、何か懐かしさすら覚えていた。

「――! そっか! それなら、良かった」

 柚月さんは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。
 俺はまた、この笑顔に時間を奪われてしまった。

「あのさ、マミヤくん」

「なんでせうか」

 緊張のあまり、言語だけタイムスリップしてしまったようだ。

「さっちゃんから聞いたんだけどさ、マミヤくんがアルバイト先探してるって」

「あ……ああ、まあ、はい」

「そのさ。まだ、他が決まってなかったら、その、ウチで働くのも……どう――かな? ……なんて」

「…………」

 こんな話が出てくる時点で、いまの俺の状況は筒抜けなのだろう。
 それでも相手を立てて話してくるあたり、彼女の性格の良さが伝わってくる。

 こういう『良い人』が、騙され裏切られ、いいように欲望の吐け口にされるのだろう。

「もちろんスグじゃなくてもいいからね! ゆっくり考えてもらって大丈夫だから。ね」

 柚月さんは、畳みかけるように言葉を紡ぐ。
 反して俺は、なにも言い出せずに口を噤む。

 食事を提供してもらい。
 風呂を使わせてもらい。
 寝床を用意してもらい。

 今度はなんだ。
 俺は。仕事と居場所を恵んでもらうのか?

 これが俺でなければいいのに。
 そうであれば、こんな惨めな思いをしなくてもいいのに。

 彼女の無自覚で無作為で無責任な優しさが、俺には切れ味の悪いナイフに感じた。
 切るなら一思いに切ってほしい。
 そう思って、ズキズキといつまでも痛みが引かない胸に手をあてた。

「―――待って! ……ください。」

 俺は、静かに、でも聞こえる強さで言った。
 階段を上りかけていた如月さんの足が止まった。

「ご、ごめんね! 急……だったよね」

 俺の語気に少し動揺したのか、柚月さんは慌てたように言った。
 息を吸って呼吸を整える。

「ここで――働かせてください。おねがいします」

 俺はテーブルに額をこすりつけた。
 ――数秒の沈黙。

「……いいよ」

 顔を上げると、柚月さんはさっきと変わらない笑顔でにこっと笑っていた。

「ようこそ。喫茶らぶろあへ」


 階段を上がる音が、また聞こえ始めた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第7話:風林火山


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「……す、すまん。雪華」
「ごめんなさい……」
 俺と如月さんは、そろって頭を下げていた。
「あはは……。まあ、生きてればそういうコトもあるよ……ね」
 柚月さんは、照れ臭そうに頬を掻く。
――シーン
 気まずい沈黙が降りる。
「……あ! そうだ! さっちゃん。マミヤくんにお布団出してあげてもらえるかな?」
「お、おう。わかった」
 如月さんは二階へと向かっていった。
 ホールには、俺と柚月さんの二人だけが取り残されていた。
――シーン
 再び、沈黙が降りる。
「……ねえ、マミヤくん」
「は、はい」
 俺は責められるのを覚悟した。
 女神だなんだといっても、その顔は仏ではないだろう。
 年端もいかない女性が自分の裸を見たとあれば、文句の一つも言いたくなるというものだ。
「ここ、居心地悪いかな……?」
「――え」
 それは予想外な範疇外の質問だった。
 俺は言う。
「……居心地が良すぎるくらいです」
 そう。
 それがまるで、そうであるように。
 元からそうであったように。
 俺はこの場所に、何か懐かしさすら覚えていた。
「――! そっか! それなら、良かった」
 柚月さんは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。
 俺はまた、この笑顔に時間を奪われてしまった。
「あのさ、マミヤくん」
「なんでせうか」
 緊張のあまり、言語だけタイムスリップしてしまったようだ。
「さっちゃんから聞いたんだけどさ、マミヤくんがアルバイト先探してるって」
「あ……ああ、まあ、はい」
「そのさ。まだ、他が決まってなかったら、その、ウチで働くのも……どう――かな? ……なんて」
「…………」
 こんな話が出てくる時点で、いまの俺の状況は筒抜けなのだろう。
 それでも相手を立てて話してくるあたり、彼女の性格の良さが伝わってくる。
 こういう『良い人』が、騙され裏切られ、いいように欲望の吐け口にされるのだろう。
「もちろんスグじゃなくてもいいからね! ゆっくり考えてもらって大丈夫だから。ね」
 柚月さんは、畳みかけるように言葉を紡ぐ。
 反して俺は、なにも言い出せずに口を噤む。
 食事を提供してもらい。
 風呂を使わせてもらい。
 寝床を用意してもらい。
 今度はなんだ。
 俺は。仕事と居場所を恵んでもらうのか?
 これが俺でなければいいのに。
 そうであれば、こんな惨めな思いをしなくてもいいのに。
 彼女の無自覚で無作為で無責任な優しさが、俺には切れ味の悪いナイフに感じた。
 切るなら一思いに切ってほしい。
 そう思って、ズキズキといつまでも痛みが引かない胸に手をあてた。
「―――待って! ……ください。」
 俺は、静かに、でも聞こえる強さで言った。
 階段を上りかけていた如月さんの足が止まった。
「ご、ごめんね! 急……だったよね」
 俺の語気に少し動揺したのか、柚月さんは慌てたように言った。
 息を吸って呼吸を整える。
「ここで――働かせてください。おねがいします」
 俺はテーブルに額をこすりつけた。
 ――数秒の沈黙。
「……いいよ」
 顔を上げると、柚月さんはさっきと変わらない笑顔でにこっと笑っていた。
「ようこそ。喫茶らぶろあへ」
 階段を上がる音が、また聞こえ始めた。