表示設定
表示設定
目次 目次




第4話:段ボールの国の王様

ー/ー



4話_表紙

「――ありがとうございました」

 俺は柚月さんと如月さんに深々と頭を下げた。
 絢瀬さんは、朝練とのことで、すでにお店にはいなかった。


 翌朝。
 俺は『喫茶らぶろあ』を後にすることにした。


「……ぉら」

 別れの際。
 如月さんが、コレまた可愛らしい包みに包まれたお弁当箱を渡してくれた。

「え……これ」

「金ねぇんだろ。落ち着いたら返しにこい」

「……ありがとうございます」

 俺はお礼もそこそこに、その場を辞した。

「またね、マミヤくん!」

 柚月さんは手を振って見送ってくれた。
 これからどうなるのか、どこに行くのか、どうしていくのか。


 なにも決まっていない。
 決まっていないことしか、決まっていない。


「うじうじしてても仕方がないよな。こっからだ。うん。こっから仕切り直そう。――よし!」

 まずはアルバイトでも探そう。
 近い内、敷金が戻ってくる筈だ。それまでの辛抱。

 俺は100%まで充電されたスマホを見ながら、歩き出した。


* * *


―――ポツポツ


 その日の夕方は、しとしとと、代わる代わりに俺の肩を叩くような雨が降っていた。
 戦果は言うまでもなく、ゼロだった。

 また、やってしまった。
 俺は逃げるように、大きな木の根元に段ボールを敷いて座っている。


――にゃあ


 足元で丸まっているコイツを軽く撫でる。
 柔らかくて、すべすべで、温かくて、暖かい。

「ごめんな。昨日は。お前の飯を奪ってしまって」


―――ポツ

―――ポツポツ

―――ポツン


 雨脚は少しずつ強まりはじめ、尻に敷いた段ボールが、じわじわと水を吸って色を変えていく。
 それはまるで、さながら俺の逃げ場を塞ぐかのように、少し、また少しと俺の領土を侵食していった。

 ……寒い。
 風が出ている。濡れた服が体温を奪っていく。

 俺もすぐに諦めたわけじゃない。そこまで甲斐性無しではない。
 お昼に、如月さんのお弁当を半分食べて、夜にもう残りの半分を食べて。
 ちょっとずつ元気をもらって、店が閉まる時間まで、方々に飛び込み、自分を押し売りしていた。

 ……それなのに。
 なぜか、どのお店からもオファーを貰うことはできなかった。
 気味が悪いのは、理由を聞くと、どのお店も申し合わせたかのように今日いきなり、アルバイトの募集を打ち切っていたのだ。

 採用した。人をアサインできた。理由は様々だ。
 掲載のタイミングだとかもあるだろう。だから、それ自体は特に珍しことではない。

 けれど、それがすべてのお店で。となれば――どうだろうか?


「……そんなことどうでもいいよ。もう、なんでもいい。どうだっていい」


 昨日よりも遅い時間。
 コイツの飯の時間はもう終わっているだろう。

 こんな姿で鉢合わせしたら、俺は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
 そう内心ビクビクしていたが、微恙(びよう)ともいえるそれは、無用で不要な心配だった。

 今日は、もうこのまま寝てしまおう。
 寝ればこの惨めな気持ちも感じなくなる。


 ――ふと。
 さっきまで俺の頭を軽く小突き続けていた煩わしい雨粒の感触が、消えた気がした。


「……あにしてんだよ。お前は」


 ――顔を上げると、如月さんが傘を差し出しながら立っていた。

 先ほどまで単調な音しか聞こえなかったはずの公園に、いまとなっては、少し、聞き覚え始めていた雨とは違う音が、俺の耳へと落ちた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第5話:出戻りとお風呂


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「――ありがとうございました」
 俺は柚月さんと如月さんに深々と頭を下げた。
 絢瀬さんは、朝練とのことで、すでにお店にはいなかった。
 翌朝。
 俺は『喫茶らぶろあ』を後にすることにした。
「……ぉら」
 別れの際。
 如月さんが、コレまた可愛らしい包みに包まれたお弁当箱を渡してくれた。
「え……これ」
「金ねぇんだろ。落ち着いたら返しにこい」
「……ありがとうございます」
 俺はお礼もそこそこに、その場を辞した。
「またね、マミヤくん!」
 柚月さんは手を振って見送ってくれた。
 これからどうなるのか、どこに行くのか、どうしていくのか。
 なにも決まっていない。
 決まっていないことしか、決まっていない。
「うじうじしてても仕方がないよな。こっからだ。うん。こっから仕切り直そう。――よし!」
 まずはアルバイトでも探そう。
 近い内、敷金が戻ってくる筈だ。それまでの辛抱。
 俺は100%まで充電されたスマホを見ながら、歩き出した。
* * *
―――ポツポツ
 その日の夕方は、しとしとと、代わる代わりに俺の肩を叩くような雨が降っていた。
 戦果は言うまでもなく、ゼロだった。
 また、やってしまった。
 俺は逃げるように、大きな木の根元に段ボールを敷いて座っている。
――にゃあ
 足元で丸まっているコイツを軽く撫でる。
 柔らかくて、すべすべで、温かくて、暖かい。
「ごめんな。昨日は。お前の飯を奪ってしまって」
―――ポツ
―――ポツポツ
―――ポツン
 雨脚は少しずつ強まりはじめ、尻に敷いた段ボールが、じわじわと水を吸って色を変えていく。
 それはまるで、さながら俺の逃げ場を塞ぐかのように、少し、また少しと俺の領土を侵食していった。
 ……寒い。
 風が出ている。濡れた服が体温を奪っていく。
 俺もすぐに諦めたわけじゃない。そこまで甲斐性無しではない。
 お昼に、如月さんのお弁当を半分食べて、夜にもう残りの半分を食べて。
 ちょっとずつ元気をもらって、店が閉まる時間まで、方々に飛び込み、自分を押し売りしていた。
 ……それなのに。
 なぜか、どのお店からもオファーを貰うことはできなかった。
 気味が悪いのは、理由を聞くと、どのお店も申し合わせたかのように今日いきなり、アルバイトの募集を打ち切っていたのだ。
 採用した。人をアサインできた。理由は様々だ。
 掲載のタイミングだとかもあるだろう。だから、それ自体は特に珍しことではない。
 けれど、それがすべてのお店で。となれば――どうだろうか?
「……そんなことどうでもいいよ。もう、なんでもいい。どうだっていい」
 昨日よりも遅い時間。
 コイツの飯の時間はもう終わっているだろう。
 こんな姿で鉢合わせしたら、俺は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
 そう内心ビクビクしていたが、|微恙《びよう》ともいえるそれは、無用で不要な心配だった。
 今日は、もうこのまま寝てしまおう。
 寝ればこの惨めな気持ちも感じなくなる。
 ――ふと。
 さっきまで俺の頭を軽く小突き続けていた煩わしい雨粒の感触が、消えた気がした。
「……あにしてんだよ。お前は」
 ――顔を上げると、如月さんが傘を差し出しながら立っていた。
 先ほどまで単調な音しか聞こえなかったはずの公園に、いまとなっては、少し、聞き覚え始めていた雨とは違う音が、俺の耳へと落ちた。