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13.

ー/ー



ガタガタと、車輪の揺れる音だけが響いていた。
オルブライトさんは私の手を握ったまま少しの沈黙をおいて口をひらいた。

「それは…スミレちゃんが異世界から来たことと関係あるのかな。」

「そうですね。ある日突然きたってことは、こっちでもいつ消えるか分からないでしょう?私はこの世界で元気に生きているけど、日本では親より先に死んだことになります。両親は子に先立たれた親という立場で残りの人生を送るでしょう。そういう思いを、もう誰にもさせたくないんです。」

私の葬儀の喪主は父親だ。参列者に挨拶をして、棺に釘を打ち、火葬場で点火スイッチのボタンを押したのも父親だったはず。
死ぬって、そういうことだ。小さい頃から可愛がって育ててくれた親にそんな辛いことをさせてしまった後悔を、初めて口にしたら、今まで閉じ込めていた悲しい気持ちが次から次へとあふれてきた。

みっともないくらい泣いてしまって、オルブライトさんはそんな私の背中をずっとさすってくれた。
「すみません。今まであまり思い出さないようにしてたので。」

「大丈夫だよ。ここには俺しかいないし、こういうのはちゃんと泣いたほうがいい。」
「ごめっ…なさい…。」

ダメだと思いながらも嗚咽をとめることができなくて、私はしばらくの間オルブライトさんの腕にしがみつくように泣き続けた。

涙を出し切った頃、オルブライトさんはハンカチを差し出してくれた。アイロンと無縁の生活を送っている身には、皺ひとつない刺しゅう入りのハンカチで涙を拭くのはなかなか勇気のいることだった。

「落ち着いた?」
「はい。みっともないところをお見せしてすみませんでした。」
「もっと見せてほしいくらいだけどね。抱き着いてくれても良かったのに。」

そう言ってすぐに茶化すのは、この人なりの気遣いなのだろう。
ふふっと笑った私をみて、オルブライトさんの表情も少し緩んだ。

「いつ消えるかなんてさ、それはこの国の人間にも分からないよ。俺だって、明日突然心臓が止まって目を覚まさないかもしれない。冒険者はクエストにでたきり帰ってこないかもしれないし、船乗りはいつ海に沈んだっておかしくない。そんなあるかもしれない未来を恐れて動かないよりも、どんな人生を送ったとしても、俺は悔いのない生き方をしたい。だから、騎士団に入ったし、スミレちゃんに気持ちを伝えたんだ。
スミレちゃんは強い人だからさ、ある日突然どこかに行ってしまうんじゃないかって気が気じゃないんだ。キミが出勤してこなかった日も、心配でどうにかなりそうだったよ。だから、守らせてやってると思って、俺を傍においてくれないかな。」

好きと言われたから好きになるなんて、そんな純粋な気持ちはとっくの昔に失くしてしまった。
どうしたって打算が働く。この場合、オルブライトさんは完全に「いい物件」だ。そんな気持ちで付き合っていい人じゃない。

でも、たった一人でボロボロになって助けにきてくれたこの人の手を、振り払ってはいけない。
私は貸してもらったハンカチをぎゅっと握りしめた。

「私、今まで恋愛する気なんて全くないまま暮らしてきて…。少し時間をください。オルブライトさんとどうなりたいのか、ちゃんと考えますから。」

「わかった。ちゃんと考えてくれてありがとう。」
「でも、やっぱりダメだと思ったらごめんなさい。」

「ええっ?今俺たちいい感じだったよね?ここはグラっとくるところじゃないの?」
そういうところだよ、と思いつついつものオルブライトさんにほっとしてしまった。

「いいよ。これから死ぬ気で口説くから。」
いい歳して口をとがらせてすねるオルブライトさんが可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

「勤務時間外にして下さいね。」
「冷たっ!ねぇほんとに冷たくない?むしろこれ逆に俺のこと好きだよね?」
「あ、もう家なので降ろしてください。」
「スミレちゃーん!」

さっきまでのかっこよさはどこへやら、途端に面倒臭くなったオルブライトさんを置いて、私は馬車を降りた。

さぁ、家に帰ろう。この世界で一番安心できる場所にー。


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ガタガタと、車輪の揺れる音だけが響いていた。
オルブライトさんは私の手を握ったまま少しの沈黙をおいて口をひらいた。
「それは…スミレちゃんが異世界から来たことと関係あるのかな。」
「そうですね。ある日突然きたってことは、こっちでもいつ消えるか分からないでしょう?私はこの世界で元気に生きているけど、日本では親より先に死んだことになります。両親は子に先立たれた親という立場で残りの人生を送るでしょう。そういう思いを、もう誰にもさせたくないんです。」
私の葬儀の喪主は父親だ。参列者に挨拶をして、棺に釘を打ち、火葬場で点火スイッチのボタンを押したのも父親だったはず。
死ぬって、そういうことだ。小さい頃から可愛がって育ててくれた親にそんな辛いことをさせてしまった後悔を、初めて口にしたら、今まで閉じ込めていた悲しい気持ちが次から次へとあふれてきた。
みっともないくらい泣いてしまって、オルブライトさんはそんな私の背中をずっとさすってくれた。
「すみません。今まであまり思い出さないようにしてたので。」
「大丈夫だよ。ここには俺しかいないし、こういうのはちゃんと泣いたほうがいい。」
「ごめっ…なさい…。」
ダメだと思いながらも嗚咽をとめることができなくて、私はしばらくの間オルブライトさんの腕にしがみつくように泣き続けた。
涙を出し切った頃、オルブライトさんはハンカチを差し出してくれた。アイロンと無縁の生活を送っている身には、皺ひとつない刺しゅう入りのハンカチで涙を拭くのはなかなか勇気のいることだった。
「落ち着いた?」
「はい。みっともないところをお見せしてすみませんでした。」
「もっと見せてほしいくらいだけどね。抱き着いてくれても良かったのに。」
そう言ってすぐに茶化すのは、この人なりの気遣いなのだろう。
ふふっと笑った私をみて、オルブライトさんの表情も少し緩んだ。
「いつ消えるかなんてさ、それはこの国の人間にも分からないよ。俺だって、明日突然心臓が止まって目を覚まさないかもしれない。冒険者はクエストにでたきり帰ってこないかもしれないし、船乗りはいつ海に沈んだっておかしくない。そんなあるかもしれない未来を恐れて動かないよりも、どんな人生を送ったとしても、俺は悔いのない生き方をしたい。だから、騎士団に入ったし、スミレちゃんに気持ちを伝えたんだ。
スミレちゃんは強い人だからさ、ある日突然どこかに行ってしまうんじゃないかって気が気じゃないんだ。キミが出勤してこなかった日も、心配でどうにかなりそうだったよ。だから、守らせてやってると思って、俺を傍においてくれないかな。」
好きと言われたから好きになるなんて、そんな純粋な気持ちはとっくの昔に失くしてしまった。
どうしたって打算が働く。この場合、オルブライトさんは完全に「いい物件」だ。そんな気持ちで付き合っていい人じゃない。
でも、たった一人でボロボロになって助けにきてくれたこの人の手を、振り払ってはいけない。
私は貸してもらったハンカチをぎゅっと握りしめた。
「私、今まで恋愛する気なんて全くないまま暮らしてきて…。少し時間をください。オルブライトさんとどうなりたいのか、ちゃんと考えますから。」
「わかった。ちゃんと考えてくれてありがとう。」
「でも、やっぱりダメだと思ったらごめんなさい。」
「ええっ?今俺たちいい感じだったよね?ここはグラっとくるところじゃないの?」
そういうところだよ、と思いつついつものオルブライトさんにほっとしてしまった。
「いいよ。これから死ぬ気で口説くから。」
いい歳して口をとがらせてすねるオルブライトさんが可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「勤務時間外にして下さいね。」
「冷たっ!ねぇほんとに冷たくない?むしろこれ逆に俺のこと好きだよね?」
「あ、もう家なので降ろしてください。」
「スミレちゃーん!」
さっきまでのかっこよさはどこへやら、途端に面倒臭くなったオルブライトさんを置いて、私は馬車を降りた。
さぁ、家に帰ろう。この世界で一番安心できる場所にー。