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12.

ー/ー



「スミレちゃん、なんでもお金で解決しようとするのはよくない。」

オルブライトさんは私の目をまっすぐ見つめてそう言った。分かるよ。ここに転移する前の私だったら同じように思っていたかもしれない、でも。

「それはあなたが貴族だから言えることでしょう。この世界で私には、家族も保証人もなんの後ろ盾もありません。異世界人であることを理由にいつ家を追い出されたって不思議じゃない。仕事だって、信用を失って解雇されても次も同じような仕事が見つかるとは限らない。
そういうギリギリのところで私は生きているんです。そしてレオ、あなたはそんな私の細い生命線を突然奪おうとした。オルブライトさんとの確執から、とるにたらない気持ちで私をさらったのでしょう。所詮は平民、貴族のお屋敷でもてなしてやれば喜ぶとでも思った?」

私は座り込んだレオの前にしゃがみこむと、睨みつけて胸倉をつかんだ。

「こっちは簡単に死ぬのよ。いい?自分がやったことをしかるべき場所で晒されるのと、今ここで払うもの払って水に流すのと、どっちがいい?」

ひゅっとレオの息をのむ音だけがして、短い沈黙の後小さな声で「和解金を、支払おう。」という返答があった。私は立ち上がると、何事かとかけつけた執事に声をかけた。

「示談書を作成します。ペンと紙を持ってきてください。コットンペーパーでお願いします。それから印章も。」

公的な契約書類として認められるようにそう指示すると、執事は諦めたように頷いた。
何人も護衛が倒れている中、屋外で契約書を作成してサインするというのはなかなかシュールな光景だった。オルブライトさんはその間、私のすぐ隣で、何も言わずに一連のやりとりを見ていた。

屋敷中の護衛や男性使用人が私たちのまわりに駆け付けたけど、レオが全員を下がらせて、私に押印済の誓約書を手渡した。こうして、長かった私の軟禁生活は幕を閉じた。


オルブライトさんの馬車は、屋敷から少し離れたところで待機していたらしく、すぐに迎えがきた。

「家まで送るよ。」
「ありがとうございます。それにしても、オルブライトさんがあんなに強かったなんて知りませんでした。」
「実は昔騎士団にいてね。無駄にお勉強ができちゃったもんだから、外交総務に引き抜かれたんだよ。」

聞くところによると、オルブライトさんが引き抜かれる前は、レオが副室長の有力候補だったらしい。
文武両道で貴族でこの見た目。レオが恨みたくなる気持ちもわからないでもないな、とちょっとだけ同情した。

「改めて、助けにきていただいてありがとうございました。」
「そんな。俺のせいでさらわれたんだから当たり前のことだよ。」

「いえ。オルブライトさんがいなかったら示談金を引き出すこともできなかったので、むしろラッキーだったと思うことにします。」

転んでもただじゃ起きない精神でこの世界を生きていくんだ。色々あったけど、こうして王宮文官補佐の仕事は失わずにすんだ。冒険者食堂の方はどうなるか分からないけれど、事情を話してとにかく謝ろう。

誘拐されたくせに妙に清々しい気持ちで窓の外を眺めていると、ふいに手を握られた。
思わずびくっとして振り向くと、苦しくて泣きそうな表情のオルブライトさんがじっと私をみていた。

「ねぇ、スミレちゃん。確かに俺は恵まれた出自で、スミレちゃんの苦労のひとかけらも分からないのかもしれない。だけどそれでも、やっぱりあなたには危険な目にあってもお金さえもらえればそれでいいなんて考え方はしてほしくないんだ。…俺がスミレちゃんの家族になるのじゃ、駄目かな。」

すがるようなその瞳に、子どものように私の手をぎゅうっと握るその手に。
ぐらりと気持ちが大きく傾く音が聞こえた気がして、俯いた。

「私は異世界人。どう頑張ったって平民です。あなたとは身分が釣り合わないでしょう。」

「身分を気にするってことは、俺のことは意識してくれてるってことだよね?大丈夫。貴族とはいえ3男だし、俺に家督が回ってくることはないよ。スミレちゃんが貴族になりたければ、まあなんとかするけど。」

「あんな暮らしをしている人間が貴族になりたいと思うわけないでしょう?」
「うん。そういうと思った。俺のこと、そんなに嫌?」

いつも他人の顔色なんかうかがうことなくバシバシと仕事をさばいていく人が、自信なさげに私を見ている。嘘やごまかしてお断りすることは、できないなぁ。

「私、家族は持たないと決めてるんです。」

私は、こっちにきてから誰にも言ったことのない本音を、オルブライトさんに打ち明けた。


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「スミレちゃん、なんでもお金で解決しようとするのはよくない。」
オルブライトさんは私の目をまっすぐ見つめてそう言った。分かるよ。ここに転移する前の私だったら同じように思っていたかもしれない、でも。
「それはあなたが貴族だから言えることでしょう。この世界で私には、家族も保証人もなんの後ろ盾もありません。異世界人であることを理由にいつ家を追い出されたって不思議じゃない。仕事だって、信用を失って解雇されても次も同じような仕事が見つかるとは限らない。
そういうギリギリのところで私は生きているんです。そしてレオ、あなたはそんな私の細い生命線を突然奪おうとした。オルブライトさんとの確執から、とるにたらない気持ちで私をさらったのでしょう。所詮は平民、貴族のお屋敷でもてなしてやれば喜ぶとでも思った?」
私は座り込んだレオの前にしゃがみこむと、睨みつけて胸倉をつかんだ。
「こっちは簡単に死ぬのよ。いい?自分がやったことをしかるべき場所で晒されるのと、今ここで払うもの払って水に流すのと、どっちがいい?」
ひゅっとレオの息をのむ音だけがして、短い沈黙の後小さな声で「和解金を、支払おう。」という返答があった。私は立ち上がると、何事かとかけつけた執事に声をかけた。
「示談書を作成します。ペンと紙を持ってきてください。コットンペーパーでお願いします。それから印章も。」
公的な契約書類として認められるようにそう指示すると、執事は諦めたように頷いた。
何人も護衛が倒れている中、屋外で契約書を作成してサインするというのはなかなかシュールな光景だった。オルブライトさんはその間、私のすぐ隣で、何も言わずに一連のやりとりを見ていた。
屋敷中の護衛や男性使用人が私たちのまわりに駆け付けたけど、レオが全員を下がらせて、私に押印済の誓約書を手渡した。こうして、長かった私の軟禁生活は幕を閉じた。
オルブライトさんの馬車は、屋敷から少し離れたところで待機していたらしく、すぐに迎えがきた。
「家まで送るよ。」
「ありがとうございます。それにしても、オルブライトさんがあんなに強かったなんて知りませんでした。」
「実は昔騎士団にいてね。無駄にお勉強ができちゃったもんだから、外交総務に引き抜かれたんだよ。」
聞くところによると、オルブライトさんが引き抜かれる前は、レオが副室長の有力候補だったらしい。
文武両道で貴族でこの見た目。レオが恨みたくなる気持ちもわからないでもないな、とちょっとだけ同情した。
「改めて、助けにきていただいてありがとうございました。」
「そんな。俺のせいでさらわれたんだから当たり前のことだよ。」
「いえ。オルブライトさんがいなかったら示談金を引き出すこともできなかったので、むしろラッキーだったと思うことにします。」
転んでもただじゃ起きない精神でこの世界を生きていくんだ。色々あったけど、こうして王宮文官補佐の仕事は失わずにすんだ。冒険者食堂の方はどうなるか分からないけれど、事情を話してとにかく謝ろう。
誘拐されたくせに妙に清々しい気持ちで窓の外を眺めていると、ふいに手を握られた。
思わずびくっとして振り向くと、苦しくて泣きそうな表情のオルブライトさんがじっと私をみていた。
「ねぇ、スミレちゃん。確かに俺は恵まれた出自で、スミレちゃんの苦労のひとかけらも分からないのかもしれない。だけどそれでも、やっぱりあなたには危険な目にあってもお金さえもらえればそれでいいなんて考え方はしてほしくないんだ。…俺がスミレちゃんの家族になるのじゃ、駄目かな。」
すがるようなその瞳に、子どものように私の手をぎゅうっと握るその手に。
ぐらりと気持ちが大きく傾く音が聞こえた気がして、俯いた。
「私は異世界人。どう頑張ったって平民です。あなたとは身分が釣り合わないでしょう。」
「身分を気にするってことは、俺のことは意識してくれてるってことだよね?大丈夫。貴族とはいえ3男だし、俺に家督が回ってくることはないよ。スミレちゃんが貴族になりたければ、まあなんとかするけど。」
「あんな暮らしをしている人間が貴族になりたいと思うわけないでしょう?」
「うん。そういうと思った。俺のこと、そんなに嫌?」
いつも他人の顔色なんかうかがうことなくバシバシと仕事をさばいていく人が、自信なさげに私を見ている。嘘やごまかしてお断りすることは、できないなぁ。
「私、家族は持たないと決めてるんです。」
私は、こっちにきてから誰にも言ったことのない本音を、オルブライトさんに打ち明けた。