11.
ー/ー「スミレちゃん!」
オルブライトさんが全力でこちらにむかって走ってくる。剣を手にしてたから反射で逃げてしまったけど、本気で走った男の人に叶うわけもなく、低緑樹の茂みで捕まってしまった。
ガシャン。剣が地面に投げ出されて、何度も私の名前を呼びながらオルブライトさんが私を抱きしめた。
ベルガモットと柑橘類の混じったすごくいい匂い。そう言えば、男の人にこんな風にされるのは久しぶりで、疲れた表情で笑うオルブライトさんに不覚にもドキッとしてしまった。
「助けにきたのに、なんで逃げるかなぁ。」
「いえ、自力で脱出しようと試みている最中だったので。」
オルブライトさんはガバっと顔を上げると、私の顔を覗き込んで「そういうとこ~」とうなだれた。
「そういうとこがさ、どうしようもなく好きなんだよ。」
「なっ…。」
臆面もなくそんなことを言ってのけるのはさすが遊び人。そう思おうとしたけど、私を抱きしめるオルブライトさんはあちこち傷だらけでボロボロだ。
いつも綺麗にセットされている髪も崩れて、前髪が目にかかっている。オルブライトさんの声は少し震えていた。
「何もされてない?」
「はい。大丈夫です。」
「俺のせいでごめん。騎士団に応援を依頼する時間が惜しくて一人で来たから、ぜんぜんかっこよく助けられなかったな。でも、無事で本当によかった。」
そう言われたら、さすがに遊び人の軽口じゃないことくらい分かる。この人、本当に私のことが好きで、必死で助けにきてくれたんだ。
名前の付けられない熱が体の中に広がっていくみたいで、私はオルブライトさんの腕の中で小さく身じろぎした。
「だーめ、絶対離さない。って言いたいところだけど、お邪魔虫を片づけるからちょっとだけ後ろに下がっててくれる?」
新たな追撃者の気配に、オルブライトさんは私から体を離すと、もう一度剣を手にして数歩前に出た。
屋敷の表側から5人の護衛を連れたレオが回り込んできて、私たちはあっと言う間に囲まれてしまった。
「うわっ、レオだ。」
「やはり貴様か、オルブライト。」
「せっかく訪ねてきたのにつれないなぁ。スミレちゃんをさらうなんて回りくどいことしないで、直接俺に好きだから構ってくれって言えばよかったのに。」
相変わらずのチャラい口調だけど、その声には怒りが滲んでいた。背中しか見えないけど、絶対に目が笑ってないやつだ。
「思いあがるのもいい加減にしろよ。外交総務室の役職付きに登用されるのはこの私だったのに。」
「だから何度も言うけどそんな話はなかったんだよ。お前の父親が勝手に吹聴してただけなんだから、恨むなら親を怨め。」
「うるさい!父上までも愚弄する気か。お前たち、先に女を捕えろ。」
言われたと同時に、二人の護衛が私に向かって走ってきた。
剣を持った屈強な男に挟み撃ちにされるなんて怖すぎる。さすがに足がすくんでうまく走れる気がしない。それでも逃げなきゃ、と思った瞬間、オルブライトさんがあっと言う間に二人を倒してしまった。
何が起こったのか全く分からないけど、オルブライトさんがものすごく怒ってることだけは確かだった。
私が知っているオルブライトさんは、チャラいながらも仕事ができて、家柄も容姿も良くて王宮で働く女性や貴族のお嬢様に大人気。いつもにこやかで絶対に声を荒げて怒らない人だった。それが今、鬼のように剣を振るい、すごい勢いで護衛を倒していく。
あっと言う間に決着がついて、レオはオルブライトさんの剣先の前に尻もちをついた。
「うちの大事な文官補佐を誘拐しておいて、ただですむと思うなよ。っていうか、なんでお前がレオ呼びされてるんだよ。」
「知るか。貴様より私の方が親しみやすいということだろう。」
おお、煽るなぁ。他人事のように見ていたけど、オルブライトさんの表情から一切の感情がスッと消えていった。
「左腕一本無くても仕事はできるよなぁ?ああ、でも異世界人保護法違反で島流しになれば、仕事どころではないだろうね。なら右でもいいよな。」
じり、とさらに間合いを詰めるオルブライトさんは本気だ。私の家にアポなしで訪寝てきたのとは別のベクトルで、これは本当にやべー奴だ。絶対に斬らせちゃいけない。私は必死でオルブライトさんに後ろから抱き着いた。
「スミレちゃん?危ないからちょっと離れててくれる?」
「…レオの腕を斬り落としたら、私文官の仕事辞めますから。」
私の発言に、鋭く張りつめていた空気が一気に冷えていった。
「そんなに俺のことが嫌い?」
こちらに背をむけたまま、オルブライトさんがぽつりとそうこぼした。私はオルブライトさんの背中をバシッと叩いた。
「じゃなくてっ!あなたに人を傷つけて欲しくないんです。そんなふうにふるっていい剣じゃないでしょう?」
剣術に全く知識のない私でもわかる。オルブライトさんは剣の基礎をきちんと身に着けてきた人だ。きっと由緒正しい先生に教わってきたのだろう。それを、怒りにまかせて人を傷つけることに使って欲しくはない。だけど、レオを法で裁いて欲しいとも思わない。
私はオルブライトさんの右腕に触れて、剣先を下ろさせた。そうしてしゃがみこんでレオに目線を合わせる。
「本来ならばしかるべき場所で法の裁きをうけてもらうのが正しい行いなんでしょうね。」
「…好きにしろ。どのみち外交総務室への道も断たれ、こんな騒ぎを起こしては廃嫡も免れないだろう。浅はかな私を嗤えばいい。」
「笑いませんし、訴えもしません。異世界人が裁判を起こしていい事なんていっこもないんですよ。それにあなたの片腕がなくなっても、島流しにあっても、私にはなんのメリットもありませんから。」
そう、ヤマダもかつて裁判を起こして散々な目にあったと書いていた。この場合の最適解は訴訟じゃなくて慰謝料だと、偉大な先人から学んだのだ。
「慰謝料として300万一括払い。分割は認めません。これで手を討ちましょう。」
どうです?と聞いた私に返ってきたのは、オルブライトさんとレオの「はぁっ?」という声だった。
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