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09.

ー/ー



「この私が罪もない淑女を拷問?そのために自分の屋敷に連れ帰ってもてなしていると?」

どうやら地雷を踏んでしまったらしい。眼鏡の奥の瞳は鋭く、私の質問で場の空気が一気に凍った。

「あなたをここへお連れした経緯は決して誇れるものではありませんが、最高の待遇を用意しているはず。我が屋敷に招待されて喜ばなかった女性は皆無ですよ。一体何がそんなに不満なのです?」

ぜ ん ぶ だ よ 。と言いたくなるのをぐっとこらえて、私は背筋を伸ばした。

「家に帰れないことが不満なんですって。オルブライトさんについて知りたいことがあるのなら、彼を連れてくればよかったのでは?」

そうだよ、直接話せばよかっただけのこと。
「何なら私が仲介に入りますよ。オルブライトさんの予定はある程度把握していますし。」

「貴女も所詮は異世界人ですね。揃いも揃って私と同じ黒髪というのも忌々しい。オルブライトと私の仲介?ハッ。そんなものは求めていない。私は本来座るはずだった椅子を取り戻したいだけ。外交総務副室長になるのは、本当なら私だったのだから。」

えっ、一体どういうこと?

…って顔をしてみたけど、内心は「知らんがな」の一言だった。
安心して仕事ができるなら誰が室長でも副でも私にはどうでもいい。貴族同士だとそうもいかないんだろうなぁ。レオってプライド高そうだし。
どうやって脱出のチャンスを見出だすかなと考えていると、食堂のドアがノックされて使用人が入室してきた。

「失礼いたします。レオポルド様。ノエル・オルブライト様がお見えになりました。お約束がないのですがいかがなさいますか?」
レオはちらりと私をみて、心底意地の悪い顔で笑った。

「応接室へ通せ。ここにはいないと伝えなければな。彼女は、そうだな。馬車が帰っていく姿が良く見えるように、屋根裏の下級メイド見習いの部屋へ通せ。施錠して外には出すな。」
「承知いたしました。」

使用人が下がって二人きりになった。レオはつかつかと私の席の前に歩み寄ると、腕を掴んで強引に立たせた。

「そんなにひどい目に合いたいのなら、希望にそったもてなしをしましょう。野蛮人のように拷問などせずとも、相応の苦痛を強いることができることを知るといい。」
レオの指が私の頬に食い込んだ。無理やり視線を合わせられて、睨み返す。

「相応のもてなし?下級メイドの部屋?まさか王宮文官で働く私に、使用人の制服でも着せるつもりですか?」

先に視線をそらしたのはレオの方だった。頬を掴んでいた指を振り払うように私から放すと、深いため息をついた。

「普通の貴族子女ならともかく、オルブライトの最愛がこんな女だったとは。それに外交総務室の品位にも関わる。望み通りメイドの服でも着せてやれ。」

私はそのまま屋敷の3階にある末席の使用人部屋へ、メイド服を着せられ放り込まれた。
硬い寝台にかびた寝具。日当たりの悪いほこりっぽい部屋…を想像していたけど、それなりの貴族の家だけあって、使用人の部屋も綺麗だった。
最安値のビジネスホテルをおしゃれにした感じ、くらいでむしろ最初の部屋よりずっと落ち着く。あとこのメイド服も地味に生地がいいし、日本人の感覚からするとかなり可愛い。
煽ってみたけどまさか本当に用意してくれるなんてと、うきうきで黒いワンピースを愛でる。

レオとオルブライトさんがどんな話をしたのか分からないけれど、しばらくすると小さくとられた窓からは立派な馬車が屋敷を出ていくのが見えた。

ふと、ヤマダが本に書いていた『異世界、不条理な理由で誘拐されがち。』という一文を思い出した。
読んでいた時は(いや、ないない)って笑っていたけど今となっては本当にそうだと頷きしかない。

私は殊勝なふりをしながら二日間を屋根裏部屋で過ごした。てっきり食事は出ないものだと思っていたけど、丸パンと水だけは日に2回差し入れられた。

食事を運んでくるのはレオ本人で、その度に仕事での守秘事項を話す気になったかと確認してきた。
知らないから何度聞かれても答えは同じなのだけど、レオの目には必死で恋人を守ろうと強がって無理しているように見えるらしい。
頼むから早く眼科にいってください…。

冒険者食堂でベッティやおかみさんとざっくばらんなおしゃべりを楽しんでいた身としては、思ったことを素直に口に出せないストレスは地味に蓄積していった。

今日もレオが運んできたパン水を前に、ため息をついた。
そろそろパン以外のものが食べたいなぁ。鍋一杯につくった、いい感じに味のしみているポトフがいいな。それを食べながら読みかけの本を開いたり、ワイン1本あけちゃったりする。一日の休みを全力でだらだらするために、前日から手間暇かけて仕込んだポトフ…。ダメだ、絶対に帰ろう。

そういえば!私は鞄の中から板チョコレートを取り出した。
お昼を食べ損ねたり、疲れた時のためにいつも常備している非常食だ。どうして今まで忘れていたんだろう。

私は床に座ると丸パンを横半分に手でちぎり、小さく割ったチョコレートを挟んでかじりついた。
うん。できればトースターであぶりたかったけど、間違いない組み合わせ。ちょっとだけ幸せな気持ちをかみしめていると、外から鍵があけられる男がして部屋のドアが開いた。

いつもは食事を運び入れたらそれきりのはずなのに、どうして?
部屋に入ってきたのは、レオだった。


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どうやら地雷を踏んでしまったらしい。眼鏡の奥の瞳は鋭く、私の質問で場の空気が一気に凍った。
「あなたをここへお連れした経緯は決して誇れるものではありませんが、最高の待遇を用意しているはず。我が屋敷に招待されて喜ばなかった女性は皆無ですよ。一体何がそんなに不満なのです?」
ぜ ん ぶ だ よ 。と言いたくなるのをぐっとこらえて、私は背筋を伸ばした。
「家に帰れないことが不満なんですって。オルブライトさんについて知りたいことがあるのなら、彼を連れてくればよかったのでは?」
そうだよ、直接話せばよかっただけのこと。
「何なら私が仲介に入りますよ。オルブライトさんの予定はある程度把握していますし。」
「貴女も所詮は異世界人ですね。揃いも揃って私と同じ黒髪というのも忌々しい。オルブライトと私の仲介?ハッ。そんなものは求めていない。私は本来座るはずだった椅子を取り戻したいだけ。外交総務副室長になるのは、本当なら私だったのだから。」
えっ、一体どういうこと?
…って顔をしてみたけど、内心は「知らんがな」の一言だった。
安心して仕事ができるなら誰が室長でも副でも私にはどうでもいい。貴族同士だとそうもいかないんだろうなぁ。レオってプライド高そうだし。
どうやって脱出のチャンスを見出だすかなと考えていると、食堂のドアがノックされて使用人が入室してきた。
「失礼いたします。レオポルド様。ノエル・オルブライト様がお見えになりました。お約束がないのですがいかがなさいますか?」
レオはちらりと私をみて、心底意地の悪い顔で笑った。
「応接室へ通せ。ここにはいないと伝えなければな。彼女は、そうだな。馬車が帰っていく姿が良く見えるように、屋根裏の下級メイド見習いの部屋へ通せ。施錠して外には出すな。」
「承知いたしました。」
使用人が下がって二人きりになった。レオはつかつかと私の席の前に歩み寄ると、腕を掴んで強引に立たせた。
「そんなにひどい目に合いたいのなら、希望にそったもてなしをしましょう。野蛮人のように拷問などせずとも、相応の苦痛を強いることができることを知るといい。」
レオの指が私の頬に食い込んだ。無理やり視線を合わせられて、睨み返す。
「相応のもてなし?下級メイドの部屋?まさか王宮文官で働く私に、使用人の制服でも着せるつもりですか?」
先に視線をそらしたのはレオの方だった。頬を掴んでいた指を振り払うように私から放すと、深いため息をついた。
「普通の貴族子女ならともかく、オルブライトの最愛がこんな女だったとは。それに外交総務室の品位にも関わる。望み通りメイドの服でも着せてやれ。」
私はそのまま屋敷の3階にある末席の使用人部屋へ、メイド服を着せられ放り込まれた。
硬い寝台にかびた寝具。日当たりの悪いほこりっぽい部屋…を想像していたけど、それなりの貴族の家だけあって、使用人の部屋も綺麗だった。
最安値のビジネスホテルをおしゃれにした感じ、くらいでむしろ最初の部屋よりずっと落ち着く。あとこのメイド服も地味に生地がいいし、日本人の感覚からするとかなり可愛い。
煽ってみたけどまさか本当に用意してくれるなんてと、うきうきで黒いワンピースを愛でる。
レオとオルブライトさんがどんな話をしたのか分からないけれど、しばらくすると小さくとられた窓からは立派な馬車が屋敷を出ていくのが見えた。
ふと、ヤマダが本に書いていた『異世界、不条理な理由で誘拐されがち。』という一文を思い出した。
読んでいた時は(いや、ないない)って笑っていたけど今となっては本当にそうだと頷きしかない。
私は殊勝なふりをしながら二日間を屋根裏部屋で過ごした。てっきり食事は出ないものだと思っていたけど、丸パンと水だけは日に2回差し入れられた。
食事を運んでくるのはレオ本人で、その度に仕事での守秘事項を話す気になったかと確認してきた。
知らないから何度聞かれても答えは同じなのだけど、レオの目には必死で恋人を守ろうと強がって無理しているように見えるらしい。
頼むから早く眼科にいってください…。
冒険者食堂でベッティやおかみさんとざっくばらんなおしゃべりを楽しんでいた身としては、思ったことを素直に口に出せないストレスは地味に蓄積していった。
今日もレオが運んできたパン水を前に、ため息をついた。
そろそろパン以外のものが食べたいなぁ。鍋一杯につくった、いい感じに味のしみているポトフがいいな。それを食べながら読みかけの本を開いたり、ワイン1本あけちゃったりする。一日の休みを全力でだらだらするために、前日から手間暇かけて仕込んだポトフ…。ダメだ、絶対に帰ろう。
そういえば!私は鞄の中から板チョコレートを取り出した。
お昼を食べ損ねたり、疲れた時のためにいつも常備している非常食だ。どうして今まで忘れていたんだろう。
私は床に座ると丸パンを横半分に手でちぎり、小さく割ったチョコレートを挟んでかじりついた。
うん。できればトースターであぶりたかったけど、間違いない組み合わせ。ちょっとだけ幸せな気持ちをかみしめていると、外から鍵があけられる男がして部屋のドアが開いた。
いつもは食事を運び入れたらそれきりのはずなのに、どうして?
部屋に入ってきたのは、レオだった。