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08.

ー/ー



連れてこられたのは、おそらく王都の少しはずれにある由緒正しきお屋敷だった。

誘拐って、足がつかないように秘密のアジトに監禁するんじゃなかったっけ?それとも魔法で追跡できないようになっているとか?
とにかく、本気の豪邸に一瞬自分が拉致されてきたことを忘れてしまうほどだった。

「あなたが何を知っているかはゆっくり聞くとしましょう。仮に本当に何も知らなくとも、あなたはオルブライトとの交渉材料だ。しばらくここでの滞在を楽しんでいただきましょう。敷居が高すぎて落ち着かないかもしれませんけどね。」

自称レオは貴族ムーブをかましてきたけど、こんな豪邸落ち着かないのは本当のことで、残念ながら彼のマウントは不発に終わった。

案内された部屋はクラシカルな花柄のファブリックで統一されていた。
広くとられた窓に大きくてふかふかのベッド。ホテルのスイートルームにありそうなソファとローテーブル。それにアンティークもののキャビネット。

メイドさんがティーワゴンにハーブティーを持ってきてくれた。ベッドの上には光沢のある生地で作られたネグリジェが用意されている。誘拐の定義を改めたくなる待遇だった。

目の前で手間暇かけて淹れてもらったお茶はもちろんありがたくいただいた。普段は出勤前に放置してぬるくなった安紅茶をあおっている毎日。
たまにはゆったりお茶を楽しむのもいいものだなぁと、こんな身の上ながらしみじみ思う。自分で淹れようとは思わないんだけど。

明日は休みで、その次は外交総務室の勤務日だ。私が無断欠勤して騒ぎになるか、自称レオが私を人質にとったことをオルブライトさんに伝えればここから出られる算段はつくと思いたい。

でも、自称レオは私をどうするつもりで自分の邸宅に入れたのだろう。丹精な顔立ちに育ちもよさそうで、女性に困っている感じは一切ない。

…とりあえず寝よう。今夜死ぬことはなさそうだし、明日のことは明日考える。
異世界にいきなり飛ばされてきた時よりは、きっとマシな状況のはず。

私はネグリジェに着替えるとふかふかのベッドに入った。服も寝具もつるつるさらさらの触り心地で、質の良さはすごくわかるけれど、自分の家にあるくたびれた寝具が恋しかった。

 
翌朝、メイドさんがゆったりとしたデイドレスを着せてくれた。それから髪を結い上げて、朝食へ案内された。
予想はしていたけど、席につくと後から自称レオが入ってきた。レオポルド様、と呼ばれているので自称ではなく本当にレオだったらしい。危機管理能力大丈夫かと心配になったけど、異世界だしという力技で納得することにした。

「服装を変えるだけでも見違えるものですね。昨晩はよく眠れましたか?」
「おかげさまで最高にいい休日になりそうですよ。」

私の嫌味も危機管理能力ゼロ男にはなにも響かなかったらしい。

「ふふ、そうでしょう。どうです?あくせく働くのが馬鹿らしくなったでしょう。あなたが持っている外交総務に関する情報をこちらに開示してくれるのなら、この生活を保障しましょう。黒髪は好むところではないのですが、目をつぶって愛人にしてもいい。異世界人を囲うというのも一部の貴族で流行っていますから。」

レオの言っていることは最低だったけれど、用意された朝食は最高だった。どうせ何を言っても通じないのだと、私は彼の言葉をスルーしてパチンと手を合わせた。

「いただきますっ!」
「はっ。人の話も聞かずに食べものしか見えていないとは。文官補佐に起用されているとはいえ、やはり異世界人は程度が知れているというもの。」

そう言いながらも、レオは私と同じテーブルで食事をするらしく、ナイフとフォークを手にとった。
ふかふかのテーブルロールにジャム。厚切りベーコンときっちり端の整えられたオムレツ。新鮮なサラダに手作りドレッシング。それにフルーツの盛り合わせ。
お茶はもちろんメイドさんが完璧な状態でサーブしてくれるし、真っ白なクロスが敷かれたテーブルには季節の花がさりげなく飾られている。

パンが美味しい。家ではいつも日持ちのするライ麦パンを食べているから、ふわふわで甘みのある白い生地のありがたさが身に染みる。これはおばあさんに食べさせたくもなるよね、と日本の古いアニメに共感する。
次はいつ食べられるか分からないからしっかり食べておこうと、私はパンを3回もおかわりした。

「このパンはこのお屋敷で作っているのですか?」
パンのあまりのおいしさに、聞かずにはいられない。

「ええ。専属料理人が毎日作っていますよ。」
「今まで食べたパンの中で一番美味しいです。これ、どこかで買えたらいいのに…。こんなに美味しいパンが毎日食べられるなんて幸せですね。」

「不本意な形でここに連れてこられたというのに、不思議な人だ。」
「あなたに比べたらだいぶ底辺ですからね。」

身分も収入も意識も幸せのハードルも、ぜんぶ低い。それでも私は、目の前の貴族よりずっと幸せだと胸を張って言える。素敵な朝ごはんをきっちり完食して、私は再び手を合わせた。

「ごちそうさまでした。」
お皿を下げてくれる給仕係に「全部すごく美味しかったと料理長にお伝えください。」と言うと、私は同じように朝食を終えたレオの顔をまっすぐに見た。

「それで、この後の予定は?私は拷問でもされるんですか?」

私はオルブライトさんの好意を退けた人間だ。今更彼がかっこよく助けにきてくれるなんて期待はしない。
どうにか自力で脱出しなければ。なるべく会話を続けて脱出の糸口をつかもう。
私は口角をあげながら、余裕の表情を意識してレオにそう尋ねた。


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連れてこられたのは、おそらく王都の少しはずれにある由緒正しきお屋敷だった。
誘拐って、足がつかないように秘密のアジトに監禁するんじゃなかったっけ?それとも魔法で追跡できないようになっているとか?
とにかく、本気の豪邸に一瞬自分が拉致されてきたことを忘れてしまうほどだった。
「あなたが何を知っているかはゆっくり聞くとしましょう。仮に本当に何も知らなくとも、あなたはオルブライトとの交渉材料だ。しばらくここでの滞在を楽しんでいただきましょう。敷居が高すぎて落ち着かないかもしれませんけどね。」
自称レオは貴族ムーブをかましてきたけど、こんな豪邸落ち着かないのは本当のことで、残念ながら彼のマウントは不発に終わった。
案内された部屋はクラシカルな花柄のファブリックで統一されていた。
広くとられた窓に大きくてふかふかのベッド。ホテルのスイートルームにありそうなソファとローテーブル。それにアンティークもののキャビネット。
メイドさんがティーワゴンにハーブティーを持ってきてくれた。ベッドの上には光沢のある生地で作られたネグリジェが用意されている。誘拐の定義を改めたくなる待遇だった。
目の前で手間暇かけて淹れてもらったお茶はもちろんありがたくいただいた。普段は出勤前に放置してぬるくなった安紅茶をあおっている毎日。
たまにはゆったりお茶を楽しむのもいいものだなぁと、こんな身の上ながらしみじみ思う。自分で淹れようとは思わないんだけど。
明日は休みで、その次は外交総務室の勤務日だ。私が無断欠勤して騒ぎになるか、自称レオが私を人質にとったことをオルブライトさんに伝えればここから出られる算段はつくと思いたい。
でも、自称レオは私をどうするつもりで自分の邸宅に入れたのだろう。丹精な顔立ちに育ちもよさそうで、女性に困っている感じは一切ない。
…とりあえず寝よう。今夜死ぬことはなさそうだし、明日のことは明日考える。
異世界にいきなり飛ばされてきた時よりは、きっとマシな状況のはず。
私はネグリジェに着替えるとふかふかのベッドに入った。服も寝具もつるつるさらさらの触り心地で、質の良さはすごくわかるけれど、自分の家にあるくたびれた寝具が恋しかった。
翌朝、メイドさんがゆったりとしたデイドレスを着せてくれた。それから髪を結い上げて、朝食へ案内された。
予想はしていたけど、席につくと後から自称レオが入ってきた。レオポルド様、と呼ばれているので自称ではなく本当にレオだったらしい。危機管理能力大丈夫かと心配になったけど、異世界だしという力技で納得することにした。
「服装を変えるだけでも見違えるものですね。昨晩はよく眠れましたか?」
「おかげさまで最高にいい休日になりそうですよ。」
私の嫌味も危機管理能力ゼロ男にはなにも響かなかったらしい。
「ふふ、そうでしょう。どうです?あくせく働くのが馬鹿らしくなったでしょう。あなたが持っている外交総務に関する情報をこちらに開示してくれるのなら、この生活を保障しましょう。黒髪は好むところではないのですが、目をつぶって愛人にしてもいい。異世界人を囲うというのも一部の貴族で流行っていますから。」
レオの言っていることは最低だったけれど、用意された朝食は最高だった。どうせ何を言っても通じないのだと、私は彼の言葉をスルーしてパチンと手を合わせた。
「いただきますっ!」
「はっ。人の話も聞かずに食べものしか見えていないとは。文官補佐に起用されているとはいえ、やはり異世界人は程度が知れているというもの。」
そう言いながらも、レオは私と同じテーブルで食事をするらしく、ナイフとフォークを手にとった。
ふかふかのテーブルロールにジャム。厚切りベーコンときっちり端の整えられたオムレツ。新鮮なサラダに手作りドレッシング。それにフルーツの盛り合わせ。
お茶はもちろんメイドさんが完璧な状態でサーブしてくれるし、真っ白なクロスが敷かれたテーブルには季節の花がさりげなく飾られている。
パンが美味しい。家ではいつも日持ちのするライ麦パンを食べているから、ふわふわで甘みのある白い生地のありがたさが身に染みる。これはおばあさんに食べさせたくもなるよね、と日本の古いアニメに共感する。
次はいつ食べられるか分からないからしっかり食べておこうと、私はパンを3回もおかわりした。
「このパンはこのお屋敷で作っているのですか?」
パンのあまりのおいしさに、聞かずにはいられない。
「ええ。専属料理人が毎日作っていますよ。」
「今まで食べたパンの中で一番美味しいです。これ、どこかで買えたらいいのに…。こんなに美味しいパンが毎日食べられるなんて幸せですね。」
「不本意な形でここに連れてこられたというのに、不思議な人だ。」
「あなたに比べたらだいぶ底辺ですからね。」
身分も収入も意識も幸せのハードルも、ぜんぶ低い。それでも私は、目の前の貴族よりずっと幸せだと胸を張って言える。素敵な朝ごはんをきっちり完食して、私は再び手を合わせた。
「ごちそうさまでした。」
お皿を下げてくれる給仕係に「全部すごく美味しかったと料理長にお伝えください。」と言うと、私は同じように朝食を終えたレオの顔をまっすぐに見た。
「それで、この後の予定は?私は拷問でもされるんですか?」
私はオルブライトさんの好意を退けた人間だ。今更彼がかっこよく助けにきてくれるなんて期待はしない。
どうにか自力で脱出しなければ。なるべく会話を続けて脱出の糸口をつかもう。
私は口角をあげながら、余裕の表情を意識してレオにそう尋ねた。