07.
ー/ーここは日本と違って外灯もコンビニもない。まだ9時すぎだというのに、歓楽通り以外はどの店も閉まっている。だから遠回りでも大通りを通って帰る。
冒険者食堂から私のアパートまでは歩いて15分。そこそこ治安のいい地域に住んでいるので、大きなお屋敷や商店があれば、そこから漏れる明かりで多少は明るいし、夜警団の巡回もある。何かあっても叫べば誰かに声はとどくはず。そう思った私は徒歩15分の距離を舐めていた。
いつのまにかひたひたと、後ろから誰かが付いてくる足音がする。試しに無駄に曲がってみたりもしたのに、足音は途切れない。
私はここでようやく、クラトさんの言ってた変な奴がオルブライトさんじゃないことに気が付いた。何をされてもおかしくないということだ。
この国の人達は革靴やブーツを履いているから、石畳を歩けばカツカツと靴音が鳴る。でもこれは、足音を消すために作られた靴みたい。そんな靴の需要が、まともな仕事にあるわけない。
こんな状況なのに頭は妙に冷静で、クラトさんってやっぱりすごい人だったんだと感心してしまった。
このまま帰るより、どこかに助けを求めたほうがいいのかも。一番近い夜警団の詰所までは全力で走っても5分はかかる。その前に追いつかれるか、試しに走ってみようか。
ぐっと右足に力をこめたところで、前方から黒い影が向かってきた。マントとフードで顔は隠れているけど、後をつけてきた男の仲間なのは間違いなかった。
男の奥に馬車が控えているのをみて私の心が急激に冷えていった。
そっか。さらわれるのか。身の危険が及んでいるのに、不思議なほど落ち着いていた。
異世界に飛ばされてこれまで頑張って生きてきて、さらに老後の貯蓄までしようとしていた自分が急にバカみたいに思えたのだ。
毎日それなりに楽しく頑張って働いてきたけど、何の保証も後ろ盾もない私が事件に巻き込まれたとしても、そのへんの異世界人が被害にあったというだけだ。
もういい、もう疲れた。そんな投げやりな気分で、私は両手を挙げて降参のポーズをとった。
*
「もっと抵抗されるかと思っていましたが、すんなり馬車に乗っていただけて助かりました。」
馬車の中でマントを脱いだ誘拐犯は、私に手荒な真似をすることもなく、思っていたよりも常識人だった。
歳は私と同じくらいだろうか。眼鏡をかけていて、黒髪に青い瞳をしている。話し方や服装、立ち居振る舞いから、社会的地位がそれなりにあるように見えた。
そんな人がわざわざ異世界人を誘拐する目的は、人身売買?なら、私に傷をつけないのも納得だ。明日は休みだったのに、こんな目に合うなんて本当に最悪だ。
「どこに売り飛ばすつもりなんですか?私、明日休みなんですけど?」
「それは失礼いたしました。私のことはレオとでもお呼びください。いくつかお聞きしたいことがありましてね。素直に答えていただければすぐにご自宅までお送りしますよ。」
「何が知りたいんですか?」
「そう焦らずに。こちらで部屋を用意いたしますので、ごゆっくりとおくつろぎください。」
「おかまいなく、自宅が一番くつろげるので。」
「そうですか。せっかくですから普段経験することのできないおもてなしをさせていただこうと気を遣ったのですが、水は低いところに流れるといいますからね。ではお聞きしましょう。近々、外交総務室長オルブライトと騎士団トップが秘密裏に会合を開きますよね。日時と場所を教えていただけますか。」
…またお前か。私は深くため息をついた。
「逆にお聞きしますが、なぜ私が知っていると思ったんですか?」
「とぼけても無駄ですよ。オルブライトと貴女が密かに恋仲なのは、我々の諜報部によってすでに把握済みです。これまで特定の相手を作らなかったオルブライトが、あなたを手元に置き、家まで訪ねている。寝物語に仕事の話をしても不思議ではないでしょう。」
いや、その諜報部、大丈夫…?
あまりにもポンコツすぎる解釈に、口に手をあてて絶句してしまった。
「ふふっ。驚くのも無理はありません。どうです?素直に話す気になりましたか。」
自称レオは私が衝撃を受けていると信じて疑わない様子だ。
なんかこういうの覚えがあるなぁ。なんだっけと記憶をさらって、そうだ「ふざけるな。異世界転移者、みんながみんなチートでざまぁでスローライフしてると思うなよ。」にこんなエピソードがあったなと思い出した。
ラフな格好で旅を楽しんでいたヤマダが、とある街で伝説の奇術師だと勘違いされて、何をいっても斜め上の解釈で誤解を解けない回だ。
自分はただの会社員で、何の奇術も使えないとどれだけ弁明しても信じてもらえない。最終的にキレながら「だからこういう者ですってば!」と余っていた名刺を渡すんだけど、それすらありがたがられて高値で取引されたっていう。
そんなに価値があるのならと、ヤマダも自分で名刺を売りにだすんだけど、偽物にきまってるだろうとあっさり門前場合されて、最後はやっぱりキレちらかして終わる回。
私は偉大なる先人の知恵から、この手の輩には弁明すればするほど誤解されるということを学んでいた。だからここは否定してはいけない。それに、私にはまだ利用価値があると思わせておけば手荒な真似はされないはず。
不本意だけど、恋人を匂わせておいたほうが保身のためだろう。
「たとえ同じ職場であってもあの人はそんなことを漏らさないし、仮に知っていたとしても絶対に喋りません。帰してください。」
「さすがはオルブライトの女。やはりゆっくりとお話をする必要がありそうですね。」
自称レオは小窓をあけると御者に「屋敷へ」と伝えた。
否定も肯定もしないのに都合よく解釈されるこの強制力はなんなのだろう。私は深くヤマダに同情した。
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