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第11話:死神の進撃

ー/ー



 荒野の夜を切り裂くのは、もはや風の音ではなかった。

 ブラスト・ヘヴン号の背面に増設された「過熱蒸気プラズマ・ブースター」が、狂ったような青白い炎を噴き上げ、周囲の酸素を強引に吸い込みながら荒野を焼いている。

 速度計の針は、設計限界を疾うに超えた時速300キロを指して激しく震えていた。車体全体が分解寸前の振動を上げ、各所の連結リベットが悲鳴を上げている。装甲板の隙間から入り込む風は、鋼鉄をも削り取る冷徹なナイフとなってシグナの頬を叩いた。

「シグナ! これ以上の加速はボイラーが爆発する! 追いつけるのは一瞬、跳ぶなら今だ! 一度きりのチャンスを逃すんじゃないよ!」

 ガラの怒号が、スピーカーの激しいノイズを突き破って響く。彼女は両手で舵を握り締め、過熱した計器類から噴き出す熱い蒸気に顔を焼きながらも、アクセルを床まで踏み抜いていた。

 シグナはハッチを開け、荒れ狂う暴風の中へと身を乗り出した。
 背中から展開された四本の鋼鉄腕が、列車の吐き出す重い煤煙と鉄臭い風を捉える。

(軽い……。信じられないくらいに)

 ガラの最終調整(チューン)は完璧だった。神経接続端子から伝わるレスポンスは、これまでの倍以上に跳ね上がっている。四本の腕はまるで自分の指先のように、いや、それ以上に鋭敏に、シグナの意志を「物理的な力」へと変換していた。

 彼女の眼下には、地平線をのたうつ鋼鉄の巨龍――ヘリオス社の要塞列車『ベヒモス』が、時速百キロほどの巡航速度で悠然と疾走していた。

「ハル、演算リンク……いいえ、私がやる。カイルの眼鏡、データ同期開始!」

 シグナはカイルから託された真鍮の多重レンズ眼鏡を装着した。レンズの内側に刻まれた無数の幾何学模様。かつてはカイルが一方的に送り込んできた「正解」が、今はシグナ自身の脳内で歯車を回し、鮮明な戦術マップを網膜に映し出していた。


『生体認証一致。コード:ゴースト・キー、一部展開! ですが、ご主人様! 相対速度の差は200キロです! 着地衝撃で義肢の基部がもげる可能性があります!』
「もげさせない。ガラの腕を信じてる!」

 シグナは地を蹴った。

 ブラスト・ヘヴン号から要塞列車の後部デッキへ。時速300キロの慣性が、彼女の華奢な体を鋼鉄の壁へと叩きつけようとする。シグナは空中、四本の腕を最大限に広げ、激しい空気抵抗を逆手に取って姿勢を制御した。
 
 ガギィィィィィィン!!

 凄まじい衝撃。だが、シグナの体は壊れなかった。

 彼女は四本の腕を「杭」として使い、要塞列車の分厚い装甲屋根へと深く突き立てた。鋼鉄が飴細工のように捲れ上がり、猛烈な摩擦熱で火花が夜の闇を白く染める。関節部の蒸気ピストンを全開で逆噴射させ、二百キロに及ぶ速度差をわずか数メートルで殺し切った。

 ベヒモスの重厚な蒸気機関が奏でる重低音と、レールを削る金属音が、時速百キロの安定した振動となってシグナの足裏に伝わってくる。

「……着地成功。ガラ、そっちは離脱して。あとは私一人でやる」
「無茶しすぎないようにね、シグナ! あのお坊ちゃんを連れ戻したら、たっぷりと超過料金をふんだくってやるんだからね! とにかく死ぬんじゃないよ!」

 ブラスト・ヘヴン号が大きく旋回し、闇の中へと離れていく。
シグナは一人、巨龍の背の上に立った。

『ご主人様、歓迎の挨拶が来るようです! 上層部、第一甲板ハッチ開放!』

 ハルの警告と同時に、列車の天蓋が左右に開き、中から這い出してきたのは、ヘリオス社の近衛兵団が誇る『センチネル級』自律歩兵――六体。それらは通常のポーンとは比較にならない厚い装甲と、高圧蒸気で駆動する大型の破城槌(アーム・パンチ)を装備していた。


「若様を取り戻しに来たか、失敗作(ドローン)め。ここで屑鉄に戻してやろう」

 センチネルの単眼センサーが、冷徹な赤色を放つ。
 シグナはゆっくりと腰を落とした。暴風が彼女の銀髪を乱すが、その瞳に宿る意志は一ミリも揺らいでいない。

「……失敗作じゃないわ。私は、あいつの隣に立つ『一人の人間』よ」

 シグナの四本の腕が、同時に駆動音を奏でた。

 カチ、カチ、カチャカチャ……。

 かつてないほど滑らかで、力強い歯車の噛み合わせ。それはガラの整備によるものだけではない。シグナ自身の脳が、機械の構造を完全に「自分の一部」として掌握し、神経系と直結させていた。ガラのチューンにより出力(パワー)は以前の三割増、レスポンスは五割以上向上している。

 一体目のセンチネルが、蒸気圧を爆発させて破城槌を突き出した。

 シグナは避けない。

 上腕の二本を交差させ、相手の拳を正面から受け止めた。
 
 ズドォォォォン!!

 足元の装甲が凹み、衝撃波が周囲の蒸気を押し戻す。だが、シグナの体は一歩も退かなかった。彼女は受け止めた衝撃を、肩甲骨シャーシを通じて即座に下腕の二本へと転送。エネルギーを循環させ、威力を倍加させて撃ち返す。

 下腕がダブルブレードを抜き放ち、相手の胴体――脆弱な蒸気ボイラーを、吸い込まれるような最短軌道で斬り裂いた。

「次……!」

 二体、三体が同時に襲いかかる。一方は頭上からの振り下ろし、もう一方は足元を薙ぎ払う連携攻撃。
 シグナは、カイルの眼鏡に映し出される「予測線」を、あえて意識の外へと置いた。

 もはや微細な演算は必要ない。彼女の皮膚感覚は、すでに敵がどこを狙い、どのタイミングで蒸気を吐き出すかを「大気の震え」で感じ取っていた。

 シグナは独楽のように鋭く回転した。

 【Form 1:アラクネの牙】。

 だが、以前のそれとは次元が違う。四本の腕がそれぞれ独立した意識を持っているかのように、異なる敵の攻撃を受け流し、同時に別の死角へカウンターを叩き込む。

 一撃。センチネルの右腕が弾け飛ぶ。

 二撃。別のセンチネルの頭部が粉砕される。


 三撃、四撃。シグナの動きは止まらない。

 時速100キロで疾走する列車の屋根で繰り広げられる死神の舞。

 シグナの戦闘能力は、カイルという補助(おもり)を失ったことで、皮肉にも野生的な爆発を遂げていた。脳内に流れ込む膨大な情報――敵の駆動音、レールの微かな歪み、石炭の焼ける匂い。シグナはそれを排除せず、すべてを「自分の拍動」へと同期させていく。

 最後の一体を四本の腕で一点に集中して貫き、鉄屑に変えたその時。
 静かな、だが不気味な気配が、前方の車両から漂ってきた。

「……さすがだね。お兄様が、ボクたちを捨ててまで君を選んだ理由が、少しだけ分かった気がするよ。データ以上の成長率だね」

 先頭車両の天窓に、白銀のバイザーを装着した少女――ミネルヴァが立っていた。彼女は巨大な電磁加速砲(レールガン)を、正確にシグナの眉間へと向けている。

『ご主人様! 狙撃、ミネルヴァです! ロックオンされています!』
「ボクの計算じゃ、君の生存確率はここでゼロになるはずだったんだけど。……どうやら、想定以上の変数が増えちゃったみたいだね。ボクの予測を裏切るなんて、少しだけ不愉快だよ」

 ミネルヴァの冷静な、どこか冷徹な声が、拡声器を通じて響く。

 同時に、シグナのすぐ前方、次車両の影から、赤いマントを翻した生意気な少年が躍り出た。
 アイアン・ヴェールの第五騎士、ラチェットだ。

「おいおい、ミネルヴァ! ボヤボヤしてると、オレ様が先にコイツをバラバラにしちまうぜ!」

 ラチェットの背には、以前よりも巨大化し、真鍮の歯車が剥き出しになった『ソー・ランチャー・改』がマウントされていた。高速回転する丸鋸の刃が、キィィィィィンと耳障りな音を立てて火花を散らす。

「お姉さん、今日は逃げ場なんてねえぞ。オレの新しい『おもちゃ』は、一度噛み付いたら骨まで削り取るまで止まんねえんだ! 前回の借りは、その腕を根元から引き抜くことで返してもらうぜ!」

 ラチェットは不敵に笑い、指を鳴らした。その瞳には無邪気な狂気が宿っている。

「ミネルヴァが遠くからボクの動きを封じ、オレが近くでバラバラにする。これがお父様からのお仕置きだ。お兄様を連れ戻すついでに、その不細工な腕、全部オレのコレクションに加えてやるよ!」

 ミネルヴァの電磁加速砲が青白い火花を散らし、強烈な磁界を形成する。ラチェットのソー・ランチャーがさらなる回転を上げ、空気が裂けるような高音を響かせ始める。

 前方からは見えない死神の弾丸。目前からは荒れ狂う鋼鉄の鋸。

 カイルという頭脳を欠いた状態で、二人の騎士を同時に相手取る。それは、かつてのシグナであれば自殺行為に等しかった。

 しかし、シグナの表情に恐れはなかった。彼女はカイルの眼鏡のブリッジを指で押し上げ、血の滲んだ唇を吊り上げた。カイルと同じ、あの自信に満ちた、それでいて狂おしいほどの愛を孕んだ、傲慢な笑み。

「……二人同時なんて、贅沢ね。でも、いいわよ。今の私は、あいつの計算さえも超えていくんだから」
 
シグナは四本の腕を前方に扇状に広げた。ピストンの蒸気圧が限界まで高まり、ガラの施したオーバークロックが義肢を赤く熱させる。全身から真っ白な排気が立ち昇り、彼女を覆う。

「ハル。リミッターを外して。……私の中の『計算外』を、あいつらに見せてあげるわ。カイル……見てなさい。あんたの隣に立つ資格があるのは、量産された人形なんかじゃないってことを!」



 ミネルヴァが引き金に指をかけ、ラチェットがディスクを射出した。
 カイルを救い出すための、真の逆襲。その幕が、火花散る戦場の中で激しく切って落とされた。




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 荒野の夜を切り裂くのは、もはや風の音ではなかった。
 ブラスト・ヘヴン号の背面に増設された「過熱蒸気プラズマ・ブースター」が、狂ったような青白い炎を噴き上げ、周囲の酸素を強引に吸い込みながら荒野を焼いている。
 速度計の針は、設計限界を疾うに超えた時速300キロを指して激しく震えていた。車体全体が分解寸前の振動を上げ、各所の連結リベットが悲鳴を上げている。装甲板の隙間から入り込む風は、鋼鉄をも削り取る冷徹なナイフとなってシグナの頬を叩いた。
「シグナ! これ以上の加速はボイラーが爆発する! 追いつけるのは一瞬、跳ぶなら今だ! 一度きりのチャンスを逃すんじゃないよ!」
 ガラの怒号が、スピーカーの激しいノイズを突き破って響く。彼女は両手で舵を握り締め、過熱した計器類から噴き出す熱い蒸気に顔を焼きながらも、アクセルを床まで踏み抜いていた。
 シグナはハッチを開け、荒れ狂う暴風の中へと身を乗り出した。
 背中から展開された四本の鋼鉄腕が、列車の吐き出す重い煤煙と鉄臭い風を捉える。
(軽い……。信じられないくらいに)
 ガラの最終調整(チューン)は完璧だった。神経接続端子から伝わるレスポンスは、これまでの倍以上に跳ね上がっている。四本の腕はまるで自分の指先のように、いや、それ以上に鋭敏に、シグナの意志を「物理的な力」へと変換していた。
 彼女の眼下には、地平線をのたうつ鋼鉄の巨龍――ヘリオス社の要塞列車『ベヒモス』が、時速百キロほどの巡航速度で悠然と疾走していた。
「ハル、演算リンク……いいえ、私がやる。カイルの眼鏡、データ同期開始!」
 シグナはカイルから託された真鍮の多重レンズ眼鏡を装着した。レンズの内側に刻まれた無数の幾何学模様。かつてはカイルが一方的に送り込んできた「正解」が、今はシグナ自身の脳内で歯車を回し、鮮明な戦術マップを網膜に映し出していた。
『生体認証一致。コード:ゴースト・キー、一部展開! ですが、ご主人様! 相対速度の差は200キロです! 着地衝撃で義肢の基部がもげる可能性があります!』
「もげさせない。ガラの腕を信じてる!」
 シグナは地を蹴った。
 ブラスト・ヘヴン号から要塞列車の後部デッキへ。時速300キロの慣性が、彼女の華奢な体を鋼鉄の壁へと叩きつけようとする。シグナは空中、四本の腕を最大限に広げ、激しい空気抵抗を逆手に取って姿勢を制御した。
 ガギィィィィィィン!!
 凄まじい衝撃。だが、シグナの体は壊れなかった。
 彼女は四本の腕を「杭」として使い、要塞列車の分厚い装甲屋根へと深く突き立てた。鋼鉄が飴細工のように捲れ上がり、猛烈な摩擦熱で火花が夜の闇を白く染める。関節部の蒸気ピストンを全開で逆噴射させ、二百キロに及ぶ速度差をわずか数メートルで殺し切った。
 ベヒモスの重厚な蒸気機関が奏でる重低音と、レールを削る金属音が、時速百キロの安定した振動となってシグナの足裏に伝わってくる。
「……着地成功。ガラ、そっちは離脱して。あとは私一人でやる」
「無茶しすぎないようにね、シグナ! あのお坊ちゃんを連れ戻したら、たっぷりと超過料金をふんだくってやるんだからね! とにかく死ぬんじゃないよ!」
 ブラスト・ヘヴン号が大きく旋回し、闇の中へと離れていく。
シグナは一人、巨龍の背の上に立った。
『ご主人様、歓迎の挨拶が来るようです! 上層部、第一甲板ハッチ開放!』
 ハルの警告と同時に、列車の天蓋が左右に開き、中から這い出してきたのは、ヘリオス社の近衛兵団が誇る『センチネル級』自律歩兵――六体。それらは通常のポーンとは比較にならない厚い装甲と、高圧蒸気で駆動する大型の破城槌(アーム・パンチ)を装備していた。
「若様を取り戻しに来たか、失敗作(ドローン)め。ここで屑鉄に戻してやろう」
 センチネルの単眼センサーが、冷徹な赤色を放つ。
 シグナはゆっくりと腰を落とした。暴風が彼女の銀髪を乱すが、その瞳に宿る意志は一ミリも揺らいでいない。
「……失敗作じゃないわ。私は、あいつの隣に立つ『一人の人間』よ」
 シグナの四本の腕が、同時に駆動音を奏でた。
 カチ、カチ、カチャカチャ……。
 かつてないほど滑らかで、力強い歯車の噛み合わせ。それはガラの整備によるものだけではない。シグナ自身の脳が、機械の構造を完全に「自分の一部」として掌握し、神経系と直結させていた。ガラのチューンにより出力(パワー)は以前の三割増、レスポンスは五割以上向上している。
 一体目のセンチネルが、蒸気圧を爆発させて破城槌を突き出した。
 シグナは避けない。
 上腕の二本を交差させ、相手の拳を正面から受け止めた。
 ズドォォォォン!!
 足元の装甲が凹み、衝撃波が周囲の蒸気を押し戻す。だが、シグナの体は一歩も退かなかった。彼女は受け止めた衝撃を、肩甲骨シャーシを通じて即座に下腕の二本へと転送。エネルギーを循環させ、威力を倍加させて撃ち返す。
 下腕がダブルブレードを抜き放ち、相手の胴体――脆弱な蒸気ボイラーを、吸い込まれるような最短軌道で斬り裂いた。
「次……!」
 二体、三体が同時に襲いかかる。一方は頭上からの振り下ろし、もう一方は足元を薙ぎ払う連携攻撃。
 シグナは、カイルの眼鏡に映し出される「予測線」を、あえて意識の外へと置いた。
 もはや微細な演算は必要ない。彼女の皮膚感覚は、すでに敵がどこを狙い、どのタイミングで蒸気を吐き出すかを「大気の震え」で感じ取っていた。
 シグナは独楽のように鋭く回転した。
 【Form 1:アラクネの牙】。
 だが、以前のそれとは次元が違う。四本の腕がそれぞれ独立した意識を持っているかのように、異なる敵の攻撃を受け流し、同時に別の死角へカウンターを叩き込む。
 一撃。センチネルの右腕が弾け飛ぶ。
 二撃。別のセンチネルの頭部が粉砕される。
 三撃、四撃。シグナの動きは止まらない。
 時速100キロで疾走する列車の屋根で繰り広げられる死神の舞。
 シグナの戦闘能力は、カイルという補助(おもり)を失ったことで、皮肉にも野生的な爆発を遂げていた。脳内に流れ込む膨大な情報――敵の駆動音、レールの微かな歪み、石炭の焼ける匂い。シグナはそれを排除せず、すべてを「自分の拍動」へと同期させていく。
 最後の一体を四本の腕で一点に集中して貫き、鉄屑に変えたその時。
 静かな、だが不気味な気配が、前方の車両から漂ってきた。
「……さすがだね。お兄様が、ボクたちを捨ててまで君を選んだ理由が、少しだけ分かった気がするよ。データ以上の成長率だね」
 先頭車両の天窓に、白銀のバイザーを装着した少女――ミネルヴァが立っていた。彼女は巨大な電磁加速砲(レールガン)を、正確にシグナの眉間へと向けている。
『ご主人様! 狙撃、ミネルヴァです! ロックオンされています!』
「ボクの計算じゃ、君の生存確率はここでゼロになるはずだったんだけど。……どうやら、想定以上の変数が増えちゃったみたいだね。ボクの予測を裏切るなんて、少しだけ不愉快だよ」
 ミネルヴァの冷静な、どこか冷徹な声が、拡声器を通じて響く。
 同時に、シグナのすぐ前方、次車両の影から、赤いマントを翻した生意気な少年が躍り出た。
 アイアン・ヴェールの第五騎士、ラチェットだ。
「おいおい、ミネルヴァ! ボヤボヤしてると、オレ様が先にコイツをバラバラにしちまうぜ!」
 ラチェットの背には、以前よりも巨大化し、真鍮の歯車が剥き出しになった『ソー・ランチャー・改』がマウントされていた。高速回転する丸鋸の刃が、キィィィィィンと耳障りな音を立てて火花を散らす。
「お姉さん、今日は逃げ場なんてねえぞ。オレの新しい『おもちゃ』は、一度噛み付いたら骨まで削り取るまで止まんねえんだ! 前回の借りは、その腕を根元から引き抜くことで返してもらうぜ!」
 ラチェットは不敵に笑い、指を鳴らした。その瞳には無邪気な狂気が宿っている。
「ミネルヴァが遠くからボクの動きを封じ、オレが近くでバラバラにする。これがお父様からのお仕置きだ。お兄様を連れ戻すついでに、その不細工な腕、全部オレのコレクションに加えてやるよ!」
 ミネルヴァの電磁加速砲が青白い火花を散らし、強烈な磁界を形成する。ラチェットのソー・ランチャーがさらなる回転を上げ、空気が裂けるような高音を響かせ始める。
 前方からは見えない死神の弾丸。目前からは荒れ狂う鋼鉄の鋸。
 カイルという頭脳を欠いた状態で、二人の騎士を同時に相手取る。それは、かつてのシグナであれば自殺行為に等しかった。
 しかし、シグナの表情に恐れはなかった。彼女はカイルの眼鏡のブリッジを指で押し上げ、血の滲んだ唇を吊り上げた。カイルと同じ、あの自信に満ちた、それでいて狂おしいほどの愛を孕んだ、傲慢な笑み。
「……二人同時なんて、贅沢ね。でも、いいわよ。今の私は、あいつの計算さえも超えていくんだから」
シグナは四本の腕を前方に扇状に広げた。ピストンの蒸気圧が限界まで高まり、ガラの施したオーバークロックが義肢を赤く熱させる。全身から真っ白な排気が立ち昇り、彼女を覆う。
「ハル。リミッターを外して。……私の中の『計算外』を、あいつらに見せてあげるわ。カイル……見てなさい。あんたの隣に立つ資格があるのは、量産された人形なんかじゃないってことを!」
 ミネルヴァが引き金に指をかけ、ラチェットがディスクを射出した。
 カイルを救い出すための、真の逆襲。その幕が、火花散る戦場の中で激しく切って落とされた。