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第6話:鋼鉄の盾(バスティオン)

ー/ー



 荒野を切り裂く一本道。目的地である「銀のゆりかご」へと距離を詰める一行の前に、それは立ちふさがった。

「……あいつ、正気かい? 生身で大型キャリーの前に立つなんて」

 運転席のガラが呆れたように声を上げる。

 300メートル先、道のど真ん中に一人の巨漢が不動の姿勢で立っていた。全身を重厚な黒鉄のリベット打ちプレートアーマーで包み、その手には彼の身長ほどもある巨大なタワーシールドを携えている。

『アイアン・ヴェール』防御担当、バスティオン。
騎士団の「動かざる壁」。

「どきな! さもないとミンチだよ!」

 ガラが叫びながら加速し、車載ガトリングを斉射した。二十ミリ弾の嵐がバスティオンを包み込む。

 だが、バスティオンは微動だにしなかった。盾の表面に展開された半透明の幾何学模様――『偏向フィールド』。叩きつけられた弾丸は、光の波紋を描いてすべて虚空へと弾き飛ばされていく。

「はぁ!? アタシの特製徹甲弾が、傷一つつけられないなんて!」

 ガラはブラスト・ヘヴン号を激しい砂煙とともに急停止させた。

「止まって、ガラ。無理に轢こうとしたら、こっちの車軸が折れる。……シグナ、あいつが『壁』だ。真正面から挑むのは、岩盤に頭をぶつけるのと同じだぞ」

 カイルの警告を受け、シグナはハッチを蹴り開けて荒野に降り立った。

「……どいて」
「我は壁。王の命により、ここより先は死者の道なり」

 バスティオンの地響きのような声。
 【Form 2:回天の繭】を攻撃に転用し、プロペラ状に高速回転する刃をバスティオンの盾へと叩きつけた。

 ガガガガガガガッ!!

 耳を裂くような摩擦音と火花。

だが、手応えは最悪だった。巨大な鉄山を爪楊枝で叩いているような感覚。衝撃が義手を通じて脳まで響き、神経系がエラーを吐き出す。

「……っ、硬すぎる!」

 上腕のブラスターを連射するが、偏向フィールドはそのエネルギーを霧散させ、バスティオンの足元の地面だけが熱で溶けていく。

「無駄だ。我に、物理(ことわり)は通じぬ」

「シグナ、下がれ! 真正面から挑むのは、壁に頭をぶつけて割るのと同じだ!」

 カイルが車内から拡声器を通して叫ぶ。

「……でも、壊さないと通れない!」

「壊す必要なんてない。シグナ、君の武器をよく見てごらん。さっきから連発しているせいで、ブレードもブラスターも、排熱が追いつかないほど赤熱しているだろう?」

 カイルの指摘に、シグナは自分の腕を見つめた。
 激しい摩擦と連射により、鋼鉄の腕はオレンジ色の熱を帯び、周囲の空気を陽炎のように揺らしている。

「シグナ。その『熱』も、君の武器だ。……ブラスターを、敵に向けずに『自分』に向けて撃て」
「……何を言ってるの?」
「ブラスターの排気熱と反動を利用して、ダブルブレードを『熱杭(サーマル・パイル)』に変えるんだ。無理やりこじ開けるんじゃない。フィールドの継ぎ目を『溶かし切る』」

 カイルの声とともに、演算データがシグナの視界を塗り替える。
 バスティオンの盾、その物理的な縁(エッジ)と、フィールドの発生源が交差するわずか数ミリの「隙間」。

「ハル、ヒートテールのエネルギーをすべてブレードに回せ! シグナ、そのまま突っ込め!」
「了解です! オーバーヒートしても責任は持てませんよ!」

 シグナは再び踏み込んだ。
 今度は回転させない。下腕の長刀を一点に集中させ、バスティオンの盾の縁へと力任せに突き立てる。

 当然、弾かれる。しかし、そこへシグナは上腕のブラスターを「逆方向」へ、自らのブレードの背に向けて至近距離から発射した。

 ――ドォォォォン!

 ブラスターの凄まじい推進力が、杭となったブレードをバスティオンの盾に無理やり押し付ける。
 同時に、密着したブラスターから漏れ出す数千度の排気熱が、長刀の温度を臨界まで押し上げた。

「……溶け、ろぉぉ!!」

 真っ赤に熱せられたブレードが、偏向フィールドの境界線をドロドロに焼き切っていく。
 物理的な破壊ではなく、熱による「仕様外」の干渉。

「な……我の盾が、侵食されるだと……!?」

 バスティオンの冷静な声に、初めて動揺が混じった。
 シグナはさらに4本の腕すべてを使って、熱り立つブレードを盾の裏側へとねじ込む。

「熱い……でも、これなら!」
「仕上げだ! バレット・ストームの出力を全点集中!」

 シグナは盾の隙間にねじ込んだブレードの先で、隠し持っていた全弾丸を一気に爆発させた。
 盾の内側、防御が働かない「聖域」での大爆発。

 ドカァァァァァン!!

 バスティオンの動力源が緊急停止し、巨大な鉄塊と化した彼が、荒野に膝をついた。
 黒鉄の装甲からは、真っ白な蒸気がヒューヒューと悲鳴のように噴き出している。

「……チェックメイト。君の防御理論は完璧だったけど、排熱処理をシグナの『無理やり』に任せたのが敗因だね」

 カイルが車から降りてきて、シグナの隣に立つ。
 シグナの4本の腕は、あまりの熱に塗装が剥げ、黒く焼け焦げていた。

「……カイル。あいつ、まだ生きてるわね」
「もちろん。アイアン・ヴェールの『壁』だ。当分は自分の中の熱を冷ますのに精一杯だろうけど。……さて、ガラ。今のうちに最大加速でここを抜けるよ。残るは『槍』だけだ」

 カイルはシグナの、まだ熱を帯びた鋼鉄の手に、自分の手をそっと重ねた。

「お見事。君のその『柔軟な腕』が、僕の無茶な計算を現実に変えてくれた」
「……腕の、おかげじゃないわよ。……あんたの命令が、熱すぎただけ」
 シグナは顔を背けたが、ハルが容赦なく「ご主人様、心拍数が通常時の140パーセントを記録。腕の冷却よりも先に、顔の冷却が必要では――」

 ドカッ!

 ハルがシグナの物理的ツッコミによって、地面に深々とめり込んだ。

「あべしっ!? 精密機器への暴力的アプローチ、もう熱で回路がショートしそうです……!」
「ハル。次、喋ったらバラバラにして砂漠に埋める」
「……は、はい。沈黙は金、オイルは高級に限ります……」

 ガラが不機嫌そうに、だが安堵したようにクラクションを鳴らした。

「おい! さっさと乗りな! 団長のヴィクターが来る前に、この地獄を抜けるよ!」

 移動工房は再び、砂塵を上げて走り出す。
 残るは、騎士団最強の槍、ヴィクター。
 本当のクライマックスが、砂塵の向こうから静かに、だが確実に近づいていた。




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「……あいつ、正気かい? 生身で大型キャリーの前に立つなんて」
 運転席のガラが呆れたように声を上げる。
 300メートル先、道のど真ん中に一人の巨漢が不動の姿勢で立っていた。全身を重厚な黒鉄のリベット打ちプレートアーマーで包み、その手には彼の身長ほどもある巨大なタワーシールドを携えている。
『アイアン・ヴェール』防御担当、バスティオン。
騎士団の「動かざる壁」。
「どきな! さもないとミンチだよ!」
 ガラが叫びながら加速し、車載ガトリングを斉射した。二十ミリ弾の嵐がバスティオンを包み込む。
 だが、バスティオンは微動だにしなかった。盾の表面に展開された半透明の幾何学模様――『偏向フィールド』。叩きつけられた弾丸は、光の波紋を描いてすべて虚空へと弾き飛ばされていく。
「はぁ!? アタシの特製徹甲弾が、傷一つつけられないなんて!」
 ガラはブラスト・ヘヴン号を激しい砂煙とともに急停止させた。
「止まって、ガラ。無理に轢こうとしたら、こっちの車軸が折れる。……シグナ、あいつが『壁』だ。真正面から挑むのは、岩盤に頭をぶつけるのと同じだぞ」
 カイルの警告を受け、シグナはハッチを蹴り開けて荒野に降り立った。
「……どいて」
「我は壁。王の命により、ここより先は死者の道なり」
 バスティオンの地響きのような声。
 【Form 2:回天の繭】を攻撃に転用し、プロペラ状に高速回転する刃をバスティオンの盾へと叩きつけた。
 ガガガガガガガッ!!
 耳を裂くような摩擦音と火花。
だが、手応えは最悪だった。巨大な鉄山を爪楊枝で叩いているような感覚。衝撃が義手を通じて脳まで響き、神経系がエラーを吐き出す。
「……っ、硬すぎる!」
 上腕のブラスターを連射するが、偏向フィールドはそのエネルギーを霧散させ、バスティオンの足元の地面だけが熱で溶けていく。
「無駄だ。我に、物理(ことわり)は通じぬ」
「シグナ、下がれ! 真正面から挑むのは、壁に頭をぶつけて割るのと同じだ!」
 カイルが車内から拡声器を通して叫ぶ。
「……でも、壊さないと通れない!」
「壊す必要なんてない。シグナ、君の武器をよく見てごらん。さっきから連発しているせいで、ブレードもブラスターも、排熱が追いつかないほど赤熱しているだろう?」
 カイルの指摘に、シグナは自分の腕を見つめた。
 激しい摩擦と連射により、鋼鉄の腕はオレンジ色の熱を帯び、周囲の空気を陽炎のように揺らしている。
「シグナ。その『熱』も、君の武器だ。……ブラスターを、敵に向けずに『自分』に向けて撃て」
「……何を言ってるの?」
「ブラスターの排気熱と反動を利用して、ダブルブレードを『熱杭(サーマル・パイル)』に変えるんだ。無理やりこじ開けるんじゃない。フィールドの継ぎ目を『溶かし切る』」
 カイルの声とともに、演算データがシグナの視界を塗り替える。
 バスティオンの盾、その物理的な縁(エッジ)と、フィールドの発生源が交差するわずか数ミリの「隙間」。
「ハル、ヒートテールのエネルギーをすべてブレードに回せ! シグナ、そのまま突っ込め!」
「了解です! オーバーヒートしても責任は持てませんよ!」
 シグナは再び踏み込んだ。
 今度は回転させない。下腕の長刀を一点に集中させ、バスティオンの盾の縁へと力任せに突き立てる。
 当然、弾かれる。しかし、そこへシグナは上腕のブラスターを「逆方向」へ、自らのブレードの背に向けて至近距離から発射した。
 ――ドォォォォン!
 ブラスターの凄まじい推進力が、杭となったブレードをバスティオンの盾に無理やり押し付ける。
 同時に、密着したブラスターから漏れ出す数千度の排気熱が、長刀の温度を臨界まで押し上げた。
「……溶け、ろぉぉ!!」
 真っ赤に熱せられたブレードが、偏向フィールドの境界線をドロドロに焼き切っていく。
 物理的な破壊ではなく、熱による「仕様外」の干渉。
「な……我の盾が、侵食されるだと……!?」
 バスティオンの冷静な声に、初めて動揺が混じった。
 シグナはさらに4本の腕すべてを使って、熱り立つブレードを盾の裏側へとねじ込む。
「熱い……でも、これなら!」
「仕上げだ! バレット・ストームの出力を全点集中!」
 シグナは盾の隙間にねじ込んだブレードの先で、隠し持っていた全弾丸を一気に爆発させた。
 盾の内側、防御が働かない「聖域」での大爆発。
 ドカァァァァァン!!
 バスティオンの動力源が緊急停止し、巨大な鉄塊と化した彼が、荒野に膝をついた。
 黒鉄の装甲からは、真っ白な蒸気がヒューヒューと悲鳴のように噴き出している。
「……チェックメイト。君の防御理論は完璧だったけど、排熱処理をシグナの『無理やり』に任せたのが敗因だね」
 カイルが車から降りてきて、シグナの隣に立つ。
 シグナの4本の腕は、あまりの熱に塗装が剥げ、黒く焼け焦げていた。
「……カイル。あいつ、まだ生きてるわね」
「もちろん。アイアン・ヴェールの『壁』だ。当分は自分の中の熱を冷ますのに精一杯だろうけど。……さて、ガラ。今のうちに最大加速でここを抜けるよ。残るは『槍』だけだ」
 カイルはシグナの、まだ熱を帯びた鋼鉄の手に、自分の手をそっと重ねた。
「お見事。君のその『柔軟な腕』が、僕の無茶な計算を現実に変えてくれた」
「……腕の、おかげじゃないわよ。……あんたの命令が、熱すぎただけ」
 シグナは顔を背けたが、ハルが容赦なく「ご主人様、心拍数が通常時の140パーセントを記録。腕の冷却よりも先に、顔の冷却が必要では――」
 ドカッ!
 ハルがシグナの物理的ツッコミによって、地面に深々とめり込んだ。
「あべしっ!? 精密機器への暴力的アプローチ、もう熱で回路がショートしそうです……!」
「ハル。次、喋ったらバラバラにして砂漠に埋める」
「……は、はい。沈黙は金、オイルは高級に限ります……」
 ガラが不機嫌そうに、だが安堵したようにクラクションを鳴らした。
「おい! さっさと乗りな! 団長のヴィクターが来る前に、この地獄を抜けるよ!」
 移動工房は再び、砂塵を上げて走り出す。
 残るは、騎士団最強の槍、ヴィクター。
 本当のクライマックスが、砂塵の向こうから静かに、だが確実に近づいていた。