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第3話:狂気とギアオイル

ー/ー



 荒野の凹凸をものともせず爆走する『ブラスト・ヘヴン号』の車内には、重厚なピストンの鼓動と、石炭の燃える匂いが充満していた。

 運転席に座っているのは人間ではない。ガラの工房に転がっていた旧式の操縦用オートマタが、カチャカチャと無機質な音を立てながら、プリセットされた回避ルートに沿ってハンドルを握っている。

「……アタシのメイン工房は、今頃ヘリオスの連中に包囲されてるだろうね。お坊ちゃん、アタシの『隠れ家(セカンドハウス)』まで無事に届けなよ。あそこには予備の機材も潤滑剤もある」

 ガラは口に電子タバコを咥えたまま、シグナの義手を覗き込んでいた。

「……すまない、ガラ。手間をかける」
「謝る暇があるなら、アクチュエーターを冷やしな。あんたの神経系、過負荷で焼き切れる寸前だよ」

 メンテナンス台に半裸で横たわるシグナ。その背中には、複雑に絡み合った人工神経と蒸気配管が、リベット打ちのシャーシを介して直接脊髄へと繋がっている。ガラが精密ドライバーをその隙間に差し込むたび、脳髄を直接掻き回されるような、鋭く不快な電気刺激がシグナを襲った。

「……っ!」

 シグナはわずかに身を震わせ、台の端の鉄板を指先が白くなるほど強く掴んだ。視界が火花を散らすように明滅する。

「ヘリオスの設計思想は相変わらずだね。出力のことしか頭にない、持ち主の寿命を削る欠陥品だ。この第四アームの同期率……。おい、お坊ちゃん。あんたのその時計仕掛けの脳味噌で、この子の神経負荷を分散させる新しい制御アルゴリズムは書けないのかい? このままじゃ、この子は戦うたびに自分の魂をギアオイルで煮詰めているようなもんさ」

 カイルはソファで携帯端末の多層構造になった真鍮製歯車をカチカチと動かしながら、顔を上げた。彼の瞳の奥では、常に膨大なバイナリデータと熱力学の数式が滝のように流れている。

「検討中だよ、ガラ。だが、介入しすぎると、かえって彼女の研ぎ澄まされた『野生』――死を感知する直感を殺してしまうんだ。冷徹な計算と、熱い生存本能のバランス……それが今の僕の最大の関心事だよ」
「……勝手に分析しないで。私は、動けばそれでいい。この腕が、私の唯一の価値なんだから」

 シグナの拒絶を無視し、カイルは不気味なほど穏やかな笑みを浮かべた。

「それにしても、整備中の君も実に美しい。その冷徹な眼差しと、機械的な機能美、そして生身の脆さが同居している……これこそが究極の調和だよ」

 ガシャッ!

 シグナの左下腕が、意識を通さぬ反射でカイルの顔面数ミリ横を通り抜け、背後の壁に掛かっていた重厚な工具箱を叩き壊した。ひしゃげた鉄の音が車内に響き渡る。

「……次喋ったら、その眼鏡のレンズを一枚ずつ、丁寧に粉砕してあげるわよ、依頼人」
「おっと。危うく僕の自慢の鼻がひしゃげるところだった」
「ご主人様、心拍数が上昇しています。カイル様の軽薄な言動によるストレスか、あるいは――」

 ハルがシグナの肩の上で、いかにも余計な報告をしようとした。

「ハル、シャットダウン」
「承知いたしまし――」

 ブツン、とハルの電子音が途切れる。

 だが、その1秒後。カイルが手元の端末を軽く叩くと、ハルのカメラアイに再び青い光が灯った。

「あ……あれ? もう朝ですか? 早すぎませんか?」

 ハルが混乱したように手脚をバタつかせる。

「ハル、悪いけど休憩は終わりだ。ちょっとした『客』が来ているみたいでね」
「カイル様、私の内部時計によればシャットダウンから1.8秒しか経過していません。ブラック企業も驚きの労働環境です。忙しいご主人様を持つと、ドローンも楽じゃありませんね……」

 ハルが愚痴をこぼし終えるより早く、衝撃が走った。

 その直後だった。

 キィィィィィン! と、耳を裂くような高周波振動が装甲を削り取る、硬質な音が車内に響いた。

 次の瞬間、天井の分厚い防弾装甲が、まるで紙細工のように無惨に切り裂かれ、火花と共に巨大な丸鋸の刃が車内へ突き刺さった。高速回転する刃が室内の空気を切り裂き、熱せられたオイルの飛沫が飛び散る。

「はぁ!? アタシの可愛いブラスト・ヘヴン号に穴を開けたのはどこのどいつだい! 修理費は、あんたの命を売っても足りないよ!」

 ガラが叫ぶよりも早く、シグナはメンテナンス台から跳ね起きた。痛みを置き去りにし、ハッチを蹴り開けて、猛スピードで疾走する車両の屋根へと躍り出た。

 逆巻く暴風と酸性雨がシグナの髪を乱す。屋根の上には、飛行型ポーンが六体。そして、その中央には、一人の少年が浮遊ボードを巧みに操りながら待ち構えていた。

 少年は、スラムの暗闇には不釣り合いな、白熱灯の光を眩しく反射する白銀の鎧を纏っていた。背に負っているのは巨大な円盤状の射出機――『ソー・ランチャー』。蒸気圧を利用して超高速回転するダイヤモンドコーティングの鋸を放つ、ヘリオスの暗殺用兵器だ。

『アイアン・ヴェール(鉄の帳)』制圧担当、ラチェット。
ヘリオスが飼う最年少の、そして最も残酷な狂犬だ。

「見ぃつけた! 四本腕のお姉さん。その不細工な腕、根元から綺麗にバラバラにしてあげるよ。ボクのコレクションの中に、君の心臓を飾る場所はもう作ってあるんだ!」

 少年が指を鳴らすと、放たれたディスクが生き物のように空気を切り裂き、複雑なリフレクト軌道でシグナに迫る。

「シグナ! パターン8番、バレット・ストームだ! 一歩も退くな!」

 カイルの声が、車内から拡声器を通じて力強く飛ぶ。

 シグナは背部マウントから2丁のサブマシンガンを下腕で引き抜き、同時に上腕のブラスターを前方に固定した。

 火を噴く4門の火器!

 バレット・ストーム――それは全腕を銃火器に割く移動制圧形態だ。

 激しく揺れる車上で、シグナは人工筋肉の柔軟性を活かして反動を全身へ逃がしながら、独楽(こま)のように回転、360度死角のない全方位制圧射撃を撒き散らした。激しいマズルフラッシュが雨夜を白く染め、迫り来るポーンたちを空中であざやかに鉄屑へと変えていく。弾丸が描く光の軌跡が、シグナの周囲に不可視の檻を形成していた。

「ちぇっ、だからポーンなんて役立たずなんだよ!」

 次々と鉄屑に変わる部下たちを見下ろし、ラチェットが不機嫌そうに吐き捨てた。

「他のみんながうるさいから仕方なく連れてきてあげたのにさ。時間稼ぎもできないポンコツなんて、ボクの美意識が汚れちゃうじゃないか」

 少年は毒づきながらも、その手元にある射出機に新たなディスクを装填する。

「でも、もういいや。無駄だよ! ボクのギアは、止まるまでどこまでも追いかけるんだ!」

 ラチェットが放ったディスクが、弾き飛ばされてもなお気流を読み、まるで生き物のようにシグナの真後ろから迫る。

「シグナ、動くな。僕の声だけを聞け。あとコンマ15秒で左へ2.5センチ首を傾けろ」

 カイルの指示が、シグナの真鍮眼鏡を通じて直接脳内へ流れ込む。それは命令というよりも、世界を書き換える法則のように響いた。

「左下腕、4時の方向、角度15.8度。そのままブレードを微振動させながら展開しろ」

 シグナはもはや自分の意志で動くのをやめ、カイルの狂気じみた「演算」に心身を委ねた。


 ――ガギィィィン!

 背後から死角を突いて迫ったディスクが、シグナが突き出した刃に、まるで吸い込まれるような完璧なタイミングで激突した。火花がシグナの頬を焼き、弾かれたディスクは凄まじい速度でラチェットの足元へ跳ね返った。

「なっ……ボクのギアを、ただの計算で弾き返した……!? ありえない、そんなの魔法だ!」
「確率論だよ、おチビちゃん。君の動きはあまりに短調で、僕の計算機を回すまでもない退屈なものだ」

 カイルの嘲笑がスピーカーから響き渡る。ラチェットは悔しげに顔を歪め、激しく舌打ちをすると、残ったポーンの残骸を足場にして跳躍し、闇の帳の中へと消えていった。

 車内に戻ったシグナを、ガラが険しい表情で迎えた。その手には大型のレンチが握られ、車体の損害を確認している。

「完全に待ち伏せされていたね。アタシたちの通信の微弱なノイズを拾われたか、あるいはこの車両の熱紋をデータベース化されていたか。ヘリオスの情報網を甘く見ていたようだ」
「このままガラの隠れ家に向かうのは危険じゃない? ルートを変えるべきよ。次に来る時は、軍隊を連れてくるわ」

 シグナの問いに、ガラは無言でカイルを見つめた。カイルは眼鏡を指先で直しながら、冷たい、だが確信に満ちた微笑を浮かべていた。

「罠が張られている前提で、最短距離で突っ込むよ。その方が変数(ノイズ)が少なくて『計算』しやすい。準備はいいかい、シグナ。君のその四本の腕の真価、そして僕の頭脳。どちらが先にヘリオスを破壊するか、賭けをしようか」
「……了解。死なせない約束だからね。あんたが壊れる前に、私がすべての敵をスクラップにしてあげるわ」

 カイルの「演算」は、この最悪の襲撃すら最初から織り込み済みだったのか。

 答えの出ない疑念と、かつてない高揚感を抱えたまま、移動工房は闇を切り裂き、さらに危険な領域へと突き進む。目的地は、さらなるリスクと、シグナの過去が眠るガラの秘密工房だ。




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 運転席に座っているのは人間ではない。ガラの工房に転がっていた旧式の操縦用オートマタが、カチャカチャと無機質な音を立てながら、プリセットされた回避ルートに沿ってハンドルを握っている。
「……アタシのメイン工房は、今頃ヘリオスの連中に包囲されてるだろうね。お坊ちゃん、アタシの『隠れ家(セカンドハウス)』まで無事に届けなよ。あそこには予備の機材も潤滑剤もある」
 ガラは口に電子タバコを咥えたまま、シグナの義手を覗き込んでいた。
「……すまない、ガラ。手間をかける」
「謝る暇があるなら、アクチュエーターを冷やしな。あんたの神経系、過負荷で焼き切れる寸前だよ」
 メンテナンス台に半裸で横たわるシグナ。その背中には、複雑に絡み合った人工神経と蒸気配管が、リベット打ちのシャーシを介して直接脊髄へと繋がっている。ガラが精密ドライバーをその隙間に差し込むたび、脳髄を直接掻き回されるような、鋭く不快な電気刺激がシグナを襲った。
「……っ!」
 シグナはわずかに身を震わせ、台の端の鉄板を指先が白くなるほど強く掴んだ。視界が火花を散らすように明滅する。
「ヘリオスの設計思想は相変わらずだね。出力のことしか頭にない、持ち主の寿命を削る欠陥品だ。この第四アームの同期率……。おい、お坊ちゃん。あんたのその時計仕掛けの脳味噌で、この子の神経負荷を分散させる新しい制御アルゴリズムは書けないのかい? このままじゃ、この子は戦うたびに自分の魂をギアオイルで煮詰めているようなもんさ」
 カイルはソファで携帯端末の多層構造になった真鍮製歯車をカチカチと動かしながら、顔を上げた。彼の瞳の奥では、常に膨大なバイナリデータと熱力学の数式が滝のように流れている。
「検討中だよ、ガラ。だが、介入しすぎると、かえって彼女の研ぎ澄まされた『野生』――死を感知する直感を殺してしまうんだ。冷徹な計算と、熱い生存本能のバランス……それが今の僕の最大の関心事だよ」
「……勝手に分析しないで。私は、動けばそれでいい。この腕が、私の唯一の価値なんだから」
 シグナの拒絶を無視し、カイルは不気味なほど穏やかな笑みを浮かべた。
「それにしても、整備中の君も実に美しい。その冷徹な眼差しと、機械的な機能美、そして生身の脆さが同居している……これこそが究極の調和だよ」
 ガシャッ!
 シグナの左下腕が、意識を通さぬ反射でカイルの顔面数ミリ横を通り抜け、背後の壁に掛かっていた重厚な工具箱を叩き壊した。ひしゃげた鉄の音が車内に響き渡る。
「……次喋ったら、その眼鏡のレンズを一枚ずつ、丁寧に粉砕してあげるわよ、依頼人」
「おっと。危うく僕の自慢の鼻がひしゃげるところだった」
「ご主人様、心拍数が上昇しています。カイル様の軽薄な言動によるストレスか、あるいは――」
 ハルがシグナの肩の上で、いかにも余計な報告をしようとした。
「ハル、シャットダウン」
「承知いたしまし――」
 ブツン、とハルの電子音が途切れる。
 だが、その1秒後。カイルが手元の端末を軽く叩くと、ハルのカメラアイに再び青い光が灯った。
「あ……あれ? もう朝ですか? 早すぎませんか?」
 ハルが混乱したように手脚をバタつかせる。
「ハル、悪いけど休憩は終わりだ。ちょっとした『客』が来ているみたいでね」
「カイル様、私の内部時計によればシャットダウンから1.8秒しか経過していません。ブラック企業も驚きの労働環境です。忙しいご主人様を持つと、ドローンも楽じゃありませんね……」
 ハルが愚痴をこぼし終えるより早く、衝撃が走った。
 その直後だった。
 キィィィィィン! と、耳を裂くような高周波振動が装甲を削り取る、硬質な音が車内に響いた。
 次の瞬間、天井の分厚い防弾装甲が、まるで紙細工のように無惨に切り裂かれ、火花と共に巨大な丸鋸の刃が車内へ突き刺さった。高速回転する刃が室内の空気を切り裂き、熱せられたオイルの飛沫が飛び散る。
「はぁ!? アタシの可愛いブラスト・ヘヴン号に穴を開けたのはどこのどいつだい! 修理費は、あんたの命を売っても足りないよ!」
 ガラが叫ぶよりも早く、シグナはメンテナンス台から跳ね起きた。痛みを置き去りにし、ハッチを蹴り開けて、猛スピードで疾走する車両の屋根へと躍り出た。
 逆巻く暴風と酸性雨がシグナの髪を乱す。屋根の上には、飛行型ポーンが六体。そして、その中央には、一人の少年が浮遊ボードを巧みに操りながら待ち構えていた。
 少年は、スラムの暗闇には不釣り合いな、白熱灯の光を眩しく反射する白銀の鎧を纏っていた。背に負っているのは巨大な円盤状の射出機――『ソー・ランチャー』。蒸気圧を利用して超高速回転するダイヤモンドコーティングの鋸を放つ、ヘリオスの暗殺用兵器だ。
『アイアン・ヴェール(鉄の帳)』制圧担当、ラチェット。
ヘリオスが飼う最年少の、そして最も残酷な狂犬だ。
「見ぃつけた! 四本腕のお姉さん。その不細工な腕、根元から綺麗にバラバラにしてあげるよ。ボクのコレクションの中に、君の心臓を飾る場所はもう作ってあるんだ!」
 少年が指を鳴らすと、放たれたディスクが生き物のように空気を切り裂き、複雑なリフレクト軌道でシグナに迫る。
「シグナ! パターン8番、バレット・ストームだ! 一歩も退くな!」
 カイルの声が、車内から拡声器を通じて力強く飛ぶ。
 シグナは背部マウントから2丁のサブマシンガンを下腕で引き抜き、同時に上腕のブラスターを前方に固定した。
 火を噴く4門の火器!
 バレット・ストーム――それは全腕を銃火器に割く移動制圧形態だ。
 激しく揺れる車上で、シグナは人工筋肉の柔軟性を活かして反動を全身へ逃がしながら、独楽(こま)のように回転、360度死角のない全方位制圧射撃を撒き散らした。激しいマズルフラッシュが雨夜を白く染め、迫り来るポーンたちを空中であざやかに鉄屑へと変えていく。弾丸が描く光の軌跡が、シグナの周囲に不可視の檻を形成していた。
「ちぇっ、だからポーンなんて役立たずなんだよ!」
 次々と鉄屑に変わる部下たちを見下ろし、ラチェットが不機嫌そうに吐き捨てた。
「他のみんながうるさいから仕方なく連れてきてあげたのにさ。時間稼ぎもできないポンコツなんて、ボクの美意識が汚れちゃうじゃないか」
 少年は毒づきながらも、その手元にある射出機に新たなディスクを装填する。
「でも、もういいや。無駄だよ! ボクのギアは、止まるまでどこまでも追いかけるんだ!」
 ラチェットが放ったディスクが、弾き飛ばされてもなお気流を読み、まるで生き物のようにシグナの真後ろから迫る。
「シグナ、動くな。僕の声だけを聞け。あとコンマ15秒で左へ2.5センチ首を傾けろ」
 カイルの指示が、シグナの真鍮眼鏡を通じて直接脳内へ流れ込む。それは命令というよりも、世界を書き換える法則のように響いた。
「左下腕、4時の方向、角度15.8度。そのままブレードを微振動させながら展開しろ」
 シグナはもはや自分の意志で動くのをやめ、カイルの狂気じみた「演算」に心身を委ねた。
 ――ガギィィィン!
 背後から死角を突いて迫ったディスクが、シグナが突き出した刃に、まるで吸い込まれるような完璧なタイミングで激突した。火花がシグナの頬を焼き、弾かれたディスクは凄まじい速度でラチェットの足元へ跳ね返った。
「なっ……ボクのギアを、ただの計算で弾き返した……!? ありえない、そんなの魔法だ!」
「確率論だよ、おチビちゃん。君の動きはあまりに短調で、僕の計算機を回すまでもない退屈なものだ」
 カイルの嘲笑がスピーカーから響き渡る。ラチェットは悔しげに顔を歪め、激しく舌打ちをすると、残ったポーンの残骸を足場にして跳躍し、闇の帳の中へと消えていった。
 車内に戻ったシグナを、ガラが険しい表情で迎えた。その手には大型のレンチが握られ、車体の損害を確認している。
「完全に待ち伏せされていたね。アタシたちの通信の微弱なノイズを拾われたか、あるいはこの車両の熱紋をデータベース化されていたか。ヘリオスの情報網を甘く見ていたようだ」
「このままガラの隠れ家に向かうのは危険じゃない? ルートを変えるべきよ。次に来る時は、軍隊を連れてくるわ」
 シグナの問いに、ガラは無言でカイルを見つめた。カイルは眼鏡を指先で直しながら、冷たい、だが確信に満ちた微笑を浮かべていた。
「罠が張られている前提で、最短距離で突っ込むよ。その方が変数(ノイズ)が少なくて『計算』しやすい。準備はいいかい、シグナ。君のその四本の腕の真価、そして僕の頭脳。どちらが先にヘリオスを破壊するか、賭けをしようか」
「……了解。死なせない約束だからね。あんたが壊れる前に、私がすべての敵をスクラップにしてあげるわ」
 カイルの「演算」は、この最悪の襲撃すら最初から織り込み済みだったのか。
 答えの出ない疑念と、かつてない高揚感を抱えたまま、移動工房は闇を切り裂き、さらに危険な領域へと突き進む。目的地は、さらなるリスクと、シグナの過去が眠るガラの秘密工房だ。