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「似ていて面白い」って言われたのでブロックしたら刺されました。

ー/ー



 俺のペンネームは相原亮二。三十八歳。まあまあ名が売れている小説家だと思う。
 今では嫌々働いていた会社を辞めて専業作家になった。好きなことを仕事にしているので、毎日は割と楽しい。

 今日も午前中の執筆タイムが終わると、自宅で少し早めのランチを済ませた。
 ココアを淹れ、ノートパソコンを開いて、Twitter……いや、今はXか。まあどっちでもいいが、そこにログインする。SNSのチェックは日課だ。

 通知がたくさん来ていた。開いてみる。
 俺の作品に対する感想ばかりだ。毎日けっこうな人たちが、俺の作品の感想をくれている。それを眺めるのも楽しい。

 もちろん、ありがたい感想だけではないのだが。
 今日も見つけた。自分の新作を読んだらしい誰かが、少し生意気な感想のリプをくれている。

『相原先生の新作、面白かったです! ただ、ラストのひねりが少し強引に感じました。もう少し自然に……』

 なるほどね。
 俺は迷わずブロックボタンを押した。ポチッと。静音マウスなので音がするわけではないが、心の中で軽快な音は鳴っている感じがする。

「自分の心の平穏を守る。当然の権利だよねえ」

 俺はそう呟きながら、ココアを一口飲む。甘くておいしい。
 ブロックなんて、別に悪いことじゃない。嫌なものを見えないようにするだけ。メンタルヘルスの立派なセルフケアだ。

 世の中には「ブロックするなんて狭量だ」なんて言う人もいるけれども、こっちはプロとして小説を書いている。いちいち不快な感想に振り回されてたら創作なんてできない。自分のタイムラインが嫌なもので汚されないよう守る。それのどこが悪いのか。 

 その後も何件か、気に入らないリプや引用RTを見つけてはサクサクブロックしていく。
 調子がよい日は一日に十人以上ブロックすることもある。爽快感のある楽しい作業だと思っている。

 さて。
 いつもならこれでノートパソコンを一度閉じ、少し昼寝をするのであるが。
 今日はその前にXで一つ作業をしなければならない。

 そう。文芸マーケットの告知である。
 文芸マーケットとは、文学作品の展示即売会。俺も参加予定であり、つい先ほど参加作者のブースが発表されていた。

『今月16日、文芸マーケットに参加します! ブースはE-16です! 新刊『影の迷宮』も持っていきますので気軽に声かけてくださいね〜! お待ちしてます♪』

 ハッシュタグをいくつか付けて、送信。
 送信直後からいいねやリポストがついていく。これは想定通り。時間的に学生も会社員も昼休みなので、リアルタイムでXを見ている人も多いのだろう。

 しかし数分後、タイムラインに流れてきた一つのポストに、俺の目は吸い寄せられた。
 『佐藤』なる名前のXユーザーが、俺の告知に言及していたのだ。

『相原亮二のブース、E-16か』

 その内容だけなら、別にフーンと思うだけだ。
 気になったのは、そのポストの投稿主のID名「sato_mystery」と、アイコンの猫の画像に覚えがあったためだ。

 ……ああ、思い出した。
 数ヶ月前、俺の新作の宣伝ポストに、リプライで感想をくれていた奴だった。

『相原さんの新作、太宰治のコレに似ていて面白かったです!』
 というような内容だった。コレというのは太宰治の作品の一つのようで、書影の画像もポストに貼ってあった。

 このとき、即ブロックした。

 は? 似てるって何? パクリって言いたいわけ? ただ「面白い」じゃだめなの? 余計な比較を入れんなよ。というか、その太宰作品……俺それ読んでないし。パクりようにも知らねえよ。

 と、思ったためだった。
 まあ、俺を不快にしたこやつが悪い。もうブロック済みだし、気にしないことにしよう。



 ◇



 文芸マーケット当日。会場はいつものように人でごった返していた。
 俺はブースE-16に新刊を並べた。

「相原先生、この前の最新作面白かったです!」
「ありがとうございます〜」

 今回も調子がいい。
 朝からどんどん売れて、来客者との会話も弾む。
 商業作家になっても、こうやって非商業作品を書いて即売会で売るのはよいことだ。直接読者と触れ合うことで、ファンからモチベーションをもらえる気がする。

 午後も順調に推移し、午後二時を少し回った頃だった。
 ブースの前に、一人のスプリングコートを着た男が立った。二十代後半くらい。やや瘦せ型で、眼鏡をかけている。
 表情が妙に硬い。
 俺は営業スマイルを作ったまま声をかけた。

「こんにちは。まだ新刊ありますのでどうぞ~」

 しかし男は、俺の顔をじっと見つめて言った。

「相原亮二、ですよね?」

 声が少し震えていた。
 俺は首を傾げた。
 この男の顔に覚えはない。たぶん。

「えっと。知り合いでしたっけ?」
「あなた、俺が感想をリプしたらブロックしましたよね?」

 男はスマホを取り出し、画面を俺に向けてきた。
 それは、Xのプロフィール画面だった。
 名前は……『佐藤』。
 もしやと思って目を凝らすと、やはりそうだった。アイコンは猫画像。ID名は「sato_mystery」。太宰治の作品に似ていて面白いというリプを送ってきた奴だ。

 俺は表情を営業スマイルに戻すと、明るく答えた。

「ああ、前にリプをくれた佐藤さんですね。お久しぶりです〜。でも、ブロックしてるんで、こんなところまで来られて話しかけられても困るんですけど」

 佐藤の顔が、みるみる赤くなった。

「ただ感想を書いただけなのに、なんでブロックしたんですか。悪い感想じゃなかったはずです」
「いやいや。『似てる』って言われたら、ブロックしますよ〜。普通に一次創作者として気分悪いし、ウザいんで~。ごめんなさいね~」

 彼は目も血走っていた。

「僕、あなたの小説が本気で好きだったんです。あなたがまだ無名で細々と新作を出してた頃から、全部読んでました。
 フォロワー三百人くらいの時、文芸フリマで直接会って、『頑張って有名になって』って言って、握手してもらいました……覚えてないでしょうけど」

 声が震え、息が荒くなる。

「あなたが有名になってからも、毎作毎作読むのを楽しみにしてて……僕の生き甲斐にもなってました。なのに、いきなりブロックして僕を存在ごと消すなんて!」

 周囲の視線が、少しずつこちらに集まり始めた。
 俺は肩をすくめて、笑いながら言った。

「わかってませんね~。あなたがどういうつもりだろうが、こちらがどう思うかですから。だいたいさ、ブロックはそんな重たい行為じゃないでしょ? 存在ごと消されたとか、大袈裟ですねえ」

 佐藤の目は、もはや明らかに普通ではなくなっていた。
 怒りとか、恨みとか、そういうものに加え、もっと深い、何か『壊れた』ような光が浮かんでいた。

 でも、俺は間違ったことは言っていない。
 まだ笑顔を崩さずに、軽く手を振った。

「まあ、今日は文芸マーケットなんだし、こういう話はまたネットで……って、ブロックしてるんでしたね。ははっ」

 その瞬間、佐藤の右手が動いた。
 スプリングコートの内側から、何かを取り出した。
 銀色に光る、短いナイフ。

「……ブロックだって、あなたがどういうつもりかじゃなく、こっちがどう感じたか、ですよね」
「え?」

 俺がその言葉を口にした直後、佐藤が体ごと突っ込んできた。
 ズン、という鈍い衝撃が腹の奥に響いた。

 熱い。それが最初に感じたことだった。
 ジャケットの中に着ていた白いシャツ。腹部のところに、ナイフが刺さっていた。
 さらに佐藤は柄を握りしめ、俺ごと押し込むように力を入れてきた。

「う……わっ……」

 鋭いのだか鈍いのだか、どちらもなのか、初めて経験するような、強い痛みだった。

 佐藤は俺の顔を睨みつけていたままだった。
 息が荒い。肩が激しく上下している。

「僕、本当にショックだったんです……僕の気持ち、わかります?」

 痛い。
 でも、不思議と頭は妙にクリアだった。

 なんだろう。余裕のない、真っ赤ではち切れそうな佐藤の顔を見て、哀れに、そして面白く思った。
 そして同時に、こんな人間とは関わるべきではないと思った。

「いや~。SNSだけじゃなくて……リアルブロックも必要だね」

 俺はそう言って、刺さったままだったナイフを抜いた。
 血が勢いよく吹き出した。
 ブースのテーブルに並べていた新刊が、血で汚れていく。

「きゃあああ!」

 すぐに周囲から悲鳴が上がった。

「誰か! 会場スタッフを!」
「人が刺された!」

 俺は腹部から溢れ出す温かい血を感じながら、ジャケットのポケットからスマホを出した。
 110番、っと。
 ネットでブロックしてもこうやって来てしまったわけだから、リアルでもブロックするしかないね。

 俺は息を整えて、できるだけ明るいトーンで話し始めた。

「警察ですか? あ、事件です。えっとですね……犯人は、目の前にいます。以前俺がブロックしたフォロワーでして……あ、場所ですか? ええと、今日やってる……文芸マーケットの……会場で…………」

 だんだん、声がかすれてきてしまった。
 しゃべっている間にも、俺の腹からはどんどん温かい血が噴き出すように出てきて、机の敷物と積まれている新刊を赤く染め続けている。
 床に血だまりも出来始めていた。
 でも、口元はまだ笑っていることが、自分でも分かった。

 痛みは、だんだん遠のいていくようだった。周囲は騒然となっているはずなのに、なぜかそれも遠くなっていき、うるさくは感じない。

 俺は、プッっと吹き出して大きく笑ってしまった。息だけじゃなくて血も噴き出したけど、温かくてそれも気持ちよかった。

 なんで笑うのかって? だって、面白いから。
 まだ顔真っ赤で息が荒い佐藤を見ると、心底間抜けだなあ、って思ったから。
 人をナイフで刺すって犯罪なのにね。たかがSNSでブロックされたくらいで普通こんなことしないって。

 この人、今の通報で逮捕されるだろうから、もう俺には二度と近づけないね。
 しかも、これで社会的に死んだも同然だろうな〜。仕事も、家族も、友達も、いるんだったら恋人も、全部終わりだよ。
 オールドメディアで扱われるかはわからないけど、ネットでは間違いなくニュースになるから、デジタルタトゥーだよ。もう一生逃げられない。かわいそうだね。まあ、自業自得だけどさ。

 あははは。笑いが止まらないや。
 いやー、ネットに続いてリアルでも俺にブロックされた佐藤くん、社会的に死亡、おめでとう。



 相原亮二 享年三十八





-完-


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 俺のペンネームは相原亮二。三十八歳。まあまあ名が売れている小説家だと思う。
 今では嫌々働いていた会社を辞めて専業作家になった。好きなことを仕事にしているので、毎日は割と楽しい。
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 ココアを淹れ、ノートパソコンを開いて、Twitter……いや、今はXか。まあどっちでもいいが、そこにログインする。SNSのチェックは日課だ。
 通知がたくさん来ていた。開いてみる。
 俺の作品に対する感想ばかりだ。毎日けっこうな人たちが、俺の作品の感想をくれている。それを眺めるのも楽しい。
 もちろん、ありがたい感想だけではないのだが。
 今日も見つけた。自分の新作を読んだらしい誰かが、少し生意気な感想のリプをくれている。
『相原先生の新作、面白かったです! ただ、ラストのひねりが少し強引に感じました。もう少し自然に……』
 なるほどね。
 俺は迷わずブロックボタンを押した。ポチッと。静音マウスなので音がするわけではないが、心の中で軽快な音は鳴っている感じがする。
「自分の心の平穏を守る。当然の権利だよねえ」
 俺はそう呟きながら、ココアを一口飲む。甘くておいしい。
 ブロックなんて、別に悪いことじゃない。嫌なものを見えないようにするだけ。メンタルヘルスの立派なセルフケアだ。
 世の中には「ブロックするなんて狭量だ」なんて言う人もいるけれども、こっちはプロとして小説を書いている。いちいち不快な感想に振り回されてたら創作なんてできない。自分のタイムラインが嫌なもので汚されないよう守る。それのどこが悪いのか。 
 その後も何件か、気に入らないリプや引用RTを見つけてはサクサクブロックしていく。
 調子がよい日は一日に十人以上ブロックすることもある。爽快感のある楽しい作業だと思っている。
 さて。
 いつもならこれでノートパソコンを一度閉じ、少し昼寝をするのであるが。
 今日はその前にXで一つ作業をしなければならない。
 そう。文芸マーケットの告知である。
 文芸マーケットとは、文学作品の展示即売会。俺も参加予定であり、つい先ほど参加作者のブースが発表されていた。
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 しかし数分後、タイムラインに流れてきた一つのポストに、俺の目は吸い寄せられた。
 『佐藤』なる名前のXユーザーが、俺の告知に言及していたのだ。
『相原亮二のブース、E-16か』
 その内容だけなら、別にフーンと思うだけだ。
 気になったのは、そのポストの投稿主のID名「sato_mystery」と、アイコンの猫の画像に覚えがあったためだ。
 ……ああ、思い出した。
 数ヶ月前、俺の新作の宣伝ポストに、リプライで感想をくれていた奴だった。
『相原さんの新作、太宰治のコレに似ていて面白かったです!』
 というような内容だった。コレというのは太宰治の作品の一つのようで、書影の画像もポストに貼ってあった。
 このとき、即ブロックした。
 は? 似てるって何? パクリって言いたいわけ? ただ「面白い」じゃだめなの? 余計な比較を入れんなよ。というか、その太宰作品……俺それ読んでないし。パクりようにも知らねえよ。
 と、思ったためだった。
 まあ、俺を不快にしたこやつが悪い。もうブロック済みだし、気にしないことにしよう。
 ◇
 文芸マーケット当日。会場はいつものように人でごった返していた。
 俺はブースE-16に新刊を並べた。
「相原先生、この前の最新作面白かったです!」
「ありがとうございます〜」
 今回も調子がいい。
 朝からどんどん売れて、来客者との会話も弾む。
 商業作家になっても、こうやって非商業作品を書いて即売会で売るのはよいことだ。直接読者と触れ合うことで、ファンからモチベーションをもらえる気がする。
 午後も順調に推移し、午後二時を少し回った頃だった。
 ブースの前に、一人のスプリングコートを着た男が立った。二十代後半くらい。やや瘦せ型で、眼鏡をかけている。
 表情が妙に硬い。
 俺は営業スマイルを作ったまま声をかけた。
「こんにちは。まだ新刊ありますのでどうぞ~」
 しかし男は、俺の顔をじっと見つめて言った。
「相原亮二、ですよね?」
 声が少し震えていた。
 俺は首を傾げた。
 この男の顔に覚えはない。たぶん。
「えっと。知り合いでしたっけ?」
「あなた、俺が感想をリプしたらブロックしましたよね?」
 男はスマホを取り出し、画面を俺に向けてきた。
 それは、Xのプロフィール画面だった。
 名前は……『佐藤』。
 もしやと思って目を凝らすと、やはりそうだった。アイコンは猫画像。ID名は「sato_mystery」。太宰治の作品に似ていて面白いというリプを送ってきた奴だ。
 俺は表情を営業スマイルに戻すと、明るく答えた。
「ああ、前にリプをくれた佐藤さんですね。お久しぶりです〜。でも、ブロックしてるんで、こんなところまで来られて話しかけられても困るんですけど」
 佐藤の顔が、みるみる赤くなった。
「ただ感想を書いただけなのに、なんでブロックしたんですか。悪い感想じゃなかったはずです」
「いやいや。『似てる』って言われたら、ブロックしますよ〜。普通に一次創作者として気分悪いし、ウザいんで~。ごめんなさいね~」
 彼は目も血走っていた。
「僕、あなたの小説が本気で好きだったんです。あなたがまだ無名で細々と新作を出してた頃から、全部読んでました。
 フォロワー三百人くらいの時、文芸フリマで直接会って、『頑張って有名になって』って言って、握手してもらいました……覚えてないでしょうけど」
 声が震え、息が荒くなる。
「あなたが有名になってからも、毎作毎作読むのを楽しみにしてて……僕の生き甲斐にもなってました。なのに、いきなりブロックして僕を存在ごと消すなんて!」
 周囲の視線が、少しずつこちらに集まり始めた。
 俺は肩をすくめて、笑いながら言った。
「わかってませんね~。あなたがどういうつもりだろうが、こちらがどう思うかですから。だいたいさ、ブロックはそんな重たい行為じゃないでしょ? 存在ごと消されたとか、大袈裟ですねえ」
 佐藤の目は、もはや明らかに普通ではなくなっていた。
 怒りとか、恨みとか、そういうものに加え、もっと深い、何か『壊れた』ような光が浮かんでいた。
 でも、俺は間違ったことは言っていない。
 まだ笑顔を崩さずに、軽く手を振った。
「まあ、今日は文芸マーケットなんだし、こういう話はまたネットで……って、ブロックしてるんでしたね。ははっ」
 その瞬間、佐藤の右手が動いた。
 スプリングコートの内側から、何かを取り出した。
 銀色に光る、短いナイフ。
「……ブロックだって、あなたがどういうつもりかじゃなく、こっちがどう感じたか、ですよね」
「え?」
 俺がその言葉を口にした直後、佐藤が体ごと突っ込んできた。
 ズン、という鈍い衝撃が腹の奥に響いた。
 熱い。それが最初に感じたことだった。
 ジャケットの中に着ていた白いシャツ。腹部のところに、ナイフが刺さっていた。
 さらに佐藤は柄を握りしめ、俺ごと押し込むように力を入れてきた。
「う……わっ……」
 鋭いのだか鈍いのだか、どちらもなのか、初めて経験するような、強い痛みだった。
 佐藤は俺の顔を睨みつけていたままだった。
 息が荒い。肩が激しく上下している。
「僕、本当にショックだったんです……僕の気持ち、わかります?」
 痛い。
 でも、不思議と頭は妙にクリアだった。
 なんだろう。余裕のない、真っ赤ではち切れそうな佐藤の顔を見て、哀れに、そして面白く思った。
 そして同時に、こんな人間とは関わるべきではないと思った。
「いや~。SNSだけじゃなくて……リアルブロックも必要だね」
 俺はそう言って、刺さったままだったナイフを抜いた。
 血が勢いよく吹き出した。
 ブースのテーブルに並べていた新刊が、血で汚れていく。
「きゃあああ!」
 すぐに周囲から悲鳴が上がった。
「誰か! 会場スタッフを!」
「人が刺された!」
 俺は腹部から溢れ出す温かい血を感じながら、ジャケットのポケットからスマホを出した。
 110番、っと。
 ネットでブロックしてもこうやって来てしまったわけだから、リアルでもブロックするしかないね。
 俺は息を整えて、できるだけ明るいトーンで話し始めた。
「警察ですか? あ、事件です。えっとですね……犯人は、目の前にいます。以前俺がブロックしたフォロワーでして……あ、場所ですか? ええと、今日やってる……文芸マーケットの……会場で…………」
 だんだん、声がかすれてきてしまった。
 しゃべっている間にも、俺の腹からはどんどん温かい血が噴き出すように出てきて、机の敷物と積まれている新刊を赤く染め続けている。
 床に血だまりも出来始めていた。
 でも、口元はまだ笑っていることが、自分でも分かった。
 痛みは、だんだん遠のいていくようだった。周囲は騒然となっているはずなのに、なぜかそれも遠くなっていき、うるさくは感じない。
 俺は、プッっと吹き出して大きく笑ってしまった。息だけじゃなくて血も噴き出したけど、温かくてそれも気持ちよかった。
 なんで笑うのかって? だって、面白いから。
 まだ顔真っ赤で息が荒い佐藤を見ると、心底間抜けだなあ、って思ったから。
 人をナイフで刺すって犯罪なのにね。たかがSNSでブロックされたくらいで普通こんなことしないって。
 この人、今の通報で逮捕されるだろうから、もう俺には二度と近づけないね。
 しかも、これで社会的に死んだも同然だろうな〜。仕事も、家族も、友達も、いるんだったら恋人も、全部終わりだよ。
 オールドメディアで扱われるかはわからないけど、ネットでは間違いなくニュースになるから、デジタルタトゥーだよ。もう一生逃げられない。かわいそうだね。まあ、自業自得だけどさ。
 あははは。笑いが止まらないや。
 いやー、ネットに続いてリアルでも俺にブロックされた佐藤くん、社会的に死亡、おめでとう。
 相原亮二 享年三十八
-完-