第8話 大地の魔女
ー/ー イヴリンの師にあたる先代の西の魔女が在位していた頃のことだった。
過去の文献に数体ほどしか存在が記されていない火竜が王国の西に突如として現れた。
火山やマグマ溜まりを好んでねぐらにすると言われている火竜は、その高体温で西の大地の土壌を大きく変質させ、生態系に甚大な被害を及ぼした。
豊かだった西の大地は干からび、植物は枯れ、川は高温になった。
件の火竜は力の魔女オリガにより無力化がなされたものの、農業や林業、畜産業を担ってきた西の大地が枯れたという事実は王国にも打撃を与えた。
イヴリンの師は魔力によって西の大地の復興に注力した。花の魔女の名を冠していた彼女は植物の成長を促すという権能によって枯れた大地を少しずつ再生させていった。
だがそれも人の住む地域に留まるのみで、農作地や放牧地の復活には更に膨大な時間がかかると予測され、王国の繁栄にも翳りが見えたかに思えた。
それを、たった一人で解決したのがイヴリンだった。魔女の弟子であった頃から規格外の魔力を蓄え、師の権能よりも遥かに強力な権能を有していた。
生命力に直接作用し、励起する権能。その権能を大地に対して作用させ、信じられないほど早く大地は復活した。それどころか、火竜によって被害を受ける前よりもマナを豊富に含んだ肥沃な大地へと変貌を遂げた。
花の魔女に師事したイヴリンの権能は特に大地や植物に対しての相性が良かったため、より質の良い農作物や木が育ち、それを食べて育った家畜はより健康で質の良い食肉や素材となるに至った。
その功績を以て、イヴリンは師より西の魔女の位を受け継ぐにふさわしいと推挙され、国王によって正式に認められた。そうして授かったのが、「大地の魔女」という名だった。
*
西の大地を復活させたイヴリンがまず行ったのが、各地の見回りだった。権能が及ばなかった範囲はないかと自らの目と足で調査をしていたその時。
──誰か。誰か誰か誰か。
小さな声がイヴリンの耳に届いた。
今にも消えてしまいそうな、小さな声。その声の主を探したイヴリンは傍らに芽吹いていた枯れかけの若木を発見した。
イヴリンが励起した肥沃な大地からほんの少しだけ領域が外れた痩せた土地で、数枚の小さな葉をくたびれさせていた。
植物の声が聞こえることはこれまでに何度かあった。けれどそれは例外なく数百年を生きてきた巨木であったり、大切に育てられ祈りを捧げられ続けてきた教会の木や花であったりといずれも長い年月をかけて地に根を張ってきたものばかりで。
だからこそ、生まれたばかりであろうちいさな命が助けを求めて声を上げることができるのが不思議でならなかった。
それと同時に、この命を救わなければと。そう思ったのだ。
若木をその場から持ち帰り、マナを豊富に含んだ土に植え替えて日々世話をした。声はそれきり聞こえなかったものの、くたびれていた葉は艶と張りを取り戻し、緩やかながらもいくつもの枝と新芽を伸ばし、五年が経過する頃にはイヴリンの背丈に届くかどうかというところまで伸びた。
そうして世話をして過ごしていたある時イヴリンは再び若木の声を聞いた。
──ぼくは、あなたのお役に立ちたいです。
そう、確かに聞こえたのだった。
*
「……」
記憶の海に沈んでいたイヴリンは顔を上げて穏やかに寝息を立てるコリンを見る。
腹部の傷はすっかり元通りに修復され、毒の成分も体内に残っていないことを確認した。
胸のあたりに内蔵している魔力回路も動作に問題はない。
コリン自身には全く何の異変がないことも眠る前の本人から確認している。
それでも。
それでもイヴリンの胸には重苦しいものがつかえている。
コリンは若木の枝の一部を核として生み出された。あまりにも若い木ゆえに未熟な部分が多い状態で体を得た。
腕力や体力に関しては力自慢の男以上のものを有しているが、その体は人と同じように脆い。そして、先程の殴打で頬に亀裂が入っていた。
つまるところ、人間でも骨に異常が発生するほどの力で殴られたのだ。
ゴーレムであるコリンには感情が希薄だ。けれどコリンはその好奇心旺盛さゆえに「人の生活」「人の感情」を学ぶことを強く望んだ。
その願いを汲んだイヴリンは、ゴーレムには不要と思われる寝食を行う機能も与えた。
眠ることで一日の活動で消耗した魔力回路を回復させ、食事で魔力回路を動かす燃料を得る。そうしてコリンは「人」としての生活を慣れないながらも学習し、「使い魔」「ゴーレム」として主人であるイヴリンの傍らに常に存在してきた。
けれど今回は。
「……可哀想なことをしてしまったなぁ……」
ぽつりと零れた言葉。
大地に根を張って十年ばかりの幼い若木。好奇心が旺盛でよく学ぶコリンは見た目相応以上の知識を身につけている。けれど、それだけ。
まだまだ幼く、人の世界の機微にも疎い。
イヴリンから見れば使い魔であり身の回りの世話をしてくれる従者であり──守り育てるべき可愛い子。
感情が希薄だからこそ、人拐いだの暴力だのという人間の負の部分を見せたくはなかった。
「……私のせいだね。ごめんね、コリン」
穏やかな寝顔のコリンの頬をもうひと撫でして、柔らかい毛布をコリンの首元までしっかりと掛ける。
部屋の明かりを落として、イヴリンはコリンの寝室を後にする。
自身の寝室の隣、いつもは厳重に鍵をかけている部屋の鍵を開けて部屋の中にある薬品棚を眺める。目的の小瓶を棚から取り出し、ローブの内側に縫い付けてある細長い内ポケットにしまい込んだ。部屋の鍵をしっかりと掛け直し、ひとり邸宅の外へと出掛けていく。
その表情は、普段の穏やかな微笑みとは一転して冴え冴えとした冷たい色を浮かべていた。
過去の文献に数体ほどしか存在が記されていない火竜が王国の西に突如として現れた。
火山やマグマ溜まりを好んでねぐらにすると言われている火竜は、その高体温で西の大地の土壌を大きく変質させ、生態系に甚大な被害を及ぼした。
豊かだった西の大地は干からび、植物は枯れ、川は高温になった。
件の火竜は力の魔女オリガにより無力化がなされたものの、農業や林業、畜産業を担ってきた西の大地が枯れたという事実は王国にも打撃を与えた。
イヴリンの師は魔力によって西の大地の復興に注力した。花の魔女の名を冠していた彼女は植物の成長を促すという権能によって枯れた大地を少しずつ再生させていった。
だがそれも人の住む地域に留まるのみで、農作地や放牧地の復活には更に膨大な時間がかかると予測され、王国の繁栄にも翳りが見えたかに思えた。
それを、たった一人で解決したのがイヴリンだった。魔女の弟子であった頃から規格外の魔力を蓄え、師の権能よりも遥かに強力な権能を有していた。
生命力に直接作用し、励起する権能。その権能を大地に対して作用させ、信じられないほど早く大地は復活した。それどころか、火竜によって被害を受ける前よりもマナを豊富に含んだ肥沃な大地へと変貌を遂げた。
花の魔女に師事したイヴリンの権能は特に大地や植物に対しての相性が良かったため、より質の良い農作物や木が育ち、それを食べて育った家畜はより健康で質の良い食肉や素材となるに至った。
その功績を以て、イヴリンは師より西の魔女の位を受け継ぐにふさわしいと推挙され、国王によって正式に認められた。そうして授かったのが、「大地の魔女」という名だった。
*
西の大地を復活させたイヴリンがまず行ったのが、各地の見回りだった。権能が及ばなかった範囲はないかと自らの目と足で調査をしていたその時。
──誰か。誰か誰か誰か。
小さな声がイヴリンの耳に届いた。
今にも消えてしまいそうな、小さな声。その声の主を探したイヴリンは傍らに芽吹いていた枯れかけの若木を発見した。
イヴリンが励起した肥沃な大地からほんの少しだけ領域が外れた痩せた土地で、数枚の小さな葉をくたびれさせていた。
植物の声が聞こえることはこれまでに何度かあった。けれどそれは例外なく数百年を生きてきた巨木であったり、大切に育てられ祈りを捧げられ続けてきた教会の木や花であったりといずれも長い年月をかけて地に根を張ってきたものばかりで。
だからこそ、生まれたばかりであろうちいさな命が助けを求めて声を上げることができるのが不思議でならなかった。
それと同時に、この命を救わなければと。そう思ったのだ。
若木をその場から持ち帰り、マナを豊富に含んだ土に植え替えて日々世話をした。声はそれきり聞こえなかったものの、くたびれていた葉は艶と張りを取り戻し、緩やかながらもいくつもの枝と新芽を伸ばし、五年が経過する頃にはイヴリンの背丈に届くかどうかというところまで伸びた。
そうして世話をして過ごしていたある時イヴリンは再び若木の声を聞いた。
──ぼくは、あなたのお役に立ちたいです。
そう、確かに聞こえたのだった。
*
「……」
記憶の海に沈んでいたイヴリンは顔を上げて穏やかに寝息を立てるコリンを見る。
腹部の傷はすっかり元通りに修復され、毒の成分も体内に残っていないことを確認した。
胸のあたりに内蔵している魔力回路も動作に問題はない。
コリン自身には全く何の異変がないことも眠る前の本人から確認している。
それでも。
それでもイヴリンの胸には重苦しいものがつかえている。
コリンは若木の枝の一部を核として生み出された。あまりにも若い木ゆえに未熟な部分が多い状態で体を得た。
腕力や体力に関しては力自慢の男以上のものを有しているが、その体は人と同じように脆い。そして、先程の殴打で頬に亀裂が入っていた。
つまるところ、人間でも骨に異常が発生するほどの力で殴られたのだ。
ゴーレムであるコリンには感情が希薄だ。けれどコリンはその好奇心旺盛さゆえに「人の生活」「人の感情」を学ぶことを強く望んだ。
その願いを汲んだイヴリンは、ゴーレムには不要と思われる寝食を行う機能も与えた。
眠ることで一日の活動で消耗した魔力回路を回復させ、食事で魔力回路を動かす燃料を得る。そうしてコリンは「人」としての生活を慣れないながらも学習し、「使い魔」「ゴーレム」として主人であるイヴリンの傍らに常に存在してきた。
けれど今回は。
「……可哀想なことをしてしまったなぁ……」
ぽつりと零れた言葉。
大地に根を張って十年ばかりの幼い若木。好奇心が旺盛でよく学ぶコリンは見た目相応以上の知識を身につけている。けれど、それだけ。
まだまだ幼く、人の世界の機微にも疎い。
イヴリンから見れば使い魔であり身の回りの世話をしてくれる従者であり──守り育てるべき可愛い子。
感情が希薄だからこそ、人拐いだの暴力だのという人間の負の部分を見せたくはなかった。
「……私のせいだね。ごめんね、コリン」
穏やかな寝顔のコリンの頬をもうひと撫でして、柔らかい毛布をコリンの首元までしっかりと掛ける。
部屋の明かりを落として、イヴリンはコリンの寝室を後にする。
自身の寝室の隣、いつもは厳重に鍵をかけている部屋の鍵を開けて部屋の中にある薬品棚を眺める。目的の小瓶を棚から取り出し、ローブの内側に縫い付けてある細長い内ポケットにしまい込んだ。部屋の鍵をしっかりと掛け直し、ひとり邸宅の外へと出掛けていく。
その表情は、普段の穏やかな微笑みとは一転して冴え冴えとした冷たい色を浮かべていた。
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