第7話 従者コリン
ー/ー 腹部を襲った確かな衝撃。深々と突き立っているナイフの存在を確かに感じる。
けれど。
膝はくずおれない。視界も良好。全身に何ら不具合はない。
大丈夫、ぼくは動ける。
腹部に突き立てられたナイフを持つ太い手首を、強く握った握り拳で思い切り殴りつける。
思わぬ反撃を食らった男は情けない声を上げて後ずさる。殴りつけられた左手首を押さえて、イヴリンの前に立ちはだかるコリンを見て叫んだ。
「な、なんで立ってられれるんだ!一滴でも体内に入りゃ即死の毒──」
そこまで叫んで、男の目が見開かれる。壊れた壁から差し込む月明かりが、コリンの姿を鮮明に照らし出す。
深々と突き立っているナイフ。そこから血は一滴たりとも滲んでいない。先程力任せに殴った左頬。赤く腫れるどころか、頬に亀裂が走っている。
明らかに、人ではない「なにか」が魔女の前に立ちはだかっていた。
「ば、化け物……!」
驚きのあまり裏返った声を気にすることもなく、男は叫ぶ。感情が一切読み取れない、けれど強い意志を滲ませたコリンが一歩男の方へ踏み出せば、男はそれ以上の距離を離そうと大股で後ずさる。
「化け物じゃ、ない」
一歩一歩、男に歩み寄りながらコリンは言葉を短く区切って話す。
「ぼくは、ご主人様の……使い魔……」
「く、来るな!来るんじゃねぇ!」
「ご主人様の……ゴーレム……!」
僅かに浮いていた床板に躓いて尻餅をついた男に向かってコリンは大きく振りかぶる。
男の野太くも情けない悲鳴のあとに、鈍い音が響いた。
*
頭に大きなたんこぶをこさえて床に倒れている男を見下ろしながらコリンはふう、と息をつく。
そして室内をぐるりと見渡す。
さっきまでいたはずのもう一人の男がいない。
「ご主人様、もう一人どこかに──!」
「大丈夫。もう逃げられないよ」
コリンが慌ててイヴリンを振り返ると、虚空に向けてかざしていた右手を強く握るイヴリン。直後に、少し離れた位置から男のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「ふふ、捕まえた」
にっこりと、それはもう満面の笑みを浮かべたイヴリンにコリンは全身の力が抜けるのを感じた。
「コリン。もうすぐここに辺境伯の私兵が来るからね。怪我は隠しておこうか」
「え、は、はい……」
イヴリンが常に身にまとっている丈の長いローブを脱ぎ、コリンを包む。ひび割れている顔も隠してしまうように頭まですっぽりと覆い、コリンを横抱きに抱き上げる。
「動いてはいけないよ。気を失っているふり。いいね?」
「は、はい……でも、ご主人様……ローブを脱いでは……」
「大丈夫」
「魔女様!」
コリンが身動ぎをしそうになったその瞬間に、小屋の外から複数人の足音と鎧の音が響く。その音を聞いたコリンはイヴリンに寄りかかって目を閉じて力を抜いた。
「魔女様!ご無事ですか!」
部屋に飛び込んできた兵士がイヴリンの姿を認識した後、その腕の中に抱かれているローブに包まれたコリンを見て声を上げる。
「コリン殿……!」
「大丈夫です。気を失っているだけです。……コリンを連れて先に戻りますが、よろしいですか」
「は、はっ!……この者はどうしますか」
兵士が床に転がっている男に視線だけを向けてイヴリンに問いかける。男は既に兵士が取り囲んでおり、イヴリンの命令ひとつですぐにでも命は奪えるとでも言うかのように全員が剣の柄に手をかけていた。
「絶対に殺してはいけませんよ。手足を拘束して、舌も噛み切れないように猿轡を噛ませておいてください。後ほど辺境伯の元にお伺いしますので、お屋敷でお待ちになってくださいと言伝をしていただいても?」
「は、畏まりました」
「お願いします。……ああ、あと小屋のすぐ外にもう一人、少し離れたところにもう一人いますので、そちらも同じように縛り上げて猿轡を。辺境伯のお屋敷の地下牢、三人分空いていますよね?」
月明かりに照らされてにっこりと微笑んだイヴリンに、薄ら寒いものが背筋を駆け抜けるのを感じたとその場にいた兵士たちは後に語った。
*
邸宅に戻ったイヴリンがまず最初に行ったのはコリンの全身をくまなく調査することだった。
コリンの体を包んでいたローブを外し、衣服を脱がしていく。
腹部に突き立ったままのナイフを慎重に抜き去り、毒が他のものに触れないようにと深さのある皿に置く。
「具合が悪いとかは?」
「ありません」
「視界は?」
「きちんと見えています」
「力は?」
「入ります」
矢継ぎ早に投げかけられる質問にコリンはてきぱきと答えていく。
眼鏡を外しているイヴリンがコリンの全身をじっくりと観察して、ややあって大きく息を吐いた。
「──うん、毒も影響ないね。本当によかった」
眼鏡をかけ直して、イヴリンはコリンの頬を撫でる。
柔らかな燐光がコリンの頬の亀裂を埋めて、一度強く発光した次の瞬間には綺麗に亀裂が消えていた。
イヴリンは亀裂が走っていた箇所が綺麗に塞がっているかを、ほんの少しの跡も許さないとでもいうかのように何度も何度も撫でて確かめる。温かなイヴリンの手が頬を撫でる感覚にコリンはひどく安心する。さっきまで張り詰めていた空気の中にいたからか、安心して瞼が重たくなってくる。ベッドに腰掛けた上体がゆらゆらと揺れ始める。
「眠ってしまってもいいよ。明日にはもう全部元通りだからね」
「う……はい……でも、ご主人様……」
「うん、なぁに」
「晩ごはんが……」
半分夢の国に旅立ちかけているコリンの言葉にイヴリンは目を瞬かせる。そして、柔らかく微笑んでコリンの額に自身の額を合わせた。
「いいんだよ。一食くらい食べなくても死なないよ。人も、魔女もね」
「うぅ……でも、だめです……ご主人様……たべないと……」
ふにゃふにゃとした話し方でもうほとんど瞼が落ちているコリンの頭を優しく撫でる。
「おやすみ、コリン。私の可愛い子。私の可愛いゴーレム」
すう、と穏やかな寝息が聞こえてくるまでイヴリンはずっと頭を撫でていた。
コリンの意識が完全に夢の国に旅立ってから、イヴリンはコリンをベッドに横たえて腹部の傷の修復に取り掛かり始めた。
イヴリンが五年前に生み出した使い魔であり完全自律型のゴーレム、それがコリン。樹木を核として生み出した木人形。
外見こそ人間の子供そのもののコリンではあるけれど、血も流さなければ涙も流さない。
ゴーレムは本来であれば人よりもずっとずっと頑丈な体を持っているが、コリンは少し違った。
イヴリンはコリンの腹部を修復しながらゆっくりと記憶を手繰った。
けれど。
膝はくずおれない。視界も良好。全身に何ら不具合はない。
大丈夫、ぼくは動ける。
腹部に突き立てられたナイフを持つ太い手首を、強く握った握り拳で思い切り殴りつける。
思わぬ反撃を食らった男は情けない声を上げて後ずさる。殴りつけられた左手首を押さえて、イヴリンの前に立ちはだかるコリンを見て叫んだ。
「な、なんで立ってられれるんだ!一滴でも体内に入りゃ即死の毒──」
そこまで叫んで、男の目が見開かれる。壊れた壁から差し込む月明かりが、コリンの姿を鮮明に照らし出す。
深々と突き立っているナイフ。そこから血は一滴たりとも滲んでいない。先程力任せに殴った左頬。赤く腫れるどころか、頬に亀裂が走っている。
明らかに、人ではない「なにか」が魔女の前に立ちはだかっていた。
「ば、化け物……!」
驚きのあまり裏返った声を気にすることもなく、男は叫ぶ。感情が一切読み取れない、けれど強い意志を滲ませたコリンが一歩男の方へ踏み出せば、男はそれ以上の距離を離そうと大股で後ずさる。
「化け物じゃ、ない」
一歩一歩、男に歩み寄りながらコリンは言葉を短く区切って話す。
「ぼくは、ご主人様の……使い魔……」
「く、来るな!来るんじゃねぇ!」
「ご主人様の……ゴーレム……!」
僅かに浮いていた床板に躓いて尻餅をついた男に向かってコリンは大きく振りかぶる。
男の野太くも情けない悲鳴のあとに、鈍い音が響いた。
*
頭に大きなたんこぶをこさえて床に倒れている男を見下ろしながらコリンはふう、と息をつく。
そして室内をぐるりと見渡す。
さっきまでいたはずのもう一人の男がいない。
「ご主人様、もう一人どこかに──!」
「大丈夫。もう逃げられないよ」
コリンが慌ててイヴリンを振り返ると、虚空に向けてかざしていた右手を強く握るイヴリン。直後に、少し離れた位置から男のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「ふふ、捕まえた」
にっこりと、それはもう満面の笑みを浮かべたイヴリンにコリンは全身の力が抜けるのを感じた。
「コリン。もうすぐここに辺境伯の私兵が来るからね。怪我は隠しておこうか」
「え、は、はい……」
イヴリンが常に身にまとっている丈の長いローブを脱ぎ、コリンを包む。ひび割れている顔も隠してしまうように頭まですっぽりと覆い、コリンを横抱きに抱き上げる。
「動いてはいけないよ。気を失っているふり。いいね?」
「は、はい……でも、ご主人様……ローブを脱いでは……」
「大丈夫」
「魔女様!」
コリンが身動ぎをしそうになったその瞬間に、小屋の外から複数人の足音と鎧の音が響く。その音を聞いたコリンはイヴリンに寄りかかって目を閉じて力を抜いた。
「魔女様!ご無事ですか!」
部屋に飛び込んできた兵士がイヴリンの姿を認識した後、その腕の中に抱かれているローブに包まれたコリンを見て声を上げる。
「コリン殿……!」
「大丈夫です。気を失っているだけです。……コリンを連れて先に戻りますが、よろしいですか」
「は、はっ!……この者はどうしますか」
兵士が床に転がっている男に視線だけを向けてイヴリンに問いかける。男は既に兵士が取り囲んでおり、イヴリンの命令ひとつですぐにでも命は奪えるとでも言うかのように全員が剣の柄に手をかけていた。
「絶対に殺してはいけませんよ。手足を拘束して、舌も噛み切れないように猿轡を噛ませておいてください。後ほど辺境伯の元にお伺いしますので、お屋敷でお待ちになってくださいと言伝をしていただいても?」
「は、畏まりました」
「お願いします。……ああ、あと小屋のすぐ外にもう一人、少し離れたところにもう一人いますので、そちらも同じように縛り上げて猿轡を。辺境伯のお屋敷の地下牢、三人分空いていますよね?」
月明かりに照らされてにっこりと微笑んだイヴリンに、薄ら寒いものが背筋を駆け抜けるのを感じたとその場にいた兵士たちは後に語った。
*
邸宅に戻ったイヴリンがまず最初に行ったのはコリンの全身をくまなく調査することだった。
コリンの体を包んでいたローブを外し、衣服を脱がしていく。
腹部に突き立ったままのナイフを慎重に抜き去り、毒が他のものに触れないようにと深さのある皿に置く。
「具合が悪いとかは?」
「ありません」
「視界は?」
「きちんと見えています」
「力は?」
「入ります」
矢継ぎ早に投げかけられる質問にコリンはてきぱきと答えていく。
眼鏡を外しているイヴリンがコリンの全身をじっくりと観察して、ややあって大きく息を吐いた。
「──うん、毒も影響ないね。本当によかった」
眼鏡をかけ直して、イヴリンはコリンの頬を撫でる。
柔らかな燐光がコリンの頬の亀裂を埋めて、一度強く発光した次の瞬間には綺麗に亀裂が消えていた。
イヴリンは亀裂が走っていた箇所が綺麗に塞がっているかを、ほんの少しの跡も許さないとでもいうかのように何度も何度も撫でて確かめる。温かなイヴリンの手が頬を撫でる感覚にコリンはひどく安心する。さっきまで張り詰めていた空気の中にいたからか、安心して瞼が重たくなってくる。ベッドに腰掛けた上体がゆらゆらと揺れ始める。
「眠ってしまってもいいよ。明日にはもう全部元通りだからね」
「う……はい……でも、ご主人様……」
「うん、なぁに」
「晩ごはんが……」
半分夢の国に旅立ちかけているコリンの言葉にイヴリンは目を瞬かせる。そして、柔らかく微笑んでコリンの額に自身の額を合わせた。
「いいんだよ。一食くらい食べなくても死なないよ。人も、魔女もね」
「うぅ……でも、だめです……ご主人様……たべないと……」
ふにゃふにゃとした話し方でもうほとんど瞼が落ちているコリンの頭を優しく撫でる。
「おやすみ、コリン。私の可愛い子。私の可愛いゴーレム」
すう、と穏やかな寝息が聞こえてくるまでイヴリンはずっと頭を撫でていた。
コリンの意識が完全に夢の国に旅立ってから、イヴリンはコリンをベッドに横たえて腹部の傷の修復に取り掛かり始めた。
イヴリンが五年前に生み出した使い魔であり完全自律型のゴーレム、それがコリン。樹木を核として生み出した木人形。
外見こそ人間の子供そのもののコリンではあるけれど、血も流さなければ涙も流さない。
ゴーレムは本来であれば人よりもずっとずっと頑丈な体を持っているが、コリンは少し違った。
イヴリンはコリンの腹部を修復しながらゆっくりと記憶を手繰った。
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