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第3話 鶏舎に潜む危険

ー/ー



 吹き飛んできた年若い男は簡素な衣服の上に腕や足の一部に鎧、革の胸当てを装備しており、どこからどう見ても畜産を生業にしているようには見えない出で立ちだった。
 青年は腹部を抑えて声にならない呻き声を上げる。首から提げられている革の紐にくくりつけられた銀のプレートに埋め込まれた琥珀色の菱形の石が太陽光を受けてきらりと光った。
 
「だ、大丈夫ですか……」
 
 コリンが駆け寄ると、畜舎から仲間と思しき二人の若者が駆け出してくる。吹き飛ばされた若者と同じ年頃かと想像がつく華奢な女性と大柄の男性だった。
 
「リック!大丈夫!?」
「おいおいやべぇってなんだよ今の!」
 
 コリンを押しのけて様子を確認する二人の首にも同じように革紐と銀のプレート。埋め込まれている菱形の石は琥珀色。
 このプレートを持つ者は例外なく冒険者組合に籍を置く冒険者であり、琥珀色の石が示すのは駆け出し冒険者である証。察するに組合からの依頼を受領してこの畜舎を訪れていたんだろう、とコリンの中で彼らと畜舎の関係を勝手に紐付ける。そして、依頼内容はどうであれ何かを失敗したんだろうということも簡単に想像ができた。
 
「ちょ、ちょっと……血が出てる!」
「おいこれ骨は大丈夫かよ……」
 
 じわじわと滲む血に二人の顔色がさっと変わる。おろおろとしている二人の背中に畜舎の中から声がかかる。
 
「まだ十羽も終わってねぇぞー!手伝ってくれ!」
 
 畜舎から顔を出してきたのは筋骨隆々の強面の壮年の男性。多分恐らく畜舎の主であろう男は見るからに分厚い革手袋とエプロンを身につけており、腹部にはさらにもう何重かに革の防具が巻き付けられていた。
 
「だからそんな軽装備でやるのかって聞いたんだ。お前らもわかったらさっさとそこの革手袋と腹巻きしろ」
「ま、待って!リックが怪我して……!」
 
 仲間のうちの女性冒険者がまるでこんな怪我をするとは思わなかった、とでも言いたげに悲痛な声を上げる。その言葉を聞いて畜舎の主が困ったように頭を掻いた。
 
「あー、お前さんらルウシャの出身じゃねぇのか。大丈夫だって聞きやしねぇからイルグニールの扱いに慣れてるのかと思ったが……そりゃあ悪いことをしたな。無理矢理にでも腹巻きさせるべきだったな」
 
 どうしたものか、と困った様子の主人が助けを呼ぶためにと辺りを見回す。
 だがもう日暮れも近く周囲の家屋からは炊事の煙が立ち上り、食欲をそそる香りも立ち込め始めてている。
 こうなってからだと人の手を借りることも難しいのだ。
 
 ルウシャの人々は食事の邪魔を何より嫌う。農耕や畜産を生業にする土地であるからこそ大地の恵みを口にできる食事というのはなににも代えがたい時間であり神聖なものだからだ。
 だが、そんな事を言って怪我人を放置するのもまた人倫にもとるものである。
 隣人の怒りを買うことになるかと腹を括って助けを求めに行こうとした主人の肩にぽん、とほっそりとした指が乗せられる。
 
「大丈夫ですよ」
 
 主人が振り返るとそこには穏やかに微笑むイヴリン。その姿を視界に入れた主人は恐縮しきりで肩をすぼめて頭を掻いた。
 
「ま、魔女様……!お見苦しいところを……!」
「イルグニールは慣れていないと危険ですからね。彼の怪我は私が」
「いえ……!魔女様のお手を煩わせるのは……!」
「問題ありませんよ。……コリン」
「はい、ご主人様」
 
 イヴリンがコリンを呼び寄せて、ローブの袖の内側から一本の小瓶を取り出す。ほのかに緑色に色付いている液体が小瓶の中で揺れている。
 その小瓶を目にした主人はさっと顔色を変えた。
 
「ま、魔女様、それは……」
「飲み込むのは難しそうだから傷口にかけておあげ。衣服は取り払ってね」
「はい」
 
 イヴリンから小さな小瓶を受け取ったコリンは仰向けに倒れている冒険者へと歩み寄り、傷口の近くに膝をつく。持っていた大きめのハンカチで鼻と口を覆い、頭の後ろで結ぶ。
 
「あ、あんた何よ……」
「お怪我を治療します。傷口を見せてください」
 
 傷口を押さえている手をゆっくりと取り払うと、どぷりと血が零れる。辺りに立ち込める鉄錆の臭いに仲間の男性冒険者は顔をしかめて、傷口を直視した女性冒険者は口元を手で抑えた。
 傷口を触ってしまわないようにとコリンは慎重に傷口周辺の衣服を取り払う。傷口からの出血に加えて、ひどく腫れている。
 
「ご主人様、骨にも少し……ヒビか折れているかはわからないですけど……」
「大丈夫。そのままで問題ないよ」
「わかりました」
 
 コリンが手にした小瓶のコルクを抜き取り、完全に露出した傷口にそっとかける。
 細心の注意を払ってかけられた液体はそれでも傷口には染みたのか、くぐもったうめき声が若者から漏れる。
 液体が仄かな燐光を放ち、コリンと冒険者たちを一瞬照らす。燐光が収まったあとには正常な空気が辺りに漂い、若者の傷口はすっかり消えていた。コリンの指摘した腫れも嘘のように消え去っており、怪我など初めからないようなつるりとした肌が取り払われた衣服の間から覗いていた。
 
「うそ……」
 
 呆然としたような女性冒険者の声が、コリンにだけ聞こえるほどに小さく零れる。
 イヴリンがコリンに手渡した小瓶。それこそがイヴリンが発明し、王国に莫大な利益を生み出している回復薬──ポーションだった。

 *
  
「魔女様、貴重なポーションをありがとうございました……!仕事まで手伝っていただいて何とお礼を申し上げたものか……!」
 
 畜舎の主人が手を組み額に押し当てて、深々と頭を下げる。すっかり元気になった冒険者三人も主人に習うように同じく手を組んで頭を下げる。
 
 あの後、主人と元気を取り戻した三人の冒険者は仕事を再開し、コリンとイヴリンも鶏舎の作業を可能な範囲で手伝った。人手が増えたおかげで、怪我の治療などで発生した遅れを取り戻すどころか主人が当初想定していた時間よりも僅かに早く作業は終了していた。
 
「ああいった時に使うために作っているものです。お気になさらず。あなたも、大事に至らなくて安心しました」
「本当にありがとうございました!あれがなかったら今頃どうなっていたか……!」
 
 イヴリンは特に深く頭を下げている若者──怪我を負った青年に微笑む。
 
 聞けば、越冬のための鶏風邪予防の薬を摂取させた個体の識別のために足輪をつける作業の手伝いの依頼を受けたはいいものの、イルグニールの凶暴性に手を焼いた結果イルグニールを怒らせ、蹴り飛ばされた上に蹴爪による攻撃を受けたということだった。
 
「イルグニールは体も大きいうえに縄張り意識も強いですからね。脚力が強いのはもちろん蹴爪も大変危険ですし、下手なナイフより余程鋭いですから……お気をつけください」
「肝に銘じます……!」
「今後はご依頼主の忠告や指示にはしっかりと耳を傾けましょうね。今回はポーションでなんとかなりましたけれど……イルグニールの蹴りで内臓が破裂して命を落としたという事例も少ないながら存在します。後悔しないために、知識も自衛も必要ですよ」
「はい!」
「まさか繁栄の国の象徴の魔女様だったなんて……」
「このご恩は忘れません!」
 
 三人の冒険者に深々と下げられた頭を眺めて、イヴリンは困ったように笑う。
 
「少々お説教みたいになってしまいましたね。すみません。組合に達成報告をなさったほうがよろしいのでは?」
 
 イヴリンの言葉に三人は顔を上げてそれぞれの顔を見合わせて満面の笑みを浮かべる。
 
「そうですね!すぐに行きます!」
「周りの家からいい匂いがしすぎてお腹空いてきたわね!」
「今日の報酬で何かうまいもん食べようぜ!」
 
 先程まで足輪付けに苦戦して苦い顔をしていたとは思えないほどに晴れやかな笑みを浮かべた三人は改めてイヴリンとコリン、畜舎の主人に深々と頭を下げてその場を走って離れていった。

 *

「……よかったんですか?」
 
 畜舎の主人にも別れを告げて邸宅へ帰る道すがら、コリンがイヴリンを見上げながら問いかける。
 
「ふふ、いいんだよ。今回は特別。目の前で助けられる命に手を差し伸べないのは私の魔女としての信義に背く行為だからね」
「でも、ポーションは……」
「ものすごく高いのに、って?」
 
 コリンの言わんとしていたことをイヴリンが察して先に口にする。
 
「組合でも売っているからね。価格を見て驚くんじゃないかな。……でもね、そんなに高価なものだったんだ、そんな物を使ってくれたんだって思ってくれたら無茶なことはしなくなるんじゃないかなぁ。私の希望だけれど」
 
 三人が走り去っていく時の姿を思い出しながらイヴリンは話す。
 
 ──いい?イヴリン。命はとても大切なものなの。ひとつきり。そのひとつきりを失ったらその後は何も残らないの。
 ──今のあなたにはわからなくてもいい。でもいつかきっと、理解できる時が来るわ。
 ──その時に、そのたったひとつを全力で守って、慈しんで。あなたならできる。
 
 胸のうちに響く言葉をそっと反芻しながら、イヴリンはコリンの手を引いて少しだけ歩みを早める。
 
「さあ、帰ろうか。いい匂いだらけで私もお腹が空いてきてしまったよ」
「は、はいっ」
「今日のお夕飯は何を作ってくれるのかな、コリン」
「えっと、今日は──」
 
 軽やかな歩みで二人は民家の夕食の香りに包まれた石畳を歩く。落ちかけた夕日が影を長く伸ばし、昼時には雲ひとつなかった青空は茜色に染まり、魚の鱗のような雲が夕日に照らされて黄金色に輝いていた。


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 吹き飛んできた年若い男は簡素な衣服の上に腕や足の一部に鎧、革の胸当てを装備しており、どこからどう見ても畜産を生業にしているようには見えない出で立ちだった。
 青年は腹部を抑えて声にならない呻き声を上げる。首から提げられている革の紐にくくりつけられた銀のプレートに埋め込まれた琥珀色の菱形の石が太陽光を受けてきらりと光った。
「だ、大丈夫ですか……」
 コリンが駆け寄ると、畜舎から仲間と思しき二人の若者が駆け出してくる。吹き飛ばされた若者と同じ年頃かと想像がつく華奢な女性と大柄の男性だった。
「リック!大丈夫!?」
「おいおいやべぇってなんだよ今の!」
 コリンを押しのけて様子を確認する二人の首にも同じように革紐と銀のプレート。埋め込まれている菱形の石は琥珀色。
 このプレートを持つ者は例外なく冒険者組合に籍を置く冒険者であり、琥珀色の石が示すのは駆け出し冒険者である証。察するに組合からの依頼を受領してこの畜舎を訪れていたんだろう、とコリンの中で彼らと畜舎の関係を勝手に紐付ける。そして、依頼内容はどうであれ何かを失敗したんだろうということも簡単に想像ができた。
「ちょ、ちょっと……血が出てる!」
「おいこれ骨は大丈夫かよ……」
 じわじわと滲む血に二人の顔色がさっと変わる。おろおろとしている二人の背中に畜舎の中から声がかかる。
「まだ十羽も終わってねぇぞー!手伝ってくれ!」
 畜舎から顔を出してきたのは筋骨隆々の強面の壮年の男性。多分恐らく畜舎の主であろう男は見るからに分厚い革手袋とエプロンを身につけており、腹部にはさらにもう何重かに革の防具が巻き付けられていた。
「だからそんな軽装備でやるのかって聞いたんだ。お前らもわかったらさっさとそこの革手袋と腹巻きしろ」
「ま、待って!リックが怪我して……!」
 仲間のうちの女性冒険者がまるでこんな怪我をするとは思わなかった、とでも言いたげに悲痛な声を上げる。その言葉を聞いて畜舎の主が困ったように頭を掻いた。
「あー、お前さんらルウシャの出身じゃねぇのか。大丈夫だって聞きやしねぇからイルグニールの扱いに慣れてるのかと思ったが……そりゃあ悪いことをしたな。無理矢理にでも腹巻きさせるべきだったな」
 どうしたものか、と困った様子の主人が助けを呼ぶためにと辺りを見回す。
 だがもう日暮れも近く周囲の家屋からは炊事の煙が立ち上り、食欲をそそる香りも立ち込め始めてている。
 こうなってからだと人の手を借りることも難しいのだ。
 ルウシャの人々は食事の邪魔を何より嫌う。農耕や畜産を生業にする土地であるからこそ大地の恵みを口にできる食事というのはなににも代えがたい時間であり神聖なものだからだ。
 だが、そんな事を言って怪我人を放置するのもまた人倫にもとるものである。
 隣人の怒りを買うことになるかと腹を括って助けを求めに行こうとした主人の肩にぽん、とほっそりとした指が乗せられる。
「大丈夫ですよ」
 主人が振り返るとそこには穏やかに微笑むイヴリン。その姿を視界に入れた主人は恐縮しきりで肩をすぼめて頭を掻いた。
「ま、魔女様……!お見苦しいところを……!」
「イルグニールは慣れていないと危険ですからね。彼の怪我は私が」
「いえ……!魔女様のお手を煩わせるのは……!」
「問題ありませんよ。……コリン」
「はい、ご主人様」
 イヴリンがコリンを呼び寄せて、ローブの袖の内側から一本の小瓶を取り出す。ほのかに緑色に色付いている液体が小瓶の中で揺れている。
 その小瓶を目にした主人はさっと顔色を変えた。
「ま、魔女様、それは……」
「飲み込むのは難しそうだから傷口にかけておあげ。衣服は取り払ってね」
「はい」
 イヴリンから小さな小瓶を受け取ったコリンは仰向けに倒れている冒険者へと歩み寄り、傷口の近くに膝をつく。持っていた大きめのハンカチで鼻と口を覆い、頭の後ろで結ぶ。
「あ、あんた何よ……」
「お怪我を治療します。傷口を見せてください」
 傷口を押さえている手をゆっくりと取り払うと、どぷりと血が零れる。辺りに立ち込める鉄錆の臭いに仲間の男性冒険者は顔をしかめて、傷口を直視した女性冒険者は口元を手で抑えた。
 傷口を触ってしまわないようにとコリンは慎重に傷口周辺の衣服を取り払う。傷口からの出血に加えて、ひどく腫れている。
「ご主人様、骨にも少し……ヒビか折れているかはわからないですけど……」
「大丈夫。そのままで問題ないよ」
「わかりました」
 コリンが手にした小瓶のコルクを抜き取り、完全に露出した傷口にそっとかける。
 細心の注意を払ってかけられた液体はそれでも傷口には染みたのか、くぐもったうめき声が若者から漏れる。
 液体が仄かな燐光を放ち、コリンと冒険者たちを一瞬照らす。燐光が収まったあとには正常な空気が辺りに漂い、若者の傷口はすっかり消えていた。コリンの指摘した腫れも嘘のように消え去っており、怪我など初めからないようなつるりとした肌が取り払われた衣服の間から覗いていた。
「うそ……」
 呆然としたような女性冒険者の声が、コリンにだけ聞こえるほどに小さく零れる。
 イヴリンがコリンに手渡した小瓶。それこそがイヴリンが発明し、王国に莫大な利益を生み出している回復薬──ポーションだった。
 *
「魔女様、貴重なポーションをありがとうございました……!仕事まで手伝っていただいて何とお礼を申し上げたものか……!」
 畜舎の主人が手を組み額に押し当てて、深々と頭を下げる。すっかり元気になった冒険者三人も主人に習うように同じく手を組んで頭を下げる。
 あの後、主人と元気を取り戻した三人の冒険者は仕事を再開し、コリンとイヴリンも鶏舎の作業を可能な範囲で手伝った。人手が増えたおかげで、怪我の治療などで発生した遅れを取り戻すどころか主人が当初想定していた時間よりも僅かに早く作業は終了していた。
「ああいった時に使うために作っているものです。お気になさらず。あなたも、大事に至らなくて安心しました」
「本当にありがとうございました!あれがなかったら今頃どうなっていたか……!」
 イヴリンは特に深く頭を下げている若者──怪我を負った青年に微笑む。
 聞けば、越冬のための鶏風邪予防の薬を摂取させた個体の識別のために足輪をつける作業の手伝いの依頼を受けたはいいものの、イルグニールの凶暴性に手を焼いた結果イルグニールを怒らせ、蹴り飛ばされた上に蹴爪による攻撃を受けたということだった。
「イルグニールは体も大きいうえに縄張り意識も強いですからね。脚力が強いのはもちろん蹴爪も大変危険ですし、下手なナイフより余程鋭いですから……お気をつけください」
「肝に銘じます……!」
「今後はご依頼主の忠告や指示にはしっかりと耳を傾けましょうね。今回はポーションでなんとかなりましたけれど……イルグニールの蹴りで内臓が破裂して命を落としたという事例も少ないながら存在します。後悔しないために、知識も自衛も必要ですよ」
「はい!」
「まさか繁栄の国の象徴の魔女様だったなんて……」
「このご恩は忘れません!」
 三人の冒険者に深々と下げられた頭を眺めて、イヴリンは困ったように笑う。
「少々お説教みたいになってしまいましたね。すみません。組合に達成報告をなさったほうがよろしいのでは?」
 イヴリンの言葉に三人は顔を上げてそれぞれの顔を見合わせて満面の笑みを浮かべる。
「そうですね!すぐに行きます!」
「周りの家からいい匂いがしすぎてお腹空いてきたわね!」
「今日の報酬で何かうまいもん食べようぜ!」
 先程まで足輪付けに苦戦して苦い顔をしていたとは思えないほどに晴れやかな笑みを浮かべた三人は改めてイヴリンとコリン、畜舎の主人に深々と頭を下げてその場を走って離れていった。
 *
「……よかったんですか?」
 畜舎の主人にも別れを告げて邸宅へ帰る道すがら、コリンがイヴリンを見上げながら問いかける。
「ふふ、いいんだよ。今回は特別。目の前で助けられる命に手を差し伸べないのは私の魔女としての信義に背く行為だからね」
「でも、ポーションは……」
「ものすごく高いのに、って?」
 コリンの言わんとしていたことをイヴリンが察して先に口にする。
「組合でも売っているからね。価格を見て驚くんじゃないかな。……でもね、そんなに高価なものだったんだ、そんな物を使ってくれたんだって思ってくれたら無茶なことはしなくなるんじゃないかなぁ。私の希望だけれど」
 三人が走り去っていく時の姿を思い出しながらイヴリンは話す。
 ──いい?イヴリン。命はとても大切なものなの。ひとつきり。そのひとつきりを失ったらその後は何も残らないの。
 ──今のあなたにはわからなくてもいい。でもいつかきっと、理解できる時が来るわ。
 ──その時に、そのたったひとつを全力で守って、慈しんで。あなたならできる。
 胸のうちに響く言葉をそっと反芻しながら、イヴリンはコリンの手を引いて少しだけ歩みを早める。
「さあ、帰ろうか。いい匂いだらけで私もお腹が空いてきてしまったよ」
「は、はいっ」
「今日のお夕飯は何を作ってくれるのかな、コリン」
「えっと、今日は──」
 軽やかな歩みで二人は民家の夕食の香りに包まれた石畳を歩く。落ちかけた夕日が影を長く伸ばし、昼時には雲ひとつなかった青空は茜色に染まり、魚の鱗のような雲が夕日に照らされて黄金色に輝いていた。