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第2話 穏やかな時間

ー/ー



 ルウシャに住む人々にとって太陽というのは一日の始まりであり一日の終わりである。
 日の出とともに労働が始まって、日没とともに寝床の支度をする。もちろん例外的な仕事もあるが、大多数の人々にとってはそれが一日の流れ。
 だから太陽が少し傾きかけたこの時間は、そろそろ夕飯の支度をせねばと買い物に走る住人が多い。
 
 ……そんな時間に繰り出してはこうなるのも仕方がないのかも、とコリンは内心思っていた。
 
「魔女様!お久しぶりですね!」
「今年も多くの作物が収穫できました!」
「去年は失敗していた果物の生育が上手くいきまして、魔女さまのご助言のおかげです!これで王都にも出荷できます!」
「モルシープたちの毛の質がどんどん良くなっています!来年の毛刈りが今から楽しみで……!」
 
 イヴリンとコリンが集落の中心部に現れた途端に、人だかりが出来上がる。イヴリンの周りに集まる人々はみな感謝の言葉と、今秋の作物の出来栄えを我先にと口にする。
 イヴリンは人々に微笑みながら、人だかりに押されて傍から離れてしまいそうになっていたコリンを抱き寄せる。自身の前にコリンを立たせて、その小さな両肩にそっと手を添えた。
 
「なかなか街の様子を見に来られずにすみません。ですがしっかりと作物の出来栄えのお話は伺っています」
 
「今年の収穫は皆さんの努力と作物への献身が実を結んだ結果ですよ。来年はもっともっと多くの作物が実を結べるように祈っています」
 
「モルシープ達も自分の毛が上等な布になるとわかっているのでしょう。あの子達はとても賢いですからね」
 
 イヴリンがそれらの言葉を伝えると周囲の人々からはわっと歓声が上がる。そして王国の繁栄を願う言葉と、魔女への感謝の言葉が祈りとともに響く。
 
 マナと魔女様に感謝を。王国に永久の繁栄を。
 繁栄の国アルドゥイン王国よ、永遠なれ。
 
 人々はみな一様に、組んだ手を額に当てて声高に叫ぶように祈った。

 *
 
 この世界には地脈と呼ばれる大地の血管が存在し、地脈からは万物の構成要素であるマナが湧き出している。
 そのマナをほんの少しだけ操ることのできる女性を魔法使いと呼び、魔法使いは人々の生活をほんの少しだけ豊かに、便利にするために魔法を操ってきた。そしていつからか魔法使いの中でも特に力の強いものが生まれ、魔女と呼ばれるようになった。
 ……なぜ、女性にのみ発現する力なのかは未だに解明されていない。
 
 通常であれば魔女はその力の強さから国に一人存在するだけで国家間の力関係に影響が出ると言われている。実際に魔女の存在しない国々に一人魔女が生まれただけでその国を中心として纏まり連合国を形成した国が過去に存在したということも知られている。
 そんな規格外の存在である魔女を四人擁するのがこのアルドゥイン王国であり、繁栄の国と呼ばれる所以でもある。
 
 建国記に曰く。
 王国が興る前の時代は悪竜時代と呼ばれる時代だった。
 黒色の鱗を持つ悪竜は世界を焼き払わんと暴れ、いよいよ世界を全て焼き尽くしてしまおうとしていたその時に勇者と四人の魔女が悪竜を討伐し、二度と復活しないようにとその魂を封じたという。
 悪竜を討伐した勇者がアルドゥイン王国の初代国王となり、勇者を支えた四人の魔女が悪竜討伐後も「四魔女(よんまじょ)」として勇者および勇者の興した王国を支える存在となった。
 建国記の最後はこう締めくくられている。
 
 ──四人の魔女が国を護る限り、王国は繁栄を約束されるだろう。

 *
 
 そして、今この時代の王国は次の四人の魔女によって護られ、支えられている。
 
 北を護る「力の魔女」オリガ
 東を護る「祈りの魔女」クラリッサ
 南を護る「獣の魔女」ヴィエラ
 西を護る「大地の魔女」イヴリン
 
 ルウシャの実り多き秋は「大地」の名を戴くイヴリンによって齎されていると、人々はそう信じて疑わない。だからこそ、ルウシャの人々は王国の繁栄と来年も豊かな実りを得られるようにと願ってイヴリンに感謝と祈りを捧げるのだ。

 人々の輪から解放されたイヴリンとコリンは手を繋いでのんびりと集落の石畳を歩く。
時折店先や民家から魔女様、と声をかけられてイヴリンはその全てに手を振ったり頭を下げたりして応える。開けた場所でかけっこをして遊んでいる子供達も、イヴリンの姿を見かければその足を止めて魔女さま、イヴリンさま、と小さな手を元気よく振る。
 
「すごい人でした」
「本当にねぇ。少し出かける時間を間違えてしまったかも」
 
 子ども達に手を振り返しながらそんな事を言いつつ、イヴリンはにこにこと笑う。そんなイヴリンの笑みを見上げてコリンははたと気付く。
 
「……最後に街に出たのはいつでしたっけ」
 
 コリンの言葉に目を瞬かせて、自由になっている左手を口元に当ててイヴリンは長考した。
 
「いつかなぁ。種まきの時期だったかも」
 
 そう考えると半年ぶりくらいかもなんだねぇ。そんな事をしみじみとつぶやきながらイヴリンは畑を眺める。
 二人が通りかかっている畑はコリンが丘の上で刈り入れを眺めていた畑だった。綺麗に麦が刈り取られ、仄かな青臭さと藁の香りが広がる畑では力自慢の農夫たちが麦束を干すための竿の用意を始めている。
 イヴリンとコリンに気がついた農夫の一人が真っ黒に日焼けした太い腕を頭上で振りながら大きな声を上げた。
 
「魔女様ー!今年は例年以上に豊作です!」
 
 その声に同じく日焼けした農夫たちが我も我もと声を上げたり、頭に被っていた藁で編んだ帽子や手を掲げて振る。
 
「今年の麦はいっとう美しい黄金色です!」
「王国を象徴するような金色ですよ!」
 
 野太い、けれど喜びに満ち溢れた声にイヴリンは大きく手を振る。
 
「このままここにいては作業の邪魔になってしまうし、行こうか」
「はい」
 
 手を振り続けている農夫たちに一礼をしてイヴリンとコリンは再び歩き始める。
 近くの畜舎ではけたたましい鳥の声が響いていた。
 
「こいつら!大人しくしろ!」
 
 畜舎の中から年若い男性の怒号が聞こえてくる。その声をかき消すほどの大きな鳥の声とともに畜舎から一人の男性が吹き飛んできた。
 
「わ、ぁ……」
「あらら」


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次のエピソードへ進む 第3話 鶏舎に潜む危険


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 ルウシャに住む人々にとって太陽というのは一日の始まりであり一日の終わりである。
 日の出とともに労働が始まって、日没とともに寝床の支度をする。もちろん例外的な仕事もあるが、大多数の人々にとってはそれが一日の流れ。
 だから太陽が少し傾きかけたこの時間は、そろそろ夕飯の支度をせねばと買い物に走る住人が多い。
 ……そんな時間に繰り出してはこうなるのも仕方がないのかも、とコリンは内心思っていた。
「魔女様!お久しぶりですね!」
「今年も多くの作物が収穫できました!」
「去年は失敗していた果物の生育が上手くいきまして、魔女さまのご助言のおかげです!これで王都にも出荷できます!」
「モルシープたちの毛の質がどんどん良くなっています!来年の毛刈りが今から楽しみで……!」
 イヴリンとコリンが集落の中心部に現れた途端に、人だかりが出来上がる。イヴリンの周りに集まる人々はみな感謝の言葉と、今秋の作物の出来栄えを我先にと口にする。
 イヴリンは人々に微笑みながら、人だかりに押されて傍から離れてしまいそうになっていたコリンを抱き寄せる。自身の前にコリンを立たせて、その小さな両肩にそっと手を添えた。
「なかなか街の様子を見に来られずにすみません。ですがしっかりと作物の出来栄えのお話は伺っています」
「今年の収穫は皆さんの努力と作物への献身が実を結んだ結果ですよ。来年はもっともっと多くの作物が実を結べるように祈っています」
「モルシープ達も自分の毛が上等な布になるとわかっているのでしょう。あの子達はとても賢いですからね」
 イヴリンがそれらの言葉を伝えると周囲の人々からはわっと歓声が上がる。そして王国の繁栄を願う言葉と、魔女への感謝の言葉が祈りとともに響く。
 マナと魔女様に感謝を。王国に永久の繁栄を。
 繁栄の国アルドゥイン王国よ、永遠なれ。
 人々はみな一様に、組んだ手を額に当てて声高に叫ぶように祈った。
 *
 この世界には地脈と呼ばれる大地の血管が存在し、地脈からは万物の構成要素であるマナが湧き出している。
 そのマナをほんの少しだけ操ることのできる女性を魔法使いと呼び、魔法使いは人々の生活をほんの少しだけ豊かに、便利にするために魔法を操ってきた。そしていつからか魔法使いの中でも特に力の強いものが生まれ、魔女と呼ばれるようになった。
 ……なぜ、女性にのみ発現する力なのかは未だに解明されていない。
 通常であれば魔女はその力の強さから国に一人存在するだけで国家間の力関係に影響が出ると言われている。実際に魔女の存在しない国々に一人魔女が生まれただけでその国を中心として纏まり連合国を形成した国が過去に存在したということも知られている。
 そんな規格外の存在である魔女を四人擁するのがこのアルドゥイン王国であり、繁栄の国と呼ばれる所以でもある。
 建国記に曰く。
 王国が興る前の時代は悪竜時代と呼ばれる時代だった。
 黒色の鱗を持つ悪竜は世界を焼き払わんと暴れ、いよいよ世界を全て焼き尽くしてしまおうとしていたその時に勇者と四人の魔女が悪竜を討伐し、二度と復活しないようにとその魂を封じたという。
 悪竜を討伐した勇者がアルドゥイン王国の初代国王となり、勇者を支えた四人の魔女が悪竜討伐後も「|四魔女《よんまじょ》」として勇者および勇者の興した王国を支える存在となった。
 建国記の最後はこう締めくくられている。
 ──四人の魔女が国を護る限り、王国は繁栄を約束されるだろう。
 *
 そして、今この時代の王国は次の四人の魔女によって護られ、支えられている。
 北を護る「力の魔女」オリガ
 東を護る「祈りの魔女」クラリッサ
 南を護る「獣の魔女」ヴィエラ
 西を護る「大地の魔女」イヴリン
 ルウシャの実り多き秋は「大地」の名を戴くイヴリンによって齎されていると、人々はそう信じて疑わない。だからこそ、ルウシャの人々は王国の繁栄と来年も豊かな実りを得られるようにと願ってイヴリンに感謝と祈りを捧げるのだ。
 人々の輪から解放されたイヴリンとコリンは手を繋いでのんびりと集落の石畳を歩く。
時折店先や民家から魔女様、と声をかけられてイヴリンはその全てに手を振ったり頭を下げたりして応える。開けた場所でかけっこをして遊んでいる子供達も、イヴリンの姿を見かければその足を止めて魔女さま、イヴリンさま、と小さな手を元気よく振る。
「すごい人でした」
「本当にねぇ。少し出かける時間を間違えてしまったかも」
 子ども達に手を振り返しながらそんな事を言いつつ、イヴリンはにこにこと笑う。そんなイヴリンの笑みを見上げてコリンははたと気付く。
「……最後に街に出たのはいつでしたっけ」
 コリンの言葉に目を瞬かせて、自由になっている左手を口元に当ててイヴリンは長考した。
「いつかなぁ。種まきの時期だったかも」
 そう考えると半年ぶりくらいかもなんだねぇ。そんな事をしみじみとつぶやきながらイヴリンは畑を眺める。
 二人が通りかかっている畑はコリンが丘の上で刈り入れを眺めていた畑だった。綺麗に麦が刈り取られ、仄かな青臭さと藁の香りが広がる畑では力自慢の農夫たちが麦束を干すための竿の用意を始めている。
 イヴリンとコリンに気がついた農夫の一人が真っ黒に日焼けした太い腕を頭上で振りながら大きな声を上げた。
「魔女様ー!今年は例年以上に豊作です!」
 その声に同じく日焼けした農夫たちが我も我もと声を上げたり、頭に被っていた藁で編んだ帽子や手を掲げて振る。
「今年の麦はいっとう美しい黄金色です!」
「王国を象徴するような金色ですよ!」
 野太い、けれど喜びに満ち溢れた声にイヴリンは大きく手を振る。
「このままここにいては作業の邪魔になってしまうし、行こうか」
「はい」
 手を振り続けている農夫たちに一礼をしてイヴリンとコリンは再び歩き始める。
 近くの畜舎ではけたたましい鳥の声が響いていた。
「こいつら!大人しくしろ!」
 畜舎の中から年若い男性の怒号が聞こえてくる。その声をかき消すほどの大きな鳥の声とともに畜舎から一人の男性が吹き飛んできた。
「わ、ぁ……」
「あらら」