第1話 萌芽の郷ルウシャ
ー/ー 突き抜けるような雲ひとつない青空。首筋を撫でるからりとした風。
小高い丘から眼下に扇状に広がる区分けされた複数の集落と、さらにその外に広がる畑と畜舎が隣接した放牧地。
畑では鎌を手に列をなした人々が、自身の腰くらいの高さほどの黄金色の麦穂をせっせと刈り込んでいる。刈り込まれた麦は根元を束ねられて荷台に積まれ、山のようになっている。
牧草地ではたっぷりと毛を蓄えたモルシープが黒い顔を干し草に突っ込んでもごもごと口を動かしている。その近くでは干し草を新しく運び込む人、畜舎に大きなスコップを持ち込んで掃除に入る人。
それぞれが慌ただしく、けれど楽しそうに仕事に精を出している様子が見て取れる。
集落の中に点在するパン屋や食事処の煙突からは柔らかな煙が立ち上っていて、大人も子供も問わず常に人の出入りがある。
のどか。まさにその一言で言い表すことのできるこの地は萌芽の郷ルウシャ。
国内外から「繁栄の国」と呼ばれるアルドゥイン王国の西に位置する場所。
いくつもの集落が集まって街のような規模になった場所なので、集落、街、と人によって呼び方が違う不思議な場所になっている。
そんなのどかな集落を眼下に眺めながら、少年──コリンは丘に座り込んでいた。
柔らかな黄色から毛先にいくにつれて橙へと色が変化している癖のある髪は襟足ほどまでの長さでふわふわとした猫っ毛。ゆったりとした袖の白いシャツは上等な生地が使用されていて、風を受けて少し膨らんでいる。シャツの襟に通されている緑の菱形の大ぶりな石が埋め込まれた茶色のループタイは風に遊んでいる。膝丈より上の黒色の少し大きめのズボンと白のタイツ、足首丈の折り返しブーツ……とさながら貴族の子息のような出で立ちをしている。
三角座りをした膝に頬杖をついて、コリンは茜色の瞳できょろきょろと往来をゆく人々を観察していた。
ピィー……と高い声で鳴く鳥が群れをなしてコリンの頭上はるか高くを飛んでいて、南の方へと渡っていく。
「秋だなぁ……」
体を撫でる風を感じながらコリンは独りごちる。ルウシャの畑や放牧地から更に遠くに見える森や山は黄色や赤に色づき始めている。
色とりどりの山や森、実りを誇るかのようにこれでもかと並べて干される麦穂。麦以外にも豊作だと店の軒先に並べられる野菜や果物。冬毛を蓄えて膨らみに膨らんだモルシープたち。
全てが王国の威光と繁栄を表している。そう評していたのは流れの吟遊詩人だったかな、とコリンはぼんやりとした頭で考える。
王国の威光と繁栄。それは確かにそうなのだけれど、その繁栄を支えているのは──。
「コリン。やっぱりここにいた」
その声にコリンは上半身を捻って背後を振り返る。
腰ほどまで伸びた新緑を思わせる色のまっすぐとした癖のない髪。ハーフアップに結い上げられている髪の何房かと左のもみあげは三つ編みに結われている。金縁の眼鏡の奥で柔らかな眼差しを向ける瞳はとろりとした蜂蜜色。穏やかな人となりを表すかのように、薄い唇が緩く弧を描いていた。
首元には緑色の大ぶりな宝石がついたチョーカーが巻かれていて、緩く風に揺られる白を基調とした丈の長いローブに、金や緑の糸で施された植物の意匠の刺繍が太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
年の頃は二十を超えたくらいかという人物が背後を振り返ったコリンに微笑んで、コリンは慌てて立ち上がる。ズボンについているかもしれない土や草を手で軽くはらって、ローブの人物の元に駆け寄った。
「ご主人様、」
自身よりも頭ひとつほど背の高い人物を見上げながら、コリンは姿勢を正す。
「お仕事はもういいんですか」
「うん。一段落ついたからね」
コリンの頭を撫でながらご主人様と呼ばれた人物は目を細めて笑う。ふわふわとしたコリンの髪の毛の感触を楽しむように、そして慈しむように触れた手が何度かコリンの頭を撫でた。
「思ったより早く終わったし、少し街を歩こうか」
「はい」
コリンの頭を撫でていた手がそのまま背中に滑り、柔らかく押される。その力に逆らうことなくコリンは主人の隣を歩き始めた。
「さっき、一番遠くの畑で麦刈りをしていました」
「そうだったんだね。大仕事だっただろうに」
「あと、モルシープの毛が前に見たときよりもっともこもこになっていました」
「冬が明けたらたくさんの毛が刈り取れそうだね」
「体が重たそうで、でもそのせいかのんびりしてるように見えました」
「ふふ、毛が重いのもあるかもだけれど……冬ごもりの支度もあるだろうし今のうちに食べておかないとって思っているのかもね」
「あと、あと……」
コリンが丘で眺めた人々や家畜の時間を主人に共有するように、とめどなく言葉を紡ぐ。隣を同じ歩調で歩く主人はうん、うん。と楽しそうに相槌を打つ。
小高い丘を下りるとルウシャの中でも一番大きな邸宅の脇道の石畳にたどり着く。その道を二人でのんびりと歩き、邸宅を通り過ぎようとすると門の前に立っていた兵士が二人に声をかける。
「魔女様、どちらまで」
その言葉が向けられたのは、コリンではなくてコリンの主人。
「街の様子を見に散歩でも。日が落ちるまでには戻ります」
「畏まりました。お気をつけください。イヴリン・オルブライト様」
「ありがとうございます。行ってまいります」
花が咲くように微笑んで、イヴリンと呼ばれた人物は再びコリンを伴って歩き始める。
歩き始めたイヴリンをそろりと見上げて、コリンは反芻する。
イヴリン・オルブライト様。
繁栄の国アルドゥイン王国を支える四人の魔女のうちの一人で、王国の西の地を守護する方。
そして、ぼくのご主人様。
小高い丘から眼下に扇状に広がる区分けされた複数の集落と、さらにその外に広がる畑と畜舎が隣接した放牧地。
畑では鎌を手に列をなした人々が、自身の腰くらいの高さほどの黄金色の麦穂をせっせと刈り込んでいる。刈り込まれた麦は根元を束ねられて荷台に積まれ、山のようになっている。
牧草地ではたっぷりと毛を蓄えたモルシープが黒い顔を干し草に突っ込んでもごもごと口を動かしている。その近くでは干し草を新しく運び込む人、畜舎に大きなスコップを持ち込んで掃除に入る人。
それぞれが慌ただしく、けれど楽しそうに仕事に精を出している様子が見て取れる。
集落の中に点在するパン屋や食事処の煙突からは柔らかな煙が立ち上っていて、大人も子供も問わず常に人の出入りがある。
のどか。まさにその一言で言い表すことのできるこの地は萌芽の郷ルウシャ。
国内外から「繁栄の国」と呼ばれるアルドゥイン王国の西に位置する場所。
いくつもの集落が集まって街のような規模になった場所なので、集落、街、と人によって呼び方が違う不思議な場所になっている。
そんなのどかな集落を眼下に眺めながら、少年──コリンは丘に座り込んでいた。
柔らかな黄色から毛先にいくにつれて橙へと色が変化している癖のある髪は襟足ほどまでの長さでふわふわとした猫っ毛。ゆったりとした袖の白いシャツは上等な生地が使用されていて、風を受けて少し膨らんでいる。シャツの襟に通されている緑の菱形の大ぶりな石が埋め込まれた茶色のループタイは風に遊んでいる。膝丈より上の黒色の少し大きめのズボンと白のタイツ、足首丈の折り返しブーツ……とさながら貴族の子息のような出で立ちをしている。
三角座りをした膝に頬杖をついて、コリンは茜色の瞳できょろきょろと往来をゆく人々を観察していた。
ピィー……と高い声で鳴く鳥が群れをなしてコリンの頭上はるか高くを飛んでいて、南の方へと渡っていく。
「秋だなぁ……」
体を撫でる風を感じながらコリンは独りごちる。ルウシャの畑や放牧地から更に遠くに見える森や山は黄色や赤に色づき始めている。
色とりどりの山や森、実りを誇るかのようにこれでもかと並べて干される麦穂。麦以外にも豊作だと店の軒先に並べられる野菜や果物。冬毛を蓄えて膨らみに膨らんだモルシープたち。
全てが王国の威光と繁栄を表している。そう評していたのは流れの吟遊詩人だったかな、とコリンはぼんやりとした頭で考える。
王国の威光と繁栄。それは確かにそうなのだけれど、その繁栄を支えているのは──。
「コリン。やっぱりここにいた」
その声にコリンは上半身を捻って背後を振り返る。
腰ほどまで伸びた新緑を思わせる色のまっすぐとした癖のない髪。ハーフアップに結い上げられている髪の何房かと左のもみあげは三つ編みに結われている。金縁の眼鏡の奥で柔らかな眼差しを向ける瞳はとろりとした蜂蜜色。穏やかな人となりを表すかのように、薄い唇が緩く弧を描いていた。
首元には緑色の大ぶりな宝石がついたチョーカーが巻かれていて、緩く風に揺られる白を基調とした丈の長いローブに、金や緑の糸で施された植物の意匠の刺繍が太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
年の頃は二十を超えたくらいかという人物が背後を振り返ったコリンに微笑んで、コリンは慌てて立ち上がる。ズボンについているかもしれない土や草を手で軽くはらって、ローブの人物の元に駆け寄った。
「ご主人様、」
自身よりも頭ひとつほど背の高い人物を見上げながら、コリンは姿勢を正す。
「お仕事はもういいんですか」
「うん。一段落ついたからね」
コリンの頭を撫でながらご主人様と呼ばれた人物は目を細めて笑う。ふわふわとしたコリンの髪の毛の感触を楽しむように、そして慈しむように触れた手が何度かコリンの頭を撫でた。
「思ったより早く終わったし、少し街を歩こうか」
「はい」
コリンの頭を撫でていた手がそのまま背中に滑り、柔らかく押される。その力に逆らうことなくコリンは主人の隣を歩き始めた。
「さっき、一番遠くの畑で麦刈りをしていました」
「そうだったんだね。大仕事だっただろうに」
「あと、モルシープの毛が前に見たときよりもっともこもこになっていました」
「冬が明けたらたくさんの毛が刈り取れそうだね」
「体が重たそうで、でもそのせいかのんびりしてるように見えました」
「ふふ、毛が重いのもあるかもだけれど……冬ごもりの支度もあるだろうし今のうちに食べておかないとって思っているのかもね」
「あと、あと……」
コリンが丘で眺めた人々や家畜の時間を主人に共有するように、とめどなく言葉を紡ぐ。隣を同じ歩調で歩く主人はうん、うん。と楽しそうに相槌を打つ。
小高い丘を下りるとルウシャの中でも一番大きな邸宅の脇道の石畳にたどり着く。その道を二人でのんびりと歩き、邸宅を通り過ぎようとすると門の前に立っていた兵士が二人に声をかける。
「魔女様、どちらまで」
その言葉が向けられたのは、コリンではなくてコリンの主人。
「街の様子を見に散歩でも。日が落ちるまでには戻ります」
「畏まりました。お気をつけください。イヴリン・オルブライト様」
「ありがとうございます。行ってまいります」
花が咲くように微笑んで、イヴリンと呼ばれた人物は再びコリンを伴って歩き始める。
歩き始めたイヴリンをそろりと見上げて、コリンは反芻する。
イヴリン・オルブライト様。
繁栄の国アルドゥイン王国を支える四人の魔女のうちの一人で、王国の西の地を守護する方。
そして、ぼくのご主人様。
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