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去年の約束

ー/ー



「夜桜を見に行こう」
 
 雨が降っている日だった。眠っていた僕を叩き起こすとキミは先にアパートを出ていってしまう。眠気眼を擦りながらのろのろ起き上がり、傘と、少しの荷物を持って着いていく。
 
 2階から見下ろすとキミは振り返って「はやくー」と手を振っている。傘を差してすらいない。せっかちなやつだ。
 階段を降りてキミのそばまで行き傘を差し出す。少し驚いたあと「行こっか」と微笑み1本の傘に2人で入る。
 
「……夜はまだわかるけど。なんでわざわざ雨の日に?」
「夜と雨が重なると、花見する人って減るから」
「ふーん?」
 
 明るい時は通行が多い道が今は車も歩行者もいない。夜桜を見に行くといってもすぐそばにはない。しばらく歩いている間目線を下す。アスファルトは雨に濡れ、街灯がきらきらと反射して綺麗だ。
 
「なんで僕の元に来たの?」
「ん?」
「他の人を誘っても不思議じゃないよなって思って。キミのことだから」
「……わかってないなあ。確かに友達は多かったけど。俺がここに来たのには理由があるのに」
「なに?」
「なあ。たまにはちゃんと外出ろよ? いつまで引きこもってるつもり。外は案外優しいよ」
「うるさいな」
 
 キミに何がわかるんだよ。
 
 せっかく僕の元に来てくれたというのに棘のある言葉を呟いてしまえば、キミは肩を竦めて目の前の公園を指差す。
 
「あそこの公園まわろ」
 
 言われた通りに入っていき外周に咲いている桜並木をゆっくり歩いていく。
 
「綺麗だねえ」
 
 僕に語りかけながら夜桜を見上げるキミの横顔を、盗み見る。
 
「……うん」
「俺さぁ、本当は毎年こうやって見に来たかったんだあ」
「……うん」
「去年約束すっぽかしてごめん。ずっと待っていてくれたのに」
「なに、言ってるんだよ」
 
 今更だろ、と呟く言葉が震える。
 
 キミは夜桜から視線を僕に移し「優しいね」と口角を上げる。
 
「何も尋ねずに俺に着いてきてくれて」
「……」
「俺が濡れることないのに傘を差し出してくれて」
「……やめろよ」
「あ、怖くなっちゃった? 心霊系苦手だったよね」
「僕に現実を見せつけるなよ」
 
 吐き捨てる。一人が好きな僕と交友が広いキミはいつもちぐはぐで喧嘩ばかりしていた。こんな時にもしょうもないことばかり。いつもと違うのは、キミはもう怒ることせずにただ僕を見つめて「ごめんね」と言うことだ。
 
「新しい恋、して」
「嫌だ。出来ない」
「出来る。今すぐじゃなくていいから。俺のこと忘れて──」
「やめろよ!」
 
 腕を掴もうとした。キミの腕がある部分を、僕の手はすり抜けて掴み損ねる。……ずっと勘違いし続けている方が幸せだったかな。
 
「悲しませたいわけじゃ、なかったんだ。俺はただ、一緒に桜を見たくて」
「……僕が好きなのは、キミだけだよ」
 
 あの時言えなかった。何となく、お互いの気持ちを察してはいたけど、言葉には出来なかった。去年、桜を見に行こうと約束したキミは待ち合わせ場所に来なかった。車に轢かれそうになった子供を助けて、命を散らした。
 
 責める理由など見つからないのに。目の前に現れてくれたというのに、キミに当たり散らかしてしまう僕は何なんだ。
 
「俺も……いや、なんでもない」
「なに? 言ってよ」
「ううん」
 
 キミはもう何も言わずに桜を見上げる。僕はただ、キミを見つめる。桜を写すその瞳が、だんだんと濡れていって。
 
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
「……うん」
「その花束、俺に渡してくれる?」
 
 片手に持っていた小さな花束。背中で隠していたけど、お見通しだったようだ。
 
「現実と向き合おうとしていたからその献花があるんでしょ。……俺にちょうだい」
 
 手を差し出される。そっと渡せば、僕たちの手は触れ合えないのに花束だけは彼に渡った。
「じーちゃんになった時、独り身だったら迎えに来てやるよ」
 
 風が吹く。桜吹雪と共にキミは綺麗に笑った。突風に思わず目を閉じてしまい、次に隣を見たら。
 
 キミの姿はなかった。
 
 渡したはずの献花は、僕の手元に残っていた。





 夜桜を見に行こう【完】


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「夜桜を見に行こう」
 雨が降っている日だった。眠っていた僕を叩き起こすとキミは先にアパートを出ていってしまう。眠気眼を擦りながらのろのろ起き上がり、傘と、少しの荷物を持って着いていく。
 2階から見下ろすとキミは振り返って「はやくー」と手を振っている。傘を差してすらいない。せっかちなやつだ。
 階段を降りてキミのそばまで行き傘を差し出す。少し驚いたあと「行こっか」と微笑み1本の傘に2人で入る。
「……夜はまだわかるけど。なんでわざわざ雨の日に?」
「夜と雨が重なると、花見する人って減るから」
「ふーん?」
 明るい時は通行が多い道が今は車も歩行者もいない。夜桜を見に行くといってもすぐそばにはない。しばらく歩いている間目線を下す。アスファルトは雨に濡れ、街灯がきらきらと反射して綺麗だ。
「なんで僕の元に来たの?」
「ん?」
「他の人を誘っても不思議じゃないよなって思って。キミのことだから」
「……わかってないなあ。確かに友達は多かったけど。俺がここに来たのには理由があるのに」
「なに?」
「なあ。たまにはちゃんと外出ろよ? いつまで引きこもってるつもり。外は案外優しいよ」
「うるさいな」
 キミに何がわかるんだよ。
 せっかく僕の元に来てくれたというのに棘のある言葉を呟いてしまえば、キミは肩を竦めて目の前の公園を指差す。
「あそこの公園まわろ」
 言われた通りに入っていき外周に咲いている桜並木をゆっくり歩いていく。
「綺麗だねえ」
 僕に語りかけながら夜桜を見上げるキミの横顔を、盗み見る。
「……うん」
「俺さぁ、本当は毎年こうやって見に来たかったんだあ」
「……うん」
「去年約束すっぽかしてごめん。ずっと待っていてくれたのに」
「なに、言ってるんだよ」
 今更だろ、と呟く言葉が震える。
 キミは夜桜から視線を僕に移し「優しいね」と口角を上げる。
「何も尋ねずに俺に着いてきてくれて」
「……」
「俺が濡れることないのに傘を差し出してくれて」
「……やめろよ」
「あ、怖くなっちゃった? 心霊系苦手だったよね」
「僕に現実を見せつけるなよ」
 吐き捨てる。一人が好きな僕と交友が広いキミはいつもちぐはぐで喧嘩ばかりしていた。こんな時にもしょうもないことばかり。いつもと違うのは、キミはもう怒ることせずにただ僕を見つめて「ごめんね」と言うことだ。
「新しい恋、して」
「嫌だ。出来ない」
「出来る。今すぐじゃなくていいから。俺のこと忘れて──」
「やめろよ!」
 腕を掴もうとした。キミの腕がある部分を、僕の手はすり抜けて掴み損ねる。……ずっと勘違いし続けている方が幸せだったかな。
「悲しませたいわけじゃ、なかったんだ。俺はただ、一緒に桜を見たくて」
「……僕が好きなのは、キミだけだよ」
 あの時言えなかった。何となく、お互いの気持ちを察してはいたけど、言葉には出来なかった。去年、桜を見に行こうと約束したキミは待ち合わせ場所に来なかった。車に轢かれそうになった子供を助けて、命を散らした。
 責める理由など見つからないのに。目の前に現れてくれたというのに、キミに当たり散らかしてしまう僕は何なんだ。
「俺も……いや、なんでもない」
「なに? 言ってよ」
「ううん」
 キミはもう何も言わずに桜を見上げる。僕はただ、キミを見つめる。桜を写すその瞳が、だんだんと濡れていって。
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
「……うん」
「その花束、俺に渡してくれる?」
 片手に持っていた小さな花束。背中で隠していたけど、お見通しだったようだ。
「現実と向き合おうとしていたからその献花があるんでしょ。……俺にちょうだい」
 手を差し出される。そっと渡せば、僕たちの手は触れ合えないのに花束だけは彼に渡った。
「じーちゃんになった時、独り身だったら迎えに来てやるよ」
 風が吹く。桜吹雪と共にキミは綺麗に笑った。突風に思わず目を閉じてしまい、次に隣を見たら。
 キミの姿はなかった。
 渡したはずの献花は、僕の手元に残っていた。
 夜桜を見に行こう【完】