チョコを作ろう!
ー/ー 来たる日曜日の夜。明日渡すチョコを作る。作るチョコは色んなサイトを見て、一番簡単そうでしかも手が混んでそうな生チョコにした。
「これなら、あやちゃんでも作れる、はずよ。多分?」
お母さんの表情は苦い。できないと思われているようだ。
「いやいや。そんな難しい? だって切って溶かして固めるだけじゃん」」
「まず切るもだし、溶かす作業がねぇ。まあ、やってみなさい。最悪お母さんが軌道修正するから」
最後が微笑んでくれたけど、心配そうではあった。お母さんの手をあまり借りないようなんとかしてみよう。そう意気込んで、材料の板チョコを出した。
まず板チョコ五枚を細かく刻む。包丁をギコギコすれば。あれ? なんか切れない。体重をかけたら割れるだろうけど、そうしたらどっかに飛んでいきそう。じゃあどうすれば? まな板の上のチョコを切るのが数学の未解決問題のように見えてきた。すると、お母さんが包丁を握る私の右手を包んできた。
「ちょっと、お母さんと一緒にやろうね」
お母さんのレクチャーが始まった。
「いい? 包丁は弧線になってるでしょ?」
ちゃんと見たら確かに直線じゃなくて、弧を描いている。それでどうなるんだろうか。
「こういう時は、チョコの角から刻む方が早いわ。まずは左手の中指から小指の三本でチョコを押さえておく。親指は包丁に当たらないように浮かせる。ちょっとやってみて」
言われた通りに三本の指でチョコを抑えて、親指を当たらなさそうなところに離す。
「そうそうそんな感じ。人差し指で包丁の先を軽く抑える。右手は今包丁を握ってるよね?」
「うん……。それで、どうするの?」
「包丁の先をチョコに当ててる。そしたら、柄の部分は浮いているよね。これをゆっくり少し体重をかけて降ろしてごらん」
言われたように降ろしてみたら、あれだけ切れなさそうだったチョコがあっさりと刻まれていた。
「こうやってやるのよ。これでどんどん刻んで、細かくなったら刻んだものを集めて同じ向きにして、切った方とは反対の方向に刻む。そうすれば、チョコを細かくできるの。まずは一枚やってみましょうか」
お母さんに習ったようにチョコを刻んでいく。少しは重さが必要だけど、思っていたよりも要らない。力よりもリズムよく包丁を降ろす方がいい感じで刻めているような気がする。かん、かん、かんと包丁がまな板に当たる音が心地良くなってきた。ASMRを聴く人の気持ちが今なんとなく理解できた。
「うん! できたじゃない。これをあと四枚ね。今刻んだのはちゃんとボウルに入れておきましょうね」
刻み終わったチョコをボウルに入れてから、作業を続ける。無心でやっていたらいつの間にか五枚をちゃんと刻めていた。次は沸騰する直前の生クリームを刻んだ板チョコに混ぜるらしいけど、沸騰直前ってどのくらいなんだろうか? レシピ本にはその答えが載ってない。調べておけばよかった。
「沸騰直前は鍋に入れて温めている生クリームのふちがポコポコってなってくる頃よ。ちゃんと見ておかないとね。沸騰させちゃうと油分と水分が分離しちゃうの。直せないことはないけどめんどうなのよねぇ」
お母さんは穏やかな表情をしている。沸騰直前で火を止めるのは、そう言う意味があるのを初めて知った。レシピだけ見てもダメなんだなあって思わされた。冷蔵庫から取り出した生クリームを弱火にかけて、温めた。言われた通りに、縁が少しポコポコなり始めたタイミングで火を止めることができた。
その温めた生クリームを、刻んだ板チョコを入れたボウルに入れる。このタイミングが一番溶けそうだけど、レシピには湯気が出なくなるまで待つと書いてあった。お母さんに理由を聞いてみた。
「えーっと。すぐ混ぜちゃうと、今度はチョコの油分と水分が分離しちゃうのね」
お母さんはゆっくりとした口調で話し出した。
「へー。さっきから思ったけど、分離するとどうなっちゃうの?」
ついでに疑問に思ったことを問いかける。分離が悪いと言われてもよくわからないからだ。油分とかを掬えばいいだけにも感じてしまうし。お母さんは引き続きゆっくりと答えてくれた。
「うーん。分離すると、味にそこまで大きな変化はないの。けど、食感がねぇ。生チョコは、口で滑らかに優しく溶けるのがいいところなのよ。けど、分離しちゃうと見た目がボソボソになってぇ……。それが固まったら、ボソボソとざらついた食感になって、生チョコの良さが消えちゃうのね。これも軌道修正はできなくはないけど、温めた生クリームを追加で入れるとか湯煎するとかで面倒なのよねぇ。最初に刻んだけど、溶けやすくして分離を防ぐ目的もあるの」
「そうなんだぁ」
理由がわかると、やっていたことが納得できる。砕くじゃなくて刻むってなってたのがそうだってわかると、あれは美味しくしてた作業なんだって感じる。料理が化学のように感じるってお母さんに伝えたらお母さんは笑ってた。
「確かにそうかもねぇ。カルメ焼きも仕組みは化学だからねえ」
「カルメ焼き?」
「今度作ってあげるね。かなり甘いから緑茶を用意してね」
今度カルメ焼きと言うのを作ってくれるらしい。甘いもの大好きなお母さんが甘さを強調するくらいだから、相当甘いと言うことを覚悟しておこう。
そんな雑談をしている間に湯気が出なくなっていた。そのタイミングでゴムベラを使ってをチョコレートがなめらかなクリーム状になるまでゆっくりかき混ぜていくみたい。ミキサーの方が手取り早そうだけど、お母さん曰く気泡が入ってしまうし分離しやすくなるから、こっちの方がいいらしい。料理はちょっとした手間とか作業が大事みたいだ。それに、こう言うのを見ちゃうと安易にお母さんが作ったご飯に文句を言うのはやめようって思わされる。自分で作るって大事だと気付かされた。
途中で溶け残りが出たタイミングで、お母さんがもう一段大きなボウルを取り出して、お風呂のお湯くらいの熱さのお湯を入れ出した。
「溶け残っているし、後でバターを入れるから湯煎するわよ。ぜっっったいに、水を入れないでね。これも分離して、リカバリがめんどうだから」
少し怖い顔と声色で釘を押された。入らないように、慎重に大きなボウルにチョコのボウルを入れて、ゆっくりかき混ぜる。この緊張感から抜け出したいけど、おりゃあと勢いでやったら多分水が入る。そうならないように丁寧に丁寧に混ぜる。するとチョコが滑らかなツヤを持ち始めて感覚も滑らかになってきた。
そこにお母さんが規定通りの分量の無塩バターを入れた。これも混ぜて溶かさないといけない。多分これも水を入れることは許されないと思われる。同じくらい慎重に混ぜて溶かし切った。
緊張した作業が終わって、用意していたオーブンシートを敷いたバットの上にそれを流し入れる。表面を平らにしてあとは冷蔵庫で一時間固める。固め終わったら温めた包丁で切って、箱に入れればいいから簡単。
難しく感じたけど、やってみたら料理はできるものだとも思った。もちろんお母さんの手助けはしばらくは必要だけど。料理を覚えて、それで玲華好みの味付けをマスターできたら胃袋から掴みにいける。これは、武器にしたい。そしたら玲華がご飯をおねだりしてきて……えへへへへへ。
「あやちゃん? すっごい表情しているけど何かあったの?」
お母さんの一言で妄想の世界から戻って来れた。いけない。取らぬ狸の皮算用をしていた。そうなる前にやらなきゃいけない覚えないといけないことはたくさんある。それをするのは後にしようと思った。
待っている間に、お母さんと一緒に使った道具の後片付けを始めた。これは私は手慣れているから、迷うことがない。喋る余裕がある。そこで今まで思ってて聞けなかったことを聞くことにした。
「そういえば、お母さんはなんで私の恋を応援してくれるの?」
聞きたかったことは、根幹に関わる大きな話。一般的に普通の恋というのは男性と女性がするもので、同性がするものではない。今の時代はともかく、お母さんの世代ならそれは当たり前で、抵抗があっても不思議じゃない。なのに、お母さんは拒否感を示すことなく、むしろ応援してくれる。その理由が聞きたかった。
問いかけられたお母さんは少し首をかしげていて、食器を拭く手も止まっていた。やがて答えを見つけると、いつも見せる笑顔で一度頷き、私を見た。
「私は女の子を好きになったことはないよ。男の人が好き。あやちゃんの感覚を完全に理解しきるのは無理だと思う。けど、これだけは私思うことがあって、その……誰であろうと好きになること自体は別に悪いことでもなんでもないって。それが同性同士でも。ならば、止める必要はないし、好きは報われて欲しいから。孫の顔も気にはなるけど、里親で見ることはできる。血じゃなくても、心で繋がればそれは家族だから気にする必要はないから、好きがとにかく報われて幸せであって欲しい。って思うから」
「私は女の子を好きになったことはないよ。男の人が好き。あやちゃんの感覚を完全に理解しきるのは無理だと思う。けど、これだけは私思うことがあって、その……誰であろうと好きになること自体は別に悪いことでもなんでもないって。それが同性同士でも。ならば、止める必要はないし、好きは報われて欲しいから。孫の顔も気にはなるけど、里親で見ることはできる。血じゃなくても、心で繋がればそれは家族だから気にする必要はないから、好きがとにかく報われて幸せであって欲しい。って思うから」
お母さんは笑顔と柔らかい声色を崩さずに答えてくれた。そして、拭いていた食器を置いて、私をふわっと優しく抱きしめてくれた。
「お母さん……」
正直嫌と言われることも覚悟してた。世間の普通から外れることだから、それは仕方ない。感覚を理解できないって言うのも無理もないし。それでも誰かを好きになるのは悪くないし報われて欲しいと思ってくれている。感覚がわからないことに対して。難しいしことのはずなのに。お母さんの優しさと懐の深さに、涙が溢れそうになっていた。
「だけど、いつまでもモタモタしてるあやちゃんが本当に告白できるのかしら? お母さん心配だなあ」
感動してるのも束の間。気にしていることをいじられてしまった。
「もー! それは言わないでよ!」
私は別の意味で涙が溢れてしまう。でも、嫌な気分じゃない。
「けど、あやちゃんが思っている以上に玲華ちゃんはあやちゃんをよく思ってはずよ。そこだけは自信持っていいからね」
お母さんは上機嫌な顔をしている。自信を持てと言っているけど、その理由は思いつかなかった。
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