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決戦の日――湧き上がる不安と暖かい答え――

ー/ー



 決戦の月曜日。生チョコは無事完成し、綺麗にラッピングした。あとは渡すだけ。渡すのは放課後の誰もいない時間と決めている。ただ、朝のホームルームが終わってもまだ言えてない。本当はホームルーム前に言おうと思っていたけど、玲華が誰かに呼び出されたみたいだったから言えないでいた。

 さて、どのタイミングでどうやって言おうか。放課後に渡したいものと誘うだけ。でもそれが言えない。言葉が口の中で詰まってしまう。それが言えるなら今まで苦労していないけど、しなきゃ始まらない。言おうとしてはなんでもないを繰り返し、とうとう昼休みになってしまった。このままじゃ一日が終わってしまう。私は焦燥感に駆られていた。

「はい恵さん。今年のチョコレート」

「わぁ、ありがとう春ぅ。私からもこれ」

 春と恵はチョコレートを交換し合う。同じ場所なのに二人だけの世界が出来上がっている。と言うか、実は付き合ってるのでは? と思うような雰囲気。それを私と玲華の前でする意味はわからない。玲華は羨ましそうに見ている。チョコレートは持っているのにできていない。渡すの一言さも言えない自分に絶望するしかなかった。

 キーンコーンカーンコーン。自分に打ちひしがれている間に予鈴が鳴る。どうしよう。まだ言えてない。時間はまだある。けど、ここで言えなかったら言えない気がする。

「あ、あのさっ。玲華っ」

 勇気を出して玲華に声を掛ける。頑張れ私っ。あとちょっとで言えるっ。

「どうしたの? 彩乃ちゃん」

「あの……放課後に渡したいものがあるんだけど。時間あるっ?」

 言えた。不恰好な声だけど、言えた! この言葉にどれだけの時間と勇気を費やしただろう。緊張感が一気に抜けた。あとは玲華の返事を聞くのみ。どうせ大丈夫だろう。私はそう高を括っていた。

「えっとごめん。ちょっと時間がないかなあ」

 申し訳なさそうな声で返ってきた答えは予想していない言葉だった。話を聞くと今朝、学校で一番のイケメンと名高い男子に告白されたらしい。それでその返事の期限を放課後にしちゃったと。

「じゃ、じゃあっ。そのこここ、告白受けることにするの?」

 私が恐る恐る聞いてみる。玲華はモジモジと体をくねらせるだけで、何も答えない。ただ恋する女の子の目をしている。これは受けるに違いない。私は絶望感に包まれた。

「それで、渡したいものって?」

 微笑む玲華に対して何を言ったのか覚えていない。気がついたら放課後で、一人夕焼けの教室に取り残されていた。

 

 誰もいない杏色の教室で、渡すはずだった生チョコを強く握って自分の椅子にすわっていた。玲華はあのイケメンのものになってしまう。絶望と哀しさで机に突っ伏すしかできない。

「こんな姿、玲華が見たらあの時みたいに元気付けてくれるのかなあ――――」

 玲華との思い出をまぶたに映した。

 あれは私が小学校二年生の夏休みのこと。私の家族と玲華の家族が一緒にキャンプに行っていた。

 キャンプ中に山を散策しようと言うことで、私も含めた全員でウォーキングをしていた。だけど、私はただでさえ足が遅いのに加え慣れない地形で上手く歩けない。着いて行くので精一杯だった。すると、あるポイントで私ははぐれてしまった。なんとか人を見つけようと必死に歩くけど、見つからない。必死に草むらをかき分けて歩いても見つかる事はなかった。焦る私は草むらのせいで崖に気付かず、落ちてしまった。自分の背丈より低かったから奇跡的に生きてはいた。でも足を痛めて動くことができない。時間だけが過ぎて、陽が傾いて暗くなっていく。ズキズキと足の痛みも止まらない。このまま私は誰にも見つからずに死んでしまうんだ。生きることを諦めた時だった。

「いた! ここにいたよー!」

 崖の上から玲華が顔を覗かせながら叫んだ。

「玲華……」

 やっと見つけてもらえた安心感からホッとしていた。その間に玲華は、普段全く見せない俊敏な動きで崖の上から私の元に降りてきた。

「良かったっ。彩乃ちゃんが無事で良かったっ」

 降りてくるなり、玲華は私をギュッと力強く抱きしめてくれた。

「もう少ししたら、おじさんたち来てくれるからそれまで頑張ろうね!」

 玲華はとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。いつもは頼りない玲華が、光の中から現れた救世主の様にカッコよく見えた。

「あ、ありがとう玲華。助けてくれて……」

 涙は出なくてドキドキしていた。私の顔を見てたかはわからないけど、玲華は私の背中を優しく摩り始めた。

「彩乃ちゃんは大事な人だから。どんな時でもそばにいるよ。だから安心して」

 力強いけど安らぐ声で励ましてくれた。そして、少し手を離して笑顔を私に向けてくれた。これが恋に落ちた瞬間だった。

 


「彩乃ちゃん、彩乃ちゃん」

 玲華の声が聞こえてくる。どうやら私は寝ちゃってたみたい。返事をして帰ってきたんだろう。多分受けたと思う。

 私にできる事は玲華の門出を祝う事。自分に対する悔しさとか、玲華が他人のモノになる悲しさはある。でも玲華の前で出す感情じゃない。私は重すぎる頭をゆっくり起こし、寝ぼけ眼をこすった。

「彩乃ちゃん? どうして泣いてるの?」

「えっ、あっ、そのっ。なんでもないわ」

 涙を溢れさせてしまった。ちゃんとごまかさないと。泣いちゃダメ。門出はちゃんと笑顔でないと。玲華は幸せなんだから。涙を拭って歪んだ教室の景色をクリアにする。そして口からお祝いの言葉を絞り出した。

「それより。おめでとう、玲華」

 教室が雲の陰で少し暗くなる。私の心を現しているようだ。オレンジ色がかった玲華は私のお祝いにキョトンとしている。

「おめでとう? どうして?」

 ピンと来ていないようだ。おかしいなあ。あの反応は受けたはずだからこの表情はおかしい。

「え? あの告白受けたんじゃないの?」

 困惑しながら尋ねると優しく微笑んだ。

「断ったよ」

 玲華が言い終わると同時に、教室に再び光が差し込む。断った理由が見つからなかった。あれだけ嬉しそうな反応をしていたし、相手は有名なイケメン。優しいエピソードも多くて性格もいい。なのに断った。

「断ったの? 相手だっていい人だし、あんなに嬉しそうにしてたじゃない」

 少し捲し立てそうになった私の唇を、玲華はちょんと右手の人差し指で抑える。顔は微笑んでいて、見たことのない色気と言うか恋の匂いをさせていた。

「彩乃ちゃんしか、わたしには居ないから」

 意味のわからない言葉が飛んでくる。玲華はあの時よりもずっと恋する目をして、脚をもじもじさせていた。

「わたしは。わたしは……彩乃ちゃんに恋してるの」

 玲華の声が甘ったるく感じてしまう。ただ言葉に理解が及ばない。そもそも玲華の普段の様子に恋心なんて感じなかったのに、なんで急にこんなことを言い出したのだろうか。記憶を辿るけど、わからない。頭の整理ができていない間に玲華が近づいていたみたいで、私の真ん前に立っていた。

「隠してたんだ。バレたら今まで通りじゃいられないかもって。わざとベッドに引きずり込んだり、お嫁さんならいいなって言ったりした。けど彩乃ちゃん嬉しそうな時もあるけど、ツーンってしているから本当に好きなのかがちゃんとわからなくて。怖かった」

 日差しがまた消えると同時に、表情が暗くなってしまっている。私は自分を恥じた。自分の想いだけしか見えてなくて、玲華の心をちゃんと見ていなかった。恥ずかしさに押しつぶされたせいで、私は大事なものを遠ざけていたんだ。少しの沈黙の後、また差し込んできた日差しに照らされる。頬は陽の暖かさのせいとは思えないくらいに赤くなっていた。

「三日前に彩乃ちゃんのお母さんと、スーパーで偶然遭遇したんだぁ」

「お母さん……?」

 なぜかお母さんが出てきた。

「うん。わたしの為にチョコを作っているんだって。苦戦しながらも、私の為に作っているんだって。それ聞いたらすっごく嬉しくって胸がいっぱいになったし、わたしのことやっぱり好きじゃないかなあって思えてきてね」

 玲華は照れて頭を掻いた。私はなんとも言えない気分になった。あの時のアレはこの事だったのね。玲華は悪気なさそうだけど、お母さんを少し恨んだ。サプライズのつもりだったのに。けど、これがあったから玲華は自分の想いを語ってくれているのかも。どっちと取ればいいんだろうかわからなくなってしまう。そんな私をよそに玲華は机の上に座って話を続けた。

「あの人の告白はすぐに断るつもりだったよ。けど……彩乃ちゃんその話聞いたら、すっごく絶望した顔してたのみてたらおもしろかったから、ちょっと意地悪したくなって思わせぶりな表情したくなっちゃった。同時に、間違いなく好きだなあって思って心がぽかぽかもしてたんだぁ」

「あ、あぁ……そうだったのね」

 お昼のあの反応が、玲華のイタズラだったとは思わなくて力が抜けて首をガクンと一瞬下げてしまった。

「泣いた跡があったけど、それって私が告白を受けるって思ってショックだったからだよね」

 そう言った玲華はこちらに寄って、わたしの顔を両手で包んで玲華の方に向けた。思いもよらない行動に、私はフリーズするしかない。さらに玲華は顔を寄せる。

「ちょっと意地悪しすぎちゃったや。彩乃ちゃんごめんね」

 玲華が私の両面の目尻のラインを両方の親指で軽くなぞってきた。柔らかく触れられた事もだけど、それ以上に玲華の顔が眼前に、しかもどアップで写りこんできたことに心臓が凄まじく反応してしまう。それをわかっているのか、玲華は口角を緩めて私を見つめてきた。私は相変わらず声が出ないまま、フリーズするしかなかった。満足したのか玲華は緩めた表情のままふふッと軽く微笑んでから手を離した。

「こうやってすぐ顔真っ赤にするし、毎日起こしに来てくれる。わたしが喜んでいたら、誰よりも喜ぶし悲しんでいたらわたし以上に心配してる。優しくて、大人なとこもあって。背も身体もちっちゃいけど真面目で頑張り屋さんで。でも顔はかわいくて、赤みがかったショートの黒髪がキレイで……一緒にいるとわたしまであったかくなっちゃう。だからわたしは彩乃ちゃんが大大大好き。仲良しだけじゃなくてもっとぎゅーっとあったかくなれる関係になりたい」

 そのまま玲華は私を強く抱きしめてきた。押し付けられた程よく大きな胸の奥から、私と同じくらいの早くなる鼓動が伝わってくる。玲華も見えないだけで私と同じようにずっとドキドキしてくれてたんだ。心臓の動きに私は安らぎを感じ始めていた。

「彩乃ちゃんの返事を、聞かせてほしいな」

 玲華の表情は見えない。声は優しくささやく声。勇気を使う必要はなく、スムーズに心の奥底にある気持ちを言葉に出来そうだ。

「私も、玲華とそうなりたい。玲華と恋人として付き合いたい」

 ずっと言えなかった想いをこれまでのことが嘘みたいにするっと口から出せた。それと同時に私も玲華を抱き寄せた。





「それで、私のために作ったチョコはどこにあるの?」

 お互いが満足したところで玲華が聞いてくれた。そうだ、折角作ったんだから渡さないと。私はポケットの中から、手作りの生チョコが入った箱を取り出した。

「自信はないけど、一生懸命作ったらから。美味しいと思う」

 今まで邪魔してきていたツンな私はもうどこかに消えていた。箱を受け取った玲華はとっても目が輝いてる。こんなに喜んでくれるのだから、もうこれだけで満足だ。

「ありがとう。今食べてもいい?」

 アニメや漫画によく出る目の中にある星が、今の玲華の目の中にあるみたい。楽しみだったんだ。それを邪魔するわけにはいかない。

「いいわよ」

 私のゴーサインを聞くなり、玲華はせっせと箱を開けた。あとは玲華が食べるのみ。と思ったら、箱を開けた途端、玲華はピクリとも動かない。中身が入ってない? いやいや。ちゃんと確認したから大丈夫。じゃあなんで?そんな心配をしていると、玲華は突然大声で笑い始めた。

「彩乃ちゃん! このチョコ溶けてるっ!」

 玲華は大笑いしながらけた生チョコを見せてきた。ずっとポケットに入れて、しかも握り続けていたから、溶けて当然だ。

「本当ね! 私ったら何やってるのかしら

 溶けた生チョコを見ながら、私と玲華は二人笑い合う。夕焼けの光はまだ少しだけ差し込んでいた。


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 さて、どのタイミングでどうやって言おうか。放課後に渡したいものと誘うだけ。でもそれが言えない。言葉が口の中で詰まってしまう。それが言えるなら今まで苦労していないけど、しなきゃ始まらない。言おうとしてはなんでもないを繰り返し、とうとう昼休みになってしまった。このままじゃ一日が終わってしまう。私は焦燥感に駆られていた。
「はい恵さん。今年のチョコレート」
「わぁ、ありがとう春ぅ。私からもこれ」
 春と恵はチョコレートを交換し合う。同じ場所なのに二人だけの世界が出来上がっている。と言うか、実は付き合ってるのでは? と思うような雰囲気。それを私と玲華の前でする意味はわからない。玲華は羨ましそうに見ている。チョコレートは持っているのにできていない。渡すの一言さも言えない自分に絶望するしかなかった。
 キーンコーンカーンコーン。自分に打ちひしがれている間に予鈴が鳴る。どうしよう。まだ言えてない。時間はまだある。けど、ここで言えなかったら言えない気がする。
「あ、あのさっ。玲華っ」
 勇気を出して玲華に声を掛ける。頑張れ私っ。あとちょっとで言えるっ。
「どうしたの? 彩乃ちゃん」
「あの……放課後に渡したいものがあるんだけど。時間あるっ?」
 言えた。不恰好な声だけど、言えた! この言葉にどれだけの時間と勇気を費やしただろう。緊張感が一気に抜けた。あとは玲華の返事を聞くのみ。どうせ大丈夫だろう。私はそう高を括っていた。
「えっとごめん。ちょっと時間がないかなあ」
 申し訳なさそうな声で返ってきた答えは予想していない言葉だった。話を聞くと今朝、学校で一番のイケメンと名高い男子に告白されたらしい。それでその返事の期限を放課後にしちゃったと。
「じゃ、じゃあっ。そのこここ、告白受けることにするの?」
 私が恐る恐る聞いてみる。玲華はモジモジと体をくねらせるだけで、何も答えない。ただ恋する女の子の目をしている。これは受けるに違いない。私は絶望感に包まれた。
「それで、渡したいものって?」
 微笑む玲華に対して何を言ったのか覚えていない。気がついたら放課後で、一人夕焼けの教室に取り残されていた。
 誰もいない杏色の教室で、渡すはずだった生チョコを強く握って自分の椅子にすわっていた。玲華はあのイケメンのものになってしまう。絶望と哀しさで机に突っ伏すしかできない。
「こんな姿、玲華が見たらあの時みたいに元気付けてくれるのかなあ――――」
 玲華との思い出をまぶたに映した。
 あれは私が小学校二年生の夏休みのこと。私の家族と玲華の家族が一緒にキャンプに行っていた。
 キャンプ中に山を散策しようと言うことで、私も含めた全員でウォーキングをしていた。だけど、私はただでさえ足が遅いのに加え慣れない地形で上手く歩けない。着いて行くので精一杯だった。すると、あるポイントで私ははぐれてしまった。なんとか人を見つけようと必死に歩くけど、見つからない。必死に草むらをかき分けて歩いても見つかる事はなかった。焦る私は草むらのせいで崖に気付かず、落ちてしまった。自分の背丈より低かったから奇跡的に生きてはいた。でも足を痛めて動くことができない。時間だけが過ぎて、陽が傾いて暗くなっていく。ズキズキと足の痛みも止まらない。このまま私は誰にも見つからずに死んでしまうんだ。生きることを諦めた時だった。
「いた! ここにいたよー!」
 崖の上から玲華が顔を覗かせながら叫んだ。
「玲華……」
 やっと見つけてもらえた安心感からホッとしていた。その間に玲華は、普段全く見せない俊敏な動きで崖の上から私の元に降りてきた。
「良かったっ。彩乃ちゃんが無事で良かったっ」
 降りてくるなり、玲華は私をギュッと力強く抱きしめてくれた。
「もう少ししたら、おじさんたち来てくれるからそれまで頑張ろうね!」
 玲華はとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。いつもは頼りない玲華が、光の中から現れた救世主の様にカッコよく見えた。
「あ、ありがとう玲華。助けてくれて……」
 涙は出なくてドキドキしていた。私の顔を見てたかはわからないけど、玲華は私の背中を優しく摩り始めた。
「彩乃ちゃんは大事な人だから。どんな時でもそばにいるよ。だから安心して」
 力強いけど安らぐ声で励ましてくれた。そして、少し手を離して笑顔を私に向けてくれた。これが恋に落ちた瞬間だった。
「彩乃ちゃん、彩乃ちゃん」
 玲華の声が聞こえてくる。どうやら私は寝ちゃってたみたい。返事をして帰ってきたんだろう。多分受けたと思う。
 私にできる事は玲華の門出を祝う事。自分に対する悔しさとか、玲華が他人のモノになる悲しさはある。でも玲華の前で出す感情じゃない。私は重すぎる頭をゆっくり起こし、寝ぼけ眼をこすった。
「彩乃ちゃん? どうして泣いてるの?」
「えっ、あっ、そのっ。なんでもないわ」
 涙を溢れさせてしまった。ちゃんとごまかさないと。泣いちゃダメ。門出はちゃんと笑顔でないと。玲華は幸せなんだから。涙を拭って歪んだ教室の景色をクリアにする。そして口からお祝いの言葉を絞り出した。
「それより。おめでとう、玲華」
 教室が雲の陰で少し暗くなる。私の心を現しているようだ。オレンジ色がかった玲華は私のお祝いにキョトンとしている。
「おめでとう? どうして?」
 ピンと来ていないようだ。おかしいなあ。あの反応は受けたはずだからこの表情はおかしい。
「え? あの告白受けたんじゃないの?」
 困惑しながら尋ねると優しく微笑んだ。
「断ったよ」
 玲華が言い終わると同時に、教室に再び光が差し込む。断った理由が見つからなかった。あれだけ嬉しそうな反応をしていたし、相手は有名なイケメン。優しいエピソードも多くて性格もいい。なのに断った。
「断ったの? 相手だっていい人だし、あんなに嬉しそうにしてたじゃない」
 少し捲し立てそうになった私の唇を、玲華はちょんと右手の人差し指で抑える。顔は微笑んでいて、見たことのない色気と言うか恋の匂いをさせていた。
「彩乃ちゃんしか、わたしには居ないから」
 意味のわからない言葉が飛んでくる。玲華はあの時よりもずっと恋する目をして、脚をもじもじさせていた。
「わたしは。わたしは……彩乃ちゃんに恋してるの」
 玲華の声が甘ったるく感じてしまう。ただ言葉に理解が及ばない。そもそも玲華の普段の様子に恋心なんて感じなかったのに、なんで急にこんなことを言い出したのだろうか。記憶を辿るけど、わからない。頭の整理ができていない間に玲華が近づいていたみたいで、私の真ん前に立っていた。
「隠してたんだ。バレたら今まで通りじゃいられないかもって。わざとベッドに引きずり込んだり、お嫁さんならいいなって言ったりした。けど彩乃ちゃん嬉しそうな時もあるけど、ツーンってしているから本当に好きなのかがちゃんとわからなくて。怖かった」
 日差しがまた消えると同時に、表情が暗くなってしまっている。私は自分を恥じた。自分の想いだけしか見えてなくて、玲華の心をちゃんと見ていなかった。恥ずかしさに押しつぶされたせいで、私は大事なものを遠ざけていたんだ。少しの沈黙の後、また差し込んできた日差しに照らされる。頬は陽の暖かさのせいとは思えないくらいに赤くなっていた。
「三日前に彩乃ちゃんのお母さんと、スーパーで偶然遭遇したんだぁ」
「お母さん……?」
 なぜかお母さんが出てきた。
「うん。わたしの為にチョコを作っているんだって。苦戦しながらも、私の為に作っているんだって。それ聞いたらすっごく嬉しくって胸がいっぱいになったし、わたしのことやっぱり好きじゃないかなあって思えてきてね」
 玲華は照れて頭を掻いた。私はなんとも言えない気分になった。あの時のアレはこの事だったのね。玲華は悪気なさそうだけど、お母さんを少し恨んだ。サプライズのつもりだったのに。けど、これがあったから玲華は自分の想いを語ってくれているのかも。どっちと取ればいいんだろうかわからなくなってしまう。そんな私をよそに玲華は机の上に座って話を続けた。
「あの人の告白はすぐに断るつもりだったよ。けど……彩乃ちゃんその話聞いたら、すっごく絶望した顔してたのみてたらおもしろかったから、ちょっと意地悪したくなって思わせぶりな表情したくなっちゃった。同時に、間違いなく好きだなあって思って心がぽかぽかもしてたんだぁ」
「あ、あぁ……そうだったのね」
 お昼のあの反応が、玲華のイタズラだったとは思わなくて力が抜けて首をガクンと一瞬下げてしまった。
「泣いた跡があったけど、それって私が告白を受けるって思ってショックだったからだよね」
 そう言った玲華はこちらに寄って、わたしの顔を両手で包んで玲華の方に向けた。思いもよらない行動に、私はフリーズするしかない。さらに玲華は顔を寄せる。
「ちょっと意地悪しすぎちゃったや。彩乃ちゃんごめんね」
 玲華が私の両面の目尻のラインを両方の親指で軽くなぞってきた。柔らかく触れられた事もだけど、それ以上に玲華の顔が眼前に、しかもどアップで写りこんできたことに心臓が凄まじく反応してしまう。それをわかっているのか、玲華は口角を緩めて私を見つめてきた。私は相変わらず声が出ないまま、フリーズするしかなかった。満足したのか玲華は緩めた表情のままふふッと軽く微笑んでから手を離した。
「こうやってすぐ顔真っ赤にするし、毎日起こしに来てくれる。わたしが喜んでいたら、誰よりも喜ぶし悲しんでいたらわたし以上に心配してる。優しくて、大人なとこもあって。背も身体もちっちゃいけど真面目で頑張り屋さんで。でも顔はかわいくて、赤みがかったショートの黒髪がキレイで……一緒にいるとわたしまであったかくなっちゃう。だからわたしは彩乃ちゃんが大大大好き。仲良しだけじゃなくてもっとぎゅーっとあったかくなれる関係になりたい」
 そのまま玲華は私を強く抱きしめてきた。押し付けられた程よく大きな胸の奥から、私と同じくらいの早くなる鼓動が伝わってくる。玲華も見えないだけで私と同じようにずっとドキドキしてくれてたんだ。心臓の動きに私は安らぎを感じ始めていた。
「彩乃ちゃんの返事を、聞かせてほしいな」
 玲華の表情は見えない。声は優しくささやく声。勇気を使う必要はなく、スムーズに心の奥底にある気持ちを言葉に出来そうだ。
「私も、玲華とそうなりたい。玲華と恋人として付き合いたい」
 ずっと言えなかった想いをこれまでのことが嘘みたいにするっと口から出せた。それと同時に私も玲華を抱き寄せた。
「それで、私のために作ったチョコはどこにあるの?」
 お互いが満足したところで玲華が聞いてくれた。そうだ、折角作ったんだから渡さないと。私はポケットの中から、手作りの生チョコが入った箱を取り出した。
「自信はないけど、一生懸命作ったらから。美味しいと思う」
 今まで邪魔してきていたツンな私はもうどこかに消えていた。箱を受け取った玲華はとっても目が輝いてる。こんなに喜んでくれるのだから、もうこれだけで満足だ。
「ありがとう。今食べてもいい?」
 アニメや漫画によく出る目の中にある星が、今の玲華の目の中にあるみたい。楽しみだったんだ。それを邪魔するわけにはいかない。
「いいわよ」
 私のゴーサインを聞くなり、玲華はせっせと箱を開けた。あとは玲華が食べるのみ。と思ったら、箱を開けた途端、玲華はピクリとも動かない。中身が入ってない? いやいや。ちゃんと確認したから大丈夫。じゃあなんで?そんな心配をしていると、玲華は突然大声で笑い始めた。
「彩乃ちゃん! このチョコ溶けてるっ!」
 玲華は大笑いしながらけた生チョコを見せてきた。ずっとポケットに入れて、しかも握り続けていたから、溶けて当然だ。
「本当ね! 私ったら何やってるのかしら
 溶けた生チョコを見ながら、私と玲華は二人笑い合う。夕焼けの光はまだ少しだけ差し込んでいた。