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第1話 魔女の誕生

ー/ー



「これより、魔女アイリス・アヴェロワーニュ・アーリマンの処刑を執り行う!」

 処刑人の宣言に、大衆たちは沸き立つ。

 皇帝アイリスを殺せ。

 魔女を消し去れ。

 家族を返せ。

 様々な罵声が響く大広場。

 怒りと憎悪が渦巻く、負の感情の集積地の中心に、巨大なギロチンが佇んでいる。

 その巨大な刃の下に、アイリスと呼ばれる女性がいた。

 長く美しい白銀の髪は血と泥に汚れ、見たものを呑み込んでしまうほど濃く鮮やかに十字架を浮かび上がらせる赤い目は虚ろに揺れていた。

 ボロ雑巾のような状態の彼女の耳には、民の罵声は響かない。

 失意と絶望の底に沈んだ心に、いくら暴言を吐こうと意味などない。

 彼女の胸中に渦巻く感情は、後悔と喪失だった。

 自分は何のために、生きてきたのか。

 何のために、多くの民を殺し、多くの国を滅ぼしたのか。

 自分の私利私欲のためか?

 いや、違う。

 そうあれと望まれたから、皇帝として、魔女として、悪逆の限りを尽くしただけだ。

 ……誰に?

 アイリスが、虚ろな目で広場を見渡すと、遠くの方で、一人の悪意ある視線と目が合った。

 黒く長い髪を揺らし、怪しげな緑色の瞳を愉しそうに輝かせる彼女は、ゆっくりと口を開いた。

「ふふっ。可愛そうなアイリス姉さま」

 歓声と怒号が響き渡る広場で聞こえるはずのない小さな呟き。

 しかし、アイリスには、その呟きがはっきりと聞こえた。

 彼女こそが、アイリスを魔女に仕立て上げ、アイリスを裏切った張本人。

 アイリスの妹、ラティフォリア・シャルノース・アーリマンだ。

 どうして彼女は、自分をここまで追い詰めるのだろうか。

 何が彼女をここまでさせるのか。

「時間だな。執行せよ!!」

 何一つわからないまま、アイリスの首に向かって、無慈悲にも刃が振り下ろされる。

(あぁ、神様。もし次の人生があるのなら、今度は平穏で幸せな人生を歩ませてください)

 最後の瞬間、魔女が願ったことは、誰もが抱く当たり前の願いだった。

 その願いが届いたのかは誰にも分からない。

 分かることは、魔女の首が落ち、血の雨と共に、一つの時代が終わりに向かうということ。

 それだけが、唯一残された事実だった。









 アイリス・アヴェロワーニュ・アーリマンは、アーリマン帝国の皇帝ディギタリス・グロース・アーリマンの元に生まれた第一皇女だった。

「おぉ……素晴らしい。何という才能だ……! 神に愛されているという表現がふさわしい!」

 生まれたばかりのアイリスを見て、父は感動のあまりに涙をこぼした。

 その理由は、アイリスの周りを漂う空気にあった。

 大気中には、星を構成する要素であり、星が万物を構成するために必要不可欠なエネルギーであるエーテルが含まれている。

 生命体は、体内のエーテル器官で生成されるエーテルを用いて、魔法と呼ばれる技術を使用している。

 そのため、大気中のエーテルを取り込み、魔法を使用することができる人間は歴史上にも稀にしか存在しない。

 アイリスは、その稀な存在だった。

 生まれた瞬間から大気のエーテルに包まれ、呼吸と共に、エーテルを取り込んでいた。

 まさに天性の才。

 魔法の才能が全てであるアーリマン帝国において、彼女ほど皇帝ふさわしいものはいないだろう。

「我が娘、アイリスよ! 生まれながらにして皇帝になり、世界を支配する運命を背負って生まれし我が娘よ! 私はお前の誕生を心から祝福しよう!!」

 そう叫んだディギタリスは、物心がついたアイリスに、魔法の訓練を行い、皇帝としての教養を叩きこんだ。

 しかし、アイリスには魔法の訓練をする意味が分からなかった。

(どうして、こんな簡単なことを必死に教えているんだろう。全部エーテルが教えてくれるのに)

 両親を含めた帝国の人間は、アイリスのことを真に理解できてはいなかった。

 彼女は天性の才能があるどころの話ではない。

 アイリスは、目に見えないはずのエーテルを目視し、彼らの持つ情報を共有し、自身の力に変えることができる。

 彼女は、世界に──エーテルに愛されている。

 結局、魔法の訓練もそこそこに、齢10歳にして、彼女に魔法で勝てるものは一人もいなくなった。

 対人戦で得られるものは一つもないと感じたアイリスは、大図書館で魔法に関する書物を読みふける日々を送っていた。

そんなある日、アイリスは皇帝の玉座に呼び出された。

「来たか、アイリスよ」

「お呼びでしょうか、お父様」

 玉座に坐するディギタリスに、恭しくお辞儀するアイリス。

「ああ。お前に会わせておきたい人物がいてな。入りなさい」

 ディギタリスの呼びかけに応じるように、玉座への扉が開く音がする。

 そこに立っていたのは、黒く長い髪を二つに束ね、緑色の瞳を輝かせる不思議な少女だった。

「お呼びいただきありがとうございます、お父様。そして……初めまして、お姉さま」

「紹介しよう。君の腹違いの妹、第二皇女ラティフォリア・シャルノース・アーリマンだ」

 アイリスは、初めて驚きという感情を体験した。

 しかし、それは隠し子がいたことにではない。

 彼女には数多くの兄弟姉妹がいるが、同じ母から生まれた子供は一人もいない。

 ディギタリスは魔法の才ある女性を見初めては子を作るということを繰り返す、不貞の皇帝だった。

 ただし、それはあくまで一般論の話である。

 アーリマン帝国を統べる一族として、役に立たない子供を産む女性に価値はない。

 皇帝としてのあれこれを学ぶうちに、その価値観を理解していたアイリスが、隠し子ごときで驚くわけがない。

 アイリスが、ラティフォリアを見て驚いた理由。

 それは、彼女のエーテルにあった。

 今まで見てきた人間のエーテルは、鮮やかな色彩が多かった。

 だというのに、ラティフォリアのエーテルは不気味だった。

 黒いペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようなエーテルの下に、微かに別の色のエーテルが見えた気がした。

 まるで何かを隠しているかのような気味の悪いエーテルの在り方。

 今まで生きてきた中で、初めて見る異物に、アイリスは驚いたのだった。

「初めまして。私はアイリス・アヴェロワーニュ・アーリマン。よろしくね」

 その一言だけを残し、アイリスは皇帝の間から去ろうとする。

「待ちなさい、アイリス! もう少し彼女と話すことは──」

「ないです。顔合わせが目的だったのですよね? それならば、もう目的は果たされたかと。私も忙しいので」

「アイリス……!」

「落ち着いてください、お父様! 私なら大丈夫です。それに、次期皇帝として、あの冷酷さは素晴らしいものだと思います」

「それは、そうだが……」

 ディギタリスは、アイリスに皇帝としての作法や心構えを叩きこんでいた。

 その中で、皇帝たるもの他人を許すな、常に冷徹無慈悲であれと教え続けてきた。

 彼女はその教えを忠実に守り、幼くして皇帝としての冷酷さを身に着けていた。

「だからと言って、唯一の家族にまであのような接し方……」

「いえ。身内にすらその心を許さない。その冷酷さは、皇帝にふさわしい素養かと」

 アイリスの態度に、ディギタリスは納得を示さないが、ラティフォリアは尊敬の眼差しを向けていた。

「アイリスお姉さまと私はもう家族です。この先、交流の機会はいくらでもあります。ゆっくりと、仲良くなっていきますから」

 父を宥めるラティフォリアを横目に、アイリスは玉座を後にした。




「そう。ゆっくりと、ね」



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「これより、魔女アイリス・アヴェロワーニュ・アーリマンの処刑を執り行う!」
 処刑人の宣言に、大衆たちは沸き立つ。
 皇帝アイリスを殺せ。
 魔女を消し去れ。
 家族を返せ。
 様々な罵声が響く大広場。
 怒りと憎悪が渦巻く、負の感情の集積地の中心に、巨大なギロチンが佇んでいる。
 その巨大な刃の下に、アイリスと呼ばれる女性がいた。
 長く美しい白銀の髪は血と泥に汚れ、見たものを呑み込んでしまうほど濃く鮮やかに十字架を浮かび上がらせる赤い目は虚ろに揺れていた。
 ボロ雑巾のような状態の彼女の耳には、民の罵声は響かない。
 失意と絶望の底に沈んだ心に、いくら暴言を吐こうと意味などない。
 彼女の胸中に渦巻く感情は、後悔と喪失だった。
 自分は何のために、生きてきたのか。
 何のために、多くの民を殺し、多くの国を滅ぼしたのか。
 自分の私利私欲のためか?
 いや、違う。
 そうあれと望まれたから、皇帝として、魔女として、悪逆の限りを尽くしただけだ。
 ……誰に?
 アイリスが、虚ろな目で広場を見渡すと、遠くの方で、一人の悪意ある視線と目が合った。
 黒く長い髪を揺らし、怪しげな緑色の瞳を愉しそうに輝かせる彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「ふふっ。可愛そうなアイリス姉さま」
 歓声と怒号が響き渡る広場で聞こえるはずのない小さな呟き。
 しかし、アイリスには、その呟きがはっきりと聞こえた。
 彼女こそが、アイリスを魔女に仕立て上げ、アイリスを裏切った張本人。
 アイリスの妹、ラティフォリア・シャルノース・アーリマンだ。
 どうして彼女は、自分をここまで追い詰めるのだろうか。
 何が彼女をここまでさせるのか。
「時間だな。執行せよ!!」
 何一つわからないまま、アイリスの首に向かって、無慈悲にも刃が振り下ろされる。
(あぁ、神様。もし次の人生があるのなら、今度は平穏で幸せな人生を歩ませてください)
 最後の瞬間、魔女が願ったことは、誰もが抱く当たり前の願いだった。
 その願いが届いたのかは誰にも分からない。
 分かることは、魔女の首が落ち、血の雨と共に、一つの時代が終わりに向かうということ。
 それだけが、唯一残された事実だった。
 アイリス・アヴェロワーニュ・アーリマンは、アーリマン帝国の皇帝ディギタリス・グロース・アーリマンの元に生まれた第一皇女だった。
「おぉ……素晴らしい。何という才能だ……! 神に愛されているという表現がふさわしい!」
 生まれたばかりのアイリスを見て、父は感動のあまりに涙をこぼした。
 その理由は、アイリスの周りを漂う空気にあった。
 大気中には、星を構成する要素であり、星が万物を構成するために必要不可欠なエネルギーであるエーテルが含まれている。
 生命体は、体内のエーテル器官で生成されるエーテルを用いて、魔法と呼ばれる技術を使用している。
 そのため、大気中のエーテルを取り込み、魔法を使用することができる人間は歴史上にも稀にしか存在しない。
 アイリスは、その稀な存在だった。
 生まれた瞬間から大気のエーテルに包まれ、呼吸と共に、エーテルを取り込んでいた。
 まさに天性の才。
 魔法の才能が全てであるアーリマン帝国において、彼女ほど皇帝ふさわしいものはいないだろう。
「我が娘、アイリスよ! 生まれながらにして皇帝になり、世界を支配する運命を背負って生まれし我が娘よ! 私はお前の誕生を心から祝福しよう!!」
 そう叫んだディギタリスは、物心がついたアイリスに、魔法の訓練を行い、皇帝としての教養を叩きこんだ。
 しかし、アイリスには魔法の訓練をする意味が分からなかった。
(どうして、こんな簡単なことを必死に教えているんだろう。全部エーテルが教えてくれるのに)
 両親を含めた帝国の人間は、アイリスのことを真に理解できてはいなかった。
 彼女は天性の才能があるどころの話ではない。
 アイリスは、目に見えないはずのエーテルを目視し、彼らの持つ情報を共有し、自身の力に変えることができる。
 彼女は、世界に──エーテルに愛されている。
 結局、魔法の訓練もそこそこに、齢10歳にして、彼女に魔法で勝てるものは一人もいなくなった。
 対人戦で得られるものは一つもないと感じたアイリスは、大図書館で魔法に関する書物を読みふける日々を送っていた。
そんなある日、アイリスは皇帝の玉座に呼び出された。
「来たか、アイリスよ」
「お呼びでしょうか、お父様」
 玉座に坐するディギタリスに、恭しくお辞儀するアイリス。
「ああ。お前に会わせておきたい人物がいてな。入りなさい」
 ディギタリスの呼びかけに応じるように、玉座への扉が開く音がする。
 そこに立っていたのは、黒く長い髪を二つに束ね、緑色の瞳を輝かせる不思議な少女だった。
「お呼びいただきありがとうございます、お父様。そして……初めまして、お姉さま」
「紹介しよう。君の腹違いの妹、第二皇女ラティフォリア・シャルノース・アーリマンだ」
 アイリスは、初めて驚きという感情を体験した。
 しかし、それは隠し子がいたことにではない。
 彼女には数多くの兄弟姉妹がいるが、同じ母から生まれた子供は一人もいない。
 ディギタリスは魔法の才ある女性を見初めては子を作るということを繰り返す、不貞の皇帝だった。
 ただし、それはあくまで一般論の話である。
 アーリマン帝国を統べる一族として、役に立たない子供を産む女性に価値はない。
 皇帝としてのあれこれを学ぶうちに、その価値観を理解していたアイリスが、隠し子ごときで驚くわけがない。
 アイリスが、ラティフォリアを見て驚いた理由。
 それは、彼女のエーテルにあった。
 今まで見てきた人間のエーテルは、鮮やかな色彩が多かった。
 だというのに、ラティフォリアのエーテルは不気味だった。
 黒いペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようなエーテルの下に、微かに別の色のエーテルが見えた気がした。
 まるで何かを隠しているかのような気味の悪いエーテルの在り方。
 今まで生きてきた中で、初めて見る異物に、アイリスは驚いたのだった。
「初めまして。私はアイリス・アヴェロワーニュ・アーリマン。よろしくね」
 その一言だけを残し、アイリスは皇帝の間から去ろうとする。
「待ちなさい、アイリス! もう少し彼女と話すことは──」
「ないです。顔合わせが目的だったのですよね? それならば、もう目的は果たされたかと。私も忙しいので」
「アイリス……!」
「落ち着いてください、お父様! 私なら大丈夫です。それに、次期皇帝として、あの冷酷さは素晴らしいものだと思います」
「それは、そうだが……」
 ディギタリスは、アイリスに皇帝としての作法や心構えを叩きこんでいた。
 その中で、皇帝たるもの他人を許すな、常に冷徹無慈悲であれと教え続けてきた。
 彼女はその教えを忠実に守り、幼くして皇帝としての冷酷さを身に着けていた。
「だからと言って、唯一の家族にまであのような接し方……」
「いえ。身内にすらその心を許さない。その冷酷さは、皇帝にふさわしい素養かと」
 アイリスの態度に、ディギタリスは納得を示さないが、ラティフォリアは尊敬の眼差しを向けていた。
「アイリスお姉さまと私はもう家族です。この先、交流の機会はいくらでもあります。ゆっくりと、仲良くなっていきますから」
 父を宥めるラティフォリアを横目に、アイリスは玉座を後にした。
「そう。ゆっくりと、ね」