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58.混沌の夜明け、思い知る絶望

ー/ー



 人が、魔物が、魔族が……この世界で見ることになる最後の夜明け。

 各地に散らばった冒険者達は静かに、準備を整える。ギルドからの知らせは夜遅く、月が傾き沈む時半。待ち望んだ知らせに、寝ぼけてなど、いられない。

「それでは……後はよしなに……」
「承知した……ミウ、お前はこっちだ」
「なんで?あにぃ……ミウ、ゼンの所にいくよ?」
「そのゼンの指示だ。私の補佐、戦闘の補助をしろと」
「ん、わかった……ゼンが、そう言ったなら」

 ギルド支部前の道で、アダルヘルムとミウは、クロエとファインと別れる。

「ゼン、こなかったネ?お出かけ中?」
「さぁ……どこにいるのやら……」
「クロエちゃんも知らないの?どゆこと……」

 クスッと笑うクロエに、ファインは動揺する。

「彼はもう、自由……私達も、同じです。さぁ、ファイン?その力を存分に奮ってまいりましょう?」
「ん……う〜ん……まぁ、やる事は変わらないもんネ」
「戦場で出会えたら、きっとその時が最後になるでしょうね」

 ファインの移送法陣に入り、ふたりは町を後にした。

「あにぃ、ミウ……がんばって、守る」
「頼もしいな!だが、無理はするな……私も弱くはない」
「うん、知ってる……ゼンが、気にしたのは……たぶん、別の……ううん、いいや」
「……行こう」

 目を絞るほどの、輝かしい朝日が昇るはずだった。瞬きを1回……景色が変わる。

 突如現れたそれは、嵐が来たかのように、暗く重い雲のように……まずは有翼の魔物が空を埋め尽くしているのが見え、地上を進む魔物達は地を揺らし、咆哮で大気も揺らしていた。

『これが、新生魔族』

 それを見た冒険者達は息を飲み、誰もがそう口にした。震えている者もいた。だがそれは、武者震い。

 己の力をすべてかけ、立ち向かう……ひとりひとりが、勇者になる瞬間。

 *

 *

 *

 *

 新しくなった王都を囲う外壁。夜勤の騎士団員は、自分の目を擦り、目の前の現実を理解できず、立ち尽くしていた。

「ゆ……め?」
「……違う、違うぞ!!」
「走れ!!知らせるんだ!!」

 彼らは知らない。とはいえ、王都を命懸けで守る事も役目のハズの騎士団が、ここまで驚き乱れるのは、冒険者との覚悟の差もあるだろう。

 知らせが通り、王城内も騒がしくなっていく。

「ん……なに……?」
「緊急事態が起きたみたい……セリハ、準備出来そう?その……体……大丈夫?」
「うん……平気……」

 勇者ソウゴ……その寝室に居たのは聖女セリハ。
 ベッドの上、薄い布で前を隠し、心配そうに髪を撫でるソウゴを愛おしそうに見ている。
 ふたりは結ばれ、熱く甘い夜を過ごしたのは、明らかだった。

「準備はするわ……でも、シャワーは浴びさせて?」
「あ、うん、そ、そうだよね!大丈夫!たぶん僕が行けばいいと思う……ゆっくり、温まってきてセリハ」
「ん……」

 軽く優しく、唇を重ね、セリハは浴室へ入る。
 直後、ノックの音が部屋に響く。

「起きていて良かったよソウゴ!どうやらかなりまずい状況ら……し、い……んだ」

 開かれた扉、招かれたティオ。ソウゴの背後に広がっている、乱れた室内の光景。
 慌てて起きたのなら、ベッドが乱れていても仕方がないだろう。だが、ティオの目に入ってしまったのは、見覚えのある服。

「確かにただ事じゃなさそうだね……すぐにセリハと行くよ!」
「うん……頼むよ」

 クローゼットから上着を取るため、扉から離れたソウゴ。ティオは、動けずボーッと床に落ちている白く美しい衣を見つめている。
 浴室のドアが開き、ふわりと嗅ぎなれた淡い花の香りが鼻をかすめる。白い肌も、形の整った美しい乳房も隠さず……湯で温まった細く可愛らしい腕が、衣を掴んだ。

「……無粋な男」
「っ!」

 ソウゴに聞こえない様に、とても小さな声で言った様だった……けれど、ティオにとっては、脳にも心にも強く刻まれるほどの大きさで響いていた。

「先に……行っているねソウゴ。フォンゼル様にも、伝えておくよ」
「助かるよティオ!」

 バタンッと扉を閉め、ひとつ。
 一歩進むごとに、ひとつ。
 息をすると、更にそれが重なっていく。

 ぷつりとなにかが、体の中で弾け切れる音がした。

「ゼクス……どうしよう……僕……」

 息がなぜだか荒くなる。

「僕は、もう……彼女も勇者も……」

 慌ただしく廊下を行き交う騎士団員がいる中、立ち止まってしまったティオ。

「守れる自信が……なくなってしまったみたいだ」

 曇りがかり、失いかけていたものをすべて闇に落としてしまったティオの目から、光が消える。残ったのは、静かに燻っていた本心の再熱。

 近くにあった小さな扉の中に入り、懐から通信用の魔道具を取り出し起動した。

「やあゼクス、久しぶりだね……?」

 それは、ハーフェンでソウゴが拾ったゼンの置土産。旅の途中、荷物の整理中に見つけ、念の為とソウゴから修理を任されていた物だ。
 ギルドの技術で作られた物、その複雑な構造は普通の鍛冶屋では完璧に直すことは叶わなかった。

『よおティオ、どうした』

 雑音の後、聞こえた声に瞳を潤ませた。

「やっぱり僕は強くはなれなかったみたいだよ……ねぇ、どこにいるんだいゼクス……君の元へ行かせておくれ」
『……なさけねぇ声だな?とうとうフラれたか?』
「ははっ!お見通しなんだろうゼクス……えぐらないでくれたまえ」
『確認しねぇとわからねぇからな?悪いが正しい位置は教えようがないな、飛び回って忙しい』

 王都がこの状態であるのなら、ギルド側も落ち着いているわけがない。

『だか、そうだな?お前の力で見つけたらいいんじゃねぇか?』
「冗談が過ぎるよゼン、君のことは見えない」
『見えなかったから今も見えない?お前の進化はそんなもんか?試してみろよ』

 自分の力は進化する……ティオ自身が口にしたこと。今までに感じ取れた力の変化の傾向、それは思い。本心から来る成長、進化。

『……待っ……ぜ?』

 不完全な修理では、ここまでが限界だったらしい。核となっていた混合石が砕け、通信が不可能となった。

「進化……あぁ……はは……見える……見えるよ」

 たまたま見える位置にいたのか、移動したのか……部屋の窓から外を見た先に光が見える。

「あははは……これが美しく愛しいという感情なんだね……ああゼクス、待っていておくれ」

 柱として天にのぼってはいない。ティオに見えたその光は、凶兆の星。

 赤黒く輝くその星は、ティオにとっての希望の星。

 *

 *

 *

 *

「思いの外早かったな」

 侵攻の瞬間を空で眺めていたゼンは、ティオとの通信が終わってすぐ、近くの草原に降り立ち、寝転んで休息をとっていた。

「聖女が死ぬ前に心が死んだか。ま、色恋に不向きだったのは仕方ねぇな」

 新生魔族の侵攻の足音を、大地から背中に感じながらうとうとしていたが、ふっと思い立ち、目を開く。

「派手に壊れるさまを見るのもいいが、絶望に沈む正義を見るのも、良さそうだな」

 ティオは必ず自分の元にくる。その自信があるから、「待っている」と伝えたゼン。
 勇者たちの前から姿を消すのは怪しまれる、それはティオも理解している、すぐには動かないだろう。

 そうなると、ただ待つのも退屈を加速させるだけ……なら、

「『グリゼルダが聖女に執行を下すまで、この世界から俺の姿を視認すること、触れること、ありえるすべての認識を破壊する』……こんなとこか」

 この世界に送り込まれた最初の異物の最期を見届けるのも悪くないだろう、と。

「はっ!笑えるだろ……そうだろ――?」

 希望をもたらす言葉を与え、なにもせず。
 再会を待たず敢えて近づき、傍観する。

 その行為をする事がなにを意味するのか……ゼンに深く重く、積み重なっていく。


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次のエピソードへ進む 59-①.最初の異物は、汚物として


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 各地に散らばった冒険者達は静かに、準備を整える。ギルドからの知らせは夜遅く、月が傾き沈む時半。待ち望んだ知らせに、寝ぼけてなど、いられない。
「それでは……後はよしなに……」
「承知した……ミウ、お前はこっちだ」
「なんで?あにぃ……ミウ、ゼンの所にいくよ?」
「そのゼンの指示だ。私の補佐、戦闘の補助をしろと」
「ん、わかった……ゼンが、そう言ったなら」
 ギルド支部前の道で、アダルヘルムとミウは、クロエとファインと別れる。
「ゼン、こなかったネ?お出かけ中?」
「さぁ……どこにいるのやら……」
「クロエちゃんも知らないの?どゆこと……」
 クスッと笑うクロエに、ファインは動揺する。
「彼はもう、自由……私達も、同じです。さぁ、ファイン?その力を存分に奮ってまいりましょう?」
「ん……う〜ん……まぁ、やる事は変わらないもんネ」
「戦場で出会えたら、きっとその時が最後になるでしょうね」
 ファインの移送法陣に入り、ふたりは町を後にした。
「あにぃ、ミウ……がんばって、守る」
「頼もしいな!だが、無理はするな……私も弱くはない」
「うん、知ってる……ゼンが、気にしたのは……たぶん、別の……ううん、いいや」
「……行こう」
 目を絞るほどの、輝かしい朝日が昇るはずだった。瞬きを1回……景色が変わる。
 突如現れたそれは、嵐が来たかのように、暗く重い雲のように……まずは有翼の魔物が空を埋め尽くしているのが見え、地上を進む魔物達は地を揺らし、咆哮で大気も揺らしていた。
『これが、新生魔族』
 それを見た冒険者達は息を飲み、誰もがそう口にした。震えている者もいた。だがそれは、武者震い。
 己の力をすべてかけ、立ち向かう……ひとりひとりが、勇者になる瞬間。
 *
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 新しくなった王都を囲う外壁。夜勤の騎士団員は、自分の目を擦り、目の前の現実を理解できず、立ち尽くしていた。
「ゆ……め?」
「……違う、違うぞ!!」
「走れ!!知らせるんだ!!」
 彼らは知らない。とはいえ、王都を命懸けで守る事も役目のハズの騎士団が、ここまで驚き乱れるのは、冒険者との覚悟の差もあるだろう。
 知らせが通り、王城内も騒がしくなっていく。
「ん……なに……?」
「緊急事態が起きたみたい……セリハ、準備出来そう?その……体……大丈夫?」
「うん……平気……」
 勇者ソウゴ……その寝室に居たのは聖女セリハ。
 ベッドの上、薄い布で前を隠し、心配そうに髪を撫でるソウゴを愛おしそうに見ている。
 ふたりは結ばれ、熱く甘い夜を過ごしたのは、明らかだった。
「準備はするわ……でも、シャワーは浴びさせて?」
「あ、うん、そ、そうだよね!大丈夫!たぶん僕が行けばいいと思う……ゆっくり、温まってきてセリハ」
「ん……」
 軽く優しく、唇を重ね、セリハは浴室へ入る。
 直後、ノックの音が部屋に響く。
「起きていて良かったよソウゴ!どうやらかなりまずい状況ら……し、い……んだ」
 開かれた扉、招かれたティオ。ソウゴの背後に広がっている、乱れた室内の光景。
 慌てて起きたのなら、ベッドが乱れていても仕方がないだろう。だが、ティオの目に入ってしまったのは、見覚えのある服。
「確かにただ事じゃなさそうだね……すぐにセリハと行くよ!」
「うん……頼むよ」
 クローゼットから上着を取るため、扉から離れたソウゴ。ティオは、動けずボーッと床に落ちている白く美しい衣を見つめている。
 浴室のドアが開き、ふわりと嗅ぎなれた淡い花の香りが鼻をかすめる。白い肌も、形の整った美しい乳房も隠さず……湯で温まった細く可愛らしい腕が、衣を掴んだ。
「……無粋な男」
「っ!」
 ソウゴに聞こえない様に、とても小さな声で言った様だった……けれど、ティオにとっては、脳にも心にも強く刻まれるほどの大きさで響いていた。
「先に……行っているねソウゴ。フォンゼル様にも、伝えておくよ」
「助かるよティオ!」
 バタンッと扉を閉め、ひとつ。
 一歩進むごとに、ひとつ。
 息をすると、更にそれが重なっていく。
 ぷつりとなにかが、体の中で弾け切れる音がした。
「ゼクス……どうしよう……僕……」
 息がなぜだか荒くなる。
「僕は、もう……彼女も勇者も……」
 慌ただしく廊下を行き交う騎士団員がいる中、立ち止まってしまったティオ。
「守れる自信が……なくなってしまったみたいだ」
 曇りがかり、失いかけていたものをすべて闇に落としてしまったティオの目から、光が消える。残ったのは、静かに燻っていた本心の再熱。
 近くにあった小さな扉の中に入り、懐から通信用の魔道具を取り出し起動した。
「やあゼクス、久しぶりだね……?」
 それは、ハーフェンでソウゴが拾ったゼンの置土産。旅の途中、荷物の整理中に見つけ、念の為とソウゴから修理を任されていた物だ。
 ギルドの技術で作られた物、その複雑な構造は普通の鍛冶屋では完璧に直すことは叶わなかった。
『よおティオ、どうした』
 雑音の後、聞こえた声に瞳を潤ませた。
「やっぱり僕は強くはなれなかったみたいだよ……ねぇ、どこにいるんだいゼクス……君の元へ行かせておくれ」
『……なさけねぇ声だな?とうとうフラれたか?』
「ははっ!お見通しなんだろうゼクス……えぐらないでくれたまえ」
『確認しねぇとわからねぇからな?悪いが正しい位置は教えようがないな、飛び回って忙しい』
 王都がこの状態であるのなら、ギルド側も落ち着いているわけがない。
『だか、そうだな?お前の力で見つけたらいいんじゃねぇか?』
「冗談が過ぎるよゼン、君のことは見えない」
『見えなかったから今も見えない?お前の進化はそんなもんか?試してみろよ』
 自分の力は進化する……ティオ自身が口にしたこと。今までに感じ取れた力の変化の傾向、それは思い。本心から来る成長、進化。
『……待っ……ぜ?』
 不完全な修理では、ここまでが限界だったらしい。核となっていた混合石が砕け、通信が不可能となった。
「進化……あぁ……はは……見える……見えるよ」
 たまたま見える位置にいたのか、移動したのか……部屋の窓から外を見た先に光が見える。
「あははは……これが美しく愛しいという感情なんだね……ああゼクス、待っていておくれ」
 柱として天にのぼってはいない。ティオに見えたその光は、凶兆の星。
 赤黒く輝くその星は、ティオにとっての希望の星。
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「思いの外早かったな」
 侵攻の瞬間を空で眺めていたゼンは、ティオとの通信が終わってすぐ、近くの草原に降り立ち、寝転んで休息をとっていた。
「聖女が死ぬ前に心が死んだか。ま、色恋に不向きだったのは仕方ねぇな」
 新生魔族の侵攻の足音を、大地から背中に感じながらうとうとしていたが、ふっと思い立ち、目を開く。
「派手に壊れるさまを見るのもいいが、絶望に沈む正義を見るのも、良さそうだな」
 ティオは必ず自分の元にくる。その自信があるから、「待っている」と伝えたゼン。
 勇者たちの前から姿を消すのは怪しまれる、それはティオも理解している、すぐには動かないだろう。
 そうなると、ただ待つのも退屈を加速させるだけ……なら、
「『グリゼルダが聖女に執行を下すまで、この世界から俺の姿を視認すること、触れること、ありえるすべての認識を破壊する』……こんなとこか」
 この世界に送り込まれた最初の異物の最期を見届けるのも悪くないだろう、と。
「はっ!笑えるだろ……そうだろ――?」
 希望をもたらす言葉を与え、なにもせず。
 再会を待たず敢えて近づき、傍観する。
 その行為をする事がなにを意味するのか……ゼンに深く重く、積み重なっていく。