57.命の在り処を、握るモノ
ー/ー 地上が見えなくなる程のはるか上空、空にある世界の果てにゼンはいた。
「よっ、と」
重力を無視し、果てに直接足をつけ、逆さまになった世界を見下ろす。吹き抜ける先がない風が乱暴にゼンの髪を揺らし、ピタリと止まった。
「いい風だったのに邪魔するなよグリゼルダ」
空間にひとすじ……瞼を見開く様に、クパッと開かれたドラゴンの眼からグリゼルダが現れる。
「ゼン、魔力を持たぬくせに感知したのか?どうなっている?」
「魔力なんかで俺はお前ら魔族を感じとってねぇの。で?なにしにきた」
「相変わらず意味の分からぬ奴よ……はぁ……ただの気まぐれよ」
コンコンと空の果てを軽く叩き、眉をひそめる。
「つくづく愚かだと思い知らされる。この世界の人間を滅ぼし、世界を我らのものにと息巻いていたことがな」
「それがお前らの性だから仕方ねぇさ。知ったら知ったで、楽しく暴れまくればいいだけ。単純になって良かったろ?」
「遠慮することも出し惜しみも必要ないと言うのは、確かに面白いが……愛を知ってしまった私には少々酷だ」
ギュッと自分の胸に手を当てるグリゼルダ。それを見てケラケラ笑い出すゼン。
「わ、笑うとは!!無礼が過ぎるぞゼン!」
「はっ!安心しろグリゼルダ。生きる道を残してやる事は俺には出来ねぇが、死を共に迎える手伝いくらいはしてやれる」
「なに……?」
ゼンが指差した先。はっきりとした形は確認できないものの、魔族特有の魔力の歪が、はるか遠くの南から、王都に向かっているのを確認できた。
「う……美しくない……」
「お前の新生魔族の一個体から生まれたもんなのに酷いこと言うのな?」
「元はそうでも今は違うだろう?あんなデタラメに……」
「なら、あれはお前にとっても敵でいいか?」
「敵とまではさすがに……しかし、我が眷属と同じものとしてやるのは認め難い」
ゼンの口角がクッと上がる。
「最終確認だグリゼルダ。お前たち新生魔族とやらは思い描くように世界を壊し、聖女を殺す……それだけのシナリオと演出じゃ俺は満足しねぇ」
「はぁ?お前の喜びなぞ私には関係ないぞ」
ムスッと不機嫌になり、ゼンを睨みつけるグリゼルダ。
「まぁ聞け。お前のその愛とやらに応えたいやつってのが俺の親友でな?グリゼルダ、お前を憎しみの的として手を下したくねぇってことで、さっきのアレの殲滅を……最終目標にすんだよ」
ハッとして、モジモジと……女の顔をするグリゼルダ。
「幸い、人間共はお前の存在を知らない。新生魔族と一緒に現れるあいつが親玉だと錯覚するだろうよ。お前はそのドサクサで聖女殺しをすればいいだろ?」
「簡単に、言ってくれるが……わるくはない、か」
言いくるめられている感覚を覚えながらも、その方法であればゼンの望みの執行前に、別の行動が取れると納得しかけるグリゼルダ。
「お前らを利用することへの、俺なりの借りの返し方だ。これが終わっても笑って顔を突き合わせることはねぇからな、素直に受け取れよ?ああ、だが、俺は導かねぇからなテメェで探せ」
「お互いに、どんな状態であっても……と?」
「ガチガチの、ノンフィクションの茶番だぜ?アダルヘルムがくたばってても責任なんか取れるかよ」
パンッ!と、ゼンの頬が弛むほどの強さで、グリゼルダに平手打ちされた。
「上げたり落としたり、貴様……私たちを振り回して、やれああしろこうしろと……自分勝手が過ぎる!」
「そりゃそうさ、この世界は、俺が自由にしていい世界だからな」
「神にでも……なったつもりかっ!」
嫌がらせのつもりもあったのだろう。だが、その言葉は、もう、ゼンにとっては、ただの褒め言葉。
「今さらなに言ってる?アダルヘルムを盾に理由つけちゃいるが、結局お前らも俺の力で『破壊』されるのがこえーから俺の言ったことに素直に従ってんだろ?魔族のクセに愛を知っただ?……頭の中沸いてんのかグリゼルダよお?お前こそ、人間にでもなったつもりかぁ?」
「ゼ……っ」
魔力ではない。なにか分からない。声を出すことが出来ない、『破壊』の重圧。
「愛を知った魔族の最期を、こうしてわざわざ啓示してやってるんだ……素直に、従えよ…………なぁ?」
無意識に退路を作っていた。
「明朝だ、抜かるな」
「……っ!!」
逃げるように、ドラゴンの眼に吸い込まれ消えるグリゼルダ。示された啓示、時間の約束……返事は無かった。
「はぁ」
己の中の箍……少しずつ外されていくよう『破壊』を条件付けたゼン。
「胸糞悪さと快感が交じって気持ちわりぃ」
果てを蹴り、目を閉じ、地上に落下していく。
「クックックッ!お前の為にと嘘をつき、お前の嘘で殺したミライの宝物が『破壊』される様を指くわえてみてろよ?その顔、見に行ってやるからなぁ」
地面スレスレで止まったゼンは地上に降り立ち、歩みを残した空の果てを、見て笑った。
*
*
*
*
「アデル、おいで」
魔界に帰還したグリゼルダは我が子を抱く。
「震えています……どうされたのですか?」
「思いを馳せることに恐怖を感じてしまったの……大丈夫、あなたの温もりがあればすぐにおさまるわ」
猫を吸うかのように、柔らかいアデル王子の髪に顔をうずめ、落ち着くのをまった。
「ね、アデル……あなたはどうするつもりなの?」
「僕は、ここで帰りを待ちます」
「う〜そ」
「い、いひゃいでふ!」
アデル王子のほっぺたをモニモニと引っ張るグリゼルダ。
「あなたのお母さんは、あなたの変化に気付けないほど、あなたをみていないはずがないでしょ?」
「ぅ……そう、ですよね」
「ふふふふ!ね、みせて?」
グリゼルダの膝からトンッと飛び、シュルシュルと音を立てながら姿を変えていく。
「私達、魔族だもの……適齢に成長して維持するなんて簡単……あら……思った通りに男前」
「母様の愛する方の血を受け継いでいますから……」
「顔は確かに小さくても面影はあったけど……体つきまで合わせなくてもいいんじゃない?」
「それはミウさんが父様に懐いていらっしゃるので、魔族の僕でも怖がらせないようにとおも……あっ」
ニマニマとするグリゼルダの視線が刺さり、アデル王子はハッとした。うっかり、言葉にしてしまっていたことに気付き、顔を手で覆ったが耳まで真っ赤になっている。
「アデル、あなたも愛を知ってしまった、のね〜?」
「か、母様の知る様な愛では!僕の一方的な思いです……けど」
ふうっと気を取り直し、真剣な顔で自分が本当にしたいことを告げる。
「この戦いの意味が終わりであるとしても、僕はミウさんを守る為に……魔族としての行動をするつもりはありません……ごめんなさい、母様」
柔らかく、ふわりとした優しげな笑みを浮かべ、アデル王子の頭を撫でるグリゼルダ。
「たぶん、ゼンさんはクロエさんと行動し、ファイン叔父様はふたりに付いていくはず。残されたミウさんをひとりにすることは無いはずなので、父様と行動を共にさせるでしょう」
「わかったわ、アデル。あなたが思うように、あなたの大事なものを守りなさい……でも、そうね……最期は家族で迎えられたら嬉しいわね?」
少し悲しげに、親子は笑い合う。
「……教えてあげない、これくらいの意地悪はさせてもらうからな、ゼン」
「母様?」
「なんでもな〜い!……人の様な魔族、魔族の様な人……色々な命の形があるものね」
「それなら……らしくありましょう、母様」
例えそれが、ゼンに言われた通りの行動のうえに成り立つものになるとしても。
複雑な心境に変わりはない。
だが、なにもせずに溶かされる命ではないことを示す……それは愛を知ってもなお、魔族としてこの世界で生きた証を残す為の、唯一のやり方。
「……予定通り侵攻を開始する!」
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