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第36話【反逆編】レベル99のステータスが「0」になった日『痛みだけは私のもの』

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第36話【反逆編】レベル99のステータスが「0」になった日『痛みだけは私のもの』


……………………。


​魔王城を飲み込んだノイズが去った後、そこには〝静寂〟だけが残っていた。

かつて極彩色の光を放っていたステンドグラスはひび割れたガラスに。
黄金に輝いていた聖剣ガイアセイバーは、錆の浮いた重い鉄の塊に。
そして、勇者としての圧倒的な魔力も、アレスの放つ紫の雷も、すべてが幻だったかのように消え去っていた。

「……おい、アレス。いつまで泣いてやがんだ。湿っぽくて風邪引くだろうが」

「……テラ。君は、平気なのか。すべてを奪われ……魔剣も聖剣も、魔王様も……。これから、どうすればいいんだ……」

「怖ぇに決まってんだろ。だがな……」

​テラは床のガイアセイバーを拾い上げた。魔力が宿っていた頃は羽のように軽かった。それが、今はただの鈍重な鉄の塊だ。

「あいつらに勝手に〝強制終了(シャットダウン)〟されたことが、何よりムカつくんだよ」

テラはそれを背中の布袋に無理やり押し込み、ヒモで固く縛り付けた。



​エントランスホールまで降りてくると、そこにはさらなる絶望が待っていた。
カペラや幹部、城の魔物たちが、全員が人形と化して立ち尽くしていたのだ。
魔族だけではない。ホールに横付けされていた、あのお馴染みの馬車までもが色彩を失い、無機質な灰色の置物へと変わり果てていた。

「……おい、ウソだろ?こいつまでかよ……」

​テラが馬車の車輪に触れる。だが、そこにあるのは使い込まれた木の温もりではなく、冷たく硬い、ただの〝データの残骸〟というべき質感だった。

「そんな……。馬も、荷台も……まるで最初から命なんてなかったみたいに……」

​そこへ、地下のティータイム会場にいた少女たちを引き連れて、一人の女の子が瓦礫を掻き分けて現れた。
ボクっ娘の発明家、メルクリアだ。

「……あーあ。せっかくボクが調整してあげた魔力回路も、全部お釈迦か」

​彼女はもともと地下の少女たちと一緒に連れてこられた被害者の一人だった。
しかし、お菓子やドレスよりも発明に没頭したがり、魔王に頼み込んで専用の研究室を作ってもらっていたのだ。
彼女は人間であるため、システムの強制終了の影響を全く受けていなかった。

「アレス、それに勇者たち。のんきに突っ立ってる場合じゃないよ。ほら、これを見て」

​メルクリアが差し出した携帯端末には、政府の緊急放送が映し出されていた。

『市民諸君。勇者テラは魔王と結託し、少女たちを虐殺した大罪人である。我々は新たな希望――真勇者ウラヌスを擁立した』

​画面には、長い紫の髪を背後で一つに結い、まるで氷細工のような美しい顔に、機械的な微笑を浮かべた白い軍服の男・ウラヌスがいた。

「嘘……!私たち、殺されたことになってるの!?」

「ケッ、死人に口なしってか。……メルクリア、お前の発明品は無事なのか?」

「ボクのは〝魔法(データ)〟じゃなくて〝物理法則〟で作ってるからね。政府の干渉は受けないよ。それより、来たみたいだ」

​正門から無機質な機械音が響いた。政府軍の魔導歩兵部隊だ。

「ちょうどいいストレス解消だ!ぶっ飛ばしてやる!」

​テラはいつもの調子で、背中のガイアセイバーを引き抜き、先頭の兵士へ向かって跳躍した。
アレスもまた、サタンブレイドを構え、いつものように紫の雷を放とうと地を蹴る。

「いくぜ!テラ・クラァァァッシュ!!」

「深淵断罪(アビス・ブレイク)!!」

​――ガキンッ!!

​鈍い、ただの金属音が響いた。かつてなら障壁ごと粉砕していた一撃は、兵士の盾に傷一つ付けることができず、逆にテラの手首に強烈な反動が走った。

「……え?あ、痛っ……!?」

「雷が出ない……!?ぐあぁっ!!」

​アレスが放つはずだった雷は一滴も現れず、逆に兵士の放った魔導衝撃波をモロに喰らい、壁まで吹き飛ばされた。
テラもまた、兵士のカウンターの蹴りを腹に食らい、無様に床を転がる。

「ごほっ……!な、なんだよこれ……全然、力が入らねえ……!」

​震える手でガイアセイバーを握り直すが、剣は重く、冷たく、何の反応もない。
ただの人間になった現実を突きつけられ、テラは悔しさに唇を噛み切り、アレスは自分の無力さに拳を震わせた。

「二人とも、下がって!発明その33!〝陽光収束(サンライト・サンブリンガー)〟!」

​メルクリアが背負ったパラボラ装置から、物理的な熱線が放たれ、兵士たちの胸部装甲を真っ赤に加熱し、内部の電子基板を焼き切った。

「ぐわぁぁぁッ!?」

「ひ、火だ!魔法障壁を透過してくるぞ!」

​物理的な熱エネルギーという、政府の防衛アルゴリズムが想定していない原始的な攻撃に、完璧だったはずの包囲網が乱れる。

「今だ!テラ、アレス!ぼさっとしてないで行って!」

​メルクリアは小柄な体で重いバックパックを揺らしながら、エントランスの脇にある隠し通路を指さした。

「……ああ。くそっ!」

​テラは地を這うようにして立ち上がり、傍らに転がっていたガイアセイバーを掴んだ。
だが、その指先に伝わるのは、以前のような魂の共鳴ではない。
ただの冷たく、無機質な〝重り〟の感触だ。

「動け……!動けって言ってんだろ、ガイアセイバー!!」

​テラは、自分のあまりの力の無さに愕然としていた。
かつて魔導歩兵の群れをゴミのように蹴散らした力は完全に消えていた。

「テラ、感傷に浸ってる暇はないよ!早く地下のあの子たちを連れ戻さないと、城ごと消去(デリート)される!」

「……分かってらぁ!アレス、いつまで死体みたいなツラしてやがる、行くぞ!セレネ、女の子たちもだ!」

​少女たちはテラを見て救いの手を求めるが、テラの表情は以前の余裕とは程遠かった。

「……死にたくなかったら、今すぐ私らに付いてきな!お前らが信じてた〝政府の約束〟は、今さっき強制終了(シャットダウン)されたんだ!」

「嘘よ!お父様たちが助けてくれるって……」

「……誰も来ない。君たちは、もう死んだことにされているんだ……政府の放送でな」

​アレスの冷たく、そして悲しみに満ちた言葉に、少女たちは絶望に凍り付いた。
だが、テラが彼女たちの手をごわごわした手のひらで強く掴み、無理やり立たせる。

「泣くのは後だ。生き残って、あいつらのツラに紅茶ぶっかけてやりたいだろ?行くぞ!!」

「ボクに付いてきて!」

​兵士たちが消火活動している間に、一行はメルクリアの案内で、城の最深部、下水路に直結した秘密の格納庫へと辿り張った。そこにあったのは、この魔法文明の世界には不似合いな、黒鉄の塊。潜水艦のような形の〝蒸気駆動脱出ポッド〟だ。

「……なんだよこれ。魔王の野郎、こんなもん隠し持ってやがったのか?」

「隠してたわけじゃないよ。……実はアレスが魔王城に来たばかりの頃、魔王様に直接こう命じられたんだ」

〝――魔法も、魔力も、理屈も通じない日が来たときのために、ただの火力だけで動く脱出用の乗り物を作れ〟

「僕が来た頃から……?」

「……うん」

「じゃあ、魔王様は最初から予見していたというのか。いつか、自分たちもろともこの世界が〝強制終了〟されることを……」

​アレスは、人形となって動かなくなった魔王ユピテルの、あの寂しげな微笑みを思い出していた。
魔王は〝悪役〟を演じながら、いつか来る破滅の日に、未来を託す者たちが生き延びるための物理的な出口を密かに準備させていたのだ。

「さあ、みんな中に入って!ボイラーの火はもう回ってる。物理的な熱膨張こそが、この世界で唯一政府が干渉できない〝真実のエネルギー〟なんだ!」

​メルクリアがハッチをこじ開け、少女たちを次々と中に押し込む。
テラは重いガイアセイバーを最後に放り込み、自分も滑り込んだ。直後、格納庫の天井がノイズと共に消滅し、政府軍の魔導レーザーが降り注ぐ。

「発進!!」

​――ゴォォォォォォンッ!!

​凄まじい振動と共に、ポッドは石炭の黒煙を吹き上げながら爆走し始めた。
魔法的な加速ではない、ピストンがシリンダーを叩く荒々しい物理的な震動だ。

「……僕たちは、本当に〝ただの人間〟になってしまったんだな……」

「ああ、そうだ。魔法もスキルもねえ。……だがな、アレス。ぶん殴られた時の〝痛み〟だけは、政府のデータじゃねえ。……本物の、私らのもんだ」

​少女たちは叫び声を上げ、テラとアレスはポッドの壁に叩きつけられながら、消えゆく魔王城の影を小窓から見つめていた。






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第36話【反逆編】レベル99のステータスが「0」になった日『痛みだけは私のもの』
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​魔王城を飲み込んだノイズが去った後、そこには〝静寂〟だけが残っていた。
かつて極彩色の光を放っていたステンドグラスはひび割れたガラスに。
黄金に輝いていた聖剣ガイアセイバーは、錆の浮いた重い鉄の塊に。
そして、勇者としての圧倒的な魔力も、アレスの放つ紫の雷も、すべてが幻だったかのように消え去っていた。
「……おい、アレス。いつまで泣いてやがんだ。湿っぽくて風邪引くだろうが」
「……テラ。君は、平気なのか。すべてを奪われ……魔剣も聖剣も、魔王様も……。これから、どうすればいいんだ……」
「怖ぇに決まってんだろ。だがな……」
​テラは床のガイアセイバーを拾い上げた。魔力が宿っていた頃は羽のように軽かった。それが、今はただの鈍重な鉄の塊だ。
「あいつらに勝手に〝強制終了(シャットダウン)〟されたことが、何よりムカつくんだよ」
テラはそれを背中の布袋に無理やり押し込み、ヒモで固く縛り付けた。
​エントランスホールまで降りてくると、そこにはさらなる絶望が待っていた。
カペラや幹部、城の魔物たちが、全員が人形と化して立ち尽くしていたのだ。
魔族だけではない。ホールに横付けされていた、あのお馴染みの馬車までもが色彩を失い、無機質な灰色の置物へと変わり果てていた。
「……おい、ウソだろ?こいつまでかよ……」
​テラが馬車の車輪に触れる。だが、そこにあるのは使い込まれた木の温もりではなく、冷たく硬い、ただの〝データの残骸〟というべき質感だった。
「そんな……。馬も、荷台も……まるで最初から命なんてなかったみたいに……」
​そこへ、地下のティータイム会場にいた少女たちを引き連れて、一人の女の子が瓦礫を掻き分けて現れた。
ボクっ娘の発明家、メルクリアだ。
「……あーあ。せっかくボクが調整してあげた魔力回路も、全部お釈迦か」
​彼女はもともと地下の少女たちと一緒に連れてこられた被害者の一人だった。
しかし、お菓子やドレスよりも発明に没頭したがり、魔王に頼み込んで専用の研究室を作ってもらっていたのだ。
彼女は人間であるため、システムの強制終了の影響を全く受けていなかった。
「アレス、それに勇者たち。のんきに突っ立ってる場合じゃないよ。ほら、これを見て」
​メルクリアが差し出した携帯端末には、政府の緊急放送が映し出されていた。
『市民諸君。勇者テラは魔王と結託し、少女たちを虐殺した大罪人である。我々は新たな希望――真勇者ウラヌスを擁立した』
​画面には、長い紫の髪を背後で一つに結い、まるで氷細工のような美しい顔に、機械的な微笑を浮かべた白い軍服の男・ウラヌスがいた。
「嘘……!私たち、殺されたことになってるの!?」
「ケッ、死人に口なしってか。……メルクリア、お前の発明品は無事なのか?」
「ボクのは〝魔法(データ)〟じゃなくて〝物理法則〟で作ってるからね。政府の干渉は受けないよ。それより、来たみたいだ」
​正門から無機質な機械音が響いた。政府軍の魔導歩兵部隊だ。
「ちょうどいいストレス解消だ!ぶっ飛ばしてやる!」
​テラはいつもの調子で、背中のガイアセイバーを引き抜き、先頭の兵士へ向かって跳躍した。
アレスもまた、サタンブレイドを構え、いつものように紫の雷を放とうと地を蹴る。
「いくぜ!テラ・クラァァァッシュ!!」
「深淵断罪(アビス・ブレイク)!!」
​――ガキンッ!!
​鈍い、ただの金属音が響いた。かつてなら障壁ごと粉砕していた一撃は、兵士の盾に傷一つ付けることができず、逆にテラの手首に強烈な反動が走った。
「……え?あ、痛っ……!?」
「雷が出ない……!?ぐあぁっ!!」
​アレスが放つはずだった雷は一滴も現れず、逆に兵士の放った魔導衝撃波をモロに喰らい、壁まで吹き飛ばされた。
テラもまた、兵士のカウンターの蹴りを腹に食らい、無様に床を転がる。
「ごほっ……!な、なんだよこれ……全然、力が入らねえ……!」
​震える手でガイアセイバーを握り直すが、剣は重く、冷たく、何の反応もない。
ただの人間になった現実を突きつけられ、テラは悔しさに唇を噛み切り、アレスは自分の無力さに拳を震わせた。
「二人とも、下がって!発明その33!〝陽光収束(サンライト・サンブリンガー)〟!」
​メルクリアが背負ったパラボラ装置から、物理的な熱線が放たれ、兵士たちの胸部装甲を真っ赤に加熱し、内部の電子基板を焼き切った。

「ぐわぁぁぁッ!?」
「ひ、火だ!魔法障壁を透過してくるぞ!」
​物理的な熱エネルギーという、政府の防衛アルゴリズムが想定していない原始的な攻撃に、完璧だったはずの包囲網が乱れる。
「今だ!テラ、アレス!ぼさっとしてないで行って!」
​メルクリアは小柄な体で重いバックパックを揺らしながら、エントランスの脇にある隠し通路を指さした。
「……ああ。くそっ!」
​テラは地を這うようにして立ち上がり、傍らに転がっていたガイアセイバーを掴んだ。
だが、その指先に伝わるのは、以前のような魂の共鳴ではない。
ただの冷たく、無機質な〝重り〟の感触だ。
「動け……!動けって言ってんだろ、ガイアセイバー!!」
​テラは、自分のあまりの力の無さに愕然としていた。
かつて魔導歩兵の群れをゴミのように蹴散らした力は完全に消えていた。
「テラ、感傷に浸ってる暇はないよ!早く地下のあの子たちを連れ戻さないと、城ごと消去(デリート)される!」
「……分かってらぁ!アレス、いつまで死体みたいなツラしてやがる、行くぞ!セレネ、女の子たちもだ!」
​少女たちはテラを見て救いの手を求めるが、テラの表情は以前の余裕とは程遠かった。
「……死にたくなかったら、今すぐ私らに付いてきな!お前らが信じてた〝政府の約束〟は、今さっき強制終了(シャットダウン)されたんだ!」
「嘘よ!お父様たちが助けてくれるって……」
「……誰も来ない。君たちは、もう死んだことにされているんだ……政府の放送でな」
​アレスの冷たく、そして悲しみに満ちた言葉に、少女たちは絶望に凍り付いた。
だが、テラが彼女たちの手をごわごわした手のひらで強く掴み、無理やり立たせる。
「泣くのは後だ。生き残って、あいつらのツラに紅茶ぶっかけてやりたいだろ?行くぞ!!」
「ボクに付いてきて!」
​兵士たちが消火活動している間に、一行はメルクリアの案内で、城の最深部、下水路に直結した秘密の格納庫へと辿り張った。そこにあったのは、この魔法文明の世界には不似合いな、黒鉄の塊。潜水艦のような形の〝蒸気駆動脱出ポッド〟だ。
「……なんだよこれ。魔王の野郎、こんなもん隠し持ってやがったのか?」
「隠してたわけじゃないよ。……実はアレスが魔王城に来たばかりの頃、魔王様に直接こう命じられたんだ」
〝――魔法も、魔力も、理屈も通じない日が来たときのために、ただの火力だけで動く脱出用の乗り物を作れ〟
「僕が来た頃から……?」
「……うん」
「じゃあ、魔王様は最初から予見していたというのか。いつか、自分たちもろともこの世界が〝強制終了〟されることを……」
​アレスは、人形となって動かなくなった魔王ユピテルの、あの寂しげな微笑みを思い出していた。
魔王は〝悪役〟を演じながら、いつか来る破滅の日に、未来を託す者たちが生き延びるための物理的な出口を密かに準備させていたのだ。

「さあ、みんな中に入って!ボイラーの火はもう回ってる。物理的な熱膨張こそが、この世界で唯一政府が干渉できない〝真実のエネルギー〟なんだ!」
​メルクリアがハッチをこじ開け、少女たちを次々と中に押し込む。
テラは重いガイアセイバーを最後に放り込み、自分も滑り込んだ。直後、格納庫の天井がノイズと共に消滅し、政府軍の魔導レーザーが降り注ぐ。
「発進!!」
​――ゴォォォォォォンッ!!
​凄まじい振動と共に、ポッドは石炭の黒煙を吹き上げながら爆走し始めた。
魔法的な加速ではない、ピストンがシリンダーを叩く荒々しい物理的な震動だ。
「……僕たちは、本当に〝ただの人間〟になってしまったんだな……」
「ああ、そうだ。魔法もスキルもねえ。……だがな、アレス。ぶん殴られた時の〝痛み〟だけは、政府のデータじゃねえ。……本物の、私らのもんだ」
​少女たちは叫び声を上げ、テラとアレスはポッドの壁に叩きつけられながら、消えゆく魔王城の影を小窓から見つめていた。