急速冷凍ダンジョン ~転生してもグラタンは冷たいままでした~
ー/ー# 急速冷凍ダンジョン ~転生してもグラタンは冷たいままでした~
## 第一章 突然の転生
キキーーーーーー!!! ドン!!!
私は死んだ(唐突)。
薄れゆく意識の中で、明日のプレゼン、新商品の冷凍グラタンのことだけが頭の中を駆け巡っていた。
***
目を開けると、そこは青空だった。
雲ひとつない、抜けるような青。都心の排気ガスで曇った空とはまるで違う、透明感のある蒼穹が視界いっぱいに広がっていた。
「…え?」
私は勢いよく上体を起こした。
見渡す限りの草原。風に揺れる緑の絨毯。遠くには雪を頂いた山脈が連なり、その麓には針葉樹の森が広がっている。空気が冷たくて清々しい。鳥のさえずりが聞こえる。
「ここ…どこ?」
立ち上がると、膝についた草をパンパンと払った。そばにあったビジネスバッグを拾い上げる。
「もしかして転生…したのか?」
呆然としながら周囲を見回す。草原の向こうに街道らしき道が見える。とりあえず、あの道を辿れば人里に出られるかもしれない。
***
一時間ほど歩いただろうか。ふと前方に人影を見つけた。
近づいてみると、それは一人の少女だった。
銀色の長い髪が風になびいている。透けるような白い肌。華奢な体つきだが、纏っている深紅のローブには格式の高さを感じさせる刺繍が施されている。そして何より印象的なのは、その瞳だった。氷のように澄んだ青。でも冷たいわけではなく、深い知性と──どこか遠くを見つめているような、超然とした雰囲気を湛えている。
「あの…すみません」
声をかけると、少女はゆっくりと振り向いた。
「…はい?」
落ち着いた声。年齢は十代半ば、といったところだろうか。だが、その佇まいには不思議な成熟さがあった。
「道に迷ってしまいまして…この先に街はありますでしょうか?」
「ええ、この街道を半日ほど進めば、北風の街がありますわ」
半日!? それは遠い。
私の困惑した表情を読み取ったのか、少女は小首を傾げた。
「盗賊に襲われたのですか?」
「ええと、その…事情があって…」
どう説明したものか。「実はトラックに轢かれて異世界転生しました」なんて言ったら、頭がおかしいと思われるだろう。
「私も街に用があるので、ご一緒にいかがですか?」
「あ、ありがとうございます!助かります!」
私は頭を下げた。
「あ、自己紹介が遅れました」
反射的に、私はビジネスバッグから名刺入れを取り出していた。
「わたくし、株式会社南極冷凍、商品企画・マーケティング部の倉田と申します」
パチンと名刺入れを開き、一枚取り出して両手で差し出す。完璧な名刺交換の所作。
少女は目を丸くして、その白い紙片を見つめた。
「…なんですか、そのお札は?」
我に返った。そうだ、ここは異世界だ。名刺なんて文化があるわけがない。社会人の癖とは恐ろしい。
「えと…その、故郷の習慣と言いますか」
誤魔化すように笑う私に、少女は小さく頷いた。
「そうなんですね。私はヴェルザード。ヴェルザード・シルヴァリスです」
そう言って、彼女は歩き出した。私も慌てて後を追う。
## 第二章 氷の洞窟と冒険者たち
北風の街は、想像以上に活気に満ちていた。
石畳の大通りには露店が立ち並び、行き交う人々の喧騒が絶えない。だが、よく見るとその大半は──武器を携えた冒険者たちだった。
「すごい熱気ですね」
私は思わず呟いた。剣を背負った戦士、杖を持った魔法使い、弓を担いだ狩人。まるでゲームの世界に迷い込んだようだ。
「みんな、この先にある氷の洞窟を目指している冒険者たちね」
ヴェルザードが淡々と説明する。
「氷の洞窟?」
「ええ。この世のものとは思えない不思議な食べ物が多数発掘されるの。とても高く売れるわ」
「食べ物を…発掘?」
私は眉をひそめた。食べ物を発掘?まるで考古学の遺跡みたいな言い方だ。
「そうよ。氷漬けになっている食べ物。古代文明の遺産だと言われているわ」
ヴェルザードは街道の奥を指差した。そこには雪を頂いた山脈が見える。
「あの山の麓に、巨大な氷の洞窟があるの。そこは数百年前に発見された古代のダンジョンで、氷の中から時折、不思議な食べ物が見つかるのよ」
「氷の中から…食べ物」
その時、私の脳裏に一つの可能性が閃いた。
「その食べ物って、具体的にどんなものなんですか?」
「私も実物を見たことがあるけれど…不思議な形をした茶色い塊だったり、謎の液体が入った袋だったり。温めて食べてみると、信じられないほど美味しいのよ」
まさか…冷凍食品?でも、なぜこの異世界に冷凍食品が?
「あのう、ヴェルザードさん。私もその洞窟に行ってみたいんですが」
「あら、興味があるの?」
「はい。というか…その氷漬けの食べ物を見てみたいんです」
ヴェルザードの青い瞳が、わずかに輝いた。
「それなら一緒に行きましょう。私も、その洞窟に用があるから」
***
氷の洞窟までは、街から馬車で二時間ほどだった。
洞窟の入り口は巨大な氷の壁に覆われ、その表面は青白く光っている。神秘的で、どこか不気味な雰囲気だ。
入り口付近には簡易テントが張られ、冒険者たちが装備を確認したり、地図を広げて作戦会議をしたりしている。
「おい、今回は深層まで行くのか?」
「ああ。浅い階層の獲物はもう取り尽くされてる。今は最低でも第五層まで潜らないと、まともな収穫はないぞ」
「第五層か…あそこは魔物も強いからな。慎重にいかないと」
冒険者たちの会話が聞こえてくる。私たちも準備を整えて、洞窟の中へと足を踏み入れた。
内部は予想以上に広かった。天井は高く、氷でできた柱が幾何学的な美しさで立ち並んでいる。足元は滑りやすいが、所々に岩が露出していて、なんとか歩ける。
通路を進むと、先行している別の冒険者グループに追いついた。彼らは足を止めて、何やら議論している。
「なあ、この先で野営するとして…夕飯どうする?」
「乾パンと干し肉しか持ってきてねえよ」
「洞窟では火が使えないからな。だから嫌なんだよ」
私は耳をそばだてた。火が使えない?
「すみません」
思わず声をかけると、彼らが振り向いた。
「なんだ?」
「さっき、火が使えないって言ってましたけど…どういうことですか?」
屈強な戦士風の男が、得意気に答えた。
「知らんのか?洞窟で火を使うと息が苦しくなるんだぞ。最悪、死ぬ」
別の男が補足する。
「それに、いきなり爆発することもあるんだぜ?」
「あと、洞窟の氷が溶けて崩れる」
「だから絶対に火は使うな。焚火なんてもってのほか。松明だって使えないんだ」
なるほど、それでこの洞窟は松明ではなく、魔法の明かりで照らされているのか。確かに、天井から青白い光球が浮かんでいる。
「でも、それじゃあ調理ができないじゃないですか」
「当たり前だ馬鹿。携帯食料だけで済ませるに決まっているだろ。まあ本当は、俺達だってここで採れる食料を温めて食いたいんだがな」
「凍ったままじゃ、食えたもんじゃないしな」
彼らは肩をすくめて、奥へと消えていった。
## 第三章 思いもよらぬ方法
洞窟の深層へ進むにつれ、気温はさらに下がっていった。
息が白く凍る。指先の感覚が鈍くなってくる。ヴェルザードは相変わらず平然としているが、私はもう限界だった。
「ヴェルザードさん…そろそろ休憩しませんか?」
周囲を見渡すと、先ほどまで見かけた冒険者たちはいなくなっていた。
装備が不十分だったり、食料が尽きたり、寒さに耐えられなくなったりで次々と帰っていったのだ。
「遂に、洞窟に残っているのは私たちだけみたいですね」
「ええ。静かでいいわ」
ヴェルザードは氷の壁に手を触れ、何かを確認するように目を閉じた。
「この先に、少し広い空間があるわ。そこで休みましょう」
言われた通りに進むと、確かに広間のような場所に出た。天井は高く、氷の柱が幻想的な光を放っている。
「それに、用意していた携帯食料も底を尽きそうです。私たちもそろそろ戻らないと…」
「心配はいらないわ」
ヴェルザードは周りに埋まっている冷凍食品を拾い上げた。カチカチに凍った、正方形の塊。包装にはイラストが描かれている──どう見ても、うどんだ。
「冷凍うどん!?」
「冷凍…うどん?変わった名前ね」
「でも、これ、どうやって食べるんですか?火は使えないんですよね?」
「方法ならあるわよ」
ヴェルザードは冷凍うどんを氷の台の上に置き、その上に手をかざした。
すると──。
ジュワァァァァ…
氷の台の表面が、突然、沸騰し始めた。グツグツという音が響き、湯気が立ち上る。
「すごい!火をおこしていないのにどうして!?」
私は目を見開いた。これは明らかに、普通の魔法ではない。
「火を使わなくても、水を揺らせば加熱することは簡単よ」
「水を…揺らす?」
何を言っているんだ、この人は。
「ええ、2.45GHzで水を揺らせば、効率的に温めることができるの」
───2.45GHz。
ピッコーーーーーーーーーーーーン!
その数字を聞いた瞬間、私の脳内で何かが繋がった。
「2.45GHzって…それ、電子レンジじゃないか!」
「電子レンジ?」
ヴェルザードが小首を傾げる。
「あなた、私の知らないことを知っているみたいね」
「ええ、まあ…」
やばい。この世界の人間じゃないことがバレる。
「ところで、その水を揺らす魔法は、誰でも使えるんですか?」
「魔術師ならやり方を教えれば使えると思うけれど。今はまだ誰も知らないと思うわ。これは私が独自に開発した術式だから」
つまり、ヴェルザードは電子レンジの原理を直感で理解して、魔法として再現している。
この少女、天才か?
数分後、冷凍うどんは見事に調理され、湯気を立てていた。醤油ベースのつゆが食欲をそそる。
「さあ、いただきましょう」
「いただきます!」
包装に付いていた割り箸で麺を口に運ぶ。
「──っ!!」
瞬間、私の脳内に花火が打ち上がった。
温かい。柔らかい。もちもちとした食感。醤油の香ばしさ。ネギの風味。油揚げの甘み。これだ、これが冷凍うどんの味だ!
「うまい…うますぎる…!」
涙が出そうになった。いや、本当に泣いていたかもしれない。死んでから、いや、転生してからというもの、まともな食事をしていなかったのだ。
「そんなに美味しいの?」
ヴェルザードが不思議そうに見ている。
「美味しいですよ!この麺のコシ、つゆの味、全てが完璧です!」
「そう。ならよかったわ」
彼女も一口食べて、満足そうに頷いた。
***
「さ、寒い…」
興奮で忘れていたが、ここは氷の洞窟だ。気温は確実に零度以下。温かいうどんを食べて少し温まったが、それも一時的なものだった。
「それにしても寒いですねえ。氷の洞窟だから当たり前だとは言え…ヘックシ!」
盛大にくしゃみが出た。これはまずい。このままでは凍死してしまう。
「そう?私は平気だけれど」
ヴェルザードは涼しい顔だ。強い。この人、本当に人間なのか?氷の精霊か何かじゃないのか?
「そんなに寒いなら──」
「あっ、そうだ(唐突)」
いいことを思いついた。バッグの中に、空のペットボトルがある。あれを使えば…。
「お湯を沸かして、湯たんぽを作るってどうですかね?私、今ちょうど空のペットボトルを持ってるんですよ。これにお湯を入れれば、簡易湯たんぽになります」
「そう。それでいいなら簡単よ。その柔らかい瓶にお湯を入れればいいのね」
ヴェルザードは私からペットボトルを受け取ると、その中に少量の水を入れ、手をかざした。
シュゴォォォォ…
湯気が立ち上り、温かいお湯になった。
「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます!」
ペットボトル湯たんぽを抱きしめると、じんわりとした温かさが体に染み渡った。これで何とか凍死は免れそうだ。
## 第四章 世界の中心は冷たい
翌朝──いや、洞窟の中では時間の感覚が曖昧だが──私たちはさらに深層を目指して進んでいた。
「お腹が空いてきましたね」
「それなら、食事にしましょうか」
ヴェルザードはそう言って、採取してきた冷凍食品を取り出した。
それは──楕円形の容器に入った、茶色い何か。包装には「グラタン」と書かれている。
「グラタン!?」
私は思わず叫んだ。
「おお!グラタンですか!私、グラタン大好きなんですよ!こう見えても職場では企画をやってまして──」
興奮のあまり、つい職業の話をしてしまう。だが、次の瞬間、私の手は凍りついた。
「って、冷たっ!」
グラタンはカチコチに凍っている。当たり前だ、冷凍食品なのだから。
「あら、そうね。これも温めないといけないわね」
ヴェルザードは昨日と同様に、手をかざして水を揺らす魔法を発動した。
数分後──。
「さあ、どうぞ」
「いただきます!」
スプーンですくって、口に運ぶ。
ホワイトソースの濃厚な味わい。マカロニのもちもち食感。鶏肉とマッシュルームの旨み。表面のチーズが香ばしく──
「うまい…!」
だが、次の瞬間。
「…ん?」
中央部分をすくうと、まだ冷たい。いや、凍っている。
「あれ?中が冷たい…」
ヴェルザードも同じことに気づいたようで、首を傾げた。
「おかしいわね。ちゃんと加熱したはずなのに」
私は思わず笑ってしまった。
「ああ、これは仕方ないんですよ。グラタンの温めムラ問題です」
「温めムラ?」
「はい。実は冷凍グラタンって、電子レンジで温めるのが一番難しい食品の一つなんです」
私は商品企画部で培った知識を披露し始めた。
「グラタンのソースはドロッとしていますよね。それに具もたくさん入っている。だから、熱の対流が起こりづらいんです」
「熱の…対流?」
「ええ。液体の場合、温まった部分が上に移動して、冷たい部分が下に沈む。この循環で全体が均一に温まるんです。でも、グラタンみたいに粘度の高い食品だと、この対流が起きにくい」
「なるほど」
ヴェルザードは真剣な表情で聞いている。
「だから、周りが温まっていても中央が冷たいことが多いんです。特に、電子レンジの加熱は外側から進むので、この問題が顕著になります」
「では、どうすれば解決できるの?」
「いくつか方法はあります。ただし、それぞれに欠点があるんですが」
私は指を折って数え始めた。
「まず一つ目。レンジの端に置く方法」
「端?」
「電子レンジは、中央よりも端の方が温まりやすい設計になっているんです。だから──いや、魔法の場合は違うかもしれませんが」
実際に試してみることにした。ヴェルザードに頼んで、もう一つの冷凍グラタンを加熱してもらう。今度は、氷の台の端の方に置いて。
数分後──。
「どう?」
「うーん…確かに、さっきよりはマシですけど、やっぱり中央が冷たいですね」
「そうね。端に置いても、容器の中央部は温まりにくい問題は残るわね」
「次、二つ目の方法。一旦取り出してかき混ぜる」
これも試してみた。加熱の途中で一度グラタンを取り出し、スプーンでかき混ぜる。
「確かに、これなら温度が均一になりそうね」
「ええ、でもこれは二度手間ですし、かき混ぜることで見た目が悪くなるんです。ほら、表面のチーズがグチャグチャになっちゃって」
「確かに…美しくないわね」
ヴェルザードは美意識が高いのか、見た目の悪化を嫌がった。
「三つ目。低い出力で時間をかけて温める方法」
「ゆっくり加熱するということ?」
「そうです。これが一番理にかなった方法なんですけど…それでも表面と中心の温度差は残ります。先に温まった表面が、今度はパサついてしまうんです」
実際に試してみると、確かに表面が少し乾燥気味になった。
「それに、時間がかかるのも問題です。だから低ワット調理はメーカーもパッケージには載せていない調理方法なんです」
私は肩をすくめた。
「このように、冷凍グラタンの温めムラ問題は、長年の課題なんです。メーカーも色々工夫していますが、完全な解決策はまだ見つかっていません」
「そう…奥が深いのね」
ヴェルザードは、まるで難解な魔法理論を聞いているかのような真剣な表情で頷いた。
「まあ、それでも美味しいですけどね」
私たちは、温めムラのあるグラタンを、文句を言いながらも美味しく平らげたのだった。
## 第五章 守護獣フゥ・ドロス
洞窟の最奥に到達したのは、それから数時間後のことだった。
広大な氷の空間。天井は見えないほど高く、氷の柱が林立している。そして、その中央に──巨大な氷の彫像のようなものが鎮座していた。
「魔物だ!」
「守護獣フゥ・ドロス…。最奥を守る番人よ」
ヴェルザードは冷静に答えた。
次の瞬間、その彫像が動いた。
ゴゴゴゴゴ…
氷が砕け、巨大な獣が姿を現す。狼のような体躯。だが、その体は氷の結晶で覆われ、青白い光を放っている。体長は優に十メートルを超える。
「グルルルルル…」
低い唸り声が洞窟全体に響き渡る。
「倉田さん、下がっていて」
ヴェルザードは私を庇うように前に出た。
「でも…!」
「大丈夫よ。これくらいなら」
彼女はそう言うと、手を前に突き出した。
「氷結封印──《アイシクル・ケージ》」
瞬間、守護獣の周囲に無数の氷の槍が出現し、檻のように取り囲んだ。
「ガァァァッ!!」
守護獣は吠え、檻を破壊しようとする。だが、破壊された氷はすぐに再生し、守護獣を封じ込めた。
「すごい…」
私は呆然と見つめていた。これが、ヴェルザードさんの魔法か。圧倒的な力だ。
だが、守護獣も黙ってはいなかった。
「グオォォォォッ!!」
全身から凄まじい冷気を放出し、氷の檻を内側から凍結させていく。氷が脆くなり、ついに檻が砕け散った。
「なるほど。氷には氷で対抗するわけね」
ヴェルザードは楽しそうに微笑んだ。この人、戦闘を楽しんでいる?
激しい魔法戦が繰り広げられた。氷と氷のぶつかり合い。洞窟全体が振動し、天井から氷塊が降り注ぐ。
「これはまずい…!」
私は直感的に悟った。このままでは、洞窟が崩落する。
「ヴェルザードさん!このままじゃ洞窟が崩れます!」
「わかってるわ。でも、この守護獣を倒さないと先に進めない」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
地面が大きく揺れた。いや、揺れているのではない。地面が盛り上がっている。
「なに!?」
巨大な氷の柱が地面から突き出し、守護獣を吹き飛ばした。守護獣は壁に激突し、そのまま気絶した。
「これは…私の魔法じゃないわ」
ヴェルザードは驚いた表情を見せた。彼女ですら予想外の現象。
そして次の瞬間──。
地面が崩落した。
「きゃっ!」
「うわぁぁぁっ!」
私たちの足元の氷が砕け、下へと落下していく。真っ暗な空間。風を切る音。どこまで落ちるのか、わからない。
数秒後──いや、もっと長く感じたかもしれない──私たちは何か柔らかいものの上に着地した。
「いたた…」
「大丈夫、倉田さん?」
「はい、なんとか…」
周囲を見回すと、そこは広大な空間だった。氷の壁に囲まれた、巨大な部屋。そして、その床一面に──冷凍食品が散乱していた。
「これは…」
冷凍ピザ、冷凍パスタ、冷凍餃子、冷凍チャーハン。ありとあらゆる冷凍食品が、まるで倉庫のように積み上げられている。
「すごい量ね…」
ヴェルザードも目を見開いている。
「ここが、古代文明の食品倉庫…いや、冷凍倉庫か」
その時、私の目がある物を捉えた。
「これは…!」
床に落ちている、見覚えのある容器。楕円形で、底面が少し盛り上がっている。
「上げ底じゃないか!」
私は駆け寄って、その容器を手に取った。
## 第六章 本物の冷凍グラタン
「上げ底…?」
ヴェルザードが不思議そうに尋ねた。
「見てください、この容器の底」
私は冷凍グラタンの容器をひっくり返して見せた。底面の中央が、盛り上がっている。
「確かに…普通の容器とは違うわね」
そうだ、なぜ今まで気づかなかったんだ。私は興奮して語り始めた。
「これは、電子レンジの加熱特性を最大限に活かすための、高度な工学的設計なんです!」
「どういうことかしら?」
ヴェルザードは私の興奮にドン引きしながら尋ねた。
「まず、電子レンジのマイクロ波──あなたの魔法で言う『水を揺らす波動』は、食品の表面から内部へと浸透していきます。でも、その深さには限界があるんです」
私は氷の床に、指で図を描きながら説明した。
「普通の平底容器だと、グラタンが厚くなりすぎて、中心部まで波動が届きにくい。だから、外側は熱いのに中心だけ凍っている、という状態になる」
「なるほど」
「でも、底を盛り上げると──グラタンの厚みが薄くなるんです。特に中央部分が」
私は容器を横から見せた。確かに、底が盛り上がっている分、内容物の厚みが薄くなっている。
「これにより、マイクロ波が全方位から効率よく中心まで届くようになるんです!」
「素晴らしい設計ね」
「それだけじゃありません!」
私は続けた。
「電子レンジの庫内では、マイクロ波が壁に反射して食品に当たります。でも、容器の形状によって、その当たり方が変わるんです」
「へえ」
「底を浮かせることで、容器と台の間に隙間ができる。すると、マイクロ波が底面からも回り込みやすくなるんです!」
私は両手を使ってジェスチャーした。
「さらに、マイクロ波は角に集中しやすいという性質があります。角に集中すると、その部分だけ過加熱されて焦げたり乾燥したりする」
「それは魔法でも同じね。魔力は尖った部分に集中しやすい」
「でも、上げ底によって滑らかな曲面を増やすことで、波動の集中を分散させることができるんです!」
私は滔々と語り続けた。職業病だ。グラタンの話になると止まらない。
「それに、冷凍食品特有の問題もあります。氷は水よりもマイクロ波を吸収しにくいんです」
「知らなかったわ」
ヴェルザードが唸る。
「だから、一部が溶け始めると、そこに加熱が集中してしまう。『ランナウェイ現象』と呼ばれる熱暴走です」
「危険ね」
「でも、上げ底によって全体の厚みを均一化することで、熱伝導による温度の平均化が早まり、全体を均一なタイミングで解凍・加熱できるようになるんです!」
私は息継ぎもせずに説明し続けた。
「さらに、上げ底形状は、加熱中に発生する水蒸気の動きにも影響を与えます。容器の底に空間があることで、蒸気が容器の下側にも回り、対流による補助的な加熱効果も期待できるんです!」
ヴェルザードは感心したように頷いた。
「つまり、この容器は温めムラの問題を、全て一つの設計で解決しているということね」
「その通りです!」
私は興奮のあまり、叫んでいた。
「上げ底はコストカットを誤魔化そうとしてるんじゃない!温めムラを劇的に改善する、合理的な設計なんだ!」
洞窟全体に私の声が響き渡った。
「これが…これが、冷凍グラタンの叡智なんだ!」
私たちは、その場で上げ底グラタンを温めて食べた。
表面はきつね色に焼けたチーズ。中はクリーミーで熱々のソース。具材も均等に温まり、マカロニは程よい弾力。そして何より──中央部分まで、完璧に温まっていた。
「これが本物の冷凍グラタンだ…」
## エピローグ
「それじゃあ、私はこの先に用があるから、ここで別れましょう。ごきげんよう」
「はい。ありがとうございました!──って私ひとりじゃ帰れませんよ!待ってください、ヴェルザードさん!おいてかないで~」
(おしまい)
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。