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第37話_冥府八駅会合①

ー/ー



管理室へ続く通路を、二人はゆっくりと歩いていた。

天井の灯りが一定の間隔で並び、淡い光が床のタイルに長く伸びている。
その光の中を、燈の足音が小さく響いていた。

一歩進むたび、胸の鼓動が少しずつ強くなる。

(もう……逃げられない)

管理室の扉が、すぐそこに見えていた。
つきのみやは扉の前で立ち止まり、燈をちらりと見る。

「準備はいいか?」

燈は一瞬だけ息を止めた。
そして、深く息を吸う。

「……うん」

完全に覚悟が決まったわけではない。
それでも、もう引き返すつもりも、逃げるつもりもなかった。

つきのみやは小さく頷くと、扉に手を掛ける。

「入るぞ」

ガチャ、と戸が開いた。

――その瞬間。

室内の空気が、ぴたりと止まる。

長机がコの字型に並び、そこに七人の管理人がすでに座っていた。

あまがたき。
はいじま。
とこわ。
ひつか。
やみ。
かたす。
そして――きさらぎ。

視線が、一斉にこちらへ向く。

そして。

数秒の沈黙のあと、室内がざわめいた。

「え……っ?」
「だ、誰……?」

とこわが椅子をがたんと鳴らして身を乗り出す。

「え、何その子!?」

はいじまも思わず指を指しながら興奮気味に
「そ、そいつ……生きてる匂いがするのだ!!」

やみが眉をひそめる。
「マジか」

あまがたきも困惑した顔をしていた。
「えっ……ほんとだ」

そして――
きさらぎが、楽しそうに笑う。

「ほら来た……噂の『後継者候補』さん」

扇子の向こうで目が細くなる。
室内の空気が一気にざわつく。

「え?後継者?」
「生者が?」
「いやどういうこと?」

燈の足が、思わず止まる。

(やっぱり……)

背中に無数の視線が突き刺さる。

怖い。
逃げ出したい。

その瞬間――

「皆様」

澄んだ声が、静かに響いた。
ひつかだった。

席から立ち上がり、羽を軽く整える。
碧色の瞳が室内をゆっくり見渡す。

「お静かにお願いします」

不思議と、その声だけで場のざわめきが弱まる。
完全に止まったわけではないが、誰もが言葉を飲み込んだ。

ひつかは机の中央へ歩み出る。

「これより、『冥府八駅会合』を開始いたします」

羽が静かに揺れる。

「本日の議題は複数ありますが」

一瞬、燈に視線を移したのち、すぐに碧色の瞳が全員へ向く。

「まず最初に、特例事項について触れます」

空気が再び張り詰める。

「こちらの少女――月宮燈さん」

燈の名前が告げられた瞬間、数人の視線がさらに鋭くなる。

「彼女は、生者です」

室内が小さくざわめく。

ひつかは続ける。

「そして、つきのみや駅管理人より後継者候補として推薦されました」

その言葉が落ちた瞬間、空気が重く沈む。
ひつかはつきのみやへ視線を向けた。

「つきのみや様、ご説明を」

つきのみやはゆっくり立ち上がる。
腕を組んだまま、室内を見渡す。

その視線はいつになく鋭い。

「その通りだ、こいつは生きている」
短く言い切る。

「まずは……そもそもどうして生者がいるのかだが」
口を開きかける。

だが――
わずかに目を伏せる。

そして。

「……話すと長くなる、この場では割愛とする」

一瞬の静寂が訪れる。

「いやちょー重要じゃないそこ!?」
とこわが机を叩きながら、思わず突っ込みを入れる。

つきのみやは一瞥する。
「うるさい」

「とにかく私が滞在を許可した……それだけだ」

とこわが不満そうに頬を膨らませる。
「おいコラァ!!めっちゃ気になるんですケド!?」

やみが、手を軽く上げる。
「それは一旦いいとして、どうしてこいつを後継者候補に?」

落ち着いた声。
視線が、まっすぐ燈へ向く。

つきのみやは、即答する。
「手伝い程度だが、実は既に業務にも参加させている」

「仕事の覚えも早い、何より――」
一瞬だけ、視線が燈に向く。

「素直で優しい奴だ」

「こいつになら継がせてもいい……私はそう考え、今回の決断に至った」
その声は、はっきりとしていた。

やみが、小さく頷く。
「なるほど……あんたがそう決断したんなら、特に文句は無い」

腕を組み直す。
「あくまで『後継者候補』として、しばらくは様子見だな」

あまがたきが、少し不安そうに口を開く。
「でも、このまま生者として滞在させるのは大丈夫なのかな?」

視線が燈へ向く。

ひつかが、静かに一歩進む。
「であれば、私が『魂離転儀(こんりてんぎ)』を施しましょう。例外は避けるべきかと」
その言葉は、あまりにも自然に出された。

燈の呼吸が、一瞬止まる。
(……え?)

あまがたきが頷く。
「うん、そうだね……つきちゃん、それでいいよね?」

つきのみやは、わずかに目を見開く。
ほんの一瞬、明らかな動揺。

「えっ……あ、そうだな。当然だな」
すぐに視線を戻し、平静を装う。

だが、その一瞬を――燈は見逃さなかった。

胸の奥に、小さな違和感が残る。

(な、なんか一瞬……)

言葉にできない不安。
ぞわり、と背筋を撫でる。

(……嫌な予感がする)

その時――
きさらぎの視線が、強く突き刺さる。

扇子の奥で、目が細くなる。

「ふぅん……ねえ、あんたも何か喋りなさいよ」
ゆっくりと、顎を上げる。

「本気で継ぐ気はあるの?黙ってんなら、死んでるも同然」

「動く口があるんなら、何か言ってみなさいな」
扇子が、わずかに動く。

燈の喉が、ひゅっと鳴る。
言葉が、出ない。

だが――
全員の視線が、自分に向いている。

逃げ場は、ない。


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管理室へ続く通路を、二人はゆっくりと歩いていた。
天井の灯りが一定の間隔で並び、淡い光が床のタイルに長く伸びている。
その光の中を、燈の足音が小さく響いていた。
一歩進むたび、胸の鼓動が少しずつ強くなる。
(もう……逃げられない)
管理室の扉が、すぐそこに見えていた。
つきのみやは扉の前で立ち止まり、燈をちらりと見る。
「準備はいいか?」
燈は一瞬だけ息を止めた。
そして、深く息を吸う。
「……うん」
完全に覚悟が決まったわけではない。
それでも、もう引き返すつもりも、逃げるつもりもなかった。
つきのみやは小さく頷くと、扉に手を掛ける。
「入るぞ」
ガチャ、と戸が開いた。
――その瞬間。
室内の空気が、ぴたりと止まる。
長机がコの字型に並び、そこに七人の管理人がすでに座っていた。
あまがたき。
はいじま。
とこわ。
ひつか。
やみ。
かたす。
そして――きさらぎ。
視線が、一斉にこちらへ向く。
そして。
数秒の沈黙のあと、室内がざわめいた。
「え……っ?」
「だ、誰……?」
とこわが椅子をがたんと鳴らして身を乗り出す。
「え、何その子!?」
はいじまも思わず指を指しながら興奮気味に
「そ、そいつ……生きてる匂いがするのだ!!」
やみが眉をひそめる。
「マジか」
あまがたきも困惑した顔をしていた。
「えっ……ほんとだ」
そして――
きさらぎが、楽しそうに笑う。
「ほら来た……噂の『後継者候補』さん」
扇子の向こうで目が細くなる。
室内の空気が一気にざわつく。
「え?後継者?」
「生者が?」
「いやどういうこと?」
燈の足が、思わず止まる。
(やっぱり……)
背中に無数の視線が突き刺さる。
怖い。
逃げ出したい。
その瞬間――
「皆様」
澄んだ声が、静かに響いた。
ひつかだった。
席から立ち上がり、羽を軽く整える。
碧色の瞳が室内をゆっくり見渡す。
「お静かにお願いします」
不思議と、その声だけで場のざわめきが弱まる。
完全に止まったわけではないが、誰もが言葉を飲み込んだ。
ひつかは机の中央へ歩み出る。
「これより、『冥府八駅会合』を開始いたします」
羽が静かに揺れる。
「本日の議題は複数ありますが」
一瞬、燈に視線を移したのち、すぐに碧色の瞳が全員へ向く。
「まず最初に、特例事項について触れます」
空気が再び張り詰める。
「こちらの少女――月宮燈さん」
燈の名前が告げられた瞬間、数人の視線がさらに鋭くなる。
「彼女は、生者です」
室内が小さくざわめく。
ひつかは続ける。
「そして、つきのみや駅管理人より後継者候補として推薦されました」
その言葉が落ちた瞬間、空気が重く沈む。
ひつかはつきのみやへ視線を向けた。
「つきのみや様、ご説明を」
つきのみやはゆっくり立ち上がる。
腕を組んだまま、室内を見渡す。
その視線はいつになく鋭い。
「その通りだ、こいつは生きている」
短く言い切る。
「まずは……そもそもどうして生者がいるのかだが」
口を開きかける。
だが――
わずかに目を伏せる。
そして。
「……話すと長くなる、この場では割愛とする」
一瞬の静寂が訪れる。
「いやちょー重要じゃないそこ!?」
とこわが机を叩きながら、思わず突っ込みを入れる。
つきのみやは一瞥する。
「うるさい」
「とにかく私が滞在を許可した……それだけだ」
とこわが不満そうに頬を膨らませる。
「おいコラァ!!めっちゃ気になるんですケド!?」
やみが、手を軽く上げる。
「それは一旦いいとして、どうしてこいつを後継者候補に?」
落ち着いた声。
視線が、まっすぐ燈へ向く。
つきのみやは、即答する。
「手伝い程度だが、実は既に業務にも参加させている」
「仕事の覚えも早い、何より――」
一瞬だけ、視線が燈に向く。
「素直で優しい奴だ」
「こいつになら継がせてもいい……私はそう考え、今回の決断に至った」
その声は、はっきりとしていた。
やみが、小さく頷く。
「なるほど……あんたがそう決断したんなら、特に文句は無い」
腕を組み直す。
「あくまで『後継者候補』として、しばらくは様子見だな」
あまがたきが、少し不安そうに口を開く。
「でも、このまま生者として滞在させるのは大丈夫なのかな?」
視線が燈へ向く。
ひつかが、静かに一歩進む。
「であれば、私が『魂離転儀(こんりてんぎ)』を施しましょう。例外は避けるべきかと」
その言葉は、あまりにも自然に出された。
燈の呼吸が、一瞬止まる。
(……え?)
あまがたきが頷く。
「うん、そうだね……つきちゃん、それでいいよね?」
つきのみやは、わずかに目を見開く。
ほんの一瞬、明らかな動揺。
「えっ……あ、そうだな。当然だな」
すぐに視線を戻し、平静を装う。
だが、その一瞬を――燈は見逃さなかった。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(な、なんか一瞬……)
言葉にできない不安。
ぞわり、と背筋を撫でる。
(……嫌な予感がする)
その時――
きさらぎの視線が、強く突き刺さる。
扇子の奥で、目が細くなる。
「ふぅん……ねえ、あんたも何か喋りなさいよ」
ゆっくりと、顎を上げる。
「本気で継ぐ気はあるの?黙ってんなら、死んでるも同然」
「動く口があるんなら、何か言ってみなさいな」
扇子が、わずかに動く。
燈の喉が、ひゅっと鳴る。
言葉が、出ない。
だが――
全員の視線が、自分に向いている。
逃げ場は、ない。