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第36話_お互い様

ー/ー



「では……私は会合の議題整理を致しますので、先に失礼します」

ひつかは白い羽をわずかに揺らし、静かに一歩下がる。
その仕草は柔らかいが、どこか儀式めいていた。

軽く礼をする。
そして、つきのみやへ向き直る。

「つきのみや様」

碧色の瞳が、まっすぐ向けられる。

「燈さんを、お願いしますね」

「あぁ……」
つきのみやは腕を組んだまま、短く答える。

その返事に、ひつかはわずかに口角を緩めると、もう一度、静かに会釈する。
そのまま踵を返し、通路の奥へ歩き出す。

やがてその姿は闇の中へ溶け、気配もゆっくりと遠ざかっていった。
通路に残ったのは――二人だけだった。

燈はまだ壁にもたれたまま、呼吸を整えていた。

つきのみやはひつかの後ろ姿を見届けると、
ゆっくりと燈の元へ歩み寄る。

「……歩けるか」

つきのみやの声は、先ほどよりもずっと低い。
怒気はない。

燈はこくりと頷いた。
「うん……」

その返事を聞くと、つきのみやは少し視線を逸らした。
そして――

「……すまん」
ぽつりと、落ちた。

燈は目を見開く。
「え……?」

つきのみやは帽子のつばを少し下げ、視線を合わせないまま続ける。

「その……急に駅を継がせる、などと言い出したことだ」

少し言葉を探すように、間が空く。

「お前の意思も聞かずに勝手に決めてしまった」
言葉が、不器用でぎこちない。

「それと……」

一瞬、間を置く。

「今まで、きつく当たりすぎた」

燈の胸が、じわりと熱くなる。

「お前を突き放せば、ここから離れると思っていた」

声は低いままだが、ほんのわずかに震えている。

「嫌われれば……自分から去ると」

燈は、はっと息を呑んだ。
「……え?」

つきのみやは、ようやく燈を見る。
その目には、怒りではなく、後悔があった。

「奴が……『きさらぎ』が来ると分かっていた」

「あいつは迷い込んだ生者を何人も殺している」

「もし燈の存在が知られれば、確実に狙われる」

「だから、駅から遠ざけるために――」

「私を嫌いになればいいと、思った」

燈の喉が、きゅっと締まる。
(……そんな……)

自分は、ただ怒られていると思っていた。
能力が足りないから、呆れられているのだと。

「……バカだな、私は」
つきのみやが小さく吐き捨てる。

「守るつもりが、余計に危険な目に遭わせてしまった」

燈の視界が潤う。

「……私も、ごめん」
小さく、だがはっきりと伝える。

「約束、破った」

「一人で冥府に出ないって言ってくれたのに」

「勝手に……飛び出して」
視線を落とす。

「つきちゃんが心配してくれてたの、ちゃんと分かってなかった」

沈黙。
そして――

つきのみやは、ふっと息を吐く。
「……お互い様だな」

燈も、弱く笑う。
「うん……お互い様」

少しだけ、空気が和らぐ。
そのとき、燈は思い出したように顔を上げた。

「そうだ、さっきの人たち……きさらぎって人と、白い羽の……ひつかさん?」
少し迷いながら続ける。

「もしかして、あの人達が……」

つきのみやは姿勢を正す。

「冥府八駅会合」

「年に一度、八つの駅の管理人が集まって議論する」

「魂の受け入れ状況、今後の運用方針、問題事例の共有等々……」
淡々と説明する。

「で、今年はここが会場だったってわけだ」

「そう、だったんだ……」
燈は小さく息を呑む。

つきのみやは続ける。
「今回の件は会合にて議論される」

「そこで、お前の未来が決まるだろう」

燈の心臓が、どくりと鳴る。

「うん……覚悟は、してた」
小さく息を吸う。

「いずれは、いつかはこうなるってわかってたから……」

つきのみやは、じっと燈を見る。

「そうか……」

そして静かに言う。
「お前は、自分の正直な気持ちを伝えればいい」

燈はうなずく。

だが――
胸の奥の不安は、完全には消えていない。

(本当に……認めてもらえるのかな)
(今度こそ、本当に殺されるんじゃ……)

そんな考えが、頭をよぎる。

その瞬間。

つきのみやの手が、燈の尻へ伸びる。
そして――

がっしり掴んだ。

「ひゃぁっ!?」

燈が飛び跳ねる。

「なんでいつも変なところ触るんですか!?」

顔を真っ赤にして距離を取る。

が、つきのみやは全く気にしていない。
腕を組みながら続ける。

「あまり見た目に騙されるな、意外と中身は生者とそう変わらん」

そして、燈を見る。

「それに、私も傍に居る」

ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。

「それでも不安か?」

燈は少し黙る。
そして、小さく呟く。
「正直、怖い……すごく、怖いよ」

「でも、逃げない」
顔を上げる。

つきのみやの目が、わずかに見開かれる。

「ちゃんと……向き合う」

その言葉に、つきのみやはほんの少しだけ笑った。
「それでいい」

そして、燈の頭にぽん、と手を置く。
今度は、乱暴ではない。

「よし……行くぞ」

「……はい、管理人さん」

二人の間に、今までとは違う静かな信頼が生まれていた。


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次のエピソードへ進む 第37話_冥府八駅会合①


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「では……私は会合の議題整理を致しますので、先に失礼します」
ひつかは白い羽をわずかに揺らし、静かに一歩下がる。
その仕草は柔らかいが、どこか儀式めいていた。
軽く礼をする。
そして、つきのみやへ向き直る。
「つきのみや様」
碧色の瞳が、まっすぐ向けられる。
「燈さんを、お願いしますね」
「あぁ……」
つきのみやは腕を組んだまま、短く答える。
その返事に、ひつかはわずかに口角を緩めると、もう一度、静かに会釈する。
そのまま踵を返し、通路の奥へ歩き出す。
やがてその姿は闇の中へ溶け、気配もゆっくりと遠ざかっていった。
通路に残ったのは――二人だけだった。
燈はまだ壁にもたれたまま、呼吸を整えていた。
つきのみやはひつかの後ろ姿を見届けると、
ゆっくりと燈の元へ歩み寄る。
「……歩けるか」
つきのみやの声は、先ほどよりもずっと低い。
怒気はない。
燈はこくりと頷いた。
「うん……」
その返事を聞くと、つきのみやは少し視線を逸らした。
そして――
「……すまん」
ぽつりと、落ちた。
燈は目を見開く。
「え……?」
つきのみやは帽子のつばを少し下げ、視線を合わせないまま続ける。
「その……急に駅を継がせる、などと言い出したことだ」
少し言葉を探すように、間が空く。
「お前の意思も聞かずに勝手に決めてしまった」
言葉が、不器用でぎこちない。
「それと……」
一瞬、間を置く。
「今まで、きつく当たりすぎた」
燈の胸が、じわりと熱くなる。
「お前を突き放せば、ここから離れると思っていた」
声は低いままだが、ほんのわずかに震えている。
「嫌われれば……自分から去ると」
燈は、はっと息を呑んだ。
「……え?」
つきのみやは、ようやく燈を見る。
その目には、怒りではなく、後悔があった。
「奴が……『きさらぎ』が来ると分かっていた」
「あいつは迷い込んだ生者を何人も殺している」
「もし燈の存在が知られれば、確実に狙われる」
「だから、駅から遠ざけるために――」
「私を嫌いになればいいと、思った」
燈の喉が、きゅっと締まる。
(……そんな……)
自分は、ただ怒られていると思っていた。
能力が足りないから、呆れられているのだと。
「……バカだな、私は」
つきのみやが小さく吐き捨てる。
「守るつもりが、余計に危険な目に遭わせてしまった」
燈の視界が潤う。
「……私も、ごめん」
小さく、だがはっきりと伝える。
「約束、破った」
「一人で冥府に出ないって言ってくれたのに」
「勝手に……飛び出して」
視線を落とす。
「つきちゃんが心配してくれてたの、ちゃんと分かってなかった」
沈黙。
そして――
つきのみやは、ふっと息を吐く。
「……お互い様だな」
燈も、弱く笑う。
「うん……お互い様」
少しだけ、空気が和らぐ。
そのとき、燈は思い出したように顔を上げた。
「そうだ、さっきの人たち……きさらぎって人と、白い羽の……ひつかさん?」
少し迷いながら続ける。
「もしかして、あの人達が……」
つきのみやは姿勢を正す。
「冥府八駅会合」
「年に一度、八つの駅の管理人が集まって議論する」
「魂の受け入れ状況、今後の運用方針、問題事例の共有等々……」
淡々と説明する。
「で、今年はここが会場だったってわけだ」
「そう、だったんだ……」
燈は小さく息を呑む。
つきのみやは続ける。
「今回の件は会合にて議論される」
「そこで、お前の未来が決まるだろう」
燈の心臓が、どくりと鳴る。
「うん……覚悟は、してた」
小さく息を吸う。
「いずれは、いつかはこうなるってわかってたから……」
つきのみやは、じっと燈を見る。
「そうか……」
そして静かに言う。
「お前は、自分の正直な気持ちを伝えればいい」
燈はうなずく。
だが――
胸の奥の不安は、完全には消えていない。
(本当に……認めてもらえるのかな)
(今度こそ、本当に殺されるんじゃ……)
そんな考えが、頭をよぎる。
その瞬間。
つきのみやの手が、燈の尻へ伸びる。
そして――
がっしり掴んだ。
「ひゃぁっ!?」
燈が飛び跳ねる。
「なんでいつも変なところ触るんですか!?」
顔を真っ赤にして距離を取る。
が、つきのみやは全く気にしていない。
腕を組みながら続ける。
「あまり見た目に騙されるな、意外と中身は生者とそう変わらん」
そして、燈を見る。
「それに、私も傍に居る」
ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。
「それでも不安か?」
燈は少し黙る。
そして、小さく呟く。
「正直、怖い……すごく、怖いよ」
「でも、逃げない」
顔を上げる。
つきのみやの目が、わずかに見開かれる。
「ちゃんと……向き合う」
その言葉に、つきのみやはほんの少しだけ笑った。
「それでいい」
そして、燈の頭にぽん、と手を置く。
今度は、乱暴ではない。
「よし……行くぞ」
「……はい、管理人さん」
二人の間に、今までとは違う静かな信頼が生まれていた。