第22話 キクレー因子と秘密の研究
ー/ー 銀騎詮充郎の研究は、ツチノコ特有のDNAであるキクレー因子を解明する事なのか。それは今はどこまで進んでいるのか。
星弥の問いに、永は肩をすくめて面倒くさそうに眉をひそめていた。
だが、これは明らかに乗ってきた表情だ。蕾生には長年の付き合いでそれがわかる。
「銀騎詮充郎ファンのネットワークの中では、ツチノコが何故一般公開されないのかっていう疑問が論じられててね」
そう言いながら、永は蕾生にチラチラと目配せした。これから繰り広げようとする「オカルト談義」のリアクションが欲しいのだ。
ついさっきまではあんなに怒っていたのに。感情がくるくる変わる永の様子に、蕾生は些かの不安を感じる。
「見つかったのは三十年も前なんだろ」
ようやくそれだけ言う。蕾生にとって今の状況は、霧の中にいるようなものだった。
永は蕾生の睡眠障害の変化についてしきりに気にするけれど、蕾生もまた最近の永の不安定さが気になっている。銀騎邸に来る日は特に。敵地に飛び込んでいるという緊張感から来るものか。それとも鈴心に拒絶されている事の不安感からなのか。
永の様子が常ではない今の状態は、蕾生の胸の中にモヤモヤとした感情を生んでいた。せめて早く鈴心を取り戻さなければと焦る。
そんな蕾生を他所に、永は得意げな口調と早口で星弥に「講義」を始めてしまった。
「うん。発見当初は標本として見せてたし、その姿はテレビでもかなり映ってたみたいだけど、それ以降はさっぱり銀騎詮充郎共々メディアから隠れてしまってるんだ」
まるで陰謀論を説くみたいに、永は声の調子を少し下げ首も落として、オカルト的な空気感を出していた。
「お祖父様ならそうなると思うな。もともとテレビとかは好きじゃないから、自分が満足に発表できた後はオファーがあっても断ると思う。そういうのに出演してると研究する時間もなくなるし」
祖父の性格を知り尽くした星弥の言葉に、同意する形で永はさらに情報を付け足す。
「僕もその意見に賛成。銀騎詮充郎を知ってる人ならそう考えるけど、ただのファンはそうじゃない」
「うん?」
蕾生は単純に首を傾げただけだった。だが永には続きを促されたように聞こえたのだろう、ますます興が乗り朗々と語った。
「銀騎詮充郎は、元々はオカルトマニアしか知らないような研究者だったんだ。胡散臭いUMA研究者ってね。でもツチノコの件があって、『あの人まともな博士だったんだ』っていうのが最初のオカルト界隈の感想。オカルトファンは同時に陰謀論も大好きだからね。急にメディアに出なくなった銀騎詮充郎に対してはオカルト的、あるいは陰謀論的憶測が飛び交ってる」
「どんな?」
ついそう聞いてしまった。
蕾生が興味を示しているのが嬉しいのか、永はさらにニヤリと笑いながら続ける。
「例えば、ツチノコは毒を持ってるから生物兵器に転用しようとして、さらに毒性を高めたものを繁殖させてるとか。それには政府も絡んでいて、発表されている総個体数からすれば絶滅危惧種に指定されるべきなのに、そうせずに銀騎研究所が独占してるとか。酷いのになると、本当はツチノコ以外にも新生物が発見されていて、銀騎研究所はUMA動物園を作ってるとか!」
「──まさか」
さすがに蕾生も呆れて一笑に付した。永もクスクス笑って答える。
「最後のはただの妄想だと思う。でもツチノコの繁殖についてはそういう論文を出したこともあるから、根も葉もない噂ってわけじゃない。ただ、僕はそのツチノコの繁殖が上手くいってないからメディアに出ないだけだと思うね。仮に成功してたら大威張りで会見とか派手にやると思うもん、あのジジイなら。虚栄心の塊だからさ、自分の功績は殊更大袈裟に発表したがるタチだから!」
「そうだね、否定できないのが孫としては辛いけど」
星弥も苦笑しながら永の論説を聞いていた。祖父の悪口をこれでもかと聞いた割に、星弥は怒ってはいなかった。
「学術的に認められてはいるけど、非公開な部分が多過ぎるからねえ。そういう黒い噂が絶えないんだよ、銀騎研究所ってのはさ」
「胡散くせえな」
永の遠慮ない言葉に続いて、蕾生が身も蓋もない一言でまとめても、星弥に嫌がる素振りはない。
「でも兄さんが副所長になってから、ちょっとは世間に歩み寄ってるんだよ? 企業とコラボしてドレッシング作ったり、この前の見学会だって怪しい研究所ではありませんって言う宣伝だし……」
「そういうのって、逆に後ろ暗いことを隠蔽したいからに見えるけどね」
「むー」
憤慨はしていないがフォローは入れる。だがそれを一蹴されると、星弥は少し不機嫌になってついに永を睨んだ。
「おっとごめん。君はジイさんの悪口は聞き逃すのに、アニキの悪口は我慢できないんだね?」
永が揶揄い口調でそう言うと、星弥は不貞腐れながらブツブツと言う。
「う……だってわたしお祖父様には可愛がられてないから」
「ふーん、なんとなく君を通しただけでも銀騎一族の関係性がわかるね。今日はそれだけでも収穫があったかも」
「それはようございました!」
星弥がプイとそっぽを向く。その様子に苦笑しつつ、永は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろおいとましよっか、ライくん」
「いいのか? 鈴心は結局来なかったけど」
「もう夕方だし、女の子の家に長居は禁物。来週も来てもいいでしょ?」
永は有無を言わさない雰囲気で星弥に確認をとる。
「もちろん」
「今日はいろいろアリガト」
最後に永は取ってつけたような謝辞を述べた。
鈴心の顔を見ることもできないまま、屋敷を去ることになった。蕾生は本人と接触できなかったので少し消化不良な思いでいる。
来週は会うことができるのだろうか。来週がだめならその次は?
そんな想像をしていると、だんだんと鈴心に対して腹が立ってきた。
そんな風に胸の中が燻ったまま玄関を出る。すると、一歩先に出た永が空を仰いで何かを見ていた。
その視線は建物側、二階にある部屋の窓。
「……」
「あっ、すず──」
つられて蕾生も同じ方向を見ると、カーテンの奥からこちらを覗く鈴心の姿が見えた。蕾生は思わず大きな声で呼びかけようとしたが、永に無言で制された。
そうしてにっこり笑って、永は鈴心に手を振る。
鈴心は慌ててカーテンを閉めてしまった。
「帰ろ」
「いいのか?」
「うん、顔が見れたから」
満足気に薄く笑って永は屋敷を後にする。その健気な態度に蕾生は胸が締めつけられる思いだった。
◆ ◆ ◆
「……」
永が遠ざかった後、鈴心は暗い部屋の中で大きく息を吐く。
「来なくて良かったの?」
「──星弥! ノックぐらいしてください!」
あまり隙を見せない鈴心だが、星弥の存在に心底驚いたようで珍しく声を張った。
「ごめんね、ちょうど二人が帰ったから窓からでも見送ったらどうかと思って急いできたから」
「……」
「でもそれには及ばなかったね」
星弥が笑いかけると、鈴心は罰が悪そうに両手を後ろで組んでボソリと尋ねる。
「今日は何の話をしたんですか」
「えへへー、内緒!」
「……」
鈴心は得意の猛禽類睨みをきかせるが、何度もやっているので星弥にはあまり効き目がない。
「知りたかったら降りておいでよ、来週も来るから」
「まだ来ると?」
「すずちゃんが降りてくるまで諦めないと思うよ。あ、来週はお部屋の前で三人で踊ろうか?」
言いながらコミカルな動きで星弥は鈴心を挑発する。だが鈴心も頑なな態度を崩さなかった。
「そんなことしたら絶対開けませんから」
拒絶しているように見えて鈴心の言葉には微な希望が読み取れる。
きっと意識してのことではないのだろう。
その小さな小さな穴を穿つことができるか。
彼らのお手並みを拝見しようと星弥はまた来週を心待ちにするのだった。
星弥の問いに、永は肩をすくめて面倒くさそうに眉をひそめていた。
だが、これは明らかに乗ってきた表情だ。蕾生には長年の付き合いでそれがわかる。
「銀騎詮充郎ファンのネットワークの中では、ツチノコが何故一般公開されないのかっていう疑問が論じられててね」
そう言いながら、永は蕾生にチラチラと目配せした。これから繰り広げようとする「オカルト談義」のリアクションが欲しいのだ。
ついさっきまではあんなに怒っていたのに。感情がくるくる変わる永の様子に、蕾生は些かの不安を感じる。
「見つかったのは三十年も前なんだろ」
ようやくそれだけ言う。蕾生にとって今の状況は、霧の中にいるようなものだった。
永は蕾生の睡眠障害の変化についてしきりに気にするけれど、蕾生もまた最近の永の不安定さが気になっている。銀騎邸に来る日は特に。敵地に飛び込んでいるという緊張感から来るものか。それとも鈴心に拒絶されている事の不安感からなのか。
永の様子が常ではない今の状態は、蕾生の胸の中にモヤモヤとした感情を生んでいた。せめて早く鈴心を取り戻さなければと焦る。
そんな蕾生を他所に、永は得意げな口調と早口で星弥に「講義」を始めてしまった。
「うん。発見当初は標本として見せてたし、その姿はテレビでもかなり映ってたみたいだけど、それ以降はさっぱり銀騎詮充郎共々メディアから隠れてしまってるんだ」
まるで陰謀論を説くみたいに、永は声の調子を少し下げ首も落として、オカルト的な空気感を出していた。
「お祖父様ならそうなると思うな。もともとテレビとかは好きじゃないから、自分が満足に発表できた後はオファーがあっても断ると思う。そういうのに出演してると研究する時間もなくなるし」
祖父の性格を知り尽くした星弥の言葉に、同意する形で永はさらに情報を付け足す。
「僕もその意見に賛成。銀騎詮充郎を知ってる人ならそう考えるけど、ただのファンはそうじゃない」
「うん?」
蕾生は単純に首を傾げただけだった。だが永には続きを促されたように聞こえたのだろう、ますます興が乗り朗々と語った。
「銀騎詮充郎は、元々はオカルトマニアしか知らないような研究者だったんだ。胡散臭いUMA研究者ってね。でもツチノコの件があって、『あの人まともな博士だったんだ』っていうのが最初のオカルト界隈の感想。オカルトファンは同時に陰謀論も大好きだからね。急にメディアに出なくなった銀騎詮充郎に対してはオカルト的、あるいは陰謀論的憶測が飛び交ってる」
「どんな?」
ついそう聞いてしまった。
蕾生が興味を示しているのが嬉しいのか、永はさらにニヤリと笑いながら続ける。
「例えば、ツチノコは毒を持ってるから生物兵器に転用しようとして、さらに毒性を高めたものを繁殖させてるとか。それには政府も絡んでいて、発表されている総個体数からすれば絶滅危惧種に指定されるべきなのに、そうせずに銀騎研究所が独占してるとか。酷いのになると、本当はツチノコ以外にも新生物が発見されていて、銀騎研究所はUMA動物園を作ってるとか!」
「──まさか」
さすがに蕾生も呆れて一笑に付した。永もクスクス笑って答える。
「最後のはただの妄想だと思う。でもツチノコの繁殖についてはそういう論文を出したこともあるから、根も葉もない噂ってわけじゃない。ただ、僕はそのツチノコの繁殖が上手くいってないからメディアに出ないだけだと思うね。仮に成功してたら大威張りで会見とか派手にやると思うもん、あのジジイなら。虚栄心の塊だからさ、自分の功績は殊更大袈裟に発表したがるタチだから!」
「そうだね、否定できないのが孫としては辛いけど」
星弥も苦笑しながら永の論説を聞いていた。祖父の悪口をこれでもかと聞いた割に、星弥は怒ってはいなかった。
「学術的に認められてはいるけど、非公開な部分が多過ぎるからねえ。そういう黒い噂が絶えないんだよ、銀騎研究所ってのはさ」
「胡散くせえな」
永の遠慮ない言葉に続いて、蕾生が身も蓋もない一言でまとめても、星弥に嫌がる素振りはない。
「でも兄さんが副所長になってから、ちょっとは世間に歩み寄ってるんだよ? 企業とコラボしてドレッシング作ったり、この前の見学会だって怪しい研究所ではありませんって言う宣伝だし……」
「そういうのって、逆に後ろ暗いことを隠蔽したいからに見えるけどね」
「むー」
憤慨はしていないがフォローは入れる。だがそれを一蹴されると、星弥は少し不機嫌になってついに永を睨んだ。
「おっとごめん。君はジイさんの悪口は聞き逃すのに、アニキの悪口は我慢できないんだね?」
永が揶揄い口調でそう言うと、星弥は不貞腐れながらブツブツと言う。
「う……だってわたしお祖父様には可愛がられてないから」
「ふーん、なんとなく君を通しただけでも銀騎一族の関係性がわかるね。今日はそれだけでも収穫があったかも」
「それはようございました!」
星弥がプイとそっぽを向く。その様子に苦笑しつつ、永は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろおいとましよっか、ライくん」
「いいのか? 鈴心は結局来なかったけど」
「もう夕方だし、女の子の家に長居は禁物。来週も来てもいいでしょ?」
永は有無を言わさない雰囲気で星弥に確認をとる。
「もちろん」
「今日はいろいろアリガト」
最後に永は取ってつけたような謝辞を述べた。
鈴心の顔を見ることもできないまま、屋敷を去ることになった。蕾生は本人と接触できなかったので少し消化不良な思いでいる。
来週は会うことができるのだろうか。来週がだめならその次は?
そんな想像をしていると、だんだんと鈴心に対して腹が立ってきた。
そんな風に胸の中が燻ったまま玄関を出る。すると、一歩先に出た永が空を仰いで何かを見ていた。
その視線は建物側、二階にある部屋の窓。
「……」
「あっ、すず──」
つられて蕾生も同じ方向を見ると、カーテンの奥からこちらを覗く鈴心の姿が見えた。蕾生は思わず大きな声で呼びかけようとしたが、永に無言で制された。
そうしてにっこり笑って、永は鈴心に手を振る。
鈴心は慌ててカーテンを閉めてしまった。
「帰ろ」
「いいのか?」
「うん、顔が見れたから」
満足気に薄く笑って永は屋敷を後にする。その健気な態度に蕾生は胸が締めつけられる思いだった。
◆ ◆ ◆
「……」
永が遠ざかった後、鈴心は暗い部屋の中で大きく息を吐く。
「来なくて良かったの?」
「──星弥! ノックぐらいしてください!」
あまり隙を見せない鈴心だが、星弥の存在に心底驚いたようで珍しく声を張った。
「ごめんね、ちょうど二人が帰ったから窓からでも見送ったらどうかと思って急いできたから」
「……」
「でもそれには及ばなかったね」
星弥が笑いかけると、鈴心は罰が悪そうに両手を後ろで組んでボソリと尋ねる。
「今日は何の話をしたんですか」
「えへへー、内緒!」
「……」
鈴心は得意の猛禽類睨みをきかせるが、何度もやっているので星弥にはあまり効き目がない。
「知りたかったら降りておいでよ、来週も来るから」
「まだ来ると?」
「すずちゃんが降りてくるまで諦めないと思うよ。あ、来週はお部屋の前で三人で踊ろうか?」
言いながらコミカルな動きで星弥は鈴心を挑発する。だが鈴心も頑なな態度を崩さなかった。
「そんなことしたら絶対開けませんから」
拒絶しているように見えて鈴心の言葉には微な希望が読み取れる。
きっと意識してのことではないのだろう。
その小さな小さな穴を穿つことができるか。
彼らのお手並みを拝見しようと星弥はまた来週を心待ちにするのだった。
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