第21話 鈴心の秘密
ー/ー リンは現在、銀騎家の分家の娘・御堂鈴心としての生を受けている。陰陽師の家系である銀騎の親戚筋であれば、鈴心にも陰陽師としての力があるのではないか。
永が星弥にそう聞いた時、蕾生は少し聞くのが恐ろしかった。
鵺の呪いを受けつつ、陰陽師の力まで有していたら、今の鈴心の負担は計り知れない。もしかしたらその辺りに鈴心が拒絶する理由があるかもしれない。
だが、現実はもっと恐ろしい事になりそうだ。今から語ろうとしている星弥の表情は、今までで一番怯えているからだ。
「……何?」
永は星弥を少し睨みつけながら続きを促した。
星弥の顔は少しも晴れず、永から視線を逸らして俯きがちに話し始める。
「すずちゃんがここにいる本当の理由。すずちゃんは、定期的にお祖父様の所に行って健康診断を受けてるの」
「……」
硬直した表情のまま、永の眉だけがピクリと動いた。
「わたしには健康診断って言われてるけど、本当は何をされてるのかわからないの。だって帰ってくるとすずちゃんは顔が真っ青でとても疲れてて」
人体実験。
星弥の説明を受けて、蕾生は先ほど永が戯けて言った言葉を思い出す。
まさか、そこまで。自分も毒されてるな、と頭の中で否定した。
「すずちゃんに聞いても、ただの定期検診だって。母親と同じ病気が出ないか経過観察してるって言うんだけど、とても信じられなくて。けど、わたしはそれ以上聞けなくて……お祖父様はわたしには会ってくれないし」
星弥の説明はまとまりがない。普段の理路整然とした物言いとはかけ離れていた。
それが、彼女の怯え、さらにはその対象への恐れをも感じさせる。
「それはいつから?」
永は感情のない声で聞いた。努めてそうしているようだった。
「確か、すずちゃんが六歳くらい。お祖父様がうちに連れてきたの」
「頻度は?」
「最初は毎日だったと思う。妹ができたみたいで嬉しくて、毎日すずちゃんを探してたから。その度に、お祖父様のところよって言われたの」
「毎日健康診断? そんな訳ねえだろ」
さすがに蕾生も口を挟んだ。それに頷いて星弥は続ける。
「そうだよね、あの時はわたしもこどもだったからよくわからなかったけど、思い返して見ると変だよね」
「それで?」
永の表情は凍りついていた。それに気圧されて星弥の言葉がますます辿々しくなる。
「ええとね、しばらくして兄さんが言ったの。すずちゃんは病弱で学校に通えないから、自分が勉強を教えるんだって。わたしには遊び相手になってあげなさいって」
「あいつ、学校行ってないのか?」
驚いて蕾生が問うと、星弥は神妙な面持ちで頷いた。
「うん。中学校も行ってないよ」
「鈴心はずっとこの研究所から出ていない?」
聞いたこともない低い声がした。それが永から発声されたものだと蕾生はすぐには気づけなかった。
「そう。お祖父様が許してないの」
「異常だろ、それ……」
銀騎詮充郎の暗く恐ろしい顔を思い出して、蕾生は身震いする。それとともに嫌な汗が額に滲んでいるのがわかった。
だが、蕾生よりも震えているのは星弥の方だった。
蕾生の言葉に星弥は懺悔でもするように告白する。
「そうかもしれない。でもわたし達はすずちゃんが元気でいられるようにずっと見守ってきた。大きくなるにつれて、検診の頻度も少なくなってきて、それはすずちゃんが元気になってきた証拠なんだって──思っていたかった。銀騎研究所は病院じゃないのに、ね」
「……」
陰りを帯びた、罪悪感さえも背負った、自分を蔑んだ笑み。
星弥のその表情に、蕾生は何も言えなかった。
「周防くんと唯くんがここに来るまでは、そんな甘えた幻想で自分を誤魔化してたんだ。だからわたしも知りたいの、すずちゃんに何が起きてるのか」
それまでの自分を悔やみながら、星弥は意を決して永と蕾生を力強く見つめた。その瞳には新たな光が灯っている。
「……話してくれてありがとう、と言っておくよ」
「永?」
少し穏やかな口調で永は星弥に頭を下げた。しかし次に顔を上げたその表情は、蕾生が見たことがないほど冷たく、暗く、そして激しい怒りを携えていた。
「でもおれは銀騎を許さない」
「……」
「──!」
蕾生も星弥も、永の剣幕に呑まれて身動きがとれなくなっていた。永の纏う怒りで周りの空気が震えているのではないかとさえ思う。
二人が息をすることも忘れて硬直していると、永はふっと力を抜いていつもの口調に戻った。
「とは言え、今日判明した疑問の全てを解明するのはなかなか大変そうだなあ」
「お、おう……」
永の感情の底知れなさを目の当たりにして、蕾生は返事をするのが精一杯だった。
「ごめんなさい、わたしがわかるのはこれくらいなの」
「あー、やっぱり鈴心チャンに聞くのが一番手っ取り早いよねえ」
「そうだな」
情報の手詰まりを感じて三人が沈黙していると、永が急に手を叩いて星弥に話題を振った。
「そうだ。一番最初に言ってたよね、親戚の子が銀騎詮充郎の研究について知りたがってるって」
「うん」
「鈴心チャンは何を知りたがってるの?」
「ええっと、主にはお祖父様の研究の内容かな? 最初はうちの陰陽師稼業のことも知りたがってたけど、わたしがほとんど知らないことがわかったら聞かれなくなったな。それでお祖父様の論文を読んで、ここはどういう意味かとか持ってくるの。でもわたしもさっぱりで、答えられないと冷ややかな目で見るんだよ、『この役立たず』って」
蕾生はなんとなくその表情がわかる気がした。小さいくせに凄んだらなかなかの迫力がある。だが、続ける星弥の言葉は思ってもみないもので。
「その睨んだ顔がすごく可愛くて!」
頬を紅潮させて言う星弥に、蕾生はがっくりと肩を落とした。やはりちょっと彼女は計り知れない。
「ま、君の変態性はおいとくけど、リンも何かを調べてるってことか」
苦笑しながら充分に心の距離をとって、永は先を促した。
「特に関心があるのは、ツチノコとキクレー因子、かな。兄さんにもたまに聞くみたいなんだけど、うまくはぐらかされるって」
「キクレー因子、ね」
永がその言葉を繰り返すとともに指で机をトントンと叩いた。何かひっかかるものがあるらしいが、蕾生にはさっぱりわからないので素直に質問してみる。
「なんだよ、それ?」
「銀騎詮充郎がだいぶ前に、空想の生物だと思われてたツチノコを発見して、生体を研究し、新種の生物として登録したって話はしたよね」
「その話なら耳タコだ」
過去に何回聞かされた事か。動画も、写真も、あらゆる資料を蕾生は見せられていた。
今なら、あれはこの時のためだったのかと思うが、それにしても多過ぎだと蕾生は呆れる。
「そのツチノコだけが持ってる遺伝子の特殊な配列がある。それを銀騎詮充郎はキクレー因子と名付けた」
「へえ」
まるで初めて聞くみたいな態度の蕾生に、永は肩を落としながら言った。
「ちょっと! この前の見学会で銀騎皓矢が説明したでしょ?」
「そうだったか? まあ、なんか聞いたことあるなとは思ったけど」
蕾生の反応に落胆つつ、それでも永は丁寧に説明した。
「うんうん、ライくんはそんなもんだろうねえ。でね、キクレー因子がツチノコの体にどんな影響を与えてるのか、他にもこれを持つ新生物がいるかも、っていうのが今の銀騎詮充郎の研究なわけ」
「その研究は進んでるのか?」
「それが進捗とかは一切公表されてないんだよねえ。ツチノコの時もそれまで何を研究してたか謎の博士がいきなり発表したから世界がビックリしたらしいよ。『銀騎詮充郎? 誰?』って!」
少し大袈裟な言い方だったが、星弥もそれに概ね賛成していた。
「そう、すずちゃんも研究がどこまで進んでるのかを知りたがってた。だからお祖父様のファンだっていう周防くんなら、何か噂とか知らないかなと思ったの」
「孫も知らないことを期待されてもねえ」
「じゃあ、周防くん自身はどう考えてるの?」
星弥がそう問いかけると、永は口端を少し上げて目を細める。
蕾生にはそれだけでヤバイとわかった。
永お得意の、都市伝説陰謀論講座が始まろうとしている。
永が星弥にそう聞いた時、蕾生は少し聞くのが恐ろしかった。
鵺の呪いを受けつつ、陰陽師の力まで有していたら、今の鈴心の負担は計り知れない。もしかしたらその辺りに鈴心が拒絶する理由があるかもしれない。
だが、現実はもっと恐ろしい事になりそうだ。今から語ろうとしている星弥の表情は、今までで一番怯えているからだ。
「……何?」
永は星弥を少し睨みつけながら続きを促した。
星弥の顔は少しも晴れず、永から視線を逸らして俯きがちに話し始める。
「すずちゃんがここにいる本当の理由。すずちゃんは、定期的にお祖父様の所に行って健康診断を受けてるの」
「……」
硬直した表情のまま、永の眉だけがピクリと動いた。
「わたしには健康診断って言われてるけど、本当は何をされてるのかわからないの。だって帰ってくるとすずちゃんは顔が真っ青でとても疲れてて」
人体実験。
星弥の説明を受けて、蕾生は先ほど永が戯けて言った言葉を思い出す。
まさか、そこまで。自分も毒されてるな、と頭の中で否定した。
「すずちゃんに聞いても、ただの定期検診だって。母親と同じ病気が出ないか経過観察してるって言うんだけど、とても信じられなくて。けど、わたしはそれ以上聞けなくて……お祖父様はわたしには会ってくれないし」
星弥の説明はまとまりがない。普段の理路整然とした物言いとはかけ離れていた。
それが、彼女の怯え、さらにはその対象への恐れをも感じさせる。
「それはいつから?」
永は感情のない声で聞いた。努めてそうしているようだった。
「確か、すずちゃんが六歳くらい。お祖父様がうちに連れてきたの」
「頻度は?」
「最初は毎日だったと思う。妹ができたみたいで嬉しくて、毎日すずちゃんを探してたから。その度に、お祖父様のところよって言われたの」
「毎日健康診断? そんな訳ねえだろ」
さすがに蕾生も口を挟んだ。それに頷いて星弥は続ける。
「そうだよね、あの時はわたしもこどもだったからよくわからなかったけど、思い返して見ると変だよね」
「それで?」
永の表情は凍りついていた。それに気圧されて星弥の言葉がますます辿々しくなる。
「ええとね、しばらくして兄さんが言ったの。すずちゃんは病弱で学校に通えないから、自分が勉強を教えるんだって。わたしには遊び相手になってあげなさいって」
「あいつ、学校行ってないのか?」
驚いて蕾生が問うと、星弥は神妙な面持ちで頷いた。
「うん。中学校も行ってないよ」
「鈴心はずっとこの研究所から出ていない?」
聞いたこともない低い声がした。それが永から発声されたものだと蕾生はすぐには気づけなかった。
「そう。お祖父様が許してないの」
「異常だろ、それ……」
銀騎詮充郎の暗く恐ろしい顔を思い出して、蕾生は身震いする。それとともに嫌な汗が額に滲んでいるのがわかった。
だが、蕾生よりも震えているのは星弥の方だった。
蕾生の言葉に星弥は懺悔でもするように告白する。
「そうかもしれない。でもわたし達はすずちゃんが元気でいられるようにずっと見守ってきた。大きくなるにつれて、検診の頻度も少なくなってきて、それはすずちゃんが元気になってきた証拠なんだって──思っていたかった。銀騎研究所は病院じゃないのに、ね」
「……」
陰りを帯びた、罪悪感さえも背負った、自分を蔑んだ笑み。
星弥のその表情に、蕾生は何も言えなかった。
「周防くんと唯くんがここに来るまでは、そんな甘えた幻想で自分を誤魔化してたんだ。だからわたしも知りたいの、すずちゃんに何が起きてるのか」
それまでの自分を悔やみながら、星弥は意を決して永と蕾生を力強く見つめた。その瞳には新たな光が灯っている。
「……話してくれてありがとう、と言っておくよ」
「永?」
少し穏やかな口調で永は星弥に頭を下げた。しかし次に顔を上げたその表情は、蕾生が見たことがないほど冷たく、暗く、そして激しい怒りを携えていた。
「でもおれは銀騎を許さない」
「……」
「──!」
蕾生も星弥も、永の剣幕に呑まれて身動きがとれなくなっていた。永の纏う怒りで周りの空気が震えているのではないかとさえ思う。
二人が息をすることも忘れて硬直していると、永はふっと力を抜いていつもの口調に戻った。
「とは言え、今日判明した疑問の全てを解明するのはなかなか大変そうだなあ」
「お、おう……」
永の感情の底知れなさを目の当たりにして、蕾生は返事をするのが精一杯だった。
「ごめんなさい、わたしがわかるのはこれくらいなの」
「あー、やっぱり鈴心チャンに聞くのが一番手っ取り早いよねえ」
「そうだな」
情報の手詰まりを感じて三人が沈黙していると、永が急に手を叩いて星弥に話題を振った。
「そうだ。一番最初に言ってたよね、親戚の子が銀騎詮充郎の研究について知りたがってるって」
「うん」
「鈴心チャンは何を知りたがってるの?」
「ええっと、主にはお祖父様の研究の内容かな? 最初はうちの陰陽師稼業のことも知りたがってたけど、わたしがほとんど知らないことがわかったら聞かれなくなったな。それでお祖父様の論文を読んで、ここはどういう意味かとか持ってくるの。でもわたしもさっぱりで、答えられないと冷ややかな目で見るんだよ、『この役立たず』って」
蕾生はなんとなくその表情がわかる気がした。小さいくせに凄んだらなかなかの迫力がある。だが、続ける星弥の言葉は思ってもみないもので。
「その睨んだ顔がすごく可愛くて!」
頬を紅潮させて言う星弥に、蕾生はがっくりと肩を落とした。やはりちょっと彼女は計り知れない。
「ま、君の変態性はおいとくけど、リンも何かを調べてるってことか」
苦笑しながら充分に心の距離をとって、永は先を促した。
「特に関心があるのは、ツチノコとキクレー因子、かな。兄さんにもたまに聞くみたいなんだけど、うまくはぐらかされるって」
「キクレー因子、ね」
永がその言葉を繰り返すとともに指で机をトントンと叩いた。何かひっかかるものがあるらしいが、蕾生にはさっぱりわからないので素直に質問してみる。
「なんだよ、それ?」
「銀騎詮充郎がだいぶ前に、空想の生物だと思われてたツチノコを発見して、生体を研究し、新種の生物として登録したって話はしたよね」
「その話なら耳タコだ」
過去に何回聞かされた事か。動画も、写真も、あらゆる資料を蕾生は見せられていた。
今なら、あれはこの時のためだったのかと思うが、それにしても多過ぎだと蕾生は呆れる。
「そのツチノコだけが持ってる遺伝子の特殊な配列がある。それを銀騎詮充郎はキクレー因子と名付けた」
「へえ」
まるで初めて聞くみたいな態度の蕾生に、永は肩を落としながら言った。
「ちょっと! この前の見学会で銀騎皓矢が説明したでしょ?」
「そうだったか? まあ、なんか聞いたことあるなとは思ったけど」
蕾生の反応に落胆つつ、それでも永は丁寧に説明した。
「うんうん、ライくんはそんなもんだろうねえ。でね、キクレー因子がツチノコの体にどんな影響を与えてるのか、他にもこれを持つ新生物がいるかも、っていうのが今の銀騎詮充郎の研究なわけ」
「その研究は進んでるのか?」
「それが進捗とかは一切公表されてないんだよねえ。ツチノコの時もそれまで何を研究してたか謎の博士がいきなり発表したから世界がビックリしたらしいよ。『銀騎詮充郎? 誰?』って!」
少し大袈裟な言い方だったが、星弥もそれに概ね賛成していた。
「そう、すずちゃんも研究がどこまで進んでるのかを知りたがってた。だからお祖父様のファンだっていう周防くんなら、何か噂とか知らないかなと思ったの」
「孫も知らないことを期待されてもねえ」
「じゃあ、周防くん自身はどう考えてるの?」
星弥がそう問いかけると、永は口端を少し上げて目を細める。
蕾生にはそれだけでヤバイとわかった。
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