第23話 逆盗聴
ー/ー 次の週末。そろそろ梅雨も本格化し毎日雨が降っていたが、この日曜の午後になって少し晴れ間が見え始めた。
それでも油断はできない。蕾生は教科書を数冊入れた学校用の鞄を左手に、右手には傘を持って永と連れだって歩く。
「今週の名目は中間テストの復習だってね」
「ああ、今日は一応教科書とか持ってきたぞ」
使うはずもないものを持って歩くのは面倒だが、永の様に何も持たずにいるのもなんだか気持ちが悪い。
先週は知らなかったからいいとしても、今日は口実がきちんとあるのだから、それに見合った格好で来るべきだと思った。蕾生はそう思ったのに、永は全く違っていたらしい。
「真面目だなあ、ライくんは」
「銀騎から連絡もらったろ? よく手ぶらで来れるな」
「だって僕、テスト間違えてないもん」
「……ああ、そうかよ!」
にこやかに嫌味を言ってのける永に苛立った蕾生は鞄を振り回した。それは空を切って永の横髪を掠める。全く避けようとしなかった態度にもなんだかムカついた。
そうしているうちに、銀騎邸にたどり着く。さすがに三度目ともなれば、不気味だと思った洋館風の佇まいも何も思わなくなってきた。
「いらっしゃい──どうかしたの?」
玄関を開けるなり、不機嫌な顔で立っている蕾生を見て星弥は首を傾げていた。
「別に……」
ブスったれた蕾生の後ろからひょっこり顔を出して永が笑う。
「僕が秀才過ぎて困るって話」
「──なるほど。イヤミだよね、それって」
永だけが手ぶらで来たことに即座に気づいた星弥は、二人のやり取りも読み取ったのだろう、永に白い目を向けて冷たくそう言った。
蕾生がそれに無言で頷くと、永も些かの居心地の悪さを感じて話題を変える。
「鈴心チャンは今日もお籠もりかな?」
「うん……朝からずっとね。鍵はついてないから、引っ張り出そうとすればできないこともないけど」
星弥は少し暗い表情だった。毎週二人を家に呼んでおいて、肝心の鈴心には会わせてやれないことに少しの罪悪感を感じている。
それは永も感じ取っており、肩で息を吐いた後、強がるように言った。
「できれば自分から出てきて欲しいんだけどね」
「わたし達が部屋の前で騒いだら、うるさくて出てくるかな?」
永に弱気を悟られてしまったという思いから、星弥はらしくない冗談を言う。
二人の感情の機微は蕾生には捉える事が難しい。ただその提案を言葉通りに受け取って、呆れつつ溜息混じりで呟いた。
「昔話じゃねえんだから……」
「あ、でもそれ使えるかも」
不意に永が明るい声を出す。蕾生と星弥が注目していると、永はにんまりと微笑んだ。とりあえず腰を落ち着けようと言いながら、すっかり馴染みになった応接室へと急ぎ足で向かった。
「鈴心チャンは自分専用の携帯電話って持ってるかな?」
「もちろん、持ってるけど」
「よーし、じゃあ、銀騎さんはこのアプリ、ダウンロードしてくんない?」
部屋に入るなりソファの定位置にちゃっかり座って、永は自分の携帯電話の画面を見せながら星弥にあるアプリを示す。
そして永の携帯電話から星弥の携帯電話に、聞いたこともない名前の怪し気なアイコンのアプリが送られた。
「インストールしたけど、なあに? これ?」
「そのアプリを起動したままで、鈴心チャンにいつものメッセージアプリでメッセージを送り続ける」
「ええ?」
星弥の理解が追いつかないので、永はニコニコしながら星弥の手を取ってその中の携帯電話を握った。
その手管は実に鮮やかだ。詐欺だったらどうするんだろうと、蕾生は星弥の警戒心の無さを少し心配する。
だがそれは彼女がこちらを百パーセント信じてくれている証でもある、と思ったが、それを差し引いても永の持ち込んだアイテムは胡散臭い。
「ここをこうすると……君の携帯電話が拾った音声をすぐに文章化して、相手にそれを送信し続けることができる」
「わたし達の会話を無理矢理送りつけて読ませる、ってこと?」
「そ。元は盗聴目的に開発されたものなんだけど、役に立つ日が来るなんてねえ」
「誰が作った、そんな物騒なモン」
蕾生はいい加減につっこまないとどんどん怪し気なアイテムが増えると思った。永はウフフと笑いながら画面を操作している。
「うん、顔も知らないトモダチがちょっとねー」
「お前は相変わらずネットで危ない橋渡ってんな……」
「まあまあ、このやり方なら法には触れないでしょ? 言わば『逆盗聴』だからね」
全く悪びれない永に、蕾生も溜息しか出ない。
「すずちゃんが電源切っちゃったら?」
星弥が少し不安気に言うと、永はギャンブラーのような顔をして言った。
「そこは賭けだよね。でもやって見る価値はあると思わない?」
「まあ、だめで元々か」
何にしてもとっかかりが欲しい。蕾生も渋々賛成した。
「わかった、やってみよう。あー、でも後で絶対わたしが怒られるよお」
星弥も決意を見せた後、鈴心に睨まれることでも想像したようで、顔を緩ませながら困っている。
「……嬉しそうだな」
そんな彼女を見て蕾生は少し引いた。
「よし、じゃあ、スタート!」
永は星弥の態度もにこやかにスルーして大袈裟に片手を上げ、テーブルに置かれた星弥の携帯電話の画面を人差し指でタップした。
「……もう、喋ったら送信されるの?」
初めて使う怪しげなアプリに、少しの沈黙が流れる。星弥は緊張しながら小声で喋り出した。
「うん。すでに送られてるよ、ほら」
永が携帯電話の画面を指し示すと、会話の通りに文字が打たれ送信されていることを示すアニメーションが流れる。
「ほんとだ。あ、既読ついた!」
三人は読まれもせずに鈴心側が退出することも考えていたが、意外とすぐに反応があった。それに気をよくした永が少し戯けて見せる。
「おーい、リン、見てるかあ? ハルだよーん」
「すずちゃん? 私達の会話を読んで、興味が出たら降りてきてね?」
「ほら、ライくんもなんか喋って!」
永に促された蕾生は、二人のように軽い感じで喋ることなど出来ない。自然と怒った口調になってしまう。
「鈴心、おいこら、とっとと出てこい」
「あ! スタンプ返ってきた!」
返信の代わりに返ってきたのは、とても可愛らしい兎が「殺す」と言っているイラストだった。
「すずちゃんお気に入りの、ウサコロちゃんだ!」
それを見て星弥は声を弾ませて喜んだが、永と蕾生は目を合わせる。二人の考える鈴心の印象とは意外な反応だったからだ。
特に永は鈴心が携帯電話を巧みに操作する事、さらにはファンシーなスタンプまで使いこなす事に驚いている。
「ま、まあ、反応は悪くないようだしこのままおしゃべりしよっか!」
少しぎこちない永の号令の後、三人は頭を寄せ合って、星弥の携帯画面を注視しながら会話を始めるのだった。
それでも油断はできない。蕾生は教科書を数冊入れた学校用の鞄を左手に、右手には傘を持って永と連れだって歩く。
「今週の名目は中間テストの復習だってね」
「ああ、今日は一応教科書とか持ってきたぞ」
使うはずもないものを持って歩くのは面倒だが、永の様に何も持たずにいるのもなんだか気持ちが悪い。
先週は知らなかったからいいとしても、今日は口実がきちんとあるのだから、それに見合った格好で来るべきだと思った。蕾生はそう思ったのに、永は全く違っていたらしい。
「真面目だなあ、ライくんは」
「銀騎から連絡もらったろ? よく手ぶらで来れるな」
「だって僕、テスト間違えてないもん」
「……ああ、そうかよ!」
にこやかに嫌味を言ってのける永に苛立った蕾生は鞄を振り回した。それは空を切って永の横髪を掠める。全く避けようとしなかった態度にもなんだかムカついた。
そうしているうちに、銀騎邸にたどり着く。さすがに三度目ともなれば、不気味だと思った洋館風の佇まいも何も思わなくなってきた。
「いらっしゃい──どうかしたの?」
玄関を開けるなり、不機嫌な顔で立っている蕾生を見て星弥は首を傾げていた。
「別に……」
ブスったれた蕾生の後ろからひょっこり顔を出して永が笑う。
「僕が秀才過ぎて困るって話」
「──なるほど。イヤミだよね、それって」
永だけが手ぶらで来たことに即座に気づいた星弥は、二人のやり取りも読み取ったのだろう、永に白い目を向けて冷たくそう言った。
蕾生がそれに無言で頷くと、永も些かの居心地の悪さを感じて話題を変える。
「鈴心チャンは今日もお籠もりかな?」
「うん……朝からずっとね。鍵はついてないから、引っ張り出そうとすればできないこともないけど」
星弥は少し暗い表情だった。毎週二人を家に呼んでおいて、肝心の鈴心には会わせてやれないことに少しの罪悪感を感じている。
それは永も感じ取っており、肩で息を吐いた後、強がるように言った。
「できれば自分から出てきて欲しいんだけどね」
「わたし達が部屋の前で騒いだら、うるさくて出てくるかな?」
永に弱気を悟られてしまったという思いから、星弥はらしくない冗談を言う。
二人の感情の機微は蕾生には捉える事が難しい。ただその提案を言葉通りに受け取って、呆れつつ溜息混じりで呟いた。
「昔話じゃねえんだから……」
「あ、でもそれ使えるかも」
不意に永が明るい声を出す。蕾生と星弥が注目していると、永はにんまりと微笑んだ。とりあえず腰を落ち着けようと言いながら、すっかり馴染みになった応接室へと急ぎ足で向かった。
「鈴心チャンは自分専用の携帯電話って持ってるかな?」
「もちろん、持ってるけど」
「よーし、じゃあ、銀騎さんはこのアプリ、ダウンロードしてくんない?」
部屋に入るなりソファの定位置にちゃっかり座って、永は自分の携帯電話の画面を見せながら星弥にあるアプリを示す。
そして永の携帯電話から星弥の携帯電話に、聞いたこともない名前の怪し気なアイコンのアプリが送られた。
「インストールしたけど、なあに? これ?」
「そのアプリを起動したままで、鈴心チャンにいつものメッセージアプリでメッセージを送り続ける」
「ええ?」
星弥の理解が追いつかないので、永はニコニコしながら星弥の手を取ってその中の携帯電話を握った。
その手管は実に鮮やかだ。詐欺だったらどうするんだろうと、蕾生は星弥の警戒心の無さを少し心配する。
だがそれは彼女がこちらを百パーセント信じてくれている証でもある、と思ったが、それを差し引いても永の持ち込んだアイテムは胡散臭い。
「ここをこうすると……君の携帯電話が拾った音声をすぐに文章化して、相手にそれを送信し続けることができる」
「わたし達の会話を無理矢理送りつけて読ませる、ってこと?」
「そ。元は盗聴目的に開発されたものなんだけど、役に立つ日が来るなんてねえ」
「誰が作った、そんな物騒なモン」
蕾生はいい加減につっこまないとどんどん怪し気なアイテムが増えると思った。永はウフフと笑いながら画面を操作している。
「うん、顔も知らないトモダチがちょっとねー」
「お前は相変わらずネットで危ない橋渡ってんな……」
「まあまあ、このやり方なら法には触れないでしょ? 言わば『逆盗聴』だからね」
全く悪びれない永に、蕾生も溜息しか出ない。
「すずちゃんが電源切っちゃったら?」
星弥が少し不安気に言うと、永はギャンブラーのような顔をして言った。
「そこは賭けだよね。でもやって見る価値はあると思わない?」
「まあ、だめで元々か」
何にしてもとっかかりが欲しい。蕾生も渋々賛成した。
「わかった、やってみよう。あー、でも後で絶対わたしが怒られるよお」
星弥も決意を見せた後、鈴心に睨まれることでも想像したようで、顔を緩ませながら困っている。
「……嬉しそうだな」
そんな彼女を見て蕾生は少し引いた。
「よし、じゃあ、スタート!」
永は星弥の態度もにこやかにスルーして大袈裟に片手を上げ、テーブルに置かれた星弥の携帯電話の画面を人差し指でタップした。
「……もう、喋ったら送信されるの?」
初めて使う怪しげなアプリに、少しの沈黙が流れる。星弥は緊張しながら小声で喋り出した。
「うん。すでに送られてるよ、ほら」
永が携帯電話の画面を指し示すと、会話の通りに文字が打たれ送信されていることを示すアニメーションが流れる。
「ほんとだ。あ、既読ついた!」
三人は読まれもせずに鈴心側が退出することも考えていたが、意外とすぐに反応があった。それに気をよくした永が少し戯けて見せる。
「おーい、リン、見てるかあ? ハルだよーん」
「すずちゃん? 私達の会話を読んで、興味が出たら降りてきてね?」
「ほら、ライくんもなんか喋って!」
永に促された蕾生は、二人のように軽い感じで喋ることなど出来ない。自然と怒った口調になってしまう。
「鈴心、おいこら、とっとと出てこい」
「あ! スタンプ返ってきた!」
返信の代わりに返ってきたのは、とても可愛らしい兎が「殺す」と言っているイラストだった。
「すずちゃんお気に入りの、ウサコロちゃんだ!」
それを見て星弥は声を弾ませて喜んだが、永と蕾生は目を合わせる。二人の考える鈴心の印象とは意外な反応だったからだ。
特に永は鈴心が携帯電話を巧みに操作する事、さらにはファンシーなスタンプまで使いこなす事に驚いている。
「ま、まあ、反応は悪くないようだしこのままおしゃべりしよっか!」
少しぎこちない永の号令の後、三人は頭を寄せ合って、星弥の携帯画面を注視しながら会話を始めるのだった。
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