55.いつか夢見し、人の体温《ぬくもり》
ー/ー 可愛らしい家のドアを叩き、勝手に開けて中に入るゼン。
「よお」
「な、なにしにきたんですか!!」
「……そんなに警戒すんなよ、なにもしねえ」
テーブルでお茶を飲んでいたらしいイーリカ、咄嗟にギュッと、身を縮こまらせる。
勝手に入ってきたことにも驚いたが、侵入者がゼンだった事に、恐怖を感じたらしい。
「イーリカ」
近づくゼン、一歩ずつ下がるイーリカ。その距離は縮まらない。
「わかったわかった、止まる」
嫌悪し、睨みつけ、近づけさせない。
「あの日のこと、悪かった」
「……え」
頭を掻きながら、バツが悪そうな表情で、ぶっきら棒に謝罪の言葉を口にするゼン。まさかの言葉を聞き、イーリカは強張らせて、緊張させてた顔と体を解いていった。
「本当に、悪いと思っていますか」
「あぁ。あいつに殴られるくらいには」
「お、お父さんが?!……そうですか」
少し悩んだあと、意を決した様子で少しだけ歩み寄るイーリカ。
「受け取ります、その言葉」
「そうか」
「いいですか、誰彼構わず、あんなことはしないと約束してください」
「あの時は理由が……いや、いい、わかった」
そっと手を伸ばし、頬に触れるイーリカ。思いがけない行動に、ゼンは目を見開いた。
「私の受けた傷を、父が拳に乗せてくれたのなら、それでいいです。一応、だいぶ、遅くなっていますが?謝罪らしきものも受け取りましたし」
「らしきって、これが俺の、精一杯なんだ、文句言うな」
「あの時より、だいぶ穏やかになりましたね……殴られたところは大丈夫ですか?」
「顔面の骨半分、粉々にされたな。ま、治してもらったから問題ねぇよ」
フッと笑うゼンを、なぜか目が離せず、ジッと見つめてしまうイーリカ。
「できるだけ努力する」
「な、え、なにを、ですか」
「だから、お前も、できるだけあいつと一緒に過ごせ」
「えっ、あっ?!」
頬に添えられたイーリカの右手に、自分の左手を重ねて目を閉じ、擦り寄せるゼン。
「お前はあいつと同じで強いし、あったけぇのな」
また優しく笑うゼン。なぜか顔が熱くなっていくイーリカ。
「お?なんだ?惚れたか?」
今度はニッと笑って、右手でイーリカの頬をぷにぷにと触り出す。さすがに耐えきれず、イーリカはゼンから無理やり離れた。
「そわなわけ……ないでしょう!」
「はっ!そりゃ残念だ」
「え、え」
「冗談だ、絶壁にゃ興味ねぇの、俺」
「〜〜〜〜っ!!出ていってください!!」
ゼンの背中を押し、外へ押し出しドアを閉じるイーリカ。ドア越しにゼンは、別れを告げた。
「約束は出来ない」
「父にも、その覚悟があるみたいです……だからもう、止めません」
「そうか……じゃあな」
足音が遠ざかっていく。
胸に手を当て、思い出す……父から聞いていたゼンという人物、自分を辱めようとした男。
「確かにまだ、怖いはずなのに……お父さん……」
「ん、なんだ?ただいま、イーリカ」
「わぁっ?!」
「な、そんなに驚かれるとさすがに傷つくのだが?」
ドアの前で考え事をしていたイーリカは、帰宅したアダルヘルムに気付かず、異様な驚き方をした。
「ゼンはちゃんと来たか?」
「お父さんが……お互いに……そうなのね…………うん、大丈夫……ちゃんと謝ってくれぇ――」
触れた頬、触れられた頬、思いもよらず見せた優しい笑み。思い出し、真っ赤に染まる。
「……っ!?またなにかしたのかあの男は!!」
「ち、ちがいます!これは私が勝手に!ちゃんと謝罪してくれましたから!もう大丈夫ですから!」
拳に力を込めながら出ていこうとしているアダルヘルムを、慌てて止めるイーリカ。
なにもなかった……訳でもないことは、イーリカの様子を見れば一目瞭然だった。だが、傷付けられた、というわけではないその様子に、察してしまう。自分の勘の良さを恨むように深いため息を付き、イーリカの頭を撫でながら静かに言った。
「…………あいつは、やめておきなさい」
「うっ……おとうさん……っ」
これから先、どうにかなるわけではない事は分かってはいるが、父として、大事な娘にそれだけは伝えておきたかったようだ。
翌日、朝早くから町は騒がしく、忙しく動き始めた。
新生魔族の侵攻の情報は、秘密裏にギルドにのみ共有されたもの。情報源がゼンなのだから、王都に漏らすなどするはずは無いのだが、流石に大きな兵器の移動、統率の取れた冒険者の動き……警備として配属させている騎士団が怪しみ始めてはいた。
「一応、大きいのは目隠しの魔法をしてあるけど、物質自体はそこあって、触れたりはするからネ〜」
「バレたところで、だが。こっちの摘発のために王都で兵を揃え終わる頃にはもう遅い。向こうとしてもちょうどいいだろ。ま、もし文句言ってきても、そん時の対応はコイツがやるから問題ねぇ」
ニッとゼンに親指で指されたアダルヘルムは、腕を組み、得意げな顔をして応えた。
「優しさなのか計画的なのか相変わらず濁すやり方をする……いいだろう、あなたが表立つ方が揉め事が増えるしな?承知した」
「はっ!来るのはどうせフォンゼ――……頼む」
冗談で嫌味を言ったつもりで、いつも通りの嫌味で返ってくると思っていたアダルヘルム。ハーフェンでのフォンゼルのことを思い出し、珍しく身震いをしたゼン。
「じゃ、行くわ」
「ああ、こちらは問題無い、私もファイン殿と共に行く」
ギルド支部から出ようとした時、忘れ物を取りにミウを連れて戻って来たイーリカ。慌ててゼンを呼び止めた。
「ゼンさん!」
「あ?」
「これをイエルに……一緒に召し上がっても、いいですけど」
ズイッと押し付け、あからさまに1人前ではない食べ物が入った袋をゼンに渡した。
「へぇ?優しいねぇ?」
「別にゼンさんの為じゃないです、弟は根詰めると食事を取ることを忘れてしまうので!」
「俺をお使いに使おうなんていい度胸だなイーリカぁ?」
「ちょ!やめてください!お父さん!やめさせて!!」
「やれやれ……嫌ならもっと抵抗してくれ……」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、嫌がる声を出しているはずなのに、嬉しそうなイーリカ。助けを求められたアダルヘルムは一応、ゼンの腕を引っ張り外に連れ出してくれた。
「イーリカ、無自覚が過ぎる……もう少し淑女らしくしろ」
「私はなにも……!ゼンさんが!」
「じゃあな〜遠慮なく食わせて貰うぜ〜?」
遠ざかる声……姿を見送り少し寂しそうなイーリカの隣でミウが、ため息をついた。
「ミウ、知ってる……ゼン、罪な男……それも、悪いけど……イーリカの、無自覚ツンデレ気質も悪い……あにぃも、大変」
「つん……?なんですか?ミウさん?」
「属性、過多……はやく、戻ろ?」
容姿はイーリカの方が大人の女性だ。だが今は、幼い容姿であるミウの方が、落ちつきのある淑女の様だった。
「おい、お前、くせーからまずは風呂はいれ」
「と、突然来て開口一番それっすか?!ちょ……自分でやり……わぁあ?!」
予定数の魔力基板を作るため、寝食、衛生面、全てを捨てて取り組んだ結果が、異臭と不潔。
首根っこを掴まれ、浴室に連れて行かれたイエル。衣服を脱がすことに長けているゼンに成すがまま裸にされ、お湯を浴びさせられた。
「アダルヘルムに必ず風呂は作れと言っておいて正解だったな」
犬を洗うように、乱暴にイエルを泡だらけにするゼン。
「もっと優しくしてほしいっす……ぶえっ!」
「俺は乳のデカい女以外にゃ優しくしねぇんだよ、男なんて論外だ」
「なら自分で洗うっすから!そこはダメ〜〜〜〜っ!」
潔癖と言うほどではないが、相手に失礼がない程度には清潔さを保つ事にしているゼン。あまりにもなイエルに我慢ならず、聞く耳を持たない。
洗うことに一生懸命になり過ぎ、思わずイエルの股間に手を滑らせてしまった。
「結構デカイな?アダルヘルムといい勝負してるな?息子の息子もご立派、ってとこか」
「な、なにいってんです?!」
「ま、使い道なさそうだが」
「…………っす」
桶に溜めたお湯を、豪快にイエルの頭からかけ泡を流した。
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