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楽しいシェアハウス(入居者募集中!)

ー/ー



 エリシアは、自身が所有する豪奢な洋館で、ヴァイの知り合いたちを招いたハウスパーティを開いていた。



 普段のエリシアの社交界とは一線を画す、完全に無法地帯と化した空間。

 派手な照明が揺れる中、アウトローなオジたちがそこかしこで「煙」を吸ったり吐いたりしている。ヴァイはソファにふんぞり返り、酒瓶を片手にご機嫌だった。



 その中央で——



「どおぉこでええぇ! 壊れたのおおおおうフレえええぇ〜んず!!」



 カラオケで熱唱するエリシア。マイクを握る手には一切の迷いがない。



「いいぜ〜!」



 ヴァイが適当にヤジを飛ばすと、周囲の荒くれ者たちも「おお!」と歓声を上げた。

 リズムに合わせてテーブルを叩く者、手拍子をする者、そして相変わらず「煙」をくゆらせる者——場は最高潮に達していた。



 「どんどん歌いますわよ〜! 次は——」



 ——ピッピッ……ピッ



 —— アジアの純真



 イントロが流れ始めると、エリシアはマイクを構え、優雅に歌い始めた。まるで自分のコンサートかのような堂々たるステージングである。



 その間、オジたちは完全に「パッキパキ」の状態で、意味不明な会話で盛り上がっていた。



「マジだって!」
「嘘つけええエエェ!」



 テーブルをバンバン叩きながら、目をギラつかせたオジが叫ぶ。



「マジマジ! 着地する瞬間によ、こう、クルッって回るとよ! 衝撃が殺されて怪我しねえんだって!」



「おま! 刃牙 の読みすぎだろ!」

「ゲヒャヒャヒャヒャ〜!」



 笑い声と共に、煙がもうもうと立ち込める。誰もが好き勝手に騒ぎ、完全にカオスと化していたが——

 エリシアはまったく気にせず、気持ちよく熱唱し続けていた。



「ちょ、あのさあ! デリ呼ぼうや! デリ!」

「おおおおぉ! キメセクしようぜ!」

「ちょ待って、探すわ!」



 スマホを取り出してゴソゴソし始めるオジたち。完全にテンションがぶっ飛んでいる。



「てか、エリシアさんに言わなくていいのかよ!」



 一瞬の沈黙。

「……」



 ステージの上では、エリシアが変わらぬ熱量でアジアの純真を熱唱中。完全に自分の世界に入っている。

 その代わりに、ヴァイがソファから身を乗り出し、ニヤリと笑いながら答えた。
 


「いいゼェ〜! 好きにしな! こいつの家だけど。」

「へへへへへ!」



「お前の家じゃねえのかよ!」



 ツッコむ間もなく、また笑い声が響き渡る。カオスは止まらない——。



 パーティが中盤(?)に差し掛かった頃——



「じゃあお前! 明日やってみろよ!」

「おうおう! 2階から飛び降りて試してみようかな!」



「やめとけやめとけ!」と誰かが笑いながらツッコむも、当の本人たちはすでにノリノリだ。



 その一方で——



 ——白のパンダを〜♪ どれでも全部並べええぇてええええええぇ!!



 エリシアが、最後の力を振り絞って熱唱していた。そして——



「ふぅ……」



 歌い終え、ふと腕時計に目をやる。



「ううぇ〜喉が……、げ! こんな時間」

「どうした! もう終わりかぁ!?」



 ヴァイが酒瓶を振り回しながら叫ぶ。エリシアは一瞬考えたが、すぐに我に帰った。



「じゃ、そろそろ帰りますわね〜。あとは好きにしておくんなまし。」

「おう! お言葉に甘えてな……ゲヘヘヘヘ!」



 オジたちはニヤニヤしながら手を振る。



「私はシンデレラタイムですので。」



「シンデレラっておま……! ガラスの靴でも履いてこいよ!」

「はっはっはっは!」



 そんなオジたちの笑い声を背に、エリシアはさっさと帰宅の準備を始めた。



(ちょっと歌いすぎますたわね〜)



 喉をさすりながら、彼女は満足げに微笑んだのだった。



 エリシアが帰った後も、洋館では乱痴気騒ぎが続いていた。



「この辺てよぉ〜、生い茂ってんじゃん?」

「ゲヘヘぇ〜? コンビニもねえもんな!」



 酒も回り、テンションは最高潮。オジたちは完全に理性を手放している。



「鳥撃ってよ〜ターキー食おうぜ!」



「マジ? ケンタッキーじゃん! セルフケンタじゃん!」

「ゲヒャヒャヒャ!」



 意味不明な会話を繰り広げながら、夜は過ぎていった——。



 翌日——



 ——ピロリロリン



 タワマンの一室に、アラーム音が響く。



 エリシアは布団の中で目を覚ました。昨夜のカラオケ熱唱と酒のせいで、喉がガラガラだ。



「ん……だる……」



 ぼんやりした意識のまま、枕元のスマホを手に取る。すると、画面にはリマインダーの通知が。



 ——シェアハウス、生配信、宣伝



「……ん……なに……これ……」



 頭が回らないまま、画面を見つめる。

 数秒の沈黙。



 そして——





「ヴァあああああああ!」





 えぐいしゃがれ声で悲鳴を上げるエリシア。



「ゔぁすれてだ〜!(忘れてたー!)」



 昨夜の乱痴気騒ぎと熱唱の余韻が、一瞬で吹き飛んだ瞬間であった——。



 エリシアは焦ってスマホを握りしめ、エリシア商事の営業に急いで電話をかけた。



 ——プルルルル……プルルルル……



「ボシボシィ?」



 社員の声が返ってきた。



「エリシアさんですか? もうそろそろ出発しないと……」

「……ゔぇ?」



 瞬間、全身が冷える。

 恐る恐る窓のカーテンを少し開けて、下を覗き込むと——



 タワマンの駐車場には、すでに社員たちが待機していた。



 スーツ姿の営業チームが車の横で腕時計を見ながら、今か今かと待ち構えている。

 エリシアはスマホを握りしめたまま、絶望的な表情で口を開いた。



「ヴィええええぇえええぇ(キエエエェえええ〜)!」



 タワマンに朝から響き渡る、しゃがれた絶叫。
 完全に詰んだ——。



 エリシアは運転手に急がせて、全速力で洋館へと向かった。



 今日の予定は、この洋館をシェアハウスとして紹介する生配信だったのだ。



 もともとは録画して編集するはずだったのだが——





「生配信の方がその場で要望に応えられるし、後ついでにスパチャでガッポリ稼ぐ! まじで頭いいアタクシ!」





 ——という謎の閃きにより、急遽 生配信 になったのである。



 しかし、洋館に着いた瞬間、スタッフの一人が心配そうに声をかけた。



「エリシアさん……ガラガラ声ですけど……」

「ヴァぁ!?」



 想定外のトラブルだった。喉が完全に終わっている。



(やっべ……この声で配信とか、まるで昨日飲み歩いたオッサンですわ……!)



 だが、エリシアはすぐに機転を利かせた。部下に向かってビシッと指をさす。



「ちょっと、アレに電話なさい!」

「アレ……?」

「いいから! すぐに!」



 慌てた部下がスマホを取り出し、指示された番号に電話をかける。



 ——プルルル……



「もしもしぃ……エリシア商事ですけど」



 電話の相手は、ナレーターもこなす女性声優。



 エリシアの交友関係は広い。



 そこで彼女が思いついたのは、 プロの声優に「とりあえず雰囲気で」アドリブのナレーションを依頼する という強引な策だった。



(これで私がしゃべらなくても、プロの美声で配信が回りますわ! フフ……まじで頭いいアタクシ!!)



 そうして、まさかの 「声だけプロ」生配信 が幕を開けようとしていた——。



 そして、生配信が始まった。



 カメラの前にはエリシア。



 だが、彼女は一言も発しない。代わりに、イヤホンから聞こえるナレーターの美声が、まるで彼女自身が語っているかのように流れていく。



「本日、みなさまにお見せするのはこちら。」



 エリシアが優雅な仕草で指し示すと、その先には堂々たる洋館がそびえ立っていた。



「とてもエレガントで……その……アバンギャルドなシェアハウスでございます。」



 アバンギャルド。

 一瞬、ナレーターが言葉を選んだ気がしたが、エリシアは気にしない。むしろ「それっぽい響きで高級感が増した」とさえ思っている。

 撮影担当のスタッフはiPhoneを構え、慎重にエリシアを捉えている。

 そして、コメント欄には次々と視聴者の反応が流れた。



「でけえ!」
「すげえ家だな」
「家賃高そう」



 予想以上の盛り上がり。スパチャも早くもチラホラ飛び始めている。



(フフ……やはり私の計画は完璧ですわ……!)





 ——パアアァン!





 突如響き渡る銃声。



 エリシアはビクッと肩を跳ね上げた。カメラも一瞬揺れる。コメント欄は一気に騒然となる。



「え、今の何?」
「銃声?」

「おいおい、ヤバいとこじゃねえだろうな?」



 だが、ナレーターはプロ。微塵も動揺しない。むしろ冷静に、滑らかに、あくまで予定通りかのように言葉を紡ぐ。



「えっと……ま、視聴者の方々に……サプライズということで……ささやかですがクラッカーでお出迎えを、と。」



 その瞬間、コメント欄の反応が切り替わる。



「クラッカー!? びっくりしたw」
「やめろよ心臓に悪いwww」
「オシャレな演出かと思った」



 エリシアはホッと胸をなでおろしながら、ナレーターのプロ魂に心の中で拍手を送った。



(つ、強すぎる……! プロは違いますわね……!)



 いよいよ中に入る。



 エリシアは引き続きカメラを意識しながら、優雅に玄関のドアを開けた。



 ——げヒャヒャヒャ〜!

 ——カニ食っべいこおおおおおお!

 ——下手くそ! 下手くそ! へっへっへっへ〜!



 談話室の方から、完全にアウトなテンションの叫び声が聞こえてくる。



(げっ!? あいつらまだやってんのかよ……)



 一瞬、エリシアの顔がひきつる。昨夜の乱痴気騒ぎはもう終わったと思っていたが、まさかまだ続いているとは——。

 しかし、ここで顔を曇らせては配信が台無しになる。心の声をグッと押し込み、作り笑顔のままカメラ目線を維持する。



 すると——



「非常に賑やかで開放的な場所ですねぇ。住人の方々でしょうか? 満喫しておられます。」



 ナレーターのあくまでも冷静なコメントが入った。

 コメント欄はすぐさま反応する。



「楽しそうwww」
「陽キャの巣か?」
「選曲がおっさんで草」



 嫌な予感がするエリシアは、談話室の前を通り過ぎる際に歩調を速めた。



(ここはスルーで……関わらないのが一番ですわ……)



 中からは相変わらず 「カニ食っべいこおおおお!」 だの 「へっへっへっへ〜!」 だの、混沌とした叫び声が聞こえてくるが、絶対に深入りしてはいけない。



 ——その時、画面にコメントが流れた。



「トイレは?」

「こんなすげえ家なんだからトイレもハイテクなんだろうなぁ」



(……トイレならいいでしょ)



 談話室に突撃するよりは 100倍マシ だろう。

 エリシアはすぐに判断し、無言で頷いた。

 すると——察したナレーターが、タイミングよく滑らかに言葉を繋げる。



「では、みなさまのご希望にお応えして、トイレの紹介をしましょう。」



 カメラがエリシアに向けられ、次の目的地が決まった。



 ——ガチャ



 エリシアは優雅に(※演出上)トイレのドアを開けた。



 カメラの前には——





 満開に咲き誇る花と青々しい草が——





 ——便器の中で生い茂っていた。





 「ゔぁ!?」



 思わず変な声が出るエリシア。



「……」
「……」



 カメラは動かない。沈黙が流れる。



(誰がこんなことを……あ、あいつら〜!!)



 昨夜のアウトローたちの顔が脳裏に浮かぶ。これは間違いなく酔った勢いの悪ふざけである。

 ここまで来ると、もはや何を言っても無駄。エリシアは静かに心を決めた。



(……もう全部、ナレーターに任せますわ……!)



 そして、ナレーターもプロ。完全に事態を察し、一瞬の迷いもなく冷静にコメントを入れる。



「最近はですね〜、バンクシーなどの現代アートが注目されていますから……。こちらのトイレもデザイナーズハウスの一環ですね。やはり、インテリアも上級なものを、と。」



 カメラマンの手元が微かに震えている。コメント欄もざわつき始めた。



「いや、草」
「まさに草」
「クサじゃなくてクソだろ定期」
「便器に花咲かせるなw」



 スパチャが飛ぶ。

 エリシアは静かに額を押さえた。



 そしてコメントは容赦がない。



「そういえば、さっきの部屋スルーしてね?」

「なんの部屋だったの?」
「個室見たい! 見せて!」



(げっ……)



 完全に気づかれている。

 ここで無視すれば、「隠してる何かがある」 と思われるのは目に見えている。エリシアは内心で冷や汗をかきながら、最後の希望をかけて談話室のドアを開けた。



 ——ガチャ





「チョメラアァ!」
「ぴょおおおおおぉ!」
「へっへっへっへ〜」





 ——モクモク

 一面の煙。



 しかも、多分……タバコじゃない。「違うやつ」だ。



(ゔぁぁぁぁぁ……!)



 だが——

 ナレーターは最強だった。



「まぁ……ついつい母国語が出てしまいますね。楽しいですからね。当シェアハウスは、楽しいひと時を提供します。」



 カメラの奥でスタッフが肩を震わせている。コメント欄は当然のようにツッコミまみれだ。



「え、タバコ吸っていいの?」
「概要欄に全館禁煙って」



(げっ……)



 エリシアは何とか誤魔化そうと、必死に身振り手振りで「いやいや、違うんですのよ!」とアピールする。

 その瞬間——

 ナレーターが、すかさずフォローを入れた。



「実は非常に申し訳ありませんが……その……喫煙ルームを作って差し上げようという話になりまして。」



(グッジョブ!!)



 エリシアは心の中でナレーターに全力で拍手を送る。

 コメント欄の反応も変わった。



「なるほどな、対応早いな」

「いいね、喫煙者のことも考えてくれるの偉い」



 こうして、ナレーターの神業により、シェアハウス配信の崩壊はギリギリ回避された。



 談話室から、逃げるように飛び出す撮影チーム。

 エリシアも足早にドアを閉め、深呼吸する。



(あっぶな……! でも、ここまで来ればもう大丈夫ですわね……)



 気を取り直して、次は個室エリアの紹介へ。

 幸いなことに、昨夜の イカついオジたち は個室には入っていなかったらしい。ベッドに無駄な「使用感」もなく、乱れた形跡もない。



(……セーフ!)



 ほっと胸をなでおろした瞬間、流れるようなナレーションが入る。



「お部屋も……実は防音性能にこだわっておりまして……」



 ——コッコッ



 エリシアが壁を叩いて実演する。

 ……おお、まったく響かない。 素晴らしい性能だ。



「家具も全てデザイナーがセレクトした逸品。そのままお使い頂けます。」



 カメラがスムーズに部屋を移し、スタイリッシュなインテリアを映し出す。

 コメント欄も絶賛モードに。



「うお、オシャレ!」
「こんな部屋住みてぇ!」
「やっぱ家賃高いんだろ?」



「ベッドも一級品。ギシギシなんてうるさい音は一切しません。 どうです? 素晴らしいでしょ?」



 配信も順調に進み始めた頃。

 ナレーターもすっかり慣れたようで、滑らかに説明を続ける。



「こちらの窓……大きいですねぇ……外の景色を見てみま——」





 ——ヒュッ





 エリシアとカメラが窓の外を映した瞬間。





 人が逆さまに落ちていった。





「……」
「……」



 ——ドサッ



「……」
「……」



 カメラマンが硬直する。エリシアの顔も引きつる。

 そして、コメント欄が一気に騒然とした。



「え?」
「今なんか落ちたよな?」
「ヤバいヤバいヤバい」



 このままでは即BANもあり得る危機的状況——

 だが、ナレーターは違った。

 彼女は動じない。 何事もなかったかのように、いつものトーンで語り続ける。



「……自然豊かな場所ですからねぇ、今のは……鷹でしょうか…… やはり大自然は違いますね。」



 コメント欄、大混乱。



「鷹wwwwwwwwwww」
「そんなでかい鷹いるかよ!!」



 ナレーターはそのまま、強引に話を修正していく。



「窓が南向きでしょうか。日当たりがいいですね〜。夏は少し暑いですが……エアコン完備ということで……でも冬はあったかいでしょうね。天気が良ければ日中は暖房なしで過ごせそうです。」



 コメント欄も次第に落ち着きを取り戻し始める。



 一階の撮影が終わり、次はキッチンへ。



 エリシアはカメラの前で優雅に振る舞いながら、スタッフと共に廊下を歩いていた。



(ふう……今のところ、大きな事故はないですわね……)



 ……いや、実際はめちゃくちゃあったのだが、ナレーターの神業とエリシアの鋼メンタルで乗り切っているだけである。



 ——その時。



 洋館の外から、興奮したような声が聞こえてきた。



「ほらな! 見ただろ!」

「刃牙って本当だったのかよ! すげえ!」



 エリシアの足がピタリと止まる。



(……またロクでもないことしてますわね、あのオジたち……)



 だが、今はそれどころではない。エリシアは顔色一つ変えず、そのまま歩き続けた。

 無視。完全スルー。いちいち反応していたら配信が破綻する。



(何が起きているのか、正直知りたくもないですわ……)



 そうして、騒ぎを背に、エリシア一行はキッチンへと向かっていくのだった——。



 ナレーターが、いつもの落ち着いた口調で解説を始める。



「こちらがキッチンですね。もちろんフルオーダー仕様でございます。冷蔵庫も業務用、流し台もこんなに——」



 ——しかし、その瞬間、エリシアが固まった。



「……」



 カメラがキッチンを映し出す。





 そこには——ものすごい量の羽が散らばり、流し台の上は血まみれ。さらに、謎の骨がゴロゴロ転がっている。





「……」
「……」



 スタッフも静止。カメラマンの手元が微かに震える。コメント欄も一気にざわつく。



「え、なにこれ?」
「え、これマジでやばくね?」
「誰かやった? やっちゃった?」



 だが、その時——

 ナレーターが、すべてを救った。



「えぇと……素敵なお料理風景をお見せしたかったのですが……ちょうど終わったところですかね。」



「あ、そうでしたね…… 片付けはセルフサービス ということで……」



 コメント欄、大混乱。



「セルフサービス!?!?」

「いや、なんの料理してたんだよwwww」

「羽って何の羽!? 鳥か? 鳥なのか??」



 エリシアは心の中で絶叫した。



(ヴァイイイイイイイ!!)



 脳内には昨夜の会話がフラッシュバックする。



 ——鳥撃ってよ〜ターキー食おうぜ!

 ——マジ? ケンタッキーじゃん! セルフケンタじゃん!



(やりやがったああああああ!!)



 しかし、ここで表情を崩すわけにはいかない。エリシアはギリギリの作り笑顔を浮かべながら、サッと手を広げた。



「……まぁ、開放的なキッチンですので、皆さまが自由にご利用いただけますわ〜!」



 コメント欄はさらに荒れる。



「自由すぎるだろwww」

「何があったのか知りたいけど知りたくない」

「料理って奥が深いんだな……」



 配信はまだ続く——。


 
 そして、2階の配信へ。



 エリシアは正直、この階にも何かヤバいものがあるのでは…… と警戒していた。

 だが、意外なことに——

 2階の個室は、なんの異常もなくスムーズに進んだ。



(……あれ? ちゃんとしてますわ?)



 恐る恐るドアを開けても、散乱した羽もなければ、謎の煙もなく、逆さに落ちる人影もない。

 エリシアはホッと胸をなでおろしながら、淡々と部屋を案内する。その安心感が伝わったのか、ナレーターもリラックスした口調を取り戻す。



「一階同様、素敵なお部屋ですね。そういえば、お気づきでしょうか……、家具が一つ一つ違います。やはりデザイナーのセンスが光りますね。素晴らしい。」



 カメラが室内を丁寧に映す。

 コメント欄もポジティブな流れに——



「へぇ、おしゃれだな」
「全部違う家具なのいいな!」
「ガチで住みたくなってきた」



(いい流れですわ……!)



 エリシアは心の中でガッツポーズを決めた。



 そして今度は、2階の浴室へ。



 ナレーターは、ここぞとばかりに自慢げな口調で語る。



「ここの洋館、お風呂がなんと1階と2階にございます! いや〜、いいですねぇ〜。シェアハウスで頭を悩ませるのは、やはりお風呂に入る順番! こればかりはねぇ〜」



(ふむ、確かにポイント高いですわね!)



 エリシアも「これは普通に良い宣伝ポイントですわ!」と、上機嫌で浴室へと向かう。



 ——ガラ



 脱衣所のドアを開けた瞬間——



 エリシア、動きが止まった。



「……」



 浴室の方から、妙な音が聞こえる。





 ——パンパンパンパン

 ——あああぁ〜ん♡

 ——おおおおお! いいぜ! いいぞおおおお!





「……」



(ゔぁぁぁぁぁ……!!!)



 エリシアは静かに扉を閉めた。



 ——バタン。



 そして、何事もなかったかのようにナレーターが話を続ける。



「申し訳ありませんが、実は……故障中でして……またの機会に……」



 コメント欄が爆発する。



「故障中(意味深)」
「絶対壊れてねえだろwwww」
「おい! おい!! 説明しろ!」



 エリシアは「私は何も見てませんわ……」と自分に言い聞かせながら、顔色一つ変えずに次の部屋へ向かうのだった——。



 まじで何事もなかったように、次の部屋へ。



 ナレーターもすっかり通常モードを取り戻し、落ち着いた口調で紹介を続ける。



「お次の部屋でございます。こちらも——」



 ——ガチャ



 エリシアがドアを開けた。



 その瞬間——





 ——ズキュウウウウゥン!!





 今まさに、窓から出ている銃口が火を吹いた瞬間だった。



「……」
「……」



 カメラが捉えたのは、スナイパーライフルを構えるヴァイの姿。

 彼は一言も発さず、ただ静かに排莢し、次の弾を装填する。



 ——カチャ。



「……」
「……」



 カメラが揺れる。スタッフの息が止まる。コメント欄が大炎上する。



「え? 今、撃ったよな?」
「スナイパーライフル!?」
「もうツッコミが追いつかんwww」



 そして——

 ついにナレーターがバグった。



「えっと……射撃訓練……あ、いや違う……、まあエアーガンが趣味の人……いや……スウウウゥ……」



 ナレーター、深呼吸。


 エリシアは無言のまま、ヴァイに向かって歩いていった。



 足音も立てず、静かに、しかし確実に殺意を孕んだ動きで——。



 ——ガシッ



「おい! なんだよ!」



 ヴァイは急に肩を掴まれ、振り向く。



「せっかくいいところだったのにヨォ!」



「ヴァい゛! ぼまえ! ぶっごロス!!」



 エリシアのガラガラの喉から絞り出される、殺気全開の声。



「なんだよ! いいじゃねえかよ!」



 ヴァイは全然気にする様子もなく、ヘラヘラ笑いながら言う。



「お前にも食わしてやるからな! ちょっと待っとけって!」



 ——ガチャガチャ……



「……」



 エリシアはもう何も言わずに、ただ脇目も振らずにライフルを取り上げようとする。

 もはやナレーターもついていけない。



「えっと……その……地元の猟友会の方でしょうかね……」

「……」



「ちょっとその……熊? 騒ぎがございまして……」



 コメント欄、またも大爆発。



「猟友会www」
「熊!? 熊なの!?!?」
「もう無理wwwwwwww」



 カメラが揺れ、ヴァイとエリシアの静かなる攻防戦(ライフルの奪い合い)が映し出される。

 そして、ナレーターはついに諦めたのか、無理やり話を戻そうとする——。



「……えぇと、お風呂のご紹介の続きに戻りましょうか?」



 エリシアは(戻れるかボケェ!!)と叫びたくなったが、なんとか理性を保ちながら、ヴァイの手を引き剥がそうと必死になっていた——。



 ——後日。



 入居希望者はゼロ。



 さらに、スパチャも「暴力的な表現」により収益剥奪。



「キエぇえエエエぇエぇええ〜!!」



 エリシアのしゃがれた絶叫がタワマンに響き渡る。

 こうして、波乱と混沌に満ちた最悪のシェアハウス生配信は、壮絶な敗北で幕を閉じたのだった——。



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 普段のエリシアの社交界とは一線を画す、完全に無法地帯と化した空間。
 派手な照明が揺れる中、アウトローなオジたちがそこかしこで「煙」を吸ったり吐いたりしている。ヴァイはソファにふんぞり返り、酒瓶を片手にご機嫌だった。
 その中央で——
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 カラオケで熱唱するエリシア。マイクを握る手には一切の迷いがない。
「いいぜ〜!」
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 リズムに合わせてテーブルを叩く者、手拍子をする者、そして相変わらず「煙」をくゆらせる者——場は最高潮に達していた。
 「どんどん歌いますわよ〜! 次は——」
 ——ピッピッ……ピッ
 —— アジアの純真
 イントロが流れ始めると、エリシアはマイクを構え、優雅に歌い始めた。まるで自分のコンサートかのような堂々たるステージングである。
 その間、オジたちは完全に「パッキパキ」の状態で、意味不明な会話で盛り上がっていた。
「マジだって!」
「嘘つけええエエェ!」
 テーブルをバンバン叩きながら、目をギラつかせたオジが叫ぶ。
「マジマジ! 着地する瞬間によ、こう、クルッって回るとよ! 衝撃が殺されて怪我しねえんだって!」
「おま! 刃牙 の読みすぎだろ!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ〜!」
 笑い声と共に、煙がもうもうと立ち込める。誰もが好き勝手に騒ぎ、完全にカオスと化していたが——
 エリシアはまったく気にせず、気持ちよく熱唱し続けていた。
「ちょ、あのさあ! デリ呼ぼうや! デリ!」
「おおおおぉ! キメセクしようぜ!」
「ちょ待って、探すわ!」
 スマホを取り出してゴソゴソし始めるオジたち。完全にテンションがぶっ飛んでいる。
「てか、エリシアさんに言わなくていいのかよ!」
 一瞬の沈黙。
「……」
 ステージの上では、エリシアが変わらぬ熱量でアジアの純真を熱唱中。完全に自分の世界に入っている。
 その代わりに、ヴァイがソファから身を乗り出し、ニヤリと笑いながら答えた。
「いいゼェ〜! 好きにしな! こいつの家だけど。」
「へへへへへ!」
「お前の家じゃねえのかよ!」
 ツッコむ間もなく、また笑い声が響き渡る。カオスは止まらない——。
 パーティが中盤(?)に差し掛かった頃——
「じゃあお前! 明日やってみろよ!」
「おうおう! 2階から飛び降りて試してみようかな!」
「やめとけやめとけ!」と誰かが笑いながらツッコむも、当の本人たちはすでにノリノリだ。
 その一方で——
 ——白のパンダを〜♪ どれでも全部並べええぇてええええええぇ!!
 エリシアが、最後の力を振り絞って熱唱していた。そして——
「ふぅ……」
 歌い終え、ふと腕時計に目をやる。
「ううぇ〜喉が……、げ! こんな時間」
「どうした! もう終わりかぁ!?」
 ヴァイが酒瓶を振り回しながら叫ぶ。エリシアは一瞬考えたが、すぐに我に帰った。
「じゃ、そろそろ帰りますわね〜。あとは好きにしておくんなまし。」
「おう! お言葉に甘えてな……ゲヘヘヘヘ!」
 オジたちはニヤニヤしながら手を振る。
「私はシンデレラタイムですので。」
「シンデレラっておま……! ガラスの靴でも履いてこいよ!」
「はっはっはっは!」
 そんなオジたちの笑い声を背に、エリシアはさっさと帰宅の準備を始めた。
(ちょっと歌いすぎますたわね〜)
 喉をさすりながら、彼女は満足げに微笑んだのだった。
 エリシアが帰った後も、洋館では乱痴気騒ぎが続いていた。
「この辺てよぉ〜、生い茂ってんじゃん?」
「ゲヘヘぇ〜? コンビニもねえもんな!」
 酒も回り、テンションは最高潮。オジたちは完全に理性を手放している。
「鳥撃ってよ〜ターキー食おうぜ!」
「マジ? ケンタッキーじゃん! セルフケンタじゃん!」
「ゲヒャヒャヒャ!」
 意味不明な会話を繰り広げながら、夜は過ぎていった——。
 翌日——
 ——ピロリロリン
 タワマンの一室に、アラーム音が響く。
 エリシアは布団の中で目を覚ました。昨夜のカラオケ熱唱と酒のせいで、喉がガラガラだ。
「ん……だる……」
 ぼんやりした意識のまま、枕元のスマホを手に取る。すると、画面にはリマインダーの通知が。
 ——シェアハウス、生配信、宣伝
「……ん……なに……これ……」
 頭が回らないまま、画面を見つめる。
 数秒の沈黙。
 そして——
「ヴァあああああああ!」
 えぐいしゃがれ声で悲鳴を上げるエリシア。
「ゔぁすれてだ〜!(忘れてたー!)」
 昨夜の乱痴気騒ぎと熱唱の余韻が、一瞬で吹き飛んだ瞬間であった——。
 エリシアは焦ってスマホを握りしめ、エリシア商事の営業に急いで電話をかけた。
 ——プルルルル……プルルルル……
「ボシボシィ?」
 社員の声が返ってきた。
「エリシアさんですか? もうそろそろ出発しないと……」
「……ゔぇ?」
 瞬間、全身が冷える。
 恐る恐る窓のカーテンを少し開けて、下を覗き込むと——
 タワマンの駐車場には、すでに社員たちが待機していた。
 スーツ姿の営業チームが車の横で腕時計を見ながら、今か今かと待ち構えている。
 エリシアはスマホを握りしめたまま、絶望的な表情で口を開いた。
「ヴィええええぇえええぇ(キエエエェえええ〜)!」
 タワマンに朝から響き渡る、しゃがれた絶叫。
 完全に詰んだ——。
 エリシアは運転手に急がせて、全速力で洋館へと向かった。
 今日の予定は、この洋館をシェアハウスとして紹介する生配信だったのだ。
 もともとは録画して編集するはずだったのだが——
「生配信の方がその場で要望に応えられるし、後ついでにスパチャでガッポリ稼ぐ! まじで頭いいアタクシ!」
 ——という謎の閃きにより、急遽 生配信 になったのである。
 しかし、洋館に着いた瞬間、スタッフの一人が心配そうに声をかけた。
「エリシアさん……ガラガラ声ですけど……」
「ヴァぁ!?」
 想定外のトラブルだった。喉が完全に終わっている。
(やっべ……この声で配信とか、まるで昨日飲み歩いたオッサンですわ……!)
 だが、エリシアはすぐに機転を利かせた。部下に向かってビシッと指をさす。
「ちょっと、アレに電話なさい!」
「アレ……?」
「いいから! すぐに!」
 慌てた部下がスマホを取り出し、指示された番号に電話をかける。
 ——プルルル……
「もしもしぃ……エリシア商事ですけど」
 電話の相手は、ナレーターもこなす女性声優。
 エリシアの交友関係は広い。
 そこで彼女が思いついたのは、 プロの声優に「とりあえず雰囲気で」アドリブのナレーションを依頼する という強引な策だった。
(これで私がしゃべらなくても、プロの美声で配信が回りますわ! フフ……まじで頭いいアタクシ!!)
 そうして、まさかの 「声だけプロ」生配信 が幕を開けようとしていた——。
 そして、生配信が始まった。
 カメラの前にはエリシア。
 だが、彼女は一言も発しない。代わりに、イヤホンから聞こえるナレーターの美声が、まるで彼女自身が語っているかのように流れていく。
「本日、みなさまにお見せするのはこちら。」
 エリシアが優雅な仕草で指し示すと、その先には堂々たる洋館がそびえ立っていた。
「とてもエレガントで……その……アバンギャルドなシェアハウスでございます。」
 アバンギャルド。
 一瞬、ナレーターが言葉を選んだ気がしたが、エリシアは気にしない。むしろ「それっぽい響きで高級感が増した」とさえ思っている。
 撮影担当のスタッフはiPhoneを構え、慎重にエリシアを捉えている。
 そして、コメント欄には次々と視聴者の反応が流れた。
「でけえ!」
「すげえ家だな」
「家賃高そう」
 予想以上の盛り上がり。スパチャも早くもチラホラ飛び始めている。
(フフ……やはり私の計画は完璧ですわ……!)
 ——パアアァン!
 突如響き渡る銃声。
 エリシアはビクッと肩を跳ね上げた。カメラも一瞬揺れる。コメント欄は一気に騒然となる。
「え、今の何?」
「銃声?」
「おいおい、ヤバいとこじゃねえだろうな?」
 だが、ナレーターはプロ。微塵も動揺しない。むしろ冷静に、滑らかに、あくまで予定通りかのように言葉を紡ぐ。
「えっと……ま、視聴者の方々に……サプライズということで……ささやかですがクラッカーでお出迎えを、と。」
 その瞬間、コメント欄の反応が切り替わる。
「クラッカー!? びっくりしたw」
「やめろよ心臓に悪いwww」
「オシャレな演出かと思った」
 エリシアはホッと胸をなでおろしながら、ナレーターのプロ魂に心の中で拍手を送った。
(つ、強すぎる……! プロは違いますわね……!)
 いよいよ中に入る。
 エリシアは引き続きカメラを意識しながら、優雅に玄関のドアを開けた。
 ——げヒャヒャヒャ〜!
 ——カニ食っべいこおおおおおお!
 ——下手くそ! 下手くそ! へっへっへっへ〜!
 談話室の方から、完全にアウトなテンションの叫び声が聞こえてくる。
(げっ!? あいつらまだやってんのかよ……)
 一瞬、エリシアの顔がひきつる。昨夜の乱痴気騒ぎはもう終わったと思っていたが、まさかまだ続いているとは——。
 しかし、ここで顔を曇らせては配信が台無しになる。心の声をグッと押し込み、作り笑顔のままカメラ目線を維持する。
 すると——
「非常に賑やかで開放的な場所ですねぇ。住人の方々でしょうか? 満喫しておられます。」
 ナレーターのあくまでも冷静なコメントが入った。
 コメント欄はすぐさま反応する。
「楽しそうwww」
「陽キャの巣か?」
「選曲がおっさんで草」
 嫌な予感がするエリシアは、談話室の前を通り過ぎる際に歩調を速めた。
(ここはスルーで……関わらないのが一番ですわ……)
 中からは相変わらず 「カニ食っべいこおおおお!」 だの 「へっへっへっへ〜!」 だの、混沌とした叫び声が聞こえてくるが、絶対に深入りしてはいけない。
 ——その時、画面にコメントが流れた。
「トイレは?」
「こんなすげえ家なんだからトイレもハイテクなんだろうなぁ」
(……トイレならいいでしょ)
 談話室に突撃するよりは 100倍マシ だろう。
 エリシアはすぐに判断し、無言で頷いた。
 すると——察したナレーターが、タイミングよく滑らかに言葉を繋げる。
「では、みなさまのご希望にお応えして、トイレの紹介をしましょう。」
 カメラがエリシアに向けられ、次の目的地が決まった。
 ——ガチャ
 エリシアは優雅に(※演出上)トイレのドアを開けた。
 カメラの前には——
 満開に咲き誇る花と青々しい草が——
 ——便器の中で生い茂っていた。
 「ゔぁ!?」
 思わず変な声が出るエリシア。
「……」
「……」
 カメラは動かない。沈黙が流れる。
(誰がこんなことを……あ、あいつら〜!!)
 昨夜のアウトローたちの顔が脳裏に浮かぶ。これは間違いなく酔った勢いの悪ふざけである。
 ここまで来ると、もはや何を言っても無駄。エリシアは静かに心を決めた。
(……もう全部、ナレーターに任せますわ……!)
 そして、ナレーターもプロ。完全に事態を察し、一瞬の迷いもなく冷静にコメントを入れる。
「最近はですね〜、バンクシーなどの現代アートが注目されていますから……。こちらのトイレもデザイナーズハウスの一環ですね。やはり、インテリアも上級なものを、と。」
 カメラマンの手元が微かに震えている。コメント欄もざわつき始めた。
「いや、草」
「まさに草」
「クサじゃなくてクソだろ定期」
「便器に花咲かせるなw」
 スパチャが飛ぶ。
 エリシアは静かに額を押さえた。
 そしてコメントは容赦がない。
「そういえば、さっきの部屋スルーしてね?」
「なんの部屋だったの?」
「個室見たい! 見せて!」
(げっ……)
 完全に気づかれている。
 ここで無視すれば、「隠してる何かがある」 と思われるのは目に見えている。エリシアは内心で冷や汗をかきながら、最後の希望をかけて談話室のドアを開けた。
 ——ガチャ
「チョメラアァ!」
「ぴょおおおおおぉ!」
「へっへっへっへ〜」
 ——モクモク
 一面の煙。
 しかも、多分……タバコじゃない。「違うやつ」だ。
(ゔぁぁぁぁぁ……!)
 だが——
 ナレーターは最強だった。
「まぁ……ついつい母国語が出てしまいますね。楽しいですからね。当シェアハウスは、楽しいひと時を提供します。」
 カメラの奥でスタッフが肩を震わせている。コメント欄は当然のようにツッコミまみれだ。
「え、タバコ吸っていいの?」
「概要欄に全館禁煙って」
(げっ……)
 エリシアは何とか誤魔化そうと、必死に身振り手振りで「いやいや、違うんですのよ!」とアピールする。
 その瞬間——
 ナレーターが、すかさずフォローを入れた。
「実は非常に申し訳ありませんが……その……喫煙ルームを作って差し上げようという話になりまして。」
(グッジョブ!!)
 エリシアは心の中でナレーターに全力で拍手を送る。
 コメント欄の反応も変わった。
「なるほどな、対応早いな」
「いいね、喫煙者のことも考えてくれるの偉い」
 こうして、ナレーターの神業により、シェアハウス配信の崩壊はギリギリ回避された。
 談話室から、逃げるように飛び出す撮影チーム。
 エリシアも足早にドアを閉め、深呼吸する。
(あっぶな……! でも、ここまで来ればもう大丈夫ですわね……)
 気を取り直して、次は個室エリアの紹介へ。
 幸いなことに、昨夜の イカついオジたち は個室には入っていなかったらしい。ベッドに無駄な「使用感」もなく、乱れた形跡もない。
(……セーフ!)
 ほっと胸をなでおろした瞬間、流れるようなナレーションが入る。
「お部屋も……実は防音性能にこだわっておりまして……」
 ——コッコッ
 エリシアが壁を叩いて実演する。
 ……おお、まったく響かない。 素晴らしい性能だ。
「家具も全てデザイナーがセレクトした逸品。そのままお使い頂けます。」
 カメラがスムーズに部屋を移し、スタイリッシュなインテリアを映し出す。
 コメント欄も絶賛モードに。
「うお、オシャレ!」
「こんな部屋住みてぇ!」
「やっぱ家賃高いんだろ?」
「ベッドも一級品。ギシギシなんてうるさい音は一切しません。 どうです? 素晴らしいでしょ?」
 配信も順調に進み始めた頃。
 ナレーターもすっかり慣れたようで、滑らかに説明を続ける。
「こちらの窓……大きいですねぇ……外の景色を見てみま——」
 ——ヒュッ
 エリシアとカメラが窓の外を映した瞬間。
 人が逆さまに落ちていった。
「……」
「……」
 ——ドサッ
「……」
「……」
 カメラマンが硬直する。エリシアの顔も引きつる。
 そして、コメント欄が一気に騒然とした。
「え?」
「今なんか落ちたよな?」
「ヤバいヤバいヤバい」
 このままでは即BANもあり得る危機的状況——
 だが、ナレーターは違った。
 彼女は動じない。 何事もなかったかのように、いつものトーンで語り続ける。
「……自然豊かな場所ですからねぇ、今のは……鷹でしょうか…… やはり大自然は違いますね。」
 コメント欄、大混乱。
「鷹wwwwwwwwwww」
「そんなでかい鷹いるかよ!!」
 ナレーターはそのまま、強引に話を修正していく。
「窓が南向きでしょうか。日当たりがいいですね〜。夏は少し暑いですが……エアコン完備ということで……でも冬はあったかいでしょうね。天気が良ければ日中は暖房なしで過ごせそうです。」
 コメント欄も次第に落ち着きを取り戻し始める。
 一階の撮影が終わり、次はキッチンへ。
 エリシアはカメラの前で優雅に振る舞いながら、スタッフと共に廊下を歩いていた。
(ふう……今のところ、大きな事故はないですわね……)
 ……いや、実際はめちゃくちゃあったのだが、ナレーターの神業とエリシアの鋼メンタルで乗り切っているだけである。
 ——その時。
 洋館の外から、興奮したような声が聞こえてきた。
「ほらな! 見ただろ!」
「刃牙って本当だったのかよ! すげえ!」
 エリシアの足がピタリと止まる。
(……またロクでもないことしてますわね、あのオジたち……)
 だが、今はそれどころではない。エリシアは顔色一つ変えず、そのまま歩き続けた。
 無視。完全スルー。いちいち反応していたら配信が破綻する。
(何が起きているのか、正直知りたくもないですわ……)
 そうして、騒ぎを背に、エリシア一行はキッチンへと向かっていくのだった——。
 ナレーターが、いつもの落ち着いた口調で解説を始める。
「こちらがキッチンですね。もちろんフルオーダー仕様でございます。冷蔵庫も業務用、流し台もこんなに——」
 ——しかし、その瞬間、エリシアが固まった。
「……」
 カメラがキッチンを映し出す。
 そこには——ものすごい量の羽が散らばり、流し台の上は血まみれ。さらに、謎の骨がゴロゴロ転がっている。
「……」
「……」
 スタッフも静止。カメラマンの手元が微かに震える。コメント欄も一気にざわつく。
「え、なにこれ?」
「え、これマジでやばくね?」
「誰かやった? やっちゃった?」
 だが、その時——
 ナレーターが、すべてを救った。
「えぇと……素敵なお料理風景をお見せしたかったのですが……ちょうど終わったところですかね。」
「あ、そうでしたね…… 片付けはセルフサービス ということで……」
 コメント欄、大混乱。
「セルフサービス!?!?」
「いや、なんの料理してたんだよwwww」
「羽って何の羽!? 鳥か? 鳥なのか??」
 エリシアは心の中で絶叫した。
(ヴァイイイイイイイ!!)
 脳内には昨夜の会話がフラッシュバックする。
 ——鳥撃ってよ〜ターキー食おうぜ!
 ——マジ? ケンタッキーじゃん! セルフケンタじゃん!
(やりやがったああああああ!!)
 しかし、ここで表情を崩すわけにはいかない。エリシアはギリギリの作り笑顔を浮かべながら、サッと手を広げた。
「……まぁ、開放的なキッチンですので、皆さまが自由にご利用いただけますわ〜!」
 コメント欄はさらに荒れる。
「自由すぎるだろwww」
「何があったのか知りたいけど知りたくない」
「料理って奥が深いんだな……」
 配信はまだ続く——。
 そして、2階の配信へ。
 エリシアは正直、この階にも何かヤバいものがあるのでは…… と警戒していた。
 だが、意外なことに——
 2階の個室は、なんの異常もなくスムーズに進んだ。
(……あれ? ちゃんとしてますわ?)
 恐る恐るドアを開けても、散乱した羽もなければ、謎の煙もなく、逆さに落ちる人影もない。
 エリシアはホッと胸をなでおろしながら、淡々と部屋を案内する。その安心感が伝わったのか、ナレーターもリラックスした口調を取り戻す。
「一階同様、素敵なお部屋ですね。そういえば、お気づきでしょうか……、家具が一つ一つ違います。やはりデザイナーのセンスが光りますね。素晴らしい。」
 カメラが室内を丁寧に映す。
 コメント欄もポジティブな流れに——
「へぇ、おしゃれだな」
「全部違う家具なのいいな!」
「ガチで住みたくなってきた」
(いい流れですわ……!)
 エリシアは心の中でガッツポーズを決めた。
 そして今度は、2階の浴室へ。
 ナレーターは、ここぞとばかりに自慢げな口調で語る。
「ここの洋館、お風呂がなんと1階と2階にございます! いや〜、いいですねぇ〜。シェアハウスで頭を悩ませるのは、やはりお風呂に入る順番! こればかりはねぇ〜」
(ふむ、確かにポイント高いですわね!)
 エリシアも「これは普通に良い宣伝ポイントですわ!」と、上機嫌で浴室へと向かう。
 ——ガラ
 脱衣所のドアを開けた瞬間——
 エリシア、動きが止まった。
「……」
 浴室の方から、妙な音が聞こえる。
 ——パンパンパンパン
 ——あああぁ〜ん♡
 ——おおおおお! いいぜ! いいぞおおおお!
「……」
(ゔぁぁぁぁぁ……!!!)
 エリシアは静かに扉を閉めた。
 ——バタン。
 そして、何事もなかったかのようにナレーターが話を続ける。
「申し訳ありませんが、実は……故障中でして……またの機会に……」
 コメント欄が爆発する。
「故障中(意味深)」
「絶対壊れてねえだろwwww」
「おい! おい!! 説明しろ!」
 エリシアは「私は何も見てませんわ……」と自分に言い聞かせながら、顔色一つ変えずに次の部屋へ向かうのだった——。
 まじで何事もなかったように、次の部屋へ。
 ナレーターもすっかり通常モードを取り戻し、落ち着いた口調で紹介を続ける。
「お次の部屋でございます。こちらも——」
 ——ガチャ
 エリシアがドアを開けた。
 その瞬間——
 ——ズキュウウウウゥン!!
 今まさに、窓から出ている銃口が火を吹いた瞬間だった。
「……」
「……」
 カメラが捉えたのは、スナイパーライフルを構えるヴァイの姿。
 彼は一言も発さず、ただ静かに排莢し、次の弾を装填する。
 ——カチャ。
「……」
「……」
 カメラが揺れる。スタッフの息が止まる。コメント欄が大炎上する。
「え? 今、撃ったよな?」
「スナイパーライフル!?」
「もうツッコミが追いつかんwww」
 そして——
 ついにナレーターがバグった。
「えっと……射撃訓練……あ、いや違う……、まあエアーガンが趣味の人……いや……スウウウゥ……」
 ナレーター、深呼吸。
 エリシアは無言のまま、ヴァイに向かって歩いていった。
 足音も立てず、静かに、しかし確実に殺意を孕んだ動きで——。
 ——ガシッ
「おい! なんだよ!」
 ヴァイは急に肩を掴まれ、振り向く。
「せっかくいいところだったのにヨォ!」
「ヴァい゛! ぼまえ! ぶっごロス!!」
 エリシアのガラガラの喉から絞り出される、殺気全開の声。
「なんだよ! いいじゃねえかよ!」
 ヴァイは全然気にする様子もなく、ヘラヘラ笑いながら言う。
「お前にも食わしてやるからな! ちょっと待っとけって!」
 ——ガチャガチャ……
「……」
 エリシアはもう何も言わずに、ただ脇目も振らずにライフルを取り上げようとする。
 もはやナレーターもついていけない。
「えっと……その……地元の猟友会の方でしょうかね……」
「……」
「ちょっとその……熊? 騒ぎがございまして……」
 コメント欄、またも大爆発。
「猟友会www」
「熊!? 熊なの!?!?」
「もう無理wwwwwwww」
 カメラが揺れ、ヴァイとエリシアの静かなる攻防戦(ライフルの奪い合い)が映し出される。
 そして、ナレーターはついに諦めたのか、無理やり話を戻そうとする——。
「……えぇと、お風呂のご紹介の続きに戻りましょうか?」
 エリシアは(戻れるかボケェ!!)と叫びたくなったが、なんとか理性を保ちながら、ヴァイの手を引き剥がそうと必死になっていた——。
 ——後日。
 入居希望者はゼロ。
 さらに、スパチャも「暴力的な表現」により収益剥奪。
「キエぇえエエエぇエぇええ〜!!」
 エリシアのしゃがれた絶叫がタワマンに響き渡る。
 こうして、波乱と混沌に満ちた最悪のシェアハウス生配信は、壮絶な敗北で幕を閉じたのだった——。