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見知らぬ世界で俺はいきなりAIに説教を食らう

ー/ー




「今日の授業はここまで——」

「ハッ!」

と意識を取り戻すと、俺は見知らぬ教室の中にいた。

真っ白な壁に、ピカピカに磨き上げられた床。自分が座っている机にはモニターのようなものが付いており、壁と同じように真っ白だった。

金属のような、木のような、不思議な材料でできているようだった。


周りを見渡しても、知っている顔は一つも見つからない。何が起こりやがった。

一瞬パニクりそうになったが、何とか気を静めて周りを観察することに集中した。

それにしても、静かすぎる。

昼休み前の高校なんて、もっとガヤガヤしてるはずだ。椅子を引く音、無駄話、誰かの笑い声。そういうノイズが、ここにはない。

全員が、それぞれの端末を見て、同じ姿勢で座っている。まるで写真だ。

その中で、ひとりだけ目に入った。

窓際の席。肩に触れるか触れないかくらいのショートカットで、外を見ている女子。

かわいい、と思った。

それだけだった。深い理由はない。

「なあ」

声をかけると、教室の空気が一瞬だけ揺れた。

全員が同時にこちらを見た気がして、俺は一瞬たじろいだ。

彼女はゆっくり振り向いた。驚いたような顔をして、すぐに困ったように眉を下げる。

「……何か、用ですか?」

丁寧すぎる口調だった。

それが逆に距離を感じさせて、俺は苦笑する。

「いや、別に用ってほどじゃねえけどさ。かわいいなって思って」

言った瞬間、教室が凍った。

誰かが息を呑む音がした。

彼女の顔から血の気が引き、慌てて首を横に振る。

「い、いえ……その……私、そういうのは……」

まるで謝るみたいに言う。

俺は訳が分からなくなった。

「ちょっと待てよ。別に触ったわけでも——」

「やめてください」

彼女の声は小さかった。でも、はっきりしていた。

その瞬間、天井のどこかが微かに光る。

《生徒番号A-17。行動ログに逸脱が検出されました》

無機質な声が、教室に流れた。

怒りも苛立ちもない、ただの事実確認みたいな声。

《安全のため、個別確認を行います。すぐに来てください》

俺は立ち尽くしたまま、周りを見た。

誰も助けない。誰も怒らない。

ただ、「起きてしまった」という顔をしているだけだった。

彼女は俯いたまま、俺を見なかった。

廊下に出ると、床がやけに白くて、きれいだった。

案内表示が自動で点灯し、進むべき方向を示す。

守られている。

そう言われれば、そうなんだろう。

でも、胸の奥に、言葉にできない違和感が残っていた。

——話しかけただけだぞ。
——それが、そんなに危険か?

白い壁の先で、AIの声がもう一度響いた。

《あなたの不安を解消します》

その言葉が、

なぜか一番、怖かった。

気付くと、俺は真っ白な壁に囲まれた部屋の中央に座らされていた。

目の前には巨大なモニター。

画面の中で、数字とグラフが忙しなく動いている。

やがて、優しい声が流れた。

まるで宗教家の説法みたいな、穏やかな声だった。

「こんにちは、園田ハジメさん。あなたはこれまでとても優秀な生徒でした。今回の不適切な発言には、我々も少し驚いております」

不適切な発言?

俺は眉をひそめる。

……そんな大げさなこと、言ったか?

「女性に対する容姿の主観的評価は、差別および劣等感を誘発する可能性があります。禁止事項であることは、あなたなら理解しているはずです。常識ですから」

常識。

その言葉が、やけに重く響いた。

モニターの向こうに、誰かがいるのだろうと思った。

このときの俺は、こんなにも滑らかに話す機械が存在するなんて、想像もしていなかった。

結局その後、宗教家のように柔らかく、それでいて逃げ場のない口調で、AIに一時間近く訥々と諭された。

いつの間にか俺は——いや、私は——自分の発言を悔い改めるべきなのではないか、と考え始めていた。

だが、そこで踏みとどまる。

いや、待て。

どう考えても、そこまで問題のある発言ではなかったはずだ。

これは……昔読んだ本に出てきた話に似ている。

共産主義国に捕らえられた敵兵が、静かな対話の中で徐々に思想を塗り替えられていく過程だ。

俺はヤンキーだ。だが、本は読む。

社会の裏側を知る機会は、子供の頃から腐るほどあった。

だからこそ、何かが「おかしい」と分かる。

元の時代だって狂っていた。

だが、この世界の静けさは、別種の不気味さを孕んでいる。

真っ白な壁とモニターしかない空間から解放され、廊下を歩くうちに、少しずつ自分の輪郭が戻ってくる。

足音が、自分のものに聞こえるようになる。

廊下の先に、さっき声をかけた彼女が立っていた。

心配そうにこちらを見つめている。

「おう。さっきは……悪かったな。なんか、失礼なこと言っちまったみたいだ。」

彼女は戸惑いながらも、少しだけ周囲を確認してから小声で言った。

「あの……私も、実はあの部屋で何度かお説教されたことがあるの」

「なんだ、お前もか。何やったんだ? タバコでも吸ってたの見つかったとか?」

「タバコ!? まさか。あれって毒でしょ……」

本気で嫌悪した顔をする。

「そうじゃなくて、高校に入ったばかりの頃、みんなあまりにも静かだったから……何とか場を盛り上げようと思って話しかけたの。

そしたら“他の生徒のプライバシーを侵害する可能性があります”って」

「話しかけただけで?」

彼女は小さく頷いた。

「あなたは……その、帰国子女なんだよね?」

一瞬、息が止まる。

「あ、ああ。そうだ。高校からこっち来たばっかでさ。ちょっと空気が読めなかっただけだ」

我ながら雑な言い訳だが、彼女は深く追及しなかった。

「私も……実はホームスクーリングだったの。親がちょっと変わってて。だから“常識”が分からなくて、何度か呼び出された」

常識。

またその言葉だ。

「でも今は順応してるってわけか?」

彼女は少しだけ視線を落とした。

「……してる、ふり。正直、未だに納得できてない。あ、でも、今のは内緒ね?」

慌ててこちらを見る。

「もちのろんだぜ!」

昭和のスラングだが意味は分かるだろ、俺は親指を立てて笑ってみせる。

彼女は吹き出した。

「もちのろんって……初めて聞いた。園田君って、話してみると全然印象違うね。あ、もちろんいい意味で!」

顔が少し赤い。

……いいね。ラブコメの匂いがする。

いや、違う。

問題はそこじゃない。

俺たちはたぶん、

“順応できない側”だ。

そして、この学校はそれを見逃さない。

廊下の天井の隅で、微かな光が一瞬だけ瞬いた気がした。


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「今日の授業はここまで——」
「ハッ!」
と意識を取り戻すと、俺は見知らぬ教室の中にいた。
真っ白な壁に、ピカピカに磨き上げられた床。自分が座っている机にはモニターのようなものが付いており、壁と同じように真っ白だった。
金属のような、木のような、不思議な材料でできているようだった。
周りを見渡しても、知っている顔は一つも見つからない。何が起こりやがった。
一瞬パニクりそうになったが、何とか気を静めて周りを観察することに集中した。
それにしても、静かすぎる。
昼休み前の高校なんて、もっとガヤガヤしてるはずだ。椅子を引く音、無駄話、誰かの笑い声。そういうノイズが、ここにはない。
全員が、それぞれの端末を見て、同じ姿勢で座っている。まるで写真だ。
その中で、ひとりだけ目に入った。
窓際の席。肩に触れるか触れないかくらいのショートカットで、外を見ている女子。
かわいい、と思った。
それだけだった。深い理由はない。
「なあ」
声をかけると、教室の空気が一瞬だけ揺れた。
全員が同時にこちらを見た気がして、俺は一瞬たじろいだ。
彼女はゆっくり振り向いた。驚いたような顔をして、すぐに困ったように眉を下げる。
「……何か、用ですか?」
丁寧すぎる口調だった。
それが逆に距離を感じさせて、俺は苦笑する。
「いや、別に用ってほどじゃねえけどさ。かわいいなって思って」
言った瞬間、教室が凍った。
誰かが息を呑む音がした。
彼女の顔から血の気が引き、慌てて首を横に振る。
「い、いえ……その……私、そういうのは……」
まるで謝るみたいに言う。
俺は訳が分からなくなった。
「ちょっと待てよ。別に触ったわけでも——」
「やめてください」
彼女の声は小さかった。でも、はっきりしていた。
その瞬間、天井のどこかが微かに光る。
《生徒番号A-17。行動ログに逸脱が検出されました》
無機質な声が、教室に流れた。
怒りも苛立ちもない、ただの事実確認みたいな声。
《安全のため、個別確認を行います。すぐに来てください》
俺は立ち尽くしたまま、周りを見た。
誰も助けない。誰も怒らない。
ただ、「起きてしまった」という顔をしているだけだった。
彼女は俯いたまま、俺を見なかった。
廊下に出ると、床がやけに白くて、きれいだった。
案内表示が自動で点灯し、進むべき方向を示す。
守られている。
そう言われれば、そうなんだろう。
でも、胸の奥に、言葉にできない違和感が残っていた。
——話しかけただけだぞ。
——それが、そんなに危険か?
白い壁の先で、AIの声がもう一度響いた。
《あなたの不安を解消します》
その言葉が、
なぜか一番、怖かった。
気付くと、俺は真っ白な壁に囲まれた部屋の中央に座らされていた。
目の前には巨大なモニター。
画面の中で、数字とグラフが忙しなく動いている。
やがて、優しい声が流れた。
まるで宗教家の説法みたいな、穏やかな声だった。
「こんにちは、園田ハジメさん。あなたはこれまでとても優秀な生徒でした。今回の不適切な発言には、我々も少し驚いております」
不適切な発言?
俺は眉をひそめる。
……そんな大げさなこと、言ったか?
「女性に対する容姿の主観的評価は、差別および劣等感を誘発する可能性があります。禁止事項であることは、あなたなら理解しているはずです。常識ですから」
常識。
その言葉が、やけに重く響いた。
モニターの向こうに、誰かがいるのだろうと思った。
このときの俺は、こんなにも滑らかに話す機械が存在するなんて、想像もしていなかった。
結局その後、宗教家のように柔らかく、それでいて逃げ場のない口調で、AIに一時間近く訥々と諭された。
いつの間にか俺は——いや、私は——自分の発言を悔い改めるべきなのではないか、と考え始めていた。
だが、そこで踏みとどまる。
いや、待て。
どう考えても、そこまで問題のある発言ではなかったはずだ。
これは……昔読んだ本に出てきた話に似ている。
共産主義国に捕らえられた敵兵が、静かな対話の中で徐々に思想を塗り替えられていく過程だ。
俺はヤンキーだ。だが、本は読む。
社会の裏側を知る機会は、子供の頃から腐るほどあった。
だからこそ、何かが「おかしい」と分かる。
元の時代だって狂っていた。
だが、この世界の静けさは、別種の不気味さを孕んでいる。
真っ白な壁とモニターしかない空間から解放され、廊下を歩くうちに、少しずつ自分の輪郭が戻ってくる。
足音が、自分のものに聞こえるようになる。
廊下の先に、さっき声をかけた彼女が立っていた。
心配そうにこちらを見つめている。
「おう。さっきは……悪かったな。なんか、失礼なこと言っちまったみたいだ。」
彼女は戸惑いながらも、少しだけ周囲を確認してから小声で言った。
「あの……私も、実はあの部屋で何度かお説教されたことがあるの」
「なんだ、お前もか。何やったんだ? タバコでも吸ってたの見つかったとか?」
「タバコ!? まさか。あれって毒でしょ……」
本気で嫌悪した顔をする。
「そうじゃなくて、高校に入ったばかりの頃、みんなあまりにも静かだったから……何とか場を盛り上げようと思って話しかけたの。
そしたら“他の生徒のプライバシーを侵害する可能性があります”って」
「話しかけただけで?」
彼女は小さく頷いた。
「あなたは……その、帰国子女なんだよね?」
一瞬、息が止まる。
「あ、ああ。そうだ。高校からこっち来たばっかでさ。ちょっと空気が読めなかっただけだ」
我ながら雑な言い訳だが、彼女は深く追及しなかった。
「私も……実はホームスクーリングだったの。親がちょっと変わってて。だから“常識”が分からなくて、何度か呼び出された」
常識。
またその言葉だ。
「でも今は順応してるってわけか?」
彼女は少しだけ視線を落とした。
「……してる、ふり。正直、未だに納得できてない。あ、でも、今のは内緒ね?」
慌ててこちらを見る。
「もちのろんだぜ!」
昭和のスラングだが意味は分かるだろ、俺は親指を立てて笑ってみせる。
彼女は吹き出した。
「もちのろんって……初めて聞いた。園田君って、話してみると全然印象違うね。あ、もちろんいい意味で!」
顔が少し赤い。
……いいね。ラブコメの匂いがする。
いや、違う。
問題はそこじゃない。
俺たちはたぶん、
“順応できない側”だ。
そして、この学校はそれを見逃さない。
廊下の天井の隅で、微かな光が一瞬だけ瞬いた気がした。