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ある非モテヤンキーの日常

ー/ー



1998年、夏の終わり。

——あのとき、あの声を聞いた時点で、全部おかしかったんだと思う。

俺、早乙女隼人は一人、海に来ていた。

ナンパの最後のチャンスだと思って張り切ってきたものの、結果はいつも通り。
喧嘩も強いし、この辺じゃ逆らうやつもほとんどいなくなったってーのに、相変わらずモテねえ。

「はあ……」

思わずため息が漏れる。

やっぱり顔か? いや、そこまで悪くはねえはずだ。
問題は中身だってことくらい、自分でもわかってる。

——要するに、スケベすぎるんだよな。

可愛い女を見ると、どうしても全部そっちに意識がいっちまう。
頭ではわかってる。でも、どうにもならねえ。

そんなことを考えていると、後ろから聞き覚えのある声がした。

「ま~たナンパ? 相変わらずね。」

振り返ると、学年トップのお嬢様、如月美月が呆れ顔で立っていた。

「うるせ~よ。お前は受験勉強でもしてろっての。どうせお前なら東大でも京大でも余裕だろうけどな。」

「私は日本の大学なんか興味ないから。どっちも世界ランク低いし。それに大学なんてもう時代遅れよ。」

「ああ、そうですか。まあ俺には関係ないけどね。」

美人だが虫の好かない奴だ。
気分が悪いので、その場を離れようとする。

「でもあなた、英語もできるし、文才あるじゃない? 一芸入試もあるし、英語一本で入れるところもあるんだから、大学くらい行ったら?」

意外な言葉が、意外な奴から出てきて、思わず足が止まる。

「なんだよ。俺の将来でも心配してくれてるってのか?」

「まさか。ただこのままじゃ、ただの敗残者の未来しかあなたにはないから、アドバイスしてあげただけ。」

「ムカつくな! Mind your business, bitch!」

「なっ! あんたそれは一番言っちゃいけない言葉じゃない!」

さすがに言い過ぎたと思い、俺は頭を掻いた。

「悪かった。言い過ぎたよ。」

そう言うと、美月はふっと笑った。

「素直なところは嫌いじゃないわ。」

……こういうところがあるから、完全に嫌いになれねえんだよな。

「実際、荻久保先生もあなたの英語力や文章は褒めてるし、進路も心配してるんだから。一度相談に乗ってもらいなさいよ。」

「あー、わかったよ。俺もまだ働きたくはないしな。モラトリアムってやつ、少しは楽しんでもいいかもな。」

「その軽さが問題なのよ。」

「うるせえ。」

軽く手を挙げて、美月と別れた。

江の島の夕日が、やけにまぶしく見えた。

その日の帰り、俺は学校の多目的室で荻久保に進路相談を受けていた。

「まあ、お前がまともに進学しようなんて、どういう風の吹き回しか知らんが、少しは安心したよ。」

「でしょ? 案外俺ってちゃんとしてるんだから、見直してくださいよ先生。」

「どうせ女目当てだろう。大学入ったらモテるなんて甘い幻想だぞ。」

図星だ。相変わらずうざいやつだぜ。

「まあしかし、動機はどうあれ大学には入っておいた方がいい。英語と論文で入れる大学の資料だ。目を通しておけ。」

「サンキュー、先生。じゃあまた!」

俺は資料をひったくるように受け取って、そのまま教室を飛び出した。

「おい! まだ話は——」

背後で何か言っていたが、もう聞いちゃいない。

外に出ると、夏の終わりの風が吹いていた。

空はまだ青いのに、夕焼けがじわじわと広がっている。

その風が、妙に冷たく感じた。

——ん?

耳鳴りがする。

キーン、と頭の奥で嫌な音が響く。

そして——

遠くで、誰かが俺の名前を呼んだ気がした。

「早乙女——」

振り返る。

その瞬間、

視界が白く弾けた。

音が消える。

匂いも、温度も、重力さえも。

すべてが引き剥がされていく。

——何かに、引き抜かれるような感覚。

そして、

俺は——

俺じゃなくなった。


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1998年、夏の終わり。
——あのとき、あの声を聞いた時点で、全部おかしかったんだと思う。
俺、早乙女隼人は一人、海に来ていた。
ナンパの最後のチャンスだと思って張り切ってきたものの、結果はいつも通り。
喧嘩も強いし、この辺じゃ逆らうやつもほとんどいなくなったってーのに、相変わらずモテねえ。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。
やっぱり顔か? いや、そこまで悪くはねえはずだ。
問題は中身だってことくらい、自分でもわかってる。
——要するに、スケベすぎるんだよな。
可愛い女を見ると、どうしても全部そっちに意識がいっちまう。
頭ではわかってる。でも、どうにもならねえ。
そんなことを考えていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「ま~たナンパ? 相変わらずね。」
振り返ると、学年トップのお嬢様、如月美月が呆れ顔で立っていた。
「うるせ~よ。お前は受験勉強でもしてろっての。どうせお前なら東大でも京大でも余裕だろうけどな。」
「私は日本の大学なんか興味ないから。どっちも世界ランク低いし。それに大学なんてもう時代遅れよ。」
「ああ、そうですか。まあ俺には関係ないけどね。」
美人だが虫の好かない奴だ。
気分が悪いので、その場を離れようとする。
「でもあなた、英語もできるし、文才あるじゃない? 一芸入試もあるし、英語一本で入れるところもあるんだから、大学くらい行ったら?」
意外な言葉が、意外な奴から出てきて、思わず足が止まる。
「なんだよ。俺の将来でも心配してくれてるってのか?」
「まさか。ただこのままじゃ、ただの敗残者の未来しかあなたにはないから、アドバイスしてあげただけ。」
「ムカつくな! Mind your business, bitch!」
「なっ! あんたそれは一番言っちゃいけない言葉じゃない!」
さすがに言い過ぎたと思い、俺は頭を掻いた。
「悪かった。言い過ぎたよ。」
そう言うと、美月はふっと笑った。
「素直なところは嫌いじゃないわ。」
……こういうところがあるから、完全に嫌いになれねえんだよな。
「実際、荻久保先生もあなたの英語力や文章は褒めてるし、進路も心配してるんだから。一度相談に乗ってもらいなさいよ。」
「あー、わかったよ。俺もまだ働きたくはないしな。モラトリアムってやつ、少しは楽しんでもいいかもな。」
「その軽さが問題なのよ。」
「うるせえ。」
軽く手を挙げて、美月と別れた。
江の島の夕日が、やけにまぶしく見えた。
その日の帰り、俺は学校の多目的室で荻久保に進路相談を受けていた。
「まあ、お前がまともに進学しようなんて、どういう風の吹き回しか知らんが、少しは安心したよ。」
「でしょ? 案外俺ってちゃんとしてるんだから、見直してくださいよ先生。」
「どうせ女目当てだろう。大学入ったらモテるなんて甘い幻想だぞ。」
図星だ。相変わらずうざいやつだぜ。
「まあしかし、動機はどうあれ大学には入っておいた方がいい。英語と論文で入れる大学の資料だ。目を通しておけ。」
「サンキュー、先生。じゃあまた!」
俺は資料をひったくるように受け取って、そのまま教室を飛び出した。
「おい! まだ話は——」
背後で何か言っていたが、もう聞いちゃいない。
外に出ると、夏の終わりの風が吹いていた。
空はまだ青いのに、夕焼けがじわじわと広がっている。
その風が、妙に冷たく感じた。
——ん?
耳鳴りがする。
キーン、と頭の奥で嫌な音が響く。
そして——
遠くで、誰かが俺の名前を呼んだ気がした。
「早乙女——」
振り返る。
その瞬間、
視界が白く弾けた。
音が消える。
匂いも、温度も、重力さえも。
すべてが引き剥がされていく。
——何かに、引き抜かれるような感覚。
そして、
俺は——
俺じゃなくなった。