◇◇◇聖女ミラノの帰還◇◇◇
ー/ー議員達が次々と議場から搬送されていく廊下を横切り、緑の護衛官の案内で、ちょっとした広さの応接室に通された。入口付近にいて蛇の毒を受けなかった議員達が、一時的に避難しているようだ。
部屋の奥では、聖女ミラノ=アートが議員達の称賛に取り囲まれていた。
「――『光明の聖女』様、お助け頂き、ありがとうございます。素晴らしいお力でした」
アルヴァは彼らの間から割って入った後に、片膝をついて左手を胸に添えた。
突然折り目正しく敬礼をとったアルヴァに、周囲の議員達も、慌てて真似るように膝をついていく。
「アルヴァさん!? どうしてここに?」
「……お話ししたいことがあります。少し、お時間を頂けますか?」
ちら、と周囲に視線をやると、聖女ミラノは小さくハッとして、頷いた。
「すみません、皆さん、少し外してもらえますか?」
口々にお礼を述べて散っていった議員達の背中をみて、聖女ミラノはホッと息をついた。
「ありがとうございます。皆さんに囲まれて、どう対応したらいいかわからなくて……」
「お役に立てて良かった。それより、今まで何処に行っていたんですか? 皆、心配していました」
ミラノとの会話の向きを壁際に誘導して、声を小さく落とす。
「……総議長様にも聞かれました。私、7日も消えてたんですね……。言葉では正しく表現出来ないんですけど……えっとつまり、この世界の力の存在と使い方を、掴んできたんです」
「世界の力……?」
「わ、わけわかんないですよね! あ~もう、何処に行っちゃったの、あの子……!」
「……待ってください。それはまさか、魔女の力の源ですか」
「あ、それです! 夜の礼拝をしてたらいきなり女の子が現れて、私を連れ出したんです。ヒカゲ=ディシール。小さい女の子の姿ですが、魔女の師匠だって言ってました」
――なんてことだ。魔女の力の源を探しにアーペへ行ったのに、むこうから直接、聖女様のもとを訪れていたとは――。
アルヴァはそっと聖女ミラノの手を取った。
「俺の力及ばず、申し訳ありません。その……大丈夫ですか? 7日間も連れ出されて……お疲れでしょう。お腹空いてないですか?」
「……あ……」
少し驚いたふうにしたミラノは、小さく笑って、細い指先できゅっと握りかえしてきた。
「……ありがとう……。きっと、そんなこと言ってくれるの、アルヴァさんくらいですね」
魔女の師匠に連れ出され、世界の力を掴んできた。
普通に考えれば食いつくのは《力》のほうだろう。
だけど咄嗟に空腹の心配をしたのは、最近、身近に魔力切れを起こして療養が必要になった仲間がいるからだ。
「……大丈夫ですって言おうとしたんですけど、言われてみると、凄くお腹が空いてるような……」
「7日間何か口にしましたか?」
「いえ、そもそも7日経ってるなんて……時間の感覚が全然無くて……」
「……聖女様、失礼します」
話しているうちに言動があやしくなってきたミラノを、そっと抱き上げる。
倒れる前に気付けて良かった。抱き上げた途端に、すう、と眠ってしまったようだ。
ちら、とここまで連れてきてくれた緑の護衛官をみる。
「聖女様には休養と食事が必要です。総議長様はどちらへ?」
護衛官は困ったふうに、首をかしげた。
「ここにお連れするように言われたので、ここにいると思いましたが……。とにかく聖女様は貴賓室へ御案内しましょう。救護所はいま戦場状態ですし」
「そうですね。案内お願いします」
赤い絨毯の広い廊下に出ると、別の緑の護衛官が丁度こちらに向かって駆け付けてきた。
「無断で外してすまん! 緊急事態があって」
「えぇ? 今度はどうした」
嫌そうな顔をした仲間に、合流してきた護衛官はそっと何かを耳打ちする。
イアンと呼ばれた護衛官の顔は、ますます嫌そうになった。
「嫌すぎる事態だな……。しかしそうなると、貴賓室には案内できないよな」
「ああ」
二人は頭を突き合わせて頷き、アルヴァに向き直る。
「すみません、一旦総議長の居室へご案内します」
貴賓室に案内できないという事は、そこで何かあったのだろう。アルヴァはなにも言わずに頷き、案内に従って館内を歩く。
――おそらく、リーオレイス帝国の外交大使に関することだ。外交大使がこのフェルトリア連邦に入国するのを監視したのは他ならぬアルヴァ自身だ。その後は監視任務から外れているが、帰国したという話もきかない。それに、議場に現れた魔女が言っていたのは、リーオレイス帝国との国交についてだった。
今朝訪れたばかりの総議長の居室に最短路で辿り着くと、アルヴァは抱えてきた聖女ミラノを、そっと長椅子におろした。護衛がどこからか持ってきてくれた毛布をかけてやれば、ミラノは気持ち良さそうに寝息をたてはじめる。
「聖女様が見付かってよかった。しかしあれだけ捜索したのに、突然議場に現れるなんてな! また格好良く魔物を消したんだろ? 俺も見たかったぁ~!」
そうぼやく護衛に、アルヴァはおもわず少し笑う。
「『光明の聖女』様の力、とても綺麗でした」
「いいなぁ……今日の議場警護は俺が当番だったのに、隊長が出るって言って交代したんだ。やっぱ出れば良かった」
「でもお前が出てたら、蛇の呪いで真っ先に倒れてただろ」
「あ、そうか。やっぱり隊長は凄いな」
護衛の息の合った雑談に、アルヴァはふと顔をあげた。
「……蛇の呪い? 毒ではなく?」
「ああ。毒なら救護所の治癒師が治療できるんだが、どんな治癒魔法も効かないらしい」
蛇の呪いか。
……そもそもどうして彼女は蛇を使役するのだろう?
戦場や湖沼地帯などで出現する魔物に種類の傾向なんて無いが、彼女が直接関わる場合には、蛇の魔物が出てくる。
魔物は普通、赤黒い。吸血鬼の瞳も魔物の色だった。
――あの紫色の羽根蛇は、魔物なのだろうか?
バン、と扉を開いて慌ただしく入ってきたのは、この部屋の主だ。
「アルヴァ! ミラノさんは――」
長椅子で眠っている聖女ミラノの様子をみて、総議長はあわてて声をおとす。
「……眠ったのか」
「はい。どうやら7日間、きちんと眠っていなかったようです。起きたら軽食をとれるようにしてあげて下さい」
「わかった。教会にも連絡してやらないとな……って、そういえばアルヴァはどうしてまた官公庁に来てたんだ? 入館証は渡してたし、議場での光魔法は実際助かったけど」
リッドの口調は朝と違って、速い。毎日大量の仕事をこなしているだけあるのだろう。
「協会で飛行機械を取り扱う特許申請を出しに来たんですが……」
「そんなの正直に窓口に出してたら時間がかかるだろ。上から下への決裁のほうが速い。決裁して下に流すから、預かるよ」
それでいいのか?
まぁ早いに越したことはないし、議場での顛末を考えても、たぶん良いところで適当なのは、国民性なのだろう。ポンと総議長に書類を預けると、官公庁に来た用事は済んでしまった。
「リーオレイス帝国の外交大使は、皇女キリスでしょう。大使に、何かありましたか?」
アルヴァがいきなり切り出した内容に、総議長は拘りなく頷いた。
「大使は議会に参加していなかった。だけど、貴賓室内で発生した蛇に咬まれて、議員達と同じ状態になっている」
――とすると、事態は深刻だ。
政治家達が魔女の呪いに倒れ、国交を結ぼうと訪れていた帝国の大使までもが巻きこまれた。
「……おそらく、魔女を倒せ、という話になるだろう。こんなことになるなんて……すまない、アルヴァ」
今朝決まったばかりの、魔女の無実を証明していくという協会での方針が、いきなり躓いたということだ。
「総議長様のせいではないでしょう。確かに悔しいですが、……あの人を勝手に定義付けるなんて事自体、無理があったのかも知れません。……あの人は今この世界に、生きているんですから」
理解を示してくれたクレイ達には、そのこと自体に、感謝しかない。
「そうか……。議会がどう転んでも、俺個人としての気持ちは、アルヴァと同じだ。それだけは覚えておいて欲しい」
――この総議長は、人をたらしこむ魔法でも持っているのか?
いや、それが、成功している為政者ということか。
「そういえば、隊長はどうしたんです? 総議長一人で走ってきたんですか?」
護衛官が、いきなり横から会話にわりこんだ。自由だな……。
「ああ、貴賓室の近くで確認したいことがあるとかで……」
総議長がそう言いさした時、丁度ユリウスが扉を叩いて部屋に入ってきた。
「隊長! 総議長を一人で行動させないで下さいよ。護衛の意味がないじゃないですか」
「いやぁ、ごめんね! おや、ミラノちゃんはお休みですか。寝顔も可愛いですね」
ユリウスはそっと聖女ミラノの寝顔に微笑んで、さっと居室の手近な窓を少し開けた。すう、と冷たい風が入ってくる。
「ジル、イアン。食堂から軽食と、いつでも食べられるような菓子を色々持ってきてくれ。聖女様の為だ。宜しく頼む」
緑の護衛ふたりが部屋から出ると、薄く開けていた窓際に、小鳥が一羽舞い込んできた。
なるほど、護衛には席を外して貰ったのか。
「リッド。シェリース王国から、 手紙だ」
◇◇◇魔女の流した血◇◇◇
シェリース王国は、フェルトリア連邦の北西に国境を接する絶対王政国だ。ここ数年は、フェルトリア連邦と観光業を中心に親交を深めている。
ユリウスが窓から迎え入れた連絡鳥が届けてきたのは、シェリース王国の女王からの手紙だった。
「……普通に外交官を遣ればいいのに。いや、リーア陛下が直接飛んでこなかっただけ、まだ良いか」
ぱら、と手紙に目を通した総議長が、不穏な感想をこぼした。
「飛んでくるとは、どういう事でしょうか?」
「ああ、シェリース王国の直系王族が翼龍だっていうのは、伝説ではなく本当なんだ。現女王のリーア=フローレンスは、赤い翼龍に化身して、補佐官と一緒に領土の視察もする。……だが、この報せによると、その補佐官が、魔女と共に出現した蛇の魔物に咬まれて寝込んでしまったらしいな」
「……それは……」
翼龍の噂は、アルヴァも聞いた事がある。
それにしても今日議会で起きたことが、既にシェリース王国の王城でも起きていたとは――。部屋にいた筈のリーオレイス帝国の皇女が咬まれたのも、不幸な偶然では無いということか。
「各国で王族や為政者が狙われているとすると……リュディア王国も同じ状況になってる可能性があるな」
「リュディア王国は直接的な交流がありませんから、速報は入って来辛いですね。でも、可能性は高そうです」
総議長とユリウスが難しい顔を突き合わせている姿は、総議長と護衛ではなく、王と補佐官のようだ。
「アルヴァ。もし君の国の国王が同じ状況だとしたら、協会への助力や影響はどうなる?」
「……魔女を倒す方向での支援になる、と想定されます。シルヴィス陛下の近辺は手練れの護衛が固めていますから、陛下本人は蛇の呪いを受けていないかも知れませんが」
ちら、と総議長とユリウスの足元をみる。あの状況で、よく、蛇に咬まれなかったなと思う。アルヴァの目線に気付いたか、ユリウスが足元をスッと擦った。
「私もリッドも、防御はしましたが流石に咬まれてますよ。皆のような症状が出ないので、私も不思議でした。その答えが、貴賓室近くの廊下にあったんです」
「は? どういう……あ……」
ユリウスの言葉に首を傾げた総議長が、ふと胸元をギュッとおさえた。
「あそこは、古本屋の店主がリーオレイス帝国の護衛に襲撃された場所。その血溜まりの跡に近付くと、呪いを受けた人間の症状が少し和らいでいるようでした。あの時、リッドは彼の血を大量に浴びたし、私も彼の身体を抱き上げて運んだ。……彼が、本当にあの魔女だったのなら、血に触れたということが、呪いを無効化している可能性があります」
……なにか、とてつもない物語を聞いている気分になる。魔女の呪いは、魔女の血に触れた人間には効かない?古本屋の店主が襲撃された場所――?
さっき会ったばかりの、緑の瞳の魔女……イオエル。彼女がセトとして生きていたひとつの人生が、殺される、という形で突然断たれた。……総議長の辛そうな表情をみると、その生々しい事実が、突然喉元を締め付けてくる。
「アルヴァ、古本屋の店主は長期旅行中ということになっています。この話は、ここだけに留めておいて下さい」
「あ……わかりました」
しかしユリウスがこの様子だということは、屋上で魔女と話をしていたのは見られていないようだ。
「聖女様が起きて落ち着いたら、教会へ護衛しながら戻ります。総議長様は、中央議会が大混乱になりましたが……どうするんですか?」
「ああ、動ける議員を集めて緊急会議を開く。各国の動きを確認しつつ、今後の動きを決めていく。呪いが一時的なものか、それとも何か手を打たないと解けないものかも、確認する必要がある。……そのために、ミラノさんの力で解呪できないかと試してみたかったんだが……」
だから総議長ひとりで走ってきたのか。しかし、7日間寝ていなかった聖女ミラノは、かなりぐっすり眠っているようだ。ユリウスが寝顔の頬をツンとつついてみても、スヤスヤ眠っている。
「う~ん、これは起きませんね。その検証は後日にしましょう。『聖女様』にばかり頼っている訳にもいきませんし」
「そうだな。アルヴァ、ミラノさんを頼むよ。この部屋の中はでは自由にしていてくれ。あ、書類とかは触らないでくれよ」
「軽く言ってますが、機密情報が多そうで怖いですね。絶対に触りません」
「泥沼に足を突っ込みたければ自由にしてもいいですよ」
「……絶対に、触りません」
にこやかに念押ししてくるユリウスが、怖い。
慌ただしく部屋を出ていった総議長達を見送ると、スヤスヤ眠っている聖女様と部屋に二人きり、という変な状況になった。そのうち護衛二人が食堂から何か持ってくるだろうが、それにしても、総議長の私的な居室に放置されているということが、なんだか凄い事態だ。
少しだけ静かになった居室に、小さく、鈴の音が響いた。
周囲を見渡しても何もない。だがチリンと鈴の音が、もういちど確かに部屋に響いた。
『ミラノに全部預けたよ。あの子をよろしくね、レイティア』
小さな女の子の声が、どこからか響いてくる。
俺の名は、アルヴァだ。
レイティアというのは、誰のことだろう?
「待て! ……姿を見せて喋ったらどうだ。ヒカゲ=ディシール!!」
聖女ミラノが眠りに落ちる前に語った、魔女の師匠。咄嗟に、この声の主を推察した。
……しかし、それ以上の反応は、消えてしまった。すこし様子をみても、気配はない。
小さく、息をつく。
聖女ミラノを連れ出した時も、こんなふうに突然現れたのだろう。
リースが探している魔女の力の源というのは、人だった筈だ。ということは、リースは魔女の師匠、ヒカゲ=ディシールを探していたということになるんじゃないか。
「ぅ~……ヒカゲ……ぐるぐるするよぅ……」
ぐっすり眠っていた筈のミラノが、物凄く嫌そうな顔で寝言を呟く。
今ので、少し眠りが浅くなったのか? 軽く肩を叩いてみると、すう、と目を開けた。
「……あれ……? 私……」
「おはようございます。ここは総議長様の居室ですよ」
ぱち、と茶色の瞳が瞬いたのに、そっと微笑む。
ユリウスも言っていたが、聖女様だという認識を外して見ると、ミラノは、可愛いと思う。
「えぇっ? わ、私寝ちゃってました?! ごめんなさい! アルヴァさんが運んでくれたんですね……!」
「本当はもっと眠っていて頂いても大丈夫だったのですが……すみません。起こしてしまいましたね」
「いえいえ、ありがとうございます! えっと……今、どういう状況なんですか?」
飛び起きたミラノは、長椅子の上で首を傾げた。アルヴァは、さっきの総議長との話を簡単に説明した。そして、ついさっきヒカゲの声が聞こえたのも付け加える。
「はぁぁ……。何かだがずっと、夢の中にいたみたいです……」
ミラノの溜め息と一緒に、ぐう、とお腹の音が響いて、彼女は恥ずかしそうにお腹を抱えた。議会で見せた堂々とした姿も素敵だが、こうして年相応の表情を見せる姿も可愛い。
「もうすぐ護衛官の方が食堂から何が持ってきてくれる筈です。食べて休んだら、一緒に教会へ帰りましょう」
話したいことが沢山ある。協会のこと、緑色の瞳の魔女のこと。
総議長も気にかけてくれていたが、ミラノに話をしたら、どんな顔をするだろう。
「……ふふっ。こんな状態なのに、なんだかアルヴァさん、嬉しそうですね?」
「え?」
「先生に……魔女さんに、また会えた。たったそれだけだけど……。私も、嬉しいです」
そういうミラノの本当に嬉しそうな笑顔に、癒される。
……どこかソーマと同じような、不思議な安心感。
そして、イオエルにも似た、ふわりとした雰囲気。
「……イオエル=リンクス。それがあの人の本当の名前です。さっき本人を追いかけて、屋上でお伺いしました」
「え……えぇ~!?」
茶色の瞳を輝かせて驚くミラノが、可愛い。
◇◇◇アルヴァとミラノ◇◇◇
護衛官が持ってきた軽食をとってから、アルヴァとミラノは官公庁を出た。
ミラノはアルヴァの外套を羽織っている。体調不良だったはずの聖女が突然街中に現れる訳にもいかないだろう。
「はぁ~あ、それにしても7日って……教会のみんなには凄く迷惑かけちゃったなぁ……特にセフィシス、大変だったろうなぁ……」
「シヅキさんも協力してやりくりしていたようです。いなくなっていた理由は、皆にはどう伝えますか? 『魔女の師匠』に連れ出されていたというのは色々誤解を招きそうなので、伏せた方が良さそうですが……」
「あ、そうですよね。う~ん……《魔物を消す力》を進化させる修行へ行ってきました……みたいな……?」
歩きながら考えていると、足元から、静かに不気味な振動が響いてきた。朝最初に揺れてからというもの、今日だけで何度も繰り返している現象だ。
「……この揺れは……」
ミラノが、そっと地面に触れた。
「リースが、地鳴りだと言っていました。俺には地震と地鳴りの違いがわからないのですが……」
「そ、そこまで詳しいことは私にもわからないです。でも、何かが……大地の奥で動いてる……?」
そういうミラノの横顔から、やはりどこかソーマと同じような感じがする。
世界の力を掴んできた、という影響なのだろうか?――もしかすると、ソーマが吸血鬼を手懐けた謎の能力も、世界の力に関わりがあるのだろうか。
「あれ? リースさんが……ってことは、戻ってきてくれたんですね!」
「はい、リースは人間になる為に、ヒカゲを探していたようです。それと魔女からは、聖女様の力が必要……という話も聞いていたようでした」
「え……2人とも普通に魔女……イオエルさんとお話してるなんて、ずるいじゃないですかっ! いいなぁ……!」
アルヴァ自身も、リースから話を聞いたときは同じ事を思った。ぱっとそんな感情を見せるミラノの反応は、やはり、嬉しい。
暫くすると地鳴りも収まり、ふたりで多くの事を喋りながら、夕焼けのフェリアの街を歩く。途中で、お詫びのため、といってミラノが沢山買ったお菓子の箱を抱えて歩き、教会に帰りついた時にはすっかり暗くなっていた。
「ミラノ~!! もう、ほんと心配したのよ~!」
教会へ帰りついて一番に聖女ミラノに飛びついてきたのは、協会の代表達と一緒に食事をとっていた、あの薄い髪色の聖使だ。
「セフィシス! 本当にごめん、大変だったよね……!」
シヅキとも仲が良さそうだったこの聖使が、教会の中で一番聖女の補佐をしているのだろう。
宿舎の広間に次々と聖使達が集まってきて、突然消えた『光明の聖女』の突然の帰還に、歓声をあげた。事情はあとで説明することにしたが、お菓子を配って皆に声をかけるミラノをみていると、皆から慕われているのがよくわかる。
そうしているうちに、さっきの聖使がそっと声をかけてきた。
「アルヴァさん、中央議会での事件の連絡は貰ってます。ミラノを送ってきて頂き、ありがとうございます」
「いや、俺も聖女様には助けられました。セフィシスさん。協会のほうも、お世話になっているようですね」
ソーマの料理を囲んでいた時も、彼女は横から的確な助言をしてくれた。優しげで柔らかい雰囲気だが、行政事情に詳しくて協会にも協力しているという事は、この教会の中で貴重な人材だ。
「あはは……シヅキさんを訪ねてくる方をご案内する位しかできませんけど。あ、いま協会代表のお二人はアキディスさんとお出かけになりましたけど、リースさん達は講堂にいるはずです」
「わかりました。では一旦俺もそっちへ合流します」
無事に『光明の聖女』を教会へ送り届けたから、一息つくことができた。リースが人間になるための方法について相談しないといけないが、それは聖女ミラノの身の回りが落ち着いてからの方が良いだろう。
賑やかな広間を出て、木の香りがする教会宿舎の廊下を歩く。
……なんだか、凄い1日だった。小さく息をつき、すっかり暗くなった宿舎の中庭をなんとなく眺める。
暗くなった教会宿舎の中庭を、小さな女の子がサッと駆け抜けていった。一瞬のことでよく見えなかったが、教会で保護している孤児だろうか?
「あっアルヴァ。やっと帰ってきた~! もう、こっちは情報ぐちゃぐちゃで大変だったんだからね!」
廊下の向こうからそう文句を言いながら駆け寄ってきたのは、疲れた顔をしたアクアだ。
「ああ。中央議会での件が伝わってるのか?」
「それよ。いきなり魔女が直接手を下してくるなんて、朝話してた前提が吹っ飛んだじゃない。も~、飛行キカイの事で頭いっぱいなのに、余計考えなきゃいけないことが増えて、もう何がなんだか……」
記憶喪失が嘘だと自白してからのアクアは、今までよりも頭の回転が早い。それにぼやきを含めた口数が、一気に増えた気がする。
アルヴァは、溜め息をつくアクアの肩をポンと叩いた。
「元々、代表達に俺のわがままを聞いて貰っただけの事だ。そもそも協会の目的は、魔女を倒すこと。いま総議長の主導で緊急会議が開かれているから、結果をみてから状況に合わせた方針を考えるしかないだろう」
「……落ち込んでると思ってたのに、なんか、嬉しそうね? まさか、あの可愛い聖女様と一緒だったから浮かれてる?!」
じと、と覗き込んできたアクアの想像力が、あらぬ方向に飛んだ。
「そ、そんな事は……。仮にも聖女様に、不敬だろう。色々話が出来て、肩の荷が降りたのは確かだが」
「…………ふ~ん? なるほど~? うちのアルヴァくんが、ついに恋に目覚めたのね……恋色沙汰なんて無駄だろって態度の、あのアルヴァくんがね~。やっと少し大人になったのね~……!」
「だから、違う!」
――ずっと会いたかった魔女と会えて、彼女の名前を教えて貰えた。僅かな時間だったが、それがとても嬉しかったのは確かだ。それをアクアに打ち明ける訳にも……いや、聖女には打ち明けたから、いいのか? しかしまずは、リースに話すべきだろう。
「そうだ。リースは今何をしている? 帰還した聖女様が落ち着いたら、例の件を相談しに行かなくては」
「ふむ、誤魔化したのがリース様の為なら許してあげる。飛行機械の操作関係で実際の機械を詳し触ってたんだけど、頭痛がするみたいで、今休憩にしたところよ。なんか、人間だった頃の記憶が、飛行機械と関係ありそうな気がするわ」
思いがけず、アクアの口から鋭い話が出てきた。
「……頭痛か……」
ここ数日で、身の回りの人間が体調を崩す事が増えているのは、ただの偶然だろうか?
決して軟弱ではない顔ぶれの筈なのに――。
「リース様が人間だったのって、夜空にもうひとつの太陽があったっていう、創世記以前の時代よね? もしリース様との記憶に飛行機械があるなら、創世記前の時代って、実は今よりもっと高度な文明だったんじゃない? ねぇアルヴァ、そう考えたら、面白くない?!」
……このよく喋るアクアの発想力は、どうなっているんだ?
「斬新な発想だな。リースが全部の記憶を取り戻す事があったら、直接確認してみるといい」
「勿論よ。あ、アルヴァ、夕食はとった? おなかすいたから厨房行こうとしてたんだけど、何か一緒に用意しようか」
「ああ、じゃあ軽食を頼む」
「ソーマほどの味は期待しないでね~」
そういって廊下を走っていったアクアの背中を見送る。
――ソーマは、まだ戻っていないのか?
聖女ミラノが得た世界の力について、少し話をしたかったのだが……ノーリの状態があまり良くないのだろうか。いや、もしかすると初めて訪れたこのフェリアの街の観光を、満喫しているかもしれない。
ふざけた言動が目立つが、ソーマの実力は突出している。
魔女について記述したフェイゼルの本を読めるからと連れてきたが、彼は不思議な部分が大きい。
◇◇◇最後のリース◇◇◇
宿舎の外れにある講堂は、すっかり協会――《ホライズン》の事業活動空間になっていた。搬入してあった飛行機械にはあちこちに紙が貼られていて、いつくか机を連ねた広い机上には書類が散乱している。
そのなかでリースがひとり、壁を背にしてじっと目を瞑っていた。
「リース、さっきそこでアクアと合流しました。頭痛はどうですか?」
「……アルヴァか。ああ、問題ない」
ふ、と目をあげた様子をみると、眠っていた訳でもなさそうだ。
とにかく、報告すべきことが多い。
アルヴァは手近な椅子を寄せて腰掛け、官公庁で遭遇した事を全て話した。魔女を追いかけて話をしたことと、彼女の名前。『光明の聖女』様を連れ出した『魔女の師匠』ヒカゲ=ディシールのこと――。
静かに報告をうけていたリースも、さすがに最後の報告には少しおどろいたように顔をあげた。
「『魔女の師匠』か。まさに我々が探していた『魔女の力の源』だな。聖女様のところに来ていたとは……。それは今どこにいるんだ?」
「残念ながら、姿を眩ませたようです」
「……そう簡単に捕まる筈もないか……しかし聖女が7日間消えていたのは、魔女が消えていたという7日間と合っているな。同じ力を得たということか」
「全く同じでは無いでしょう。使いこなしている年数も違います」
そうか、といって考え込むふうにしたリースの左目が、すこし揺れたようにみえた。
リースの魔物色の右目は伸ばした黒髪に隠れているが、濃い茶色の左目は、どうみても人間と同じだ。
「『魔女の師匠』は……何故最初から、リースを人間にしなかったんでしょうか。それに左目だけが人間と同じなんて、何故、そんな中途半端な事を……。リース、何か思い当たるような事はありますか?」
覗き込んだリースの顔に、僅かに戸惑いが浮かぶ。
「いや……。しかし人間を殺さずに生命力だけを食べるというのは、あの人に教えられた事だ。何か、意味があるのかも知れない」
ふたりで考え込んでしまったが、じっとしていても仕方無い。
アルヴァが官公庁に出掛けている間に《ホライズン》の業務としてリース達が作成した資料に目を通し、情報を共有しながら修正点と課題点を拾い上げる。結局リースが休憩できていないが、それを心配すると本人が構わないというから、甘えさせて貰った。
「あー! 仕事してる! 駄目でしょアルヴァ。リース様をちゃんと休ませてあげてよ~!」
わりとすぐに厨房から戻ってきたアクアに、開口一番怒られた。紙資料が散乱した机の隅にトンと置いた籠からは、焼き立てのパンの香りがひろがる。
「ああ……すまない。早かったなアクア」
「ちょうどここの聖使達が用意してたパンとかをそのまま分けて貰ったの。みんないつでも夜食が食べられるわよ」
アクアの言動のほうが、皆を休ませる気が無さそうだ。
「リース様、いつもスープだけですけど、パンも食べてみますか? 人間と同じ食事を続けたら人間に近付くなんてことないかな~?」
そういうアクアの言葉が、何故か耳に残る。
さっき、似たような話題がなかったか。
「……食べ物はほとんど味がしない。水分だけは必要性を感じるんだ」
リースはそういって、アクアが差し出したパンを半分ちぎって口にした。残りの半分を貰ったアクアは、嬉しそうにパンをかじる。
「リース様と半分こ♡ 私、しっかり食べて栄養つけますから、リース様は遠慮なく私の生命力を食べて下さいねっ」
「……なんだ、それは……」
アクアの唐突な言葉に、リースは小さく笑った。
アーペに行く前と比べると、この二人の仲は少しずつ近付いているようだ。
教会の正面の聖堂の方から、聖使達の歌声が聞こえてくる。
いつもの、夜の礼拝の時間か。
『光明の聖女』が無事に帰ってきたからだろうか、明るく張りのある歌声だ。
聖女ミラノの綺麗な独唱が響いてきた。
聖女様だから、という訳ではないだろう。この深みのある声は、たぶん、日々の努力の結果だ。
そしてこの歌声は、一瞬で中央議会の闇を払った、あの特殊な力のようなものを含んでいる。
「…………う…………」
小さなうめき声に、アルヴァは自分がいつのまにかぼうっとしまっていたのに気付いた。壁の隅で苦しげに踞るリースをみて、はっとする。
――しまった。
《魔物を消す力》を進化させて帰還したミラノの歌声。以前その力をリースに向けられた時は、魔物の身体が壊れかけたようになった。
「リース様? どう――」
「アクア、すぐにリースを教会の外へ連れ出すんだ。聖女様の歌声に、あの力が含まれている……!」
「えっ?! で、でも今までは……」
「聖女様の力が強くなっているんだ。出来るだけ聞こえないようにして移動させるぞ!」
アルヴァは外套をバッとリースに被せて肩を掴むと、よろめくリースを抱えて素早く講堂を出た。
外の方がよく聞こえてくるが、講堂の中でじっと耳をふさいでいる訳にもいかない。今まで使った通路は聖堂に近い正門しか無いが、教会を守る壁のどこかに通用門があるはずだ。
「裏門は宿舎の裏よ。こっちに回って――急いで……!」
ジワジワとリースの身体から魔物の気配が滲んでくる。
直接あの白い力を受けた時は一瞬で崩壊が進んだから、まだ崩壊速度が穏やかなのが良かった。
廊下を曲がった瞬間、ドンと誰かにぶつかった。
「おっ、ごめんアルヴァ。どうしたんだ?」
ソーマだ。
まずい、こんな時に――
「ソーマ、すまない、急いでるんだ」
「リースが調子悪いなら、俺が診ようか」
「いや、これは……」
止める間もなくリースを覗き込んだソーマは、躊躇いなく彼の右目をそっと撫でた。
「魂の奥に連なる本当の名前を、想い出せ」
――瞬間。
「――――ぐっ……ああぁ…………っ!!」
頭を抱えたリースの周囲に、強烈な静電気が走った。
バチバチッと火花を纏い、ばっと中庭へ飛び出したリースの身体から、赤黒い魔物の瘴気が溢れ出してくる。
「っ!? ソーマ、何をしたんだ!?」
「あ~、ごめんな。こんな反作用が出るなんて……。ところで彼は、なんで魔物の身体を纏ってるんだ? 触れちゃいけないかなと思って聞かなかったんだけど」
気付いていたのか。
だが今は長話をしている場合ではない。アクアがすぐ中庭へ続いたが、小さな落雷のような光に弾かれてリースに触れられないようだ。
「を持つ聖女様の歌声で、身体が壊れかかってるんだ。すぐ教会の外へ連れて行かなければ……!」
「凄い才能の聖女様だな。でも、歌は中断したみたいだぜ」
ソーマに言われるまで気づかなかったが、今、歌声は聞こえない。この短時間で終わる曲ではなかった筈だ。
――リースの魔物の気配が、察知されたか。
実際瘴気が零れてくるのも止まったが、退魔師が駆けつけてくるのはまずい。
「とにかく、裏門から外へ――リース!」
中庭に降り白い花火を散らすリースの肩を掴もうとしたが、 バチッと大きな衝撃に跳ね返される。
「くっ……! ソーマ、なんとかしてくれ!」
「ふむ、俺のせいか。退魔師に見付からなきゃいいんだな?」
ソーマが何気なく手をかざすと、サアッと膨大な闇魔法が流れてリースを包み込む。たったそれだけだが、あっというまにリースの姿だけが見えなくなってしまった。
――これは、魔女イオエルが使っていたものと、同じ方法だ。
「えっ?! すご……何、どうなってるの??!」
アクアが声をあげた丁度そのとき、聖堂のほうから駆けつけてきたのは退魔師ではなかった。
「アルヴァさん! ごめんなさい、もしかして――」
「聖女様?!」
「あ、あれ? リースさんは……? えっと、教会の皆には聖堂から出ないように指示してあります。また私のせいで、リースさんに影響があったんですよね?」
聖女ミラノは足をとめて、びっくりしたように周囲を見回した。彼女のその判断と行動には、感謝しかない。
「……う……ああぁっ……!!」
リースを包んだ闇魔法の中から、落雷のような白い電光がドンと炸裂する。
闇魔法を破り、全身がひび割れるほどに帯電したリースが大きく仰け反って出現した。
次の瞬間、激しい電光が炸裂する。
「……ぐっ……!!」
間近で電撃をうけ、一瞬、意識が飛びそうになったのをなんとか踏みとどまり、アルヴァは顔をあげた。
リースの全身の、ひび割れ。
バチバチと燻る電光は、彼の黒髪を白く染める。
「アルヴァさん! リースさんは人間になる方法を探していたんですよね?! いまここで、やってみてもいいですか!?」
聖女ミラノの叫びに、はっとする。
――失敗すれば、を前に、今度こそリースは消えてしまうだろう。
だが――確信に満ちた聖女ミラノの、眼差し。
アルヴァは電撃によろめくアクアと一緒に、小さく頷いた。
その傍で再びリースがバンと激しい電撃を放つ。
「っ……!!」
◇◇◇前世の名前◇◇◇
砕けた星の欠片が地球に落ちていく光景。
破滅の流れ星は、地表に火の雨となって降り注ぐ。
誰かが、自分を呼んでいる。
――――俺は――――
白い光が視界を染め、頭が割れそうなほどの激痛がはしる。
「……ぐ、ああああぁぁ…………っ!!」
身体が、砕け散る――――!
『――おかえりなさい。リース』
優しい、女性の声。
壊れて落ちていく自分の身体を、青い地球の暖かい大地が、受け止めてくれようとしている。
……違う。俺は、俺の名は…………。
聖女ミラノの涼しい声が、きらきらと白い輝きをもってリースを優しく包みこんだ。纏っていた激しい電撃が消えて、さあ、と黒い全身が白く散っていく。
「……! ま、待って、消えちゃう……!」
アクアが咄嗟にリースの手を握った。
まだ、掴める。アルヴァも白くなったリースの手を掴んだ。
「駄目だ! 戻ってこい!」
「っ……リースさん……あなたの人の部分だけ残して……!」
ミラノも必死に力を調整しながら使っているが、リースの崩壊は止まらない。
「……見えたぜ、。君は今、ここにいる。逃げんなよ」
ソーマの、優しくて甘ったるいような低い声が響いた。闇魔法が中庭一帯を広く包囲し、星のない夜の闇のようになる。
「なっ……ソーマ! また、何を……!」
「落ち着け。そいつは大丈夫だ。しっかり手を握ってあげな」
「え……」
ぱっとリースをみると、白い光は赤色に変化し、掴んだ手の感覚は確かな輪郭を取り戻していく。
ソーマはリースの目の前に立ち、そっと閉じた右目のふちを撫でた。
「……今を生きろ。そう望む奴がいるんだからな」
すう、リースが目をあける。
魔物色だった右目は深茶色に変化し、深く吐く息は、暖かい。リースの身体に漂っていた赤色の輝きが消えると、すこし浮いていた身体が重量を取り戻し、ザッと膝をついた。
目隠しするように辺りを覆っていたソーマの闇魔法も、さあ、と消える。
電撃の跡を残した中庭に、いつもの静けさが戻ってきた。
「……あ……」
リースが溢した、小さな声。
少し茶色が混じった黒髪。
アルヴァとアクアが握っていた彼の手は白く、あたたかい。
「リース……?」
ふ、と呼び掛けに振り向いた顔は、ひとまわり若い。
「……俺、は……」
「リース様あぁぁぁぁ!! 良かったぁぁああ!!」
アクアの全力の抱擁に、ドッと横に押し倒されたリースが苦しげな息を溢す。
「ちょっ! アクア、いたっ……!」
「ふぇぇん……! リース様あぁぁ!」
厳格な空気が、なんだか一瞬で弛んでしまった。
そっとリースの様子を覗き込むと、普通の人間がアクアに襲われているようにしか見えない。何がどうなったのか、とにかく、リースが聖女様の力で消えるという事は、なくなったようだ。
「はぁぁ……よかったぁ……」
聖女ミラノも、その場にペタンと座ってしまっていた。
しかし今、自分まで呆けている訳にはいかない。そっとその場を離れようとしたソーマの肩をつかまえる。
「――待てソーマ。リースを助けてくれたのは、感謝する。しかしあの闇魔法……それと、理解を越えた言動。もしかして、聖女様と同じように『世界の力』を掴んでいるのか……?」
期をみて慎重に聞くつもりだった。
しかし今までの態度から、こういう問いにソーマが正直に答えるとは思っていない。
「ふふ……お前は何者だ、とは聞かないのか? すっげー怪しいのに、俺が魔女の手下だとは思わないんだな」
「手下の顔を知っているクレイさんが何も言わないということは、違うだろう。何か訳があるなら詮索はしない。だけど、その力と、雰囲気……。魔女の師匠『ヒカゲ=ディシール』に、会ったことがあるんじゃないか?」
推測し、踏み込んだ問い。
もしここで、いつものようにはぐらかすのなら――
「……ヒカゲか。ちょっと一緒に行動してた時はあるぜ。彼女が聖女様に『世界の力』とやらを伝授したのか。すっげぇ偶然だな」
思いがけず素直な言葉が聞けたことに、逆に緊張する。
「じゃあ、やはりソーマも……」
「いや、俺の力は自分で習得したやつだ。俺は、全ての魂の《真名を掌握》する。聖女様のは魔物の魂を《祝福》するんだな。まさに聖女様って感じだな!」
――魔物に対してまるで詠唱のように語りかけていた何かは、その魔物の元になった人間の名だったのか。
「……魔女の力の源について、そんなの知らないとか言ってたじゃないか」
「え? いや~それは俺もヒカゲが魔女の師匠やってたなんて知らなかったし! てか、いつのまにそんな情報を拾ったんだよ? あ、聖女様が戻ったからか?」
アルヴァは聖女ミラノが立つのに手を貸して、少し息をついた。ソーマには色々聞きたいことがありすぎる。
「こちらは『光明の聖女』ミラノ=アート。行方不明はヒカゲに連れ出された事が原因だったんだ。聖女様、彼は――」
「俺は《吸血鬼退治屋》のソーマ=デュエッタ。よろしくなっ!」
「え? あ、よ、よろしくお願いします……」
ソーマが勝手にぱっと近付いて手を差し出すと、ミラノはポカンとしてそれに応じた。
「ちょっと、アルヴァ! リース様が人間になれたっていうのに、そっちで喋ってないでもっと喜びなさいよっ!」
アクアの嬉しそうな叱責がとんできた。
リースがアクアに支えられて起き上がったところに、聖女ミラノがぱっと駆け寄る。
「リースさん! 私いつも突然、ご迷惑ばかりかけてすみません! でも、良かった……。ソーマさんも、力を貸して頂いてありがとうございます!」
身体が重い、と少し恥ずかしそうにしたリースは、どうみても普通の人間だ。
彼がずっと望んでいた事が、まさか、こんなに一瞬で叶えられてしまうとは……。
まだ情報が足りないし、完璧な準備が必要だと考えていた。
聖女様の力が必要だという情報はあったものの、ソーマが偶然ここに居合わせなかったら、リースはあのまま魔物として消えてしまっていただろう。
願いというのは、遠くに見えていても、関わってきた人々との縁が運んできてくれるものなのかもしれない。
アルヴァは漠然とそう思った。
「アルヴァ、……ちょっと、アルヴァ? どうしたの?」
アクアに肩を叩かれて、はっとする。
「……いや、突然だったから、驚いて……。リース、身体が変化した他に異常は無いですか?」
ひとわまり若返った容姿に、濃い茶色の瞳と茶色がかった黒髪。静かな精悍さはそのまま、少し優しげな雰囲気が滲んでくる。
「ああ。だが、今までのような身軽な動きは出来そうにない。籠手で誤魔化していた素手の攻防も、魔物としての技能だったからな……。普通の魔物討伐でも戦力にならないだろう。……これから色々始まるという時に……すまない。アルヴァ」
自然な暖かい声。
リースがいままで、努めて穏やかに聞こえる声を作っていたのがわかる。
「……暫くは魔物退治に当たる事も無いですし、の事務方をお願いします。アキディスが指南した仕事量を考えても、専任者がいた方が良いでしょう」
「それは勿論だ。……もしかして見た目が少し変わったか……? 髪に茶色が混じってる……?」
「はい、それにひとまわり若返って20代前半位に見えます。クレイさん達には、最初から説明が必要ですね」
敢えて淡々とした態度を作ったアルヴァは、仕方ないかと息をついたリースをみながら、言い様のない不安に駆られる胸元を、そっと抑えた。
――亡き姉の代わりのように、子供の時からずっと一緒にいてくれたのが、リースだ。
もちろん消えずに生きてくれたのは嬉しいが、今朝のように突然魔物の襲撃があったら……。
「なあリース、の記憶はどのくらい残ってるんだ?」
いきなり割って入ってきたソーマの言葉に、リースは目をひらいた。
「……流石に今まで300年過ごしてきたし、細かい事は忘れている。だが名前がわかってみると、思い出せる事も多いな」
「もしかして《ホライズン》ってのはリースが名付けた組織名か? どうしてアルヴァが英単語を言い出したのかとびっくりしたよ。エイトは絶対JP自治区出身だろ」
ソーマが楽しそうに話す内容の意味がわからない。
が、リースは腕を組んで小さく笑った。
「……ソーマ。君も相当色々ありそうだな……。エイトは、あくまで前の人生だ。今の俺は、リース=レクト。そう接して欲しい」
「あはは、ごめん。そうだよな。まぁ魔物の戦闘能力がなくても、人間の身体としては長年溜め込んだ魔力があるみたいだ。魔法は練習すればすぐ使えるようになるだろ」
いままでリースは魔物だからか、人間であれば微弱でも持っている筈の魔力を一切持っていなかった。それを長年溜め込んでいたとすれば、食糧にしていた、人々の魔力と生命力のことか。
――リースの身体を魔物として造った『ヒカゲ』は、ここまで想定して、そうしたのだろうか。
だがそれなら――。
アルヴァは、リースの胸元をトンと叩いた。
「では、魔法について鍛えなくては。せめて自分の身を護れる位には練度を上げて下さいよ」
「あっズルい! 魔法といえば私のほうが専門だもん! リース様、やさしく教えて差し上げますからねっ」
アクアがそういって、しっかりリースの腕を取る。
リースの困ったような、自然な笑み。
――《エイト》。
前の人生、というのは、きっと誰にでもあるのだろう。でも記憶があるからといって、同じ人間ではないとリースは明確に分けているようだ。
……それはどこか少しだけ、寂しいような気がする。
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