◇◇◇消えた魔女の手下◇◇◇

ー/ー





「『風よ 我が意に従い ――』……っう……!」
 風魔法を詠唱しようとしたユリウスが、赤黒い霧の毒のせいで、ふらついた。
「……!」
 総議長も外套で呼吸を抑えつつ、膝をついた護衛の背を守る。物理攻撃も魔法攻撃も聞かないこの魔物は、厄介だ。毒を吸わないように走り回るしかない。
 この赤黒い霧も、標的は総議長のようだ。ここは一旦霧の中から離脱して、風魔法が使える誰かを呼んでくるしか……。

 突然、頭上から[[rb:手風琴 > アコーディオン]]の低重音が鳴り響いた。
「……!?」
 音に込められた強い魔力の風圧が、赤黒い霧を一気に吹き飛ばす。
 開けた視界の先には、踞ったユリウスと総議長の姿。
 そして、見上げた先には、楽器を抱えた少年。
 ――彼の綺麗な黒髪は風になびき、自身に満ちた笑みをうかべている。
「な……君は……?!」
「お兄さん、リッドお兄ちゃんを助けてくれてたね。ありがとう!」
 おもわずアルヴァがあげた声に、黒髪の少年は、ふわりと同じ屋根の上に降りてきた。
「まだ霧は消えてない。お兄さん、得意魔法の属性は?」
「……光だ」
「わ、珍しいね! じゃあ僕があの霧を一ヶ所に固めるから、光で焼き切ってくれる?」
 彼はそういって、首に掛けていた[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]を構えた。高音が、大きく空気を震わせる。
(――この子は、楽器を魔法の詠唱に使ってるのか!)
 [[rb:口風琴 > ハーモニカ]]と[[rb:手風琴 > アコーディオン]]の魔力の演奏。
 かき集められた赤黒い霧が、目の前で家の扉程度の大きさまで圧縮されていく。
 ――感心している場合ではない。
『光よ 我が意に従い 闇を焼け!』
 長剣に纏わせた光魔法を、集められた霧に叩きつける。少年が奏でる[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]の高音と、闇と光の圧縮。赤黒く濁ったような水滴の魔物の感触――。
 パァァァン!!!
 刀身が魔物の存在を斬った手ごたえとともに、押さえつけていた風圧が、霧散する。
 砂になり、ポロポロ地面に散っていく霧の魔物。……こんなに簡単に倒せるものだったろうか?
「……君は……」
 口元から[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]を外した少年は、ぱっと屋根から飛び降りて真っ直ぐ総議長のもとに駆けていく。
「リッドお兄ちゃん!」
「ハーディス?! 助かった……けど、どうしたんだ、その姿」
 落ちてくる砂を払いながら、驚きをうかべた総議長と少年が合流する。
 アルヴァもあとに続いて駆けつけると、ユリウスが周囲をみながら背中を叩いてきた。
「ここで話し込むのは止めましょう。とにかく官公庁へ。アルヴァ、ハーディスと一緒に警戒をお願いします」
「はい、勿論です」
「すまない、協力を頼むよアルヴァ。行こう!」
 肩を叩いてきた総議長も、走り出した。街中で発生した魔物達の標的が総議長なのであれば、人口密集地にいること自体が災厄になりかねない。駆け出した総議長達の足は速い。平然と続く少年も速い。
 ……この国の最高権力者は、平和な街に住んでいる筈では……?

「お兄さん、アルヴァさんっていうんだ。僕はハーディス=タイド。旅楽士です。よろしくね!」
 少し離れて併走する少年の、よく通る声。どうやら総議長の弟という訳ではないらしい。
「俺はアルヴァ=シルセックだ。……君は、凄いな」
 アルヴァ自身も、子供の頃から退魔師として魔物と戦ってきた。
 剣と魔法の違いはあるが、ハーディスの実力は突出している。
「ふふ、すぐに連携してくれたアルヴァさんもね。新しい護衛さん?」
「いや、リュディア王国中央教会に所属している。魔女探し協会の絡みで、総議長とご一緒させて頂いていた」
「そうなんだ。リュディア王国も色々楽しい所あるよね~!」
 かなりの速度で走っているが、ハーディスは余裕の笑顔で雑談をはじめてしまった。
「ハーディス、アルヴァが困るでしょう。お喋りは着いてからにしてくださいね」
「はーい!」
 ユリウスの声に明るい返事をして、ハーディスはちらっと舌を出した。
 子供らしい仕草に、少し和まされる。

 途中で数体の魔物を瞬殺し、難なく官公庁の大きな建物にたどり着く。
 その大きな正面入口ではなく、総議長達は側面の通用口にむかった。総議長がいるからか警備員から声をかけられる事もなく、実務機関の複雑な廊下を速足で通過して、高級感のある扉のひとつをバンと開けて駆け込む。
 貴族の部屋――。まさにその呼称がぴったり合う、広くて高級な空間だ。
「あー! なんで俺を狙うんだ。政敵が何か仕掛けてんのか?!」
「仕方無いですよ、人気者ですからね」
「要らない人気だな。それより街の中の様子はどうだ?」
「ふむ……護衛隊は結構活躍してくれています。それに教会からの人員も退治活動にあたっています。魔物の発生も増えていないようですし、国防院は必要なさそうですね」
 少し目を閉じてそう断言したユリウスの言葉に、アルヴァは首を傾げた。
 外との連絡は取っていない筈なのに、どうしてそこまでわかるのだろう? 教会に馬車が到着する時間を正確に把握していたのも、同じ手段だろうか。
 アルヴァの視線に、ユリウスは目を上げて小さく笑ってみせた。
「あぁ、失礼……。私は、鳥達と意識を共有できるんですよ。このフェリア上空を占める鳥達の視界は、私の視界ということです」
「……そんな能力が……」 
 つまり、外を歩いている限り、その行動はこの男に筒抜けだということか。馬車の時間のことがなかったら信じられないような、便利な能力だ。
「鳥が集まってたから、僕もすぐにリッドお兄ちゃんの居場所がわかったんだよ。便利だよねっ」
 ハーディスが高級そうな赤い長椅子に手風琴を置いて、当然のように座って寛ぎ始めていた。
「ところで、この部屋は総議長様の……?」
 どうやら魔物の襲撃の心配は無さそうな雰囲気に、少し落ち着いて部屋の中を見回す。
 貴族の部屋だとは思ったが、実際、椅子から調度品に至るまで、かなりの高級品だ。
「ああ、官公庁内の私室だ。ウインツ家の邸宅にはほとんど帰ってなくてね、ほぼここに住んでいるよ」
 そう言いながら、リッドは上級貴族議員の官服にさっと着替えていた。
 執務卓の奥に座った彼は、さっきまで平民姿で全力疾走していたとは思えない、上級貴族の最高権力者の姿だ。
 机上に積み上がった書類をサッと見たリッドは、ほっと息をついた。
「はあ……。議会までの急ぎの案件が無くて良かった……。さて、一緒に走ってきてくれたアルヴァにはお礼をしなきゃな」
「いえ、お気遣いは不要です。あの流れでは必然だったでしょう」
「はは、真面目だな。いや、実は俺が、君と仲良くしたいんだ。セトの理解者が増えるのは嬉しいからね」
 ――この人は……。
 セトの名前を呼ぶ、温かな声。改めて実感させられる、最高権力者としての生活の姿。
 アルヴァは目を瞑り、深く、息をついた。
 こんなことで羨ましいと思っても、仕方ない。

「? アルヴァさん、仲間になるのかな? だったらここで僕の報告してもいい? 結構急いで帰って来たんだよ」
 長椅子でゴロゴロしていたハーディスの声に、ユリウスが頷く。
「君がその姿ってことは、魔女の手下の件ですね? アルヴァは魔女探し協会にも属していますし、丁度良いです」 
「ああ。何があったんだ? まさか、魔女の手下を倒したのか?」
「倒してないよ! まだ見つけてもいないし!」
 ぱっと長椅子から起きあがったハーディスが慌てて首を振る。
「魔女の手下……?  え、な、どういう事ですか?」
 唐突な話題に、話がみえない。
 クレイが注意喚起していた、白髪の魔女の手下。まさか総議長は、彼とも縁が――?
「あ……すまない。アルヴァには唐突な話だったな……。ハーディスは今まで、魔女の手下の魔力で、20歳位の姿に成長させられていたんだ」
 総議長の口から、なんだか凄い情報が零れた。
「えっと、一週間前に何か違和感があって、3日位でゼロファの力が全然感じられなくなったんだ。それにあわせて体も元の大きさになっちゃった。折角大人になってたのに~」
 そういって口を尖らせるハーディスの仕草は年相応だが、大人の姿でも同じ調子だったのだろうか?
「一週間前というと、ミラノさんが姿を消したのと同時期だな……アルヴァ達が東地区を出たのも同じ頃か。それに、今朝の地震と魔物……。何かが、繋がっているのか……?」
 全体を見渡したリッドの言葉に、アルヴァもはっとする事があった。
「アーペでは魔女の手下の仕業かと思われる事件がありましたが、姿を現すことはありませんでした。もしかすると、手下本人は、力を失いつつあった……のかも知れません」
「……あいつが……?」
 しん、と沈黙がおりる。あいつ、ということは、総議長は、やはり手下にも面識があるのか。
 …………魔女の支配する世界を終わらせる鍵は、この総議長じゃないのか?
「ん? ……ハーディス。君は手下の魔力をうけて、最強格の退魔師の魔法が使えましたよね。さっきも同じ魔法を使っていませんでしたか?」
 ふとユリウスが溢した疑問に、ハーディスは、得意気な笑顔をうかべた。
「ふっふ~! 使ってるうちにコツを掴んだんだ。貰った力が無くても普通に使いこなせるから、大丈夫!!」
 
 
◇◇◇フェリアの平穏◇◇◇


 ハーディスの天才発言はさておき、総議長達は本業に戻った。
 アルヴァは今朝別行動になったノーリにも声を掛けて、教会に戻ることにした。ユリウスに今朝別れた人物の居場所を聞いてみると、ノーリのいる場所が、即答で返ってきた。本当に便利な能力だ。
 下町の雰囲気が漂う、フェリア西側の商店街の外れ。地震で崩れた場所を、人々が声を掛け合いながら修繕している。どうやら魔物の出現も、緑の護衛団や教会からの退魔師達によって素早く対処できたようだ。
 怪我人が集められた診療所。ほとんど軽傷のようだが、その人数の多さに町医者が慌ただしく働いている。ノーリも働いているのかと思ったが、駆け回る人員のなかにその姿は見当たらない。

「あの、すみません。ノーリという男性の治癒師はいますか?」
 駆け回っている人々の中からひとりを捉まえて声を掛けると、彼はすぐに思い出したように手を叩いた。
「ああ、あの人かな。ここに出た魔物を退治してくれたんだが、怪我してるんだよ。自分で治せるって言ってたけど、まだ起きてこないんだ。アンタ、知り合いなら様子を見てやってくれないか」
「え? 怪我……?」
 ノーリは治癒師だから、いつもは魔物と戦うことは無かった。しかし今回は慣れない事をして負傷したのだろうか?
 ここで休んでいる筈だという診療所の一室まで案内してくれた男は、また忙しく診療作業に走っていった。
 トントンと扉を叩いても返事はない。
 そっと扉を開くと、寝台で布団にくるまった人間が小さくうなされているのをみつけた。机上に置かれた荷物は、ノーリのものだ。
「ノーリ、大丈夫か?」
 そっと寝台の傍に寄り、布団を軽く叩く。もぞ、と動いた感じ、目は覚めているようだ。
「アルヴァ? どうしてここが……」
「ちょっと色々あって。それより怪我をしたと聞いたんだが、大丈夫なのか」
 軽く布団を引く。
 薄暗さで、ノーリの薄い金髪が一瞬白く映った。
「……すみません、魔力切れで動けなくなってしまって。ちょっとそこの荷物から、水を取って頂いてもいいですか?」
 真っ青な顔色で小さく笑んだノーリの様子に、目が覚めたら息が止まっているかもしれない、とリースが言っていたのを思い出す。しっかり食事をして休息も取っていた筈だが、それでも生命力が衰えるのは、何が原因なのだろう?
「ソーマにまた診て貰って、暫く休んだほうがいい。魔女探し協会の活動は、一旦事務的なものになりそうだし、気にしなくて大丈夫だから」
 荷物から出した水で口を潤したノーリは、申し訳なさそうに頷いた。
「そうさせてもらいます。でも、何かあったら教えてくださいね」
「ああ。状況は伝えに来よう」
「ソーマからでもいいですよ。忙しくなるでしょう」
「……そんな様子では、心配だからな。様子見も兼ねるから、しっかり治してくれ」
 そういいながら、官公庁でに朝飯代わりに貰った香辛料のパンを荷物から出して机上に置いておく。あとでソーマに、体に良さそうな食事も持っていくように言おう。
「……アルヴァは優しいですね」
「? 普通だろう。しっかり食べて、もう倒れるなよ。ソーマを呼んでくるから」
「はい。ありがとうございます」
 弱々しいが爽やかに頷いたノーリに少しホッととして、診療所の部屋をあとにする。早く教会に戻ってソーマを呼んでこよう。

 フェリアの街の人々は、地震の片付けをしながら、元気に店を開けはじめている。ノーリのいた診療所は街の西側の外環通りに近い。 
 気付けば、通り沿いの『洞窟古書店』に足をむけていた。
 ――あの人が、セトとして過ごした店。最初にこの街を訪れた時にここへ来ていれば会えた筈なのにという想いは、どうしても胸の中に蟠ったままだ。看板の出ていない店先は、しんと静かだ。試しに店の扉を開けてみようとしたが、施錠されている。総議長の管理が行き届いているのだろう。
「お客さん、その店は長期休暇って聞いてるよ」
 開店準備中の近くの店員に掛けられた声に、頷く。
「……そうか。ありがとう」
 ここで、リースの正体が判明し、ノーリに出会った。
 そう思うと不思議な縁を感じる……が、ぼうっと佇んでいる訳にもいかない。
 ノーリの体調の為にも、早く教会へ戻らなければ 。

「あれ?  あの店……店主の友人がちゃんと鍵かけていったわよね」
「ああ。さっきの人も入れなかったし。どうした?」
「今、女の人が入っていったような…………」
「鍵持ってる関係者かなんかだろ」
「そ、そうよね……」
 
 
◇◇◇ 


 賑やかになり始めたフェリアの街中を通り抜けて中央教会に戻ると、聖堂では聖使達が朝の礼拝をしていた。静かにその傍を通過して、協会が間借りしている宿舎の講堂へ急ぐ。 
 質素だが、清潔感がある木造宿舎の廊下。そこに、ふわりと料理の香りが漂ってきた。
「……この香りは……」
「おっ! おかえり~アルヴァ! いいとこに帰って来たな。ちょっと遅めの朝飯ができてるぜ!」
 両手一杯に、器用に料理の皿を持ったソーマが厨房のほうから駆けてきた。
「……まさか、ソーマが作ったのか?」
「よくわかったな。俺特製調味料だ! 旨いし体に良いし、アルヴァも一緒に食おうぜ。旅の途中は保存食ばっかりで飽きただろ」
 そう笑って廊下を走るソーマに、あわててついていく。大皿を8枚も落とさず持って走るなんて、見ているこっちがハラハラする。今朝集まったシヅキの部屋ではなく、講堂の一角に机を並べて、協会の顔ぶれが集まっているところへ合流する形になった。
 机の隅でスープだけ飲んでいたリースが、席を作ってくれる。
「総議長は無事送り届けたな。こちらも街中に出た魔物の対処をして戻ったところだ」
「はい。総議長のもとへ魔女の手下に関する情報があったので丁度良かったです。クレイさんは……」
「シヅキさんの隣だ」
 ソーマの料理を勢いよく食べる女性陣のむこうで、微妙な顔をしたクレイがお茶を飲んでいた。シヅキもアクアもそんなに空腹だったのだろうか? ひとり、薄い髪色の聖使の女性も、その大食い大会に混ざっている。
「アルヴァ、リッドの帰りに問題はなかったか?」
 こちらの目線に気付いたクレイの手招きに席を移動して、聖使の女性も隣になった。
「出現した魔物は、明確に総議長を狙っていました。政敵が仕掛けた疑いもあるようですが、判断材料が無い状況です」
「……うーん……戦場でもない場所で意図的に魔物を発生させ、標的を指定するとなると、魔女かその手下ぐらいしか思い付かないんだが……」
「その、魔女の手下の情報がありました。一週間前位から、力を失いつつあるようです。ハーディスという子が途中で合流したのですが、子供の姿に戻ったとかで――」
「ハーディスが……!?」
 どうやらクレイも知り合いだったようだ。
「あの~、ちょっといいですか? 総議長様の政敵は、古参の保守派の人達です。それも先代がかなり敵を減らしたので、それほど脅威じゃなかったはず……。だから多分、政敵が仕掛けたのとは違うと思いますよ」
 隣に座っていた薄い髪色の聖使が、遠慮がちに会話に入ってきた。
 ふわっとした喋り方が印象的な女性だ。
「ふむ……一週間前というと、ここの聖女様が失踪した時期とも重なるな……。あいつが力を失うってのは想像できないんだが……何かが起きているのは確かだな」

 考え込むクレイとアルヴァの前に、ソーマがトンと料理の皿を置く。
「腹が減っては戦は出来ぬだ。旨いもの食って落ち着けよっ」
 ふわっと甘く香ばしい香りが立つ、とろりとした野菜炒めのような料理。見たことのないものだが、女性陣の食べる勢いを見るに、相当美味しいのだろう。確かに空腹ではある。クレイと一緒に手元の小皿に取り分け、一口食べてわかった。旨味が脳に響き、視界が明るくなる。これは、食べるのが止められなくなる味だ。
 ――と、食べ進めようとする衝動を抑えてソーマを呼び止める。
「ソーマ。ノーリが街の西側の診療所で、魔力切れで動けなくなってる。食事を持っていって診てあげてくれ」
「あー。だから何かあったら呼べって言ったのに……わかったよ。すぐ用意する」
 ソーマがやっぱり、といった顔をしたということは、ノーリの体調は完全に戻っていた訳ではなかったのだろう。ソーマがまた厨房に走っていくのをみおくって、やっと落ち着いて朝食に向き合った。 
 隣で料理の味に驚いていたクレイも、一息ついたようだ。
「……報告にあった治癒師か。朝一人足りないなと思ったが、診療所に向かっていたんだな」
「はい。最初の地震で別れて、街の人の為に行動してくれていました。診療所に出た魔物の対処もして……人柄としても優れています」
「アルヴァがそこまで誉めるとはな。回復したら紹介してくれ」
「勿論です」
 新しく参加した協会の顔触れに魔女の手下が混じっているかもしれない、という警戒は、協会の魔女探しにとっては常にある。そんな中でのノーリへの信頼は、彼自身の行動が築いたものだ。どうやらソーマは、信頼というよりも、胃袋を掴んだようだが。

 ひととおり朝食が終わった広間に、旅装の商人が訪ねてきた。
「こんにちは。協会で商売を始めるそうですね」
 商人の帽子を取った黒髪の青年は、どこかハーディスに似ている。
「アキディス。リッドが君を貸してくれると言ったのはつい今朝だぞ。暇なのか?」
「酷いな、優秀と言って下さいよ。お久しぶりですクレイさん」
 クレイが席を立って彼を出迎えたのをみて、それに習うように皆も椅子から立ってクレイの方に注目する。
 アルヴァも同じく席を立って、この商人を出迎える形になった。
「ああ、初見の奴もいるから、改めて紹介しよう。彼はアキディス=タイド。フェルトリア連邦とシェリース王国を中心に廻る、取引を仲介する商人だ。今回協会に来た飛行機械の商流の話の、実務的な立ち上げを手伝って貰う」
 クレイの紹介に丁寧な一礼をした男は、人当たりの良さそうな好青年だ。
 ハーディスと同じ名字ということは、顔も似ているし、やはり兄弟なのだろう。
「商売は厳しいですよ。――俺が皆さんを鍛えますので、覚悟して下さいね?」
 言うことは、不穏だった。



◇◇◇激震の前の静寂◇◇◇


 魔女探し協会という名前は、天使教会という拠点と被っていて、よく誤解される。
 「組織に名前をつけろ」というのが、アキディスからの最初の任務だった。
 創立者の名前でいいのでは?という案は、本人に拒否されてしまい、名称に皆が頭を抱えることになった。しかし他にも、決めるべきことは沢山ある。アキディスが業務の叩き台を作り、とりあえずの役割を目の前にいる人間に割り振っていた。
 飛行機械の占有権の取得や、資金管理の枠組み作り。墜落という危険もある機械の安全な操舵技術の基準、各国の力関係に影響しないための購入権利の審査基準、占有権のための製図の秘匿方法と運用管理。
 アキディスが簡単に並べた仕事の詳細は、どれも失敗の許されないものだ。実際に事業が始まる前にここまで想定で作り上げたアキディスの手腕は、驚異的だろう。
「事業はひとつの国家みたいなものです。長期的な運用による信頼構築はもちろん、従業員の帰属意識と報酬面の安全保障が、業務の責任感と精度につながります。怠慢と裏切りを抑止する方策も忘れないように――。」
 直接機械に関することはリースとアクア。金銭や権利に関することはクレイとシヅキが担うことになった。
 墜落した実績のあるアクアが操舵技術関係を任されて、真っ先に悲鳴をあげる。
「アキディスがなに言ってるのか、全然わかんないよ……!」
「……まぁ、目の前の任されたことをやるしかない」
 リースは理解した様子だが、今までやってきたこととは掛け離れた事態に、少し困惑しているようだ。
 アルヴァは、そっと総議長に貰った”お礼”を確認した。
 官公庁の入館許可証だ。
 総議長の居室までの訪問が特例として許可されている。専門機関室への立ち入りは流石に除外されているが、官公庁内を自由に歩けるのはありがたい。
 これを活用して、権利関係の部署へ手続きに行くというのが最優先の仕事だ。アキディスが用意した必要書類を持って行くだけだが、一度で承認が降りる訳ではなく、何度も往復させられる事が多いらしい。今朝通用口から駆け込んだ官公庁だが、またすぐ訪れる事になるとは……。
 クレイとシヅキがアキディスと話をしている傍で、占有権申請書の詳細に目を通す。開発の経緯から魔女探し協会の関係性が記載されていて、全く隙のない内容になっている。弟のハーディスは楽器魔法の天才だが、兄であるアキディスは商売の天才、といったところか。
 問題は、組織名が決まらないと書類を持っていけないということだ。
「……クレイさん、先に名称を決めて頂けませんか? 候補は出ています」
「いやいや、この候補、どれも魔女探し協会からかけ離れすぎだ。『飛行機商会』なんてそのままだし、『雲』『大鷲』とか空にあるものを適当に並べただけだろ」
「――『地平線』はどうかなぁ?」
 こちらの会話をきいていたのか、アクアがポツリと新しく案を出してきた。
「ほら、ソーマが”地平線の向こうから来た”とかって言ってたじゃない。魔女の見方を変えたり誰もやらなかった事を始めるんだし、地平線の向こうを見に行くって意味で…………。ん? 私今なんか、凄く良いこと言っちゃった?!」
 アクアにしては物凄く冴えた案だと思ったが、何故か自分でびっくりしている。
「自分で言うと台無しだぞ……。しかし確かに、良いんじゃないか」
 クレイも頷いたところで、珍しくリースが声をあげた。
「……『ホライズン』というのはどうでしょう? 地平線という意味の言葉です。名称というなら、ただの単語より良いのでは」
「ほう、名前の響きもいいな。どこの言葉なんだ?」
「――とても遠い場所の言葉で。Englishという言語です」
 リースはちらりとアルヴァに視線をむけて、小さく笑みをみせた。
 聞いた事のない言語の発音だ。……リースが人間として生きていた時代の言葉……なのだろうか?
「? まぁいいか。じゃあアルヴァ、組織名称は『ホライズン』で書類を持って行ってくれ」
「わかりました。リース、表記はこれでいいですか?」
 サッと紙の端に小さく書いた文字をみて、リースは軽く頷く。
 クレイが手近な紙に大きく決定名称を書きおこし、壁に貼った。
「名前決まったぁぁ! 空欄埋まるぅぅ!」
 アクアの叫びは、理解できないと嫌がっていた割には、熟練の事務職員のようだ。

◇◇◇ 

 あっというまに昼過ぎになったが、ノーリのいる診療所へ向かったソーマがまだ戻らない。立ち寄って様子をみようかと思ったが、やめた。しっかり休養することが治療になるなら、あまり邪魔をするのも悪いだろう。
 今朝の大通りではなく、商店街の賑やかな道にアルヴァは足が向いた。事業の立ち上げに関わってみると、商売に少し好奇心が湧いてきたのが、正直なところだ。
 商店街には住人だけでなく、旅行者で賑わっていた。
 朝の地震の名残があるものの、どこからか香ばしいパンの香りが漂い、軽快な音楽が満ちている。
 ――この平和は、魔女が戦争を抑止している世界の上で、成り立っている。改めてそう思ってくれる人は、どのくらいいるのだろうか……。

 ふと、商店で買い物をしている一人の旅行者に目が留まった。
 ……深く外套を被り、顔を隠すように襟巻きを高めに巻いている。背格好から見て、女性だろうか?
 旅人は店先に並んだ雑貨の中から買い物を済ませ、人混みのなかに消えていった。
(――行方不明の聖女様も、あんなふうに顔を隠していたら小鳥達でも分らないかもしれない) 
 アルヴァはそっと、旅人が立ち去ったあとの店先で足をとめた。 
「……綺麗なお店ですね。一番売れているものは何ですか?」
 店先に並んでいるのは、色々な雑貨だ。陶芸作品、個性豊かな装身具、アーペで作られた魔物除けのお守りもある。
 気さくそうな店員は、アルヴァの質問ににこやかに反応した。
「いらっしゃい! 最近は観光客が増えて、アーペの魔除けが人気だよ。ここで買うと国内産だから安いしね!」
「なるほど。さっきの旅行客も、それを?」
「いや、あのお姉さんは仮面を買っていったよ。えーと、コレと似たヤツ」
 ――目元を隠す、機械美をおもわせるような仮面。
 そもそも顔を隠していたし、何か、引っ掛かる。
「じゃあ俺も、それをひとつ買います」
「おっ、ありがとな!」
 アッサリと心地好い買い物が出来る、良い店だ。何に使う訳でもないが、仮面を荷物に入れる。
 ……さっきの旅行者が歩いていった先の北側は、目的地の官公庁だ。
 あらためて、少し足早に目的地へ向かう。

 フェルト連邦国の行政の中心である官公庁。小高い立地にあり街中からも仰ぎ見られる、威厳ある施設だ。正門で入館許可証を提示し行先の部署を伝えると、簡単に入ることが出来た。許可証の無い訪問者は関係部署に確認を取る手続きがいるようで、正門の外に待合所のようなものが設けられている。
 来る途中で注意深く周囲をみてきたが、さっきの旅人の姿は無かった。……同じ方向に消えたからといって旅人の行き先が官公庁という可能性が相当低いのは分かっている。しかし、何故こんなに気になるのだろうか?
 省庁内は黒い制服の警護官が随所に立ち、厳格に警備されている。不審者がいればすぐ捕まるだろう。
 それにしても、静かな雰囲気だ。リュディア王国王城では、関係者が忙しく行き交っているものだが。
 
 正門で案内された通りの部署へ足を運ぶ途中、ふと人の好さそうな護衛官に声をかけてみる。
「お疲れ様です。初めて遣いに来たのですが、この省庁は静かですね」
 黒い制服の警護官は、見た目通り和やかな笑みを浮かべた。
「中央議会が開かれている時間帯だからな。終わった途端一斉に職員が仕事を再開する。今のうちに用事を済まるのがお勧めだ。部署の場所がわからなくなったら、遠慮なく近くの警護官に声を掛けてくれ。不審者を警戒するより、俺達も気が楽だからな」
 中央議会……。
 当然、リッド=ウインツ総議長も出席しているはずだ。
「ご厚意感謝します。議場はどこにあるんですか?」
「省庁中央に吹き抜けで構成されてるが、入口はそっちの南館2階の……」
 ……聞いておいてこう思うのもおかしいが、身分を改めもせず、省庁内の情報を漏らしていいのか?
 王政ではなく議会制だから、職員が多いのはわかるが……。
 突然、ドン、と建物が揺れた。
「……?!」 
 揺れは続かなかったが、その直後、大勢の悲鳴が議場の方から聞こえてきた。
 ――まさか、また魔物が――?!

◇◇◇世界を支配する魔女の呪い◇◇◇


「いまのは……?!」
 咄嗟に駆け出した警護官のあとを追い、アルヴァも中央議会の議場へ向かった。
 重厚な赤い敷物が敷かれた廊下を駆け抜けると、すでに警護官でごった返している議場入口に着いた。
「蛇の魔物だ! 多すぎる! 議員達を外へ……!」
 議会の入口近くにいた議員達が、必死に逃げ出してくる。
 その足元に絡み付いた赤黒い蛇を警護官達が切り捨て、次々と外へ誘導していく。
 大きく開かれた議場の中は、真っ暗だ。
 入口付近が魔物で埋め尽くされているのか?――いや、闇魔法が議場を支配しているのか。
『――光よ 我が意に従い 闇を払え!!』
 咄嗟に議場内へむけて詠唱したアルヴァの魔力が、入口付近の様子を照らし出す。
「おおっ、君は光魔法使いか! こっちに来て議場内を照らしてくれ!」
 半ば強制的に警護官達に背中を押され、つんのめるように議場内に足を踏み入れることになった。
 緊急時とはいえ、この国の警護体制は大丈夫なのか?
 だが今は、そんな心配をしている場合ではない。もう一度同じ詠唱を、悲鳴が響く空間に向けて、強い魔力を込めて放つ。

 まるで大きな劇場のような、重厚で広い空間。足元から無数に出現し、議員達に絡みつく赤黒い蛇の魔物。階層の奥の高台が議長席なのか、緑の護衛官の姿もある。 
 だが、闇が晴れてひときわ目を引いたのは、議場の中央に浮かぶ、ひとりの人間だった。
「……………………」
 さっき街中で見かけた旅人の女性。
 深く被った外套と、口元を隠す襟巻と、たぶん買ったばかりの、仮面。
 足元の蛇に手一杯なのか、議員達からの元気な野次はない。かわりに、苦しげな呻きが満ちている。無数の赤黒い蛇は、議員達に致命傷を与えるほどの力は無さそうだ。なのにここまで彼らが静かだということは――まさか、毒か。
「……この国を治める人達。忘れているようだから、思い出させてあげる。私は、『世界を支配する魔女』。……リーオレイス帝国との国交とか、面白い話をしているのね」
 高く、凛とした声が、議場に響いた。
「……!」 
 一瞬、頭が真っ白になる。
 ――なぜか気になる、という予感のようなものは、放置すべきではなかったのだ。
 
 議場の高台に、リッド=ウインツ総議長が立った。
 そこにも無数の蛇がいるが、他の議員達のように苦しむ様子はない。どうやら傍にいる緑の制服――ユリウスも無事のようだ。瞬時に身の回りの蛇達を撃退したのだろうか。
「帝国と仲良くすれば、この国は内部から侵食される。私以外が世界を支配するなんて、許さない。くだらない決断をする議員達は、必要ない」
 すう、と彼女が手を広げる。
 アルヴァの光魔法で払われた議場の闇魔法が、足元の無数の蛇と共に、ふたたび一気に立ち昇る。
「駄目だ! やめてくれ……!」
 リッド=ウインツ総議長の声が闇の中に消える。
 ――その言葉は議員達の為ではなく、魔女の為だ。折角、協会が魔女への見方を変えようとしているのに、ここで魔女が直接手を下してしまっては――
 あっというまに視界が暗くなり、足元の蛇が再び議員達に絡み付く。
「『光よ ……』っ!」
 アルヴァの足元にも蛇の感触が触れた。
 急いで斬り落とすも、小さな魔物の気配は次々と発生してくる。
「早く、皆を外へ!」「魔物が多過ぎる……!」
 呻き声の中、総議長と警護官の切迫した声が錯綜する。光魔法で一瞬明るくしても、圧倒的な魔力差に、すぐに視界が閉ざされてしまう。――これでは、議員達は全滅する……!

『――――みんな、おかえりなさい』
 突然、ぱあっと眩しいまでの白い輝きが炸裂した。
 足下を埋め尽くしていた赤黒い蛇が一瞬で消え去り、清らかな白い光が、きらきらと議場に満ちていく。
「なっ……何だ……!?」
 ふわりと白い光を纏って議長席の壇上に現れたのは、聖衣の女性だ。
「……『光明の聖女』様……!」
 ワッと警護官達の歓声があがる。
 総議長も、突然出現した聖女ミラノ=アートに、驚きと安心の色を浮かべた。
「――ふふ、『おかえりなさい』か。素敵な言葉ね……ミラノ」
 宙に浮いている魔女は驚くこともなく、壇上の聖女を見下ろした。
「……あなたに、追い付いてきました。お願い、もう、やめてくださいっ! こんな事しなくても――」
「世界を支配しているのは、私。……私を倒すのなら、メルド湖沼地帯で、待ってるわ」
 魔女はそう言って、スウ、と闇魔法を纏うように姿を消した。
 一瞬の静寂のあと、わっと警護官達の歓声があがる。
「光明の聖女様!」「聖女様が魔女を追い払った……!」
「……はっ……えっ? な、ここどこですか?? 総議長様?!」
 我に返ってひとりで驚いているミラノを、総議長とユリウスが丁重に壇上から降ろした。
 ――光明の聖女が行方不明になっていたことは、公表されていないことだ。
 
 喧騒のなか、一瞬、冷たい空気が傍をすりぬけた。
 アルヴァがパッと手を伸ばすと、サラッとした風が手に触れた気がする。
「……!」
 風が抜けていった議場の出口へ駆け出し、気配を消した気配をさがす。いつも一緒にいたリースは人間としての気配が希薄だった。彼を探す事に慣れていたことが、こんなことに役立つとは――。
 気配を完璧に消すことは出来ても、存在するということを消すことは出来ない。風は廊下をぬけて階段を駆け上がり、屋上の扉を薄く開いて、外に出ていく。ただの風が、閉ざされた扉を開く訳がない。
「待ってください! 俺です、アルヴァ=シルセックです……!」
 おもわず声をあげて、扉の外へ飛び出した。
 
 よく晴れた寒空。
 冷たい風に、長い茶髪がさらりと揺れる。
「アルヴァ。……大きくなったね」
 カチャッと外した仮面の下から、深い緑色の瞳があらわれた。
「……っ!」
 胸が、苦しい。
 やっと会えた、大切な存在。――だけど、声が、出ない。
「――泣かないで。折角の男前な顔が、台無しだよ」
 少し困ったふうに笑って見せる、魔女。
 俺は、この人を引き留めるようなものは、何も持っていない。
 ここで何を願っても、何も叶うとは思えない。
 でも、せめて何か言わないと。
 くしゃりと目を擦って、軋むような胸元を抑える。
「……ずっと、会いたかったんです……」

「――完璧に姿を消してたのに、ここまで追いかけてきた。10年前もリースを振り切って、戦場に駆け付けてきた。……いつも私を驚かせてくれるね。アルヴァ」
 穏やかな、優しい声が名前を呼ぶ。
 ただそれだけの事に、胸の奥が、熱い。 
「では、あなたを驚かせた俺の願いを、ひとつだけ聞いて頂けますか?」
「いいよ。どんなお願い?」
「……あなたの、本当の名前を、教えてください」
 
 まっすぐ、魔女を見つめる。
 深い緑色の瞳に、何気ないふわっとした表情と、サラリと風に流れる茶色の髪。
「私の名は、イオエル=リンクス。……ふふ、だれかに名前を教えるなんて、魔女になってから初めてね」
 足元から出てきた紫色の羽根蛇に乗り、彼女は再び闇魔法を纏うように姿を消してしまった。
 さあ、と風が吹き抜けていく。――――空を飛んでしまっては、追いかけられない。
「イオエル…………」
 世界を支配する魔女の、仮面を外した名前。
 やっと会えた、どうしてか、切実に、大切だと思う人。
 胸の奥に暖かく響くその名前を――――自分は遥か昔から、知っていた気がする。
 
 ……静かに目を閉じると、どこかの風景が浮かんでくる。
 緑の森。焼け焦げた野原。黒く燃えひろがる炎と、兵士の死体の山。
『イオエル……大丈夫。まだ、頑張れる……』

 トンと肩を叩かれて、ビクッと我に返った。 
「?!」
「あ、悪い。そんなにびっくりすると思わなくてな……」
 振り返ると、教会で会った緑の護衛官が、苦笑いを浮かべていた。
「あ……すみません。勝手に屋上に出てしまって」
「それはいいさ。さっきの騒動で光魔法連発してくれたそうじゃないか。総議長様達が呼んでるから、一緒に来てくれ」
「……わかりました」
 総議長の護衛がこちらの位置をすぐ把握できたということは、ユリウスの小鳥の目が、この屋上に届いているということだ。
 魔女と話をしていたのも、見られただろうか?
 ……いや、あの騒動の直後、こちらを探すことに長時間意識を向ける暇はなかった筈だ。


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「『風よ 我が意に従い ――』……っう……!」
 風魔法を詠唱しようとしたユリウスが、赤黒い霧の毒のせいで、ふらついた。
「……!」
 総議長も外套で呼吸を抑えつつ、膝をついた護衛の背を守る。物理攻撃も魔法攻撃も聞かないこの魔物は、厄介だ。毒を吸わないように走り回るしかない。
 この赤黒い霧も、標的は総議長のようだ。ここは一旦霧の中から離脱して、風魔法が使える誰かを呼んでくるしか……。
 突然、頭上から[[rb:手風琴 > アコーディオン]]の低重音が鳴り響いた。
「……!?」
 音に込められた強い魔力の風圧が、赤黒い霧を一気に吹き飛ばす。
 開けた視界の先には、踞ったユリウスと総議長の姿。
 そして、見上げた先には、楽器を抱えた少年。
 ――彼の綺麗な黒髪は風になびき、自身に満ちた笑みをうかべている。
「な……君は……?!」
「お兄さん、リッドお兄ちゃんを助けてくれてたね。ありがとう!」
 おもわずアルヴァがあげた声に、黒髪の少年は、ふわりと同じ屋根の上に降りてきた。
「まだ霧は消えてない。お兄さん、得意魔法の属性は?」
「……光だ」
「わ、珍しいね! じゃあ僕があの霧を一ヶ所に固めるから、光で焼き切ってくれる?」
 彼はそういって、首に掛けていた[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]を構えた。高音が、大きく空気を震わせる。
(――この子は、楽器を魔法の詠唱に使ってるのか!)
 [[rb:口風琴 > ハーモニカ]]と[[rb:手風琴 > アコーディオン]]の魔力の演奏。
 かき集められた赤黒い霧が、目の前で家の扉程度の大きさまで圧縮されていく。
 ――感心している場合ではない。
『光よ 我が意に従い 闇を焼け!』
 長剣に纏わせた光魔法を、集められた霧に叩きつける。少年が奏でる[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]の高音と、闇と光の圧縮。赤黒く濁ったような水滴の魔物の感触――。
 パァァァン!!!
 刀身が魔物の存在を斬った手ごたえとともに、押さえつけていた風圧が、霧散する。
 砂になり、ポロポロ地面に散っていく霧の魔物。……こんなに簡単に倒せるものだったろうか?
「……君は……」
 口元から[[rb:口風琴 > ハーモニカ]]を外した少年は、ぱっと屋根から飛び降りて真っ直ぐ総議長のもとに駆けていく。
「リッドお兄ちゃん!」
「ハーディス?! 助かった……けど、どうしたんだ、その姿」
 落ちてくる砂を払いながら、驚きをうかべた総議長と少年が合流する。
 アルヴァもあとに続いて駆けつけると、ユリウスが周囲をみながら背中を叩いてきた。
「ここで話し込むのは止めましょう。とにかく官公庁へ。アルヴァ、ハーディスと一緒に警戒をお願いします」
「はい、勿論です」
「すまない、協力を頼むよアルヴァ。行こう!」
 肩を叩いてきた総議長も、走り出した。街中で発生した魔物達の標的が総議長なのであれば、人口密集地にいること自体が災厄になりかねない。駆け出した総議長達の足は速い。平然と続く少年も速い。
 ……この国の最高権力者は、平和な街に住んでいる筈では……?
「お兄さん、アルヴァさんっていうんだ。僕はハーディス=タイド。旅楽士です。よろしくね!」
 少し離れて併走する少年の、よく通る声。どうやら総議長の弟という訳ではないらしい。
「俺はアルヴァ=シルセックだ。……君は、凄いな」
 アルヴァ自身も、子供の頃から退魔師として魔物と戦ってきた。
 剣と魔法の違いはあるが、ハーディスの実力は突出している。
「ふふ、すぐに連携してくれたアルヴァさんもね。新しい護衛さん?」
「いや、リュディア王国中央教会に所属している。魔女探し協会の絡みで、総議長とご一緒させて頂いていた」
「そうなんだ。リュディア王国も色々楽しい所あるよね~!」
 かなりの速度で走っているが、ハーディスは余裕の笑顔で雑談をはじめてしまった。
「ハーディス、アルヴァが困るでしょう。お喋りは着いてからにしてくださいね」
「はーい!」
 ユリウスの声に明るい返事をして、ハーディスはちらっと舌を出した。
 子供らしい仕草に、少し和まされる。
 途中で数体の魔物を瞬殺し、難なく官公庁の大きな建物にたどり着く。
 その大きな正面入口ではなく、総議長達は側面の通用口にむかった。総議長がいるからか警備員から声をかけられる事もなく、実務機関の複雑な廊下を速足で通過して、高級感のある扉のひとつをバンと開けて駆け込む。
 貴族の部屋――。まさにその呼称がぴったり合う、広くて高級な空間だ。
「あー! なんで俺を狙うんだ。政敵が何か仕掛けてんのか?!」
「仕方無いですよ、人気者ですからね」
「要らない人気だな。それより街の中の様子はどうだ?」
「ふむ……護衛隊は結構活躍してくれています。それに教会からの人員も退治活動にあたっています。魔物の発生も増えていないようですし、国防院は必要なさそうですね」
 少し目を閉じてそう断言したユリウスの言葉に、アルヴァは首を傾げた。
 外との連絡は取っていない筈なのに、どうしてそこまでわかるのだろう? 教会に馬車が到着する時間を正確に把握していたのも、同じ手段だろうか。
 アルヴァの視線に、ユリウスは目を上げて小さく笑ってみせた。
「あぁ、失礼……。私は、鳥達と意識を共有できるんですよ。このフェリア上空を占める鳥達の視界は、私の視界ということです」
「……そんな能力が……」 
 つまり、外を歩いている限り、その行動はこの男に筒抜けだということか。馬車の時間のことがなかったら信じられないような、便利な能力だ。
「鳥が集まってたから、僕もすぐにリッドお兄ちゃんの居場所がわかったんだよ。便利だよねっ」
 ハーディスが高級そうな赤い長椅子に手風琴を置いて、当然のように座って寛ぎ始めていた。
「ところで、この部屋は総議長様の……?」
 どうやら魔物の襲撃の心配は無さそうな雰囲気に、少し落ち着いて部屋の中を見回す。
 貴族の部屋だとは思ったが、実際、椅子から調度品に至るまで、かなりの高級品だ。
「ああ、官公庁内の私室だ。ウインツ家の邸宅にはほとんど帰ってなくてね、ほぼここに住んでいるよ」
 そう言いながら、リッドは上級貴族議員の官服にさっと着替えていた。
 執務卓の奥に座った彼は、さっきまで平民姿で全力疾走していたとは思えない、上級貴族の最高権力者の姿だ。
 机上に積み上がった書類をサッと見たリッドは、ほっと息をついた。
「はあ……。議会までの急ぎの案件が無くて良かった……。さて、一緒に走ってきてくれたアルヴァにはお礼をしなきゃな」
「いえ、お気遣いは不要です。あの流れでは必然だったでしょう」
「はは、真面目だな。いや、実は俺が、君と仲良くしたいんだ。セトの理解者が増えるのは嬉しいからね」
 ――この人は……。
 セトの名前を呼ぶ、温かな声。改めて実感させられる、最高権力者としての生活の姿。
 アルヴァは目を瞑り、深く、息をついた。
 こんなことで羨ましいと思っても、仕方ない。
「? アルヴァさん、仲間になるのかな? だったらここで僕の報告してもいい? 結構急いで帰って来たんだよ」
 長椅子でゴロゴロしていたハーディスの声に、ユリウスが頷く。
「君がその姿ってことは、魔女の手下の件ですね? アルヴァは魔女探し協会にも属していますし、丁度良いです」 
「ああ。何があったんだ? まさか、魔女の手下を倒したのか?」
「倒してないよ! まだ見つけてもいないし!」
 ぱっと長椅子から起きあがったハーディスが慌てて首を振る。
「魔女の手下……?  え、な、どういう事ですか?」
 唐突な話題に、話がみえない。
 クレイが注意喚起していた、白髪の魔女の手下。まさか総議長は、彼とも縁が――?
「あ……すまない。アルヴァには唐突な話だったな……。ハーディスは今まで、魔女の手下の魔力で、20歳位の姿に成長させられていたんだ」
 総議長の口から、なんだか凄い情報が零れた。
「えっと、一週間前に何か違和感があって、3日位でゼロファの力が全然感じられなくなったんだ。それにあわせて体も元の大きさになっちゃった。折角大人になってたのに~」
 そういって口を尖らせるハーディスの仕草は年相応だが、大人の姿でも同じ調子だったのだろうか?
「一週間前というと、ミラノさんが姿を消したのと同時期だな……アルヴァ達が東地区を出たのも同じ頃か。それに、今朝の地震と魔物……。何かが、繋がっているのか……?」
 全体を見渡したリッドの言葉に、アルヴァもはっとする事があった。
「アーペでは魔女の手下の仕業かと思われる事件がありましたが、姿を現すことはありませんでした。もしかすると、手下本人は、力を失いつつあった……のかも知れません」
「……あいつが……?」
 しん、と沈黙がおりる。あいつ、ということは、総議長は、やはり手下にも面識があるのか。
 …………魔女の支配する世界を終わらせる鍵は、この総議長じゃないのか?
「ん? ……ハーディス。君は手下の魔力をうけて、最強格の退魔師の魔法が使えましたよね。さっきも同じ魔法を使っていませんでしたか?」
 ふとユリウスが溢した疑問に、ハーディスは、得意気な笑顔をうかべた。
「ふっふ~! 使ってるうちにコツを掴んだんだ。貰った力が無くても普通に使いこなせるから、大丈夫!!」
◇◇◇フェリアの平穏◇◇◇
 ハーディスの天才発言はさておき、総議長達は本業に戻った。
 アルヴァは今朝別行動になったノーリにも声を掛けて、教会に戻ることにした。ユリウスに今朝別れた人物の居場所を聞いてみると、ノーリのいる場所が、即答で返ってきた。本当に便利な能力だ。
 下町の雰囲気が漂う、フェリア西側の商店街の外れ。地震で崩れた場所を、人々が声を掛け合いながら修繕している。どうやら魔物の出現も、緑の護衛団や教会からの退魔師達によって素早く対処できたようだ。
 怪我人が集められた診療所。ほとんど軽傷のようだが、その人数の多さに町医者が慌ただしく働いている。ノーリも働いているのかと思ったが、駆け回る人員のなかにその姿は見当たらない。
「あの、すみません。ノーリという男性の治癒師はいますか?」
 駆け回っている人々の中からひとりを捉まえて声を掛けると、彼はすぐに思い出したように手を叩いた。
「ああ、あの人かな。ここに出た魔物を退治してくれたんだが、怪我してるんだよ。自分で治せるって言ってたけど、まだ起きてこないんだ。アンタ、知り合いなら様子を見てやってくれないか」
「え? 怪我……?」
 ノーリは治癒師だから、いつもは魔物と戦うことは無かった。しかし今回は慣れない事をして負傷したのだろうか?
 ここで休んでいる筈だという診療所の一室まで案内してくれた男は、また忙しく診療作業に走っていった。
 トントンと扉を叩いても返事はない。
 そっと扉を開くと、寝台で布団にくるまった人間が小さくうなされているのをみつけた。机上に置かれた荷物は、ノーリのものだ。
「ノーリ、大丈夫か?」
 そっと寝台の傍に寄り、布団を軽く叩く。もぞ、と動いた感じ、目は覚めているようだ。
「アルヴァ? どうしてここが……」
「ちょっと色々あって。それより怪我をしたと聞いたんだが、大丈夫なのか」
 軽く布団を引く。
 薄暗さで、ノーリの薄い金髪が一瞬白く映った。
「……すみません、魔力切れで動けなくなってしまって。ちょっとそこの荷物から、水を取って頂いてもいいですか?」
 真っ青な顔色で小さく笑んだノーリの様子に、目が覚めたら息が止まっているかもしれない、とリースが言っていたのを思い出す。しっかり食事をして休息も取っていた筈だが、それでも生命力が衰えるのは、何が原因なのだろう?
「ソーマにまた診て貰って、暫く休んだほうがいい。魔女探し協会の活動は、一旦事務的なものになりそうだし、気にしなくて大丈夫だから」
 荷物から出した水で口を潤したノーリは、申し訳なさそうに頷いた。
「そうさせてもらいます。でも、何かあったら教えてくださいね」
「ああ。状況は伝えに来よう」
「ソーマからでもいいですよ。忙しくなるでしょう」
「……そんな様子では、心配だからな。様子見も兼ねるから、しっかり治してくれ」
 そういいながら、官公庁でに朝飯代わりに貰った香辛料のパンを荷物から出して机上に置いておく。あとでソーマに、体に良さそうな食事も持っていくように言おう。
「……アルヴァは優しいですね」
「? 普通だろう。しっかり食べて、もう倒れるなよ。ソーマを呼んでくるから」
「はい。ありがとうございます」
 弱々しいが爽やかに頷いたノーリに少しホッととして、診療所の部屋をあとにする。早く教会に戻ってソーマを呼んでこよう。
 フェリアの街の人々は、地震の片付けをしながら、元気に店を開けはじめている。ノーリのいた診療所は街の西側の外環通りに近い。 
 気付けば、通り沿いの『洞窟古書店』に足をむけていた。
 ――あの人が、セトとして過ごした店。最初にこの街を訪れた時にここへ来ていれば会えた筈なのにという想いは、どうしても胸の中に蟠ったままだ。看板の出ていない店先は、しんと静かだ。試しに店の扉を開けてみようとしたが、施錠されている。総議長の管理が行き届いているのだろう。
「お客さん、その店は長期休暇って聞いてるよ」
 開店準備中の近くの店員に掛けられた声に、頷く。
「……そうか。ありがとう」
 ここで、リースの正体が判明し、ノーリに出会った。
 そう思うと不思議な縁を感じる……が、ぼうっと佇んでいる訳にもいかない。
 ノーリの体調の為にも、早く教会へ戻らなければ 。
「あれ?  あの店……店主の友人がちゃんと鍵かけていったわよね」
「ああ。さっきの人も入れなかったし。どうした?」
「今、女の人が入っていったような…………」
「鍵持ってる関係者かなんかだろ」
「そ、そうよね……」
◇◇◇ 
 賑やかになり始めたフェリアの街中を通り抜けて中央教会に戻ると、聖堂では聖使達が朝の礼拝をしていた。静かにその傍を通過して、協会が間借りしている宿舎の講堂へ急ぐ。 
 質素だが、清潔感がある木造宿舎の廊下。そこに、ふわりと料理の香りが漂ってきた。
「……この香りは……」
「おっ! おかえり~アルヴァ! いいとこに帰って来たな。ちょっと遅めの朝飯ができてるぜ!」
 両手一杯に、器用に料理の皿を持ったソーマが厨房のほうから駆けてきた。
「……まさか、ソーマが作ったのか?」
「よくわかったな。俺特製調味料だ! 旨いし体に良いし、アルヴァも一緒に食おうぜ。旅の途中は保存食ばっかりで飽きただろ」
 そう笑って廊下を走るソーマに、あわててついていく。大皿を8枚も落とさず持って走るなんて、見ているこっちがハラハラする。今朝集まったシヅキの部屋ではなく、講堂の一角に机を並べて、協会の顔ぶれが集まっているところへ合流する形になった。
 机の隅でスープだけ飲んでいたリースが、席を作ってくれる。
「総議長は無事送り届けたな。こちらも街中に出た魔物の対処をして戻ったところだ」
「はい。総議長のもとへ魔女の手下に関する情報があったので丁度良かったです。クレイさんは……」
「シヅキさんの隣だ」
 ソーマの料理を勢いよく食べる女性陣のむこうで、微妙な顔をしたクレイがお茶を飲んでいた。シヅキもアクアもそんなに空腹だったのだろうか? ひとり、薄い髪色の聖使の女性も、その大食い大会に混ざっている。
「アルヴァ、リッドの帰りに問題はなかったか?」
 こちらの目線に気付いたクレイの手招きに席を移動して、聖使の女性も隣になった。
「出現した魔物は、明確に総議長を狙っていました。政敵が仕掛けた疑いもあるようですが、判断材料が無い状況です」
「……うーん……戦場でもない場所で意図的に魔物を発生させ、標的を指定するとなると、魔女かその手下ぐらいしか思い付かないんだが……」
「その、魔女の手下の情報がありました。一週間前位から、力を失いつつあるようです。ハーディスという子が途中で合流したのですが、子供の姿に戻ったとかで――」
「ハーディスが……!?」
 どうやらクレイも知り合いだったようだ。
「あの~、ちょっといいですか? 総議長様の政敵は、古参の保守派の人達です。それも先代がかなり敵を減らしたので、それほど脅威じゃなかったはず……。だから多分、政敵が仕掛けたのとは違うと思いますよ」
 隣に座っていた薄い髪色の聖使が、遠慮がちに会話に入ってきた。
 ふわっとした喋り方が印象的な女性だ。
「ふむ……一週間前というと、ここの聖女様が失踪した時期とも重なるな……。あいつが力を失うってのは想像できないんだが……何かが起きているのは確かだな」
 考え込むクレイとアルヴァの前に、ソーマがトンと料理の皿を置く。
「腹が減っては戦は出来ぬだ。旨いもの食って落ち着けよっ」
 ふわっと甘く香ばしい香りが立つ、とろりとした野菜炒めのような料理。見たことのないものだが、女性陣の食べる勢いを見るに、相当美味しいのだろう。確かに空腹ではある。クレイと一緒に手元の小皿に取り分け、一口食べてわかった。旨味が脳に響き、視界が明るくなる。これは、食べるのが止められなくなる味だ。
 ――と、食べ進めようとする衝動を抑えてソーマを呼び止める。
「ソーマ。ノーリが街の西側の診療所で、魔力切れで動けなくなってる。食事を持っていって診てあげてくれ」
「あー。だから何かあったら呼べって言ったのに……わかったよ。すぐ用意する」
 ソーマがやっぱり、といった顔をしたということは、ノーリの体調は完全に戻っていた訳ではなかったのだろう。ソーマがまた厨房に走っていくのをみおくって、やっと落ち着いて朝食に向き合った。 
 隣で料理の味に驚いていたクレイも、一息ついたようだ。
「……報告にあった治癒師か。朝一人足りないなと思ったが、診療所に向かっていたんだな」
「はい。最初の地震で別れて、街の人の為に行動してくれていました。診療所に出た魔物の対処もして……人柄としても優れています」
「アルヴァがそこまで誉めるとはな。回復したら紹介してくれ」
「勿論です」
 新しく参加した協会の顔触れに魔女の手下が混じっているかもしれない、という警戒は、協会の魔女探しにとっては常にある。そんな中でのノーリへの信頼は、彼自身の行動が築いたものだ。どうやらソーマは、信頼というよりも、胃袋を掴んだようだが。
 ひととおり朝食が終わった広間に、旅装の商人が訪ねてきた。
「こんにちは。協会で商売を始めるそうですね」
 商人の帽子を取った黒髪の青年は、どこかハーディスに似ている。
「アキディス。リッドが君を貸してくれると言ったのはつい今朝だぞ。暇なのか?」
「酷いな、優秀と言って下さいよ。お久しぶりですクレイさん」
 クレイが席を立って彼を出迎えたのをみて、それに習うように皆も椅子から立ってクレイの方に注目する。
 アルヴァも同じく席を立って、この商人を出迎える形になった。
「ああ、初見の奴もいるから、改めて紹介しよう。彼はアキディス=タイド。フェルトリア連邦とシェリース王国を中心に廻る、取引を仲介する商人だ。今回協会に来た飛行機械の商流の話の、実務的な立ち上げを手伝って貰う」
 クレイの紹介に丁寧な一礼をした男は、人当たりの良さそうな好青年だ。
 ハーディスと同じ名字ということは、顔も似ているし、やはり兄弟なのだろう。
「商売は厳しいですよ。――俺が皆さんを鍛えますので、覚悟して下さいね?」
 言うことは、不穏だった。
◇◇◇激震の前の静寂◇◇◇
 魔女探し協会という名前は、天使教会という拠点と被っていて、よく誤解される。
 「組織に名前をつけろ」というのが、アキディスからの最初の任務だった。
 創立者の名前でいいのでは?という案は、本人に拒否されてしまい、名称に皆が頭を抱えることになった。しかし他にも、決めるべきことは沢山ある。アキディスが業務の叩き台を作り、とりあえずの役割を目の前にいる人間に割り振っていた。
 飛行機械の占有権の取得や、資金管理の枠組み作り。墜落という危険もある機械の安全な操舵技術の基準、各国の力関係に影響しないための購入権利の審査基準、占有権のための製図の秘匿方法と運用管理。
 アキディスが簡単に並べた仕事の詳細は、どれも失敗の許されないものだ。実際に事業が始まる前にここまで想定で作り上げたアキディスの手腕は、驚異的だろう。
「事業はひとつの国家みたいなものです。長期的な運用による信頼構築はもちろん、従業員の帰属意識と報酬面の安全保障が、業務の責任感と精度につながります。怠慢と裏切りを抑止する方策も忘れないように――。」
 直接機械に関することはリースとアクア。金銭や権利に関することはクレイとシヅキが担うことになった。
 墜落した実績のあるアクアが操舵技術関係を任されて、真っ先に悲鳴をあげる。
「アキディスがなに言ってるのか、全然わかんないよ……!」
「……まぁ、目の前の任されたことをやるしかない」
 リースは理解した様子だが、今までやってきたこととは掛け離れた事態に、少し困惑しているようだ。
 アルヴァは、そっと総議長に貰った”お礼”を確認した。
 官公庁の入館許可証だ。
 総議長の居室までの訪問が特例として許可されている。専門機関室への立ち入りは流石に除外されているが、官公庁内を自由に歩けるのはありがたい。
 これを活用して、権利関係の部署へ手続きに行くというのが最優先の仕事だ。アキディスが用意した必要書類を持って行くだけだが、一度で承認が降りる訳ではなく、何度も往復させられる事が多いらしい。今朝通用口から駆け込んだ官公庁だが、またすぐ訪れる事になるとは……。
 クレイとシヅキがアキディスと話をしている傍で、占有権申請書の詳細に目を通す。開発の経緯から魔女探し協会の関係性が記載されていて、全く隙のない内容になっている。弟のハーディスは楽器魔法の天才だが、兄であるアキディスは商売の天才、といったところか。
 問題は、組織名が決まらないと書類を持っていけないということだ。
「……クレイさん、先に名称を決めて頂けませんか? 候補は出ています」
「いやいや、この候補、どれも魔女探し協会からかけ離れすぎだ。『飛行機商会』なんてそのままだし、『雲』『大鷲』とか空にあるものを適当に並べただけだろ」
「――『地平線』はどうかなぁ?」
 こちらの会話をきいていたのか、アクアがポツリと新しく案を出してきた。
「ほら、ソーマが”地平線の向こうから来た”とかって言ってたじゃない。魔女の見方を変えたり誰もやらなかった事を始めるんだし、地平線の向こうを見に行くって意味で…………。ん? 私今なんか、凄く良いこと言っちゃった?!」
 アクアにしては物凄く冴えた案だと思ったが、何故か自分でびっくりしている。
「自分で言うと台無しだぞ……。しかし確かに、良いんじゃないか」
 クレイも頷いたところで、珍しくリースが声をあげた。
「……『ホライズン』というのはどうでしょう? 地平線という意味の言葉です。名称というなら、ただの単語より良いのでは」
「ほう、名前の響きもいいな。どこの言葉なんだ?」
「――とても遠い場所の言葉で。Englishという言語です」
 リースはちらりとアルヴァに視線をむけて、小さく笑みをみせた。
 聞いた事のない言語の発音だ。……リースが人間として生きていた時代の言葉……なのだろうか?
「? まぁいいか。じゃあアルヴァ、組織名称は『ホライズン』で書類を持って行ってくれ」
「わかりました。リース、表記はこれでいいですか?」
 サッと紙の端に小さく書いた文字をみて、リースは軽く頷く。
 クレイが手近な紙に大きく決定名称を書きおこし、壁に貼った。
「名前決まったぁぁ! 空欄埋まるぅぅ!」
 アクアの叫びは、理解できないと嫌がっていた割には、熟練の事務職員のようだ。
◇◇◇ 
 あっというまに昼過ぎになったが、ノーリのいる診療所へ向かったソーマがまだ戻らない。立ち寄って様子をみようかと思ったが、やめた。しっかり休養することが治療になるなら、あまり邪魔をするのも悪いだろう。
 今朝の大通りではなく、商店街の賑やかな道にアルヴァは足が向いた。事業の立ち上げに関わってみると、商売に少し好奇心が湧いてきたのが、正直なところだ。
 商店街には住人だけでなく、旅行者で賑わっていた。
 朝の地震の名残があるものの、どこからか香ばしいパンの香りが漂い、軽快な音楽が満ちている。
 ――この平和は、魔女が戦争を抑止している世界の上で、成り立っている。改めてそう思ってくれる人は、どのくらいいるのだろうか……。
 ふと、商店で買い物をしている一人の旅行者に目が留まった。
 ……深く外套を被り、顔を隠すように襟巻きを高めに巻いている。背格好から見て、女性だろうか?
 旅人は店先に並んだ雑貨の中から買い物を済ませ、人混みのなかに消えていった。
(――行方不明の聖女様も、あんなふうに顔を隠していたら小鳥達でも分らないかもしれない) 
 アルヴァはそっと、旅人が立ち去ったあとの店先で足をとめた。 
「……綺麗なお店ですね。一番売れているものは何ですか?」
 店先に並んでいるのは、色々な雑貨だ。陶芸作品、個性豊かな装身具、アーペで作られた魔物除けのお守りもある。
 気さくそうな店員は、アルヴァの質問ににこやかに反応した。
「いらっしゃい! 最近は観光客が増えて、アーペの魔除けが人気だよ。ここで買うと国内産だから安いしね!」
「なるほど。さっきの旅行客も、それを?」
「いや、あのお姉さんは仮面を買っていったよ。えーと、コレと似たヤツ」
 ――目元を隠す、機械美をおもわせるような仮面。
 そもそも顔を隠していたし、何か、引っ掛かる。
「じゃあ俺も、それをひとつ買います」
「おっ、ありがとな!」
 アッサリと心地好い買い物が出来る、良い店だ。何に使う訳でもないが、仮面を荷物に入れる。
 ……さっきの旅行者が歩いていった先の北側は、目的地の官公庁だ。
 あらためて、少し足早に目的地へ向かう。
 フェルト連邦国の行政の中心である官公庁。小高い立地にあり街中からも仰ぎ見られる、威厳ある施設だ。正門で入館許可証を提示し行先の部署を伝えると、簡単に入ることが出来た。許可証の無い訪問者は関係部署に確認を取る手続きがいるようで、正門の外に待合所のようなものが設けられている。
 来る途中で注意深く周囲をみてきたが、さっきの旅人の姿は無かった。……同じ方向に消えたからといって旅人の行き先が官公庁という可能性が相当低いのは分かっている。しかし、何故こんなに気になるのだろうか?
 省庁内は黒い制服の警護官が随所に立ち、厳格に警備されている。不審者がいればすぐ捕まるだろう。
 それにしても、静かな雰囲気だ。リュディア王国王城では、関係者が忙しく行き交っているものだが。
 正門で案内された通りの部署へ足を運ぶ途中、ふと人の好さそうな護衛官に声をかけてみる。
「お疲れ様です。初めて遣いに来たのですが、この省庁は静かですね」
 黒い制服の警護官は、見た目通り和やかな笑みを浮かべた。
「中央議会が開かれている時間帯だからな。終わった途端一斉に職員が仕事を再開する。今のうちに用事を済まるのがお勧めだ。部署の場所がわからなくなったら、遠慮なく近くの警護官に声を掛けてくれ。不審者を警戒するより、俺達も気が楽だからな」
 中央議会……。
 当然、リッド=ウインツ総議長も出席しているはずだ。
「ご厚意感謝します。議場はどこにあるんですか?」
「省庁中央に吹き抜けで構成されてるが、入口はそっちの南館2階の……」
 ……聞いておいてこう思うのもおかしいが、身分を改めもせず、省庁内の情報を漏らしていいのか?
 王政ではなく議会制だから、職員が多いのはわかるが……。
 突然、ドン、と建物が揺れた。
「……?!」 
 揺れは続かなかったが、その直後、大勢の悲鳴が議場の方から聞こえてきた。
 ――まさか、また魔物が――?!
◇◇◇世界を支配する魔女の呪い◇◇◇
「いまのは……?!」
 咄嗟に駆け出した警護官のあとを追い、アルヴァも中央議会の議場へ向かった。
 重厚な赤い敷物が敷かれた廊下を駆け抜けると、すでに警護官でごった返している議場入口に着いた。
「蛇の魔物だ! 多すぎる! 議員達を外へ……!」
 議会の入口近くにいた議員達が、必死に逃げ出してくる。
 その足元に絡み付いた赤黒い蛇を警護官達が切り捨て、次々と外へ誘導していく。
 大きく開かれた議場の中は、真っ暗だ。
 入口付近が魔物で埋め尽くされているのか?――いや、闇魔法が議場を支配しているのか。
『――光よ 我が意に従い 闇を払え!!』
 咄嗟に議場内へむけて詠唱したアルヴァの魔力が、入口付近の様子を照らし出す。
「おおっ、君は光魔法使いか! こっちに来て議場内を照らしてくれ!」
 半ば強制的に警護官達に背中を押され、つんのめるように議場内に足を踏み入れることになった。
 緊急時とはいえ、この国の警護体制は大丈夫なのか?
 だが今は、そんな心配をしている場合ではない。もう一度同じ詠唱を、悲鳴が響く空間に向けて、強い魔力を込めて放つ。
 まるで大きな劇場のような、重厚で広い空間。足元から無数に出現し、議員達に絡みつく赤黒い蛇の魔物。階層の奥の高台が議長席なのか、緑の護衛官の姿もある。 
 だが、闇が晴れてひときわ目を引いたのは、議場の中央に浮かぶ、ひとりの人間だった。
「……………………」
 さっき街中で見かけた旅人の女性。
 深く被った外套と、口元を隠す襟巻と、たぶん買ったばかりの、仮面。
 足元の蛇に手一杯なのか、議員達からの元気な野次はない。かわりに、苦しげな呻きが満ちている。無数の赤黒い蛇は、議員達に致命傷を与えるほどの力は無さそうだ。なのにここまで彼らが静かだということは――まさか、毒か。
「……この国を治める人達。忘れているようだから、思い出させてあげる。私は、『世界を支配する魔女』。……リーオレイス帝国との国交とか、面白い話をしているのね」
 高く、凛とした声が、議場に響いた。
「……!」 
 一瞬、頭が真っ白になる。
 ――なぜか気になる、という予感のようなものは、放置すべきではなかったのだ。
 議場の高台に、リッド=ウインツ総議長が立った。
 そこにも無数の蛇がいるが、他の議員達のように苦しむ様子はない。どうやら傍にいる緑の制服――ユリウスも無事のようだ。瞬時に身の回りの蛇達を撃退したのだろうか。
「帝国と仲良くすれば、この国は内部から侵食される。私以外が世界を支配するなんて、許さない。くだらない決断をする議員達は、必要ない」
 すう、と彼女が手を広げる。
 アルヴァの光魔法で払われた議場の闇魔法が、足元の無数の蛇と共に、ふたたび一気に立ち昇る。
「駄目だ! やめてくれ……!」
 リッド=ウインツ総議長の声が闇の中に消える。
 ――その言葉は議員達の為ではなく、魔女の為だ。折角、協会が魔女への見方を変えようとしているのに、ここで魔女が直接手を下してしまっては――
 あっというまに視界が暗くなり、足元の蛇が再び議員達に絡み付く。
「『光よ ……』っ!」
 アルヴァの足元にも蛇の感触が触れた。
 急いで斬り落とすも、小さな魔物の気配は次々と発生してくる。
「早く、皆を外へ!」「魔物が多過ぎる……!」
 呻き声の中、総議長と警護官の切迫した声が錯綜する。光魔法で一瞬明るくしても、圧倒的な魔力差に、すぐに視界が閉ざされてしまう。――これでは、議員達は全滅する……!
『――――みんな、おかえりなさい』
 突然、ぱあっと眩しいまでの白い輝きが炸裂した。
 足下を埋め尽くしていた赤黒い蛇が一瞬で消え去り、清らかな白い光が、きらきらと議場に満ちていく。
「なっ……何だ……!?」
 ふわりと白い光を纏って議長席の壇上に現れたのは、聖衣の女性だ。
「……『光明の聖女』様……!」
 ワッと警護官達の歓声があがる。
 総議長も、突然出現した聖女ミラノ=アートに、驚きと安心の色を浮かべた。
「――ふふ、『おかえりなさい』か。素敵な言葉ね……ミラノ」
 宙に浮いている魔女は驚くこともなく、壇上の聖女を見下ろした。
「……あなたに、追い付いてきました。お願い、もう、やめてくださいっ! こんな事しなくても――」
「世界を支配しているのは、私。……私を倒すのなら、メルド湖沼地帯で、待ってるわ」
 魔女はそう言って、スウ、と闇魔法を纏うように姿を消した。
 一瞬の静寂のあと、わっと警護官達の歓声があがる。
「光明の聖女様!」「聖女様が魔女を追い払った……!」
「……はっ……えっ? な、ここどこですか?? 総議長様?!」
 我に返ってひとりで驚いているミラノを、総議長とユリウスが丁重に壇上から降ろした。
 ――光明の聖女が行方不明になっていたことは、公表されていないことだ。
 喧騒のなか、一瞬、冷たい空気が傍をすりぬけた。
 アルヴァがパッと手を伸ばすと、サラッとした風が手に触れた気がする。
「……!」
 風が抜けていった議場の出口へ駆け出し、気配を消した気配をさがす。いつも一緒にいたリースは人間としての気配が希薄だった。彼を探す事に慣れていたことが、こんなことに役立つとは――。
 気配を完璧に消すことは出来ても、存在するということを消すことは出来ない。風は廊下をぬけて階段を駆け上がり、屋上の扉を薄く開いて、外に出ていく。ただの風が、閉ざされた扉を開く訳がない。
「待ってください! 俺です、アルヴァ=シルセックです……!」
 おもわず声をあげて、扉の外へ飛び出した。
 よく晴れた寒空。
 冷たい風に、長い茶髪がさらりと揺れる。
「アルヴァ。……大きくなったね」
 カチャッと外した仮面の下から、深い緑色の瞳があらわれた。
「……っ!」
 胸が、苦しい。
 やっと会えた、大切な存在。――だけど、声が、出ない。
「――泣かないで。折角の男前な顔が、台無しだよ」
 少し困ったふうに笑って見せる、魔女。
 俺は、この人を引き留めるようなものは、何も持っていない。
 ここで何を願っても、何も叶うとは思えない。
 でも、せめて何か言わないと。
 くしゃりと目を擦って、軋むような胸元を抑える。
「……ずっと、会いたかったんです……」
「――完璧に姿を消してたのに、ここまで追いかけてきた。10年前もリースを振り切って、戦場に駆け付けてきた。……いつも私を驚かせてくれるね。アルヴァ」
 穏やかな、優しい声が名前を呼ぶ。
 ただそれだけの事に、胸の奥が、熱い。 
「では、あなたを驚かせた俺の願いを、ひとつだけ聞いて頂けますか?」
「いいよ。どんなお願い?」
「……あなたの、本当の名前を、教えてください」
 まっすぐ、魔女を見つめる。
 深い緑色の瞳に、何気ないふわっとした表情と、サラリと風に流れる茶色の髪。
「私の名は、イオエル=リンクス。……ふふ、だれかに名前を教えるなんて、魔女になってから初めてね」
 足元から出てきた紫色の羽根蛇に乗り、彼女は再び闇魔法を纏うように姿を消してしまった。
 さあ、と風が吹き抜けていく。――――空を飛んでしまっては、追いかけられない。
「イオエル…………」
 世界を支配する魔女の、仮面を外した名前。
 やっと会えた、どうしてか、切実に、大切だと思う人。
 胸の奥に暖かく響くその名前を――――自分は遥か昔から、知っていた気がする。
 ……静かに目を閉じると、どこかの風景が浮かんでくる。
 緑の森。焼け焦げた野原。黒く燃えひろがる炎と、兵士の死体の山。
『イオエル……大丈夫。まだ、頑張れる……』
 トンと肩を叩かれて、ビクッと我に返った。 
「?!」
「あ、悪い。そんなにびっくりすると思わなくてな……」
 振り返ると、教会で会った緑の護衛官が、苦笑いを浮かべていた。
「あ……すみません。勝手に屋上に出てしまって」
「それはいいさ。さっきの騒動で光魔法連発してくれたそうじゃないか。総議長様達が呼んでるから、一緒に来てくれ」
「……わかりました」
 総議長の護衛がこちらの位置をすぐ把握できたということは、ユリウスの小鳥の目が、この屋上に届いているということだ。
 魔女と話をしていたのも、見られただろうか?
 ……いや、あの騒動の直後、こちらを探すことに長時間意識を向ける暇はなかった筈だ。