◇◇◇魔女の力の源は◇◇◇
ー/ー静かな夜の聖堂に、星の光が差し込む。
フェリア中央教会の聖女ミラノ=アート。少し片耳の上で結いあげた茶髪が、丈の長い聖衣にさらりと流れる。毎日ひとりでやっている深夜の礼拝が、聖女としての一日の締めだ。
――そのはずだった。
「み~つけた!」
「きゃ! な、なに……?!」
どん、とぶつかってきた背中の体温に振り向くと、小さな女の子が、満面の笑顔で上着を握りしめていた。
滑らかな黒髪だが、その毛先は間違って染料に浸してしまったのかのような、赤色だ。
「はじめまして、ミラノ=アート。わたしはヒカゲ=ディシール。よろしくね!」
閉門時間を過ぎてる教会に出現した、6歳位の女の子。
(ゆゆゆゆうれい?!)
でも私の上着をぎゅっと握った小さな手には、あたたかい重みがある。
「え、えっと、保護宿舎の子かな……?」
教会の敷地内には身寄りのない子供達を保護している宿舎がある。そこから迷い込んできたんだろうか?
「ん? あはは~、びっくりした? 何を祈ってたの?」
漆黒の可愛い瞳が、覗き込んでくる。
「えっと、皆がもっと幸せになりますようにって――――」
「うん、そのための力を、願ったんだよね。ミラノ=アート」
なんだか、ふわふわする。
セト先生が魔女の姿になってどこかへ消えてしまった時も、こんなふうに、頭がぼうっとした。
ざあ、と中庭から緑の匂いが香る。
もうすぐ冬なのに――――。
「さあ立って、ミラノ」
小さな手に引かれてふわりと立つと、夜の聖堂にいた筈なのに、なんだか周りが明るい。
「あなたは、誰……?」
「言ったでしょ。ヒカゲ=ディシール。世界中から嫌われてる私の弟子の幸せまで想ってくれるあなたの、願いを叶える為に来たんだよ」
ニッコリ笑んで、ものすごい事をいわれた気がする。
「え、な、弟子……?!」
「そ。世界を支配する魔女は、わたしのかわいい弟子。力の使い方を教えただけなのに、ここまで面白いことになるなんて思わなかったよ」
ぎゅっと私の冷えた手を握ってくる、小さな手。
初めて会ったのに、どうしてか――安心する。
「あの、じゃあ、あの人の力の源って……」
「力は、世界中にみちてるよ。何をつかんで、どう使うのか。たったそれだけの、すごく大きな違いなの。ミラノが魔物を消す力は、魔物の本質の魂を浄化するもの。それはあの子にも出来ない、すごい事なんだよ」
ぱぁ、と目の前が白くなる。
眩しくて暖かい光。
魔物を消す力を使う時に滲む光と似てるけど、それよりもっと、確かな、力。
「行こう。あなたの、願いのために」
◇◇◇
フェルトリア連邦の中央都市フェリア。その中央教会に、静かな動揺がひろがっていた。
教会の代表者である聖女が、夜の礼拝を最後に忽然と姿を消した。
教会に集う人々へ不安を与えないよう、聖使達は風邪を理由にして取り繕ってはいるが、7日も経過すると――。
「聖女様の風邪……長くない? 大丈夫なの?」
「なんか聖使さん達も、混乱してるみたい」
「まさか、昔の聖女様みたいに、ご病気が悪化して……」
「ここだけの話、突然消えちゃったって噂も…………」
教会の周辺に漂う不穏な空気を足早に突っ切り、すっかり魔女探し協会の拠点になっている教会内のシヅキの部屋に、新たな来訪者が訪れていた。
「――こんな時に押し掛けて、悪いな。シヅキ」
「クレイさん。こっちに向かうっていう連絡鳥がつい先日届いたばかりですよ? 相変わらずの俊足ですね」
「俺達の魔女探し協会は、天使教会に間借りしてる身だしな。迅速な行動も、誠意のひとつだ」
そういって旅装を解いた黒髪の30代後半の男は、ポンとシヅキの肩を叩いた。
魔女探し協会の創設者、クレイ=ファーガス。
現役の魔女探しだった時に築いた広い人脈を生かし、国を跨いで協会を設立した。いつもはリュディア王国の天使教会を拠点にしているが、遠方でもかなりの速さで駆けつけるところが、人脈の広さに結びついているのだろう。
「それで、協会で扱って欲しいっていう飛行機械ご一行は、まだ着いてないのか」
「馬車には機械を積んでいますからね。それよりクレイさんが速すぎるんです。何ですか通常の2倍の移動速度って」
「飛行機械の話を受けに来たのもあるが、王から任された案件もあってな……。中央教会の聖女様に仲介を頼みたかったんだが」
「仲介? 王様から任されるような事って……?」
クレイは人脈こそ広いが、リュディア王国の行政に役職がある訳ではない。魔女探しの協会を創立したことで一目置かれている程度の筈だ。
トントンと扉を叩いて、ふわっとした薄い髪色の教会の聖使が顔を出す。
「失礼します。あ、あの~、シヅキさんにお客様が来てるんですけど、お通ししても大丈夫ですか?」
「? セフィシス、どうしたの? いつもみたいにすぐ案内して貰って大丈夫よ」
「そ、それがですね、お忍びで、このフェルトリア連邦の総議長様が――――」
聖使セフィシスが言い切らないうちに、クレイが小さく吹き出した。
「なんだ、俺が来たのを嗅ぎ付けたな? なかなかの情報通になったじゃないか」
「えっ?」
「あー。大丈夫よセフィシス。そのままお通しして貰える?」
「わ、わかりました」
セフィシスと入れ違うように、お忍びの人間が、すぐに顔を出す。
「――お久しぶりですね、クレイさん。シヅキも、最近何の連絡もできなくてごめん」
フェルトリア連邦国 総議長 リッド=ウインツ。
茶色の癖っ毛を掻きながら現れた私服姿のリッドは、20代の普通の青年にしか見えない。
「よおリッド。遠くから見守ってたぜ。それにしても偉くなりすぎだろ」
「はは……今でもなんで俺が?って思ってます。でも折角掴んだ機会なんで、在任中は頑張ります」
「おう、頑張れよ。いいように利用させて貰えるからな」
「はいはい、わかってますよ。クレイさんが直接ここに来たのは、俺と話をすることが目的ですよね?」
リッドはサラッと、目的を言い当てる。
「あ~、そうなんだが、教会の代表者にも、一緒に話を通したかったんだよなぁ……」
「ミラノさんの事は、こっちでも捜索してますが……ここまで姿がないのも不思議なんです。黙っていなくなるような人じゃないですし、何かに、巻き込まれているとしか……」
リッドの言葉に、少し緊張がはしる。アーペから偵察隊全滅の凶報が入ったところに、聖女の失踪。なにかが、繋がっているのだろうか――。
「はぁ……なんだか、嫌な状況ね。こうして懐かしい顔ぶれが揃ったのに、ちょっと癒されるわ」
「そうだね……。アキディスは商人として情報源になってくれてるし、ハーディスも気が向いたら民間への情報操作に活躍してくれる。改めて、みんなとの旅は、凄く貴重な時間だったよ」
リッドはポンと被っていた帽子をシヅキの頭に載せ、適当な椅子に腰をおろす。
「まじで無駄無く人脈を活かしてんな。その抜け目無さ、俺は好きだぜ」
「えー……クレイさんに好かれてもなぁ」
「なんだよ、言うようになったじゃないか」
少しだけ空気が軽くなったところで、クレイはひとつ封書を取り出した。
「……これは、リュディア王国国王のシルヴィス陛下から預かった案件だ。国書なら外交官を派遣しろって話だが、どうやら陛下は魔女探し協会に関わりたいらしい。ただ、俺達の協会は国籍不問の集まりだ。公平の為に近隣の国にも、同じような形で関わって欲しいとの打診だな」
「クレイさん、外交官に昇格ですね」
「絶対お断りだ」
リッドは封書をひらいて、さっと目を通す。
「……しかし今この時期に、どうしてリュディア王国が? シェリース王国はともかくリーオレイス帝国にまで声を掛けるなんて。確かに内容は公平ですが、今まで魔女探し達を黙認していたのはお互い様の筈です」
「昔、リーオレイス帝国の魔女探しが、捕まえた魔女を帝国に連れ出そうとした。その時の仮の姿の魔女に、会ったことがあるそうだ。それで連携を高めている協会に興味があるらしい」
「仮の姿の……。そうでしたか」
「アルヴァの言では、茶髪の青年という話だったな。……リッド、どうした?」
私服の総議長は少し俯いて、そっと声をおとした。
「――2人に黙ってるのは違うと思うので、お話します。でもこれから言う事は、協会の情報共有には乗せない、と、約束して貰えますか?」
「なんだよ。総議長様に勿体つけられると、緊張するじゃないか」
「私も気になる。何の話?」
すう、とリッドは深呼吸してから、静かに声をおとす。
「……帰りの旅の途中で仲間に引き入れた『盗賊団』の事、覚えてますか? クレイさんが集団の生活環境を襲撃して、一緒に首領を説き伏せてくれましたよね」
「ああ。あの盗賊団はなんか変わってたな。首領に戦闘能力が無くて、戦略家だった」
「あの盗賊団首領セト=リンクスが、その、茶髪の青年――魔女の仮の姿だったんです」
「は?」「え?」
一瞬、ふたりがポカンとしたのも、無理はない。
必死に探してきた仇敵に、実は出会っていて、仲間にしてしまっていたのだ。
「しかも先日、セトはリーオレイス帝国人の襲撃に遭い、姿を消しました」
教会宿舎のシヅキの部屋から、変な声の絶叫が、建物中に響き渡った。
◇◇◇帰還に待ち受けていたもの◇◇◇
飛行機械を積んだ馬車が、早朝の薄明かりのなか、中央都市フェリアの街中へと入っていく。
アルヴァは馬の手綱を握っていた肩の力を抜き、ほっと息をついた。街中は道ががきれいに整備されており、馬車はほとんど揺れない。外街道では馬車の振動で飛行機械が壊れそうでずっと肩の力が入っている状態だった。
「へぇ~! ここが首都フェリアか。綺麗な街並みだなっ」
ソーマが馬車から身を乗り出して、冷たい風をあびた黒髪をかきあげる。その明るい声に、ノーリも薄金髪の下で目を擦りながら顔を出した。
「……ここは文化芸術の最先端の街です。最近は『光明の聖女』様が解放奴隷達にも芸術教育を施したと聞いていますよ」
「無骨な部品がいっぱい転がってるアーペとは、別の国みたいだな!」
「ああ……。地方の自治権限も強いようですし、間違っていないかも知れませんねぇ」
ノーリは旅の途中で体調が悪そうだったが、回復したようだ。
ざあ、と小鳥の群れが空に舞う。急に厚い雲が流れてきて、雨の気配が漂ってきた。
街の南側にあるフェリア中央教会まではあと少しだ。アルヴァは少し馬の速度をあげようとしたが、今まで従順に馬車を曳いてきた2頭の馬は、突然、戸惑うように足を停めてしまった。
「どうした?」
馬車のなかで目を瞑っていたリースが、熟睡しているアクアの肩を支えながら顔を出す。
「リース。何故か、馬が停まって――」
いきなり、ズン、と地面が音を立て、縦に揺れた。
「!?」
ゴゴゴゴ……と低い音が地面の奥から響くのにあわせて、フェリアの街並みが、小刻みに揺れる。
「地震か? いや、これは……」
タッと馬車から降りたリースが、地面に手を当てて眉をひそめた。
その隣にソーマが立つ。
「地震じゃなくて地鳴りだな。大地の奥底で何かが動いてるって感じだ」
「ああ……でも、雨が大量に降ったわけではないし……なんだか不気味だな」
リースは地面に手を当てたまま、厳しい顔で周囲をみる。
低い音と振動は、すぐに小さくなり、おさまった。突然の事に、街の人々もぱらぱらと外に出てくる。最初の振動はかなり大きかった。街道上の馬車でもそう感じる位だから、おそらく屋内にいた人々はもっと大きな振動として感じただろう。
「ともかく、先を急ごう。雲行きも怪しい」
リースが一緒に馬の手綱を握ったところで、逆にトンとノーリが馬車から降りた。
「さっきので、怪我人が出ているかも知れません。僕は街の人達の様子を見て回ってから向かいます。先に教会へ行ってください」
「俺も俺も!」
「ソーマ。貴方は教会に古書の解説をしに来たんでしょう。前みたいに大勢の重傷者を看る訳じゃありませんから、腕の良い治療師はふたりも要りませんよ」
「え~? 仕方ないなぁ……何かあったらすぐに呼ぶんだぞ?」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ」
そういって走って行ってしまったノーリの背中をみおくったソーマは、少し寂しそうな顔で馬車に戻った。
リースと一緒に馬の不安を宥め、改めて中央教会へ向かう。さっきノーリが心配した通り、街中では所々で家屋の被害や怪我人が出ているようだ。ようやくフェリア中央教会の門前に馬車をつけ、閉じている門を叩く。
通常は聖使が門番をしている筈だが、出てきたのは、厳格な雰囲気の、緑色の制服の男だった。
「早起きな馬車ご一行だな。開門時間にはまだ早いぞ」
「雑踏の混雑を避けたんです。さっきの揺れは大丈夫でしたか?」
「ああ、教会の中は今のところ問題無い。それとお前達は通すように言われてる。アーペからの長旅、ご苦労様だったな」
こちらは名乗っていない筈だが、彼は馬車が通れるよう大きく門を開けてくれた。積み荷の大きさから、飛行機械を積んでいると察したのだろうか。
「……ありがとうございます。聖女様の指示でしょうか?」
「いや、うちの護衛隊長の指示さ。早く通りな」
「護衛……?」
アルヴァとリースの出身地であるリュディア王国に、緑色の護衛部隊は存在しない。おそらく、このフェルトリア連邦国内での組織だろう。しかし、護衛部隊に囲まれるような協会の関係者に、心当たりは無い。隣に座っているリースも首を傾げてみせた。
馬車を聖堂の傍に停車させると、上品な立ち姿の緑色の護衛がサッと敬礼した。
「長旅お疲れ様でした。連絡鳥の報告は受け取っています。私はフェルトリア連邦国総議長の専属護衛隊長、ユリウス=ハーシェル。総議長と協会の代表達がお待ちですよ。ご案内します」
連絡鳥は飛ばしたが、到着の時間をここまで正確に把握されているとは。まさか監視されていたのだろうか? この国の最高権力者がこんな場所にいる理由が分からない。
アルヴァは咳払いをひとつして、左手を胸に添えて直立した。
「私はリュディア王国中央教会所属のアルヴァ=シルセック。魔女探し協会へ連絡したつもりですが、一国の総議長がどうしてここに?」
「緊張することはありませんよ。現総議長は、ここにちょっとした縁があるんです」
護衛隊長は、緑の帽子の下でサラリとした茶色の短髪を揺らし、柔らかな笑みを見せた。
……この男は本当にただの護衛なのだろうか?
「護衛隊長さん、つまり今この教会に、この国の偉い人と魔女探し協会の代表者が揃ってるって事か?」
いきなり横から口を挟んできたソーマに、緑の護衛隊長は笑顔のまま頷く。
「はい。そこに貴殿方が飛行機械を持ち帰った訳です」
「おー。なかなか面倒くさそうなやつだな」
「ふふ、今後が楽しみですね」
「あんたいい性格みたいだな」
「あなたは顔が良いですね」
――ソーマと護衛隊長は、気が合いそうだ。
護衛隊長の先導で教会の宿舎に案内される。馬車につけていた飛行機械は、聖使達に宿舎の広間に運んで貰うことにした。国の施設であるフェリア中央教会に集合拠点を借りている魔女探し協会は、この拠点を取りまとめているシヅキ代表の宿舎の部屋が、拠点本部として機能している。
護衛隊長がトントンと宿舎の一室の扉を叩くと、すぐに「どうぞ」と返答がかえってきた。
「私は扉の外にいますね。どうぞお入り下さい」
「……総議長の護衛はいいんですか?」
「ここに揃っているのは、歴戦の魔女探しです。貴殿方を信頼しているという事ですよ。アルヴァさん」
護衛隊長にそういって通された部屋には、なぜか、どんよりと重い空気が満ちている。
前回訪れた時は、忙しく、活気のある部屋だったと思うのだが――。
「ああ……おかえりなさい。アルヴァ、リース。……ふぁぁ……」
徹夜でもしていたのだろうか?
黒髪をくしゃりと抱えて、疲れきった様子のシヅキが長椅子から起きてきた。
「やっと来たか。お前にしては遅かったな、リース。アルヴァも揃ってるな」
協会の創設者クレイ=ファーガス。
いつでも最前線で魔物と戦ってきた、30代後半の精悍な双剣士だ。しかし彼も珍しく疲れ切った様子で、ゆらりと椅子から立った。
「クレイ。ここに来ているとは……」
「あんな面白そうな報告を貰って、ただ待ってる訳無いだろ。だが、犠牲も多かったな……お前でも止められなかったか。リース=レクト」
ぐっと黒いリースの肩に手を当てたクレイの声は、低い。魔女探し協会の情報共有をうけ、魔女の本拠地であるメルド湖沼地帯へ偵察に向かった300人間程の人間が、全滅した。情報共有を目的としている協会が、彼らに何か指示をしたわけでもない。だが、協会があったことでそれだけの数の人間が命を落としたのは、事実だ。
「……彼らの選択だ。俺のせいでも貴方のせいでもない。遺された結果を活用することが、弔いになるだろう」
「全部魔女のせい、か。そうだな。そう、だったんだが……」
クレイ=ファーガスは、淡々としたリースの肩に額を当て、深く、息をついた。
「……? クレイ?」
「クレイさん、どうしたんですか?」
いつもと様子が違うクレイもそうだが、この部屋の状況もよくわからない。何かを徹夜で調べていたのだろうか?二人とも、おかしいくらい覇気がない。それにここには、この国の総議長がいると聞いていた筈だが――。
「なんだ、朝まで愚痴大会でもしてたのか? すっげー暗いんだけど」
重すぎる空気に、ソーマの場違いなほど明るい良い声が響く。
「ちょっとソーマさん。私でも空気読んで黙ってたのに」
「おお、アクアが珍しく静かだなと思った。だって息詰まってくるじゃねーか。それとここの書類に、誰か埋まってるぞ?」
部屋の隅に寄せられた書類の山。
その隙間に、確かに、誰かが埋まっていた。
「ああ、さっきの振動で資料が……リッド! 寝てる場合じゃないわよ。起きなさい!」
茶色の癖ッ毛が特徴的な、20代前半くらいの青年。
シヅキが書類の中から引っ張り出し、彼は眠い目を擦りながら、フラフラと起きてきた。
「あれ、シヅキ……そのお客人達は?」
「例の、飛行機械を持ってきたクレイさん傘下の人達よ。隣国の人間を前に、とんだ失態ね。総議長様?」
「ああ……。早いな、もう着いたのか」
「えっ? 総議長様?」
まさか、教会宿舎の片隅で書類に埋まっている最高権力者に会うとは、誰も思っていなかった。アクアの素直な驚きの声に、アルヴァは改めて姿勢を正す。
「初めてお目にかかります。私はリュディア王国中央教会所属、アルヴァ=シルセック。リース、アクアと共に、魔女探しの一員としてクレイさんの指揮下にあります。今回はアーペから吸血鬼退治屋のソーマ=デュエッタを伴い、本日こちらに帰還しました」
あえて淡々と、正式な敬礼と状況報告をする。
意味のわからない暗い部屋の雰囲気を、早くどうにかしたい。
「あ、ああ。失礼」
寝起きの総議長も、身なりを整えながら立ち上がる。平民と同じ服装をしていると、普通の優男にしかみえないが――。
「俺はリッド=ウインツ。フェルトリア連邦の現総議長だ。実は、俺も魔女探しだった事があってね……ここにいるクレイとシヅキ達と、一緒に行動していたんだ」
「…………えっ?!」
「え?!」
ぱっとクレイをみると、彼は怠そうな目のまま、頷いた。
「まぁ、短い間だが。魔女探し達協会の設立も、リッドが言い出したんだぜ。結局、動いたのは俺だけどな」
「そ、そうだったんですか……」
「まぁそれで、重要な事をふたりに伝えに来たんだ。……まさかそれで、一晩中、情報を絞り取られるとは思って無かったけど………………」
それで、この雰囲気か。
「…………重要な事とは……?」
「――魔女の仮の姿。茶色の青年、セト=リンクス。彼はつい先日まで、この街で暮らしていた。……そして、俺達の、友人だったんだ」
◇◇◇アルヴァの願い◇◇◇
この世界は、ひとりの魔女に支配されている。魔女を倒して諸悪の根源を絶ち、魔物と洪水の脅威から世界を救う――。魔女探し達は、300年前から叫ばれているその考え方のもとに行動している。
魔女探しの中に紛れ、仲間を破滅に導く魔女の手下。
メルド湖沼地帯に隠された魔女の罠、巨大な蛇の門。
そして、魔女の情報を記録したという古書の出現。
300年間、倒すべき魔女を探し続けていた者達にとって、見当もつかなかった探索先が、やっと見えてきたところだった。
なのに。
よりによって魔女は、協会の創立者であるクレイとシヅキの人脈の中に存在していた。ふたりがうけた衝撃と苦悩は、どうやら一晩中続いていたらしい。
「……はぁ。世界を支配する魔女。その手下の悪行をみても、したたかに悪行を極めた女を想定していたんたが……。まさか、あの男が……ぁーくそっ……」
酒を飲んでいる訳ではなさそうだが、特にクレイがうけた衝撃は相当に深いようだ。
「えっと……総議長様と協会代表、両方のお知り合いが、魔女の仮の姿である男性だったって事ですよね?」
おそるおそる発言したアクアの言葉が、状況を纏めてくれる。
「そうだ。後からではあるが、アルヴァから容姿を教えて貰ったにも関わらず、気付けなかった……。私的な感情で手下のゼロファの存在に気を取られ過ぎた、俺の責任だ」
アルヴァは、そっと窓をあけた。小雨の降り始めた冷たい空気が、すう、と部屋に満ちる。
――ここに帰還して報告すべき事は、山ほどあった。
だけど、友人が魔女だったことに、盛大に落ち込んでいる代表達がいるとは――。
(…………これは、たぶん最初で最後の機会だ)
アルヴァは冷たい空気を吸い、締め付けられるような襟元を、ぎゅっと握りしめた。
「……総議長様。魔女の仮の姿だったその人は、ここの聖女様の”先生”だったと聞いています」
「ああ。ミラノさんからもう聞いてたのか」
「はい。……悪い人なんかじゃない、と仰っていました。それは、代表達にとっても、同じですか?」
……いまここに居ない聖女様を引き合いに出すのは、卑怯だ。
だけどいきなり真っ直ぐに聞くのは、怖かった。世界を支配する魔女を倒す為に人生を捧げてきた人間の、代表者達。長年の怨恨を、勝手に想像することはできない。押し黙ってしまった代表達をみて、ひとつ、息をととのえる。
「あの人は、絶対悪なんかじゃない……世界中にある悪いことの原因が全部あの人のせいだなんて、ありえない」
俺は、知っている。
あの人を味方にしていたのなら、あの不思議な魅力に、触れた筈だ。
「アルヴァ。……もしかして、ずっとそう思って……?」
小さくシヅキが呟いた言葉に、頷く。
魔女を恨み、倒そうとする集団のなかでは、決して言えなかった想いだ。
ここでこの代表達が自分を追い出すのなら、それでも良い。できることは、してきた。
「……そうか。今までよく、黙って付き合ってきてくれたな」
そういうクレイの言葉に、さっと姿勢を正し左手を胸に添える。
「では俺は、ここで貴方の傘下から外れます。飛行機械についてはリースとアクアにお聞きください。……行こう、ソーマ。ノーリと合流しよう」
「へ? いきなりどうした?」
「アルヴァ、待て。どういうことだ? 聞いてないぞ」
ぱっと肩を掴んできたリースの手が、暖かい。
「俺は組織の体制から抜けます。……『すべてが魔女のせい』ではない。俺一人だけがそう言っていたら、組織の調和を乱すでしょう」
「……今までもそう思っていたのか。なぜ今になって、そうなる?」
クレイの静かな様子に、アルヴァも淡々とこたえる。
「知らなかった事については、どんな捉え方も仕方無いと思います。だけど、知ったうえで考え方を見直せないのなら、今後別の問題が起きた場合も、同じではないですか? ……それに巻き込まれるのは、御免です」
誰もが幼い頃から、この世界の悪は魔女のせいだと教えられて、生きてきた。
その価値観は、今すぐ覆せるものではないだろう。
だが協会という情報組織を纏め続けなければならず、飛行機械の販売経路としての役割も求められている立場であれば、状況に合わせた判断力が要る。それは、クレイ達もわかっている筈だ。
リッド=ウインツ総議長が、満面の笑みで、ポンとクレイの肩を叩いた。
「……クレイさん。アルヴァはリュディア王国の中央教会所属でしたね。そっちの組織体制から抜けるなら、俺が貰ってもいいですか? こんな面白い人材、野に放つのは勿体無いです」
「!?」
「えっ? ちょっと、アルヴァもいきなりだけど総議長様もいきなりですね!」
「アルヴァの良さが分かる総議長様、かっこいいな~」
アクアとソーマがうるさい。
だが、凍りついた雰囲気が少しだけ和らいだ。
「おい、ちょっと待てよ。アルヴァの事はシルヴィス陛下にも頼まれてんのに、国籍変わったら何て言われるか……それに、俺はアルヴァの考え方を否定したつもりはないぞ」
「……え?」
「あー……アルヴァ。お前の言う通りだ。どんな物事も、変化する。それに対応出来ない奴は、落ちぶれる。そういうのは俺も沢山見てきた。今度は俺も、変わっていかないとな」
そういってくしゃりと頭を掻いたクレイは、真っ直ぐに、向き直る。
「アルヴァ=シルセック。これからも力を貸してくれ。……今、どうすれば良いのか……思う事があれば、教えて欲しい」
「クレイさん……」
正直、驚いた。
クレイ=ファーガスは、アルヴァが子供の頃から活躍している人脈の広い熟練の双剣士だ。
そんな大物が、遥かに若輩のアルヴァに、こんな低姿勢をみせるとは。
「俺の方こそ、早計な事を言ってすみませんでした。……リース、ありがとう」
肩に載ったリースの手をポンと叩くと、彼は無表情に手を引いた。
――引き留めた人間が、いなくなってどうする。たぶん、そう言いたかったのだろう。
「残念。アルヴァ、クレイさんのところが嫌になったら、いつでもフェルトリア連邦に……」
「リッド。それはわざとか? もう煽るのはやめてくれ」
「はは、ばれましたか」
「……はぁ。強かになりすぎだろう」
どうやら、さっきの総議長の言葉に助けられたらしい。気に掛かるのは、ずっと話題に入ってこない、シヅキだ。彼女は黙って、じっと状況を見守っていた。
「シヅキさん、あの……」
「いいわよ」
話し掛けた途端、シヅキはあっさりと頷いた。
「私はこの教会に常駐してた。聖女様の先生をしてた彼とは、最近まで何度か会ってたわ。……セトを魔女として恨めって言われても、難しいわね。だからアルヴァの考えに異論はない。この一晩で凄く悩んだ事だけど……協会の方針としても別の道があるのなら、それを探すのも、悪くないと思う」
魔女を恨んでいる、とはっきり言っていた彼女のこの判断は、凄いとしかいえない。
この街に暮らしていたセト=リンクスが、総議長にも協会の代表者にも信頼されていたというのも凄い話だ。
(――俺だけが、もうずっと、あの人に会えていない)
アルヴァはシヅキに小さく一礼して、その想いをのみこんだ。
「……魔女の歴史を記したフェイゼル=アーカイルの古書。その詳細を紐解けば、魔女のしてきた事に対して、関わりのない事も検証できる筈。全ての悪事が魔女に帰一する訳ではないこと、圧力により戦争が止み、時間が経った今となっては、逆に、世界を平和にしているという事。それが証明できる。そしてこの協会は、その情報を広め、各地で魔女のせいにしている悪事を抑止する。……それが、俺が考えてきたことです」
「…………かなり壮大だな。だが、わかった。各方面に、すぐに納得して貰うことは難しいが……飛行機械の販売経路としての柱を確立したうえでの活動ならば、どうにか形になるかな?」
あっさりそう頷いたクレイが、ちらりと総議長をみる。
「うん、その方が良いでしょうね。商売の事なら一旦この件にアキディスをお貸ししますよ」
少し考えるふうにしていた総議長も、頷いた。
(――『わかった』?)
目の前の代表達の会話に、言い出したアルヴァの方が呆然とした。
ついさっきまで、胸に秘めていたこの考えは、彼らにとって異常だった筈だ。
それがこうも、全部、受け入れて貰える日がくるとは――。
複数の、暖かい手。
おもわず座り込んでしまったのを、リースとソーマが、支えてくれていた。
「よく頑張ってきたな。アルヴァ」
ソーマの、甘く優しい声が、耳元に響く。
「いきなり何を言い出すかと思った。……しかし、結果的に良かったな」
リースにも挟まれると、少し滲んだ視界が、綺麗な黒だ。
深く、息をつく。――安心するのはまだ早い。目の前で掴んだ機会を生かせるかどうかは、これからだ。
「……そうだ。『光明の聖女』様にもこの話を。力を貸して頂ける筈です」
同じ想いを持つ『光明の聖女』ミラノ=アート。彼女がこの話を聞いたら、きっと、喜んでくれる。
だが、そう聞いた総議長とシヅキの顔が、さっと曇った。
「……聖女様は……いま、行方不明なのよ」
◇◇◇同世代の最高権力者◇◇◇
『光明の聖女』ミラノ=アートは、7日前、忽然と消えた。
最後にいた筈だという聖堂には事件性のある痕跡もなく、静かに冷たい空気が流れていた。
アルヴァはそっと壇上の天使像の前に膝をつき、左手を胸に添える。
「――只今戻りました。『光明の聖女』様」
話したい事が、沢山あるのに。
事情を最初から知っているリースの他に、はじめて魔女に対する想いを共有できた人だ。
「……大丈夫ですよ。きっと戻ってきます」
そう声をかけてくれたのは、総議長の護衛ユリウス=ハーシェルだ。彼は隣に膝をつき、右手を胸に添える。
「ミラノちゃんは、大人しそうに見えて結構大胆ですからね。心配している私達をびっくりさせる感じで、突然元気に帰ってくるでしょう」
総議長様も聖女様を名前で呼んでいたが、ちゃん付けとは……。しかしこうして隣に座ってみると、ユリウスはソーマにも引けを取らない程、端正な顔立ちをしているのに気付かされる。護衛として隙の無い動きの中に、王侯貴族のような上品さもあるのが不思議だ。
「ユリウス。俺にはそんな事言ってくれなかったじゃないか」
一緒にきていた総議長が呆れたように腕を組んだ。
「いまここに来てみた、直観ですよ。私が適当な事を言う訳無いじゃないですか?」
「はぁ……もっと早く知りたかった……。だが、引き続き捜索は続けよう」
「そうですね」
総議長様は護衛のいう”直感”を信用しているのか。であればおそらく、各地の聖者や聖女が持っている個別の特殊能力に近いのだろう。ソーマが古書の中身をクレイとシヅキに直接伝えているあいだ、リースとアクアは運び込んだ飛行機械の確認と荷解きをすすめる。
アルヴァは総議長と一緒に官公庁へ向かうことになっていた。一緒に歩きながら、魔女の話を聞かせて欲しい、と言われたら、断る理由はない。一国の盟主である総議長の一日には、多くの予定が詰まっている。
「急かしてすまない。アルヴァ、そろそろ行こう」
ユリウスの他にも教会の随所で警戒体制を敷いていた緑の護衛が数人合流し、厳格な雰囲気になる。
教会の門を出ると、ユリウス以外の護衛は、綺麗な連携で少し離れた位置からの警戒体制を取った。
「……専属護衛と聞きましたが、精鋭のようですね」
アルヴァの言葉に、総議長は、少し困ったように茶色の癖っ毛を掻いた。
「ああ。……セトが率いていた元盗賊団の奴らなんだ」
「盗賊団ですか?」
「そう。セト=リンクスは、リュディア方面から流れてきた盗賊団の戦略家的な首領だったんだよ。クレイさん達と一緒に説得して、俺が雇い上げる形で足を洗わせたんだ。だから、護衛達もセトの事をよく知っているし、全幅の信頼を寄せてるんだ」
「……それは……。聖女様の先生だったのでは?」
「ひとりで古本屋をはじめたセトを、俺がミラノさんに紹介したんだ。決して悪辣な盗賊じゃなかったし、博学で、集団を纏めてきた手腕を見込んでね」
――なんてことだ。
魔女探しとして各地を巡っていた間に、あの人は、盗賊団として山野にいたのか。
「それより、アルヴァにとっての魔女の話を聞かせてくれないか? 俺は結局、セトとしての面しか知らない。容姿はほぼ変わらないとミラノさんから聞いてるんだが」
「……そうですね。男性から女性に変わったという感じで、顔が全然違うという事はありません。ただ、雰囲気は大きく変わります。ふわっとした優しい男性から、ピリッと澄んだ厳しさを持つ女性へ」
子供の頃の記憶がより鮮明に思い出せるようになったのは、アーペで発生した”魔女の顔をした吸血鬼”のおかげだ。
総議長は少し考えるふうにして、小さく笑った。
「なるほど。盗賊団をやっていたせいか、俺の知るセトは両面併せ持っていた気がするよ」
「友人だったと聞きましたが、結構親しくされていたんですね」
「私兵としての護衛達が信頼を寄せる人と親交を深めるのは、大事な事だ。それに、セトには不思議な人間味の魅力があった。きっとそれは、魔女だった事に関わっていたんだろうな」
すっかり総議長の話を聞くような形になってしまったが、実際、アルヴァが女性の魔女と触れ合ったのは、ほんの僅かな時間しかない。
「……魔女の事を記した古書の亡霊が、言っていました。『この国の盟主は、無自覚ながら平穏の中に彼女を捕らえ、勝利していたといえる』と。……その通りのようですね」
古書の亡霊フェイゼルの言葉を思い出す。まさか亡霊もそれが本人に伝わるとは、思っていなかっただろう。
「……それは――――」
突然、ドンと地面が縦に揺れた。
「! 今朝と同じ揺れか?」
ぱっと周囲をみる。幸い道幅のある大通り上のため、倒れたり落ちてくるようなものはない。
だが、早朝と違い、今度の揺れは小刻みに長引いている。最初の突き上げるような振動程ではないが、小さな揺れが惰性のように続く。困惑顔の住人が、バラバラと外に出てきていた。
「なんだ? 今朝と同じかな」
「ふぁぁ……すぐに収まるんじゃない?」
今朝一番の揺れが一瞬で済んだからか、フェリア住人の反応は、鈍い。
次の瞬間。
ひときわ大きな揺れが、ドン、と足元を突き上げた。視界にうつる街並みが軋みをあげる。
「――第二部隊は東、第三部隊は西! 報告不要だ。被害確認と援助を!」
リッド=ウィンツ総議長の的確な指示が、緑の護衛隊に浸透していく。
「……!」
最高権力者となれば、普通は自分の安全が優先の筈。
そういう総議長だから、あの人も、友人にしたのだろうか?
ふっと漂う、嫌な違和感。
その一瞬、ユリウスが総議長を抱えてザッと道の端へ飛び退いた。
「っ!?」
ぶわっと足元から赤黒い影が立ち上る。
ユリウスの判断は正解だった。アルヴァが咄嗟に抜いた長剣は影の勢いに弾かれ、柄を握り直すついでに身を翻してタタッと距離を取る。大通りのど真ん中。赤黒い蛇型の魔物が実体化し、大きく威嚇の牙をむく。
「こんな街中で――?!」
「……他の場所にも多数出現してますね。魔物の展覧会並みです」
「要らねぇ展覧会だな!」
総議長とユリウスの息の合った声が聞こえてくる。
それより、巨大な魔物蛇が不気味に睨んでいるのは、リッド=ウインツ総議長だ。
目の前に対峙したアルヴァを気に留める様子もない。
「総議長様、狙われています。離脱してください!」
「逃げても別の魔物に遭うだろう。倒すぞ。ユリウス!」
『風よ 我が意に従い 拘束せよ』
『水よ 我が意に従い 突き通せ!』
ゴッとユリウスの風が蛇を捕え、同時に総議長の水魔法が氷の矢として炸裂する。
魔物蛇は一瞬で穴だらけになり、砂化して崩れていった。
二人の連携も凄いが、総議長が戦えるなんて、万能すぎるだろう。
「……失礼しました。心配の必要は無かったようですね」
「いや、正しい判断だ。しかし街中に魔物とは……地震のせいなのか……?」
いつのまにか揺れは止まっている。
だか、街中の各所から住人達の悲鳴が聞こえてくるのは、たぶん、魔物のせいだ。
「やれやれ、街中の魔物に対応しなくてはね。護衛団は仕事してくれるでしょうが、国防院も動かしましょうか」
「ああ、急いで官公庁に戻ろう。すまない、アルヴァ。君は他にも出現した魔物の討伐にまわって欲しい。こちらのことは心配ないから」
そういって総議長とユリウスが駆け出した背中を、一瞬、見送ってしまった。
退魔師としての実力もあるなんて、どんな為政者だ。……だが、魔物が獲物を選択するのには、理由がある。戦えるとはいえ、もしも今総議長の身に何かあれば、協会の方針も揺らぎかねない。
アルヴァは大通りを外れて、商店街の屋根伝いに二人の後を追った。
ざあ、と小鳥の一群が上空を旋回し、小さな集団が時折市街地に急降下していく。
あの鳥達の行動は、発生した魔物に対処しようとしているかのようだ。
「……自然までもが、総議長の味方みたいだな」
正直、羨ましいと思ってしまう。同世代にして一国の最高権力者。
なにより、探し続けていたあの人と親交を深めていたこと――。
旋回していた鳥の一群が、突然パッと散った。禍々しく赤黒い霧が、ぶわっと辺りに溢れる。
「っ!?」
咄嗟に外套で鼻と口を塞ぐ。
――霧状の魔物。呼吸器に入り込み、神経毒のように攻撃してくる。
動けなくなるのはまだマシだ。
深く侵食されると、身体を乗っ取られることも――。
(……総議長……!)
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