◇◇◇世界を支配する魔女をおいかけて◇◇◇
ー/ー教会に戻ると、リースの荷物はきれいに消えていた。
片づけに追われていた教会の聖使達も、気付かなかったようだ。
「うぇ~ん! リース様の馬鹿~! 私を置いて行っちゃうなんて~!」
「だから、調査と一緒に、リースも探す。静かに支度してくれ。アクア」
あのあと迷子になっていたアクアを見つけ出して、古本屋の調査は聖女に任せ、東地区に向けて出発する事にした。
とにかく普段からリースの動きは速い。1人なら、その速さは人外の筈だ。
魔物だったのだから。
アクアにとっては、魔物だろうが人だろうが、全く関係無いようだが。
ノーリは買い出し諸々、準備をしてくるとのことで、街の東門で待ち合わせになっている。
リュディア王国中央教会直属の立場にあるアルヴァとアクアとは違って、彼はいっとき行動を共にする、自由な魔女探しだ。信用できる人間かどうかは、道中見極めることにした。
協会を代理代表しているシヅキも、疑心暗鬼にはならないように言っていたが、魔女の手下かもしれないという心構えだけは、忘れてはいけない。疑心暗鬼になるということと無防備であるという事は、別のものだ。
「あれ? フェイゼル=アーカイルの本、厳重に包んでたのに、1回出したの?」
文句を言いながらも荷物を直していたアクアが、目敏く本を包装していた包みに目をとめた。
彼女は感情的な言動ばかり目立つが、突然鋭い所を衝いてくるところがある。
「あぁ。古書店で突然話しかけてきたから、出したんだ。重要な事を言いかけて消えたんだが」
「なになに? 初耳。何て言ってたの?」
「……魔女探しには、魔女を倒すことはできない。社会的な影響的を持つ為政者の善政が行き渡る事が、魔女を倒すという事だと言っていた」
「ん? ちょっと意味わかんない」
「いや、そのままの意味だと思うが」
アクアは首を傾けたまま、本の包みを色々な角度にかざしてみてみた。
が、そのままスッとアルヴァの荷物に入れる。
「難しい事は任せるから、ちゃんと持っててね!」
「……わかった」
そもそもアクアは、リースを慕ってついてきている。戦力的には心強い実力を持っているが、リースがいない今、戦略的な期待はしない方が良い。
あらゆる事について、疑えばきりがない。
――幼い頃から一緒に行動してきたリースが、魔物だった。
今回唐突に行動を共にする事になったノーリも素性の信憑性は怪しいが、それを言い出したら誰も信用できなくなる。
『誰もが信用できない』
それこそが、魔女の手下の、壮大な罠なのではないだろうか?
魔女の手下については、実害のある悪評しか情報が入ってきていない。アルヴァからみれば、魔女とは別に考慮すべき存在だ。
そもそも「魔女の手下」というのは、本当に手下なのか?悪行を働いている人間が、手下を名乗っているという可能性については、誰も指摘していない。
協会の発起人であるクレイ=ファーガスの体験談。
いま協会に集結している魔女探し達は、それを鵜呑みにしている。魔女を打倒する、切り札のように感じている。『魔女探しの協会』という新たな連携関係を築いたクレイを貶めるようなつもりはない。癖の強い魔女探しの活動を統制するという観点からしても、優れた組織だと思う。
しかし――何が真実で、何が虚構なのか。
それは人の噂話ではなく、自分自身で体験したうえで、判断することだ。
魔女と、同じように。
服装を改めた『光明の聖女』様が、見送りに出てきてくれた。
丈の長い聖衣の、きちんとした雰囲気の聖女姿。可愛い薄紅色の私服姿との雰囲気の違いは、意外と大きい。
野営に割く手間を考えて、長旅は朝早く出発することが多い。しかし昼夜関係無く行動するリースの行動速度を考え、準備を整え次第、すぐに出発することにした。そういう事情も察した様子で、聖女様も夕方の出発については何も言わない。
少し雨が降ってきそうな夕方の風が、門前に着いた馬車の土煙を足元に留めてくれる。
「聖女様。お見送り、ありがとうございます。雨も降ってきそうですし、どうぞ中へ――」
中央都市の教会の聖女という立場は、規定はないが、国内に於いては上級貴族と同じような立ち位置にある。
そういう自覚があるのか、ないのか。
ミラノ=アートは、真剣な眼差しをあげた。
「古本屋さんは、私に任せて下さい。何かあれば、すぐに連絡鳥を飛ばしますね。あとシヅキさんから、定期的に連絡鳥を飛ばすようにって言っていました。困った事があったら、助けに行けますから」
「助かります。リースの事は……まだ、口外しないで頂けますか?」
「勿論です。お会いできたら、ごめんなさいって伝えて下さい」
堂々としていた聖女が、申し訳なさそうに目を伏せた。私服姿をみた後だからか、年相応の女の子の表情にみえる。
「そんなに気に病まないで下さい。リースの放浪癖は、いつものことです。東地区で捕まえてきますよ」
悪いのは確実に、黙っていた、リースだ。
このフェリア教会の聖女が、魔物を消す『光明の聖女』だというのを、わかっていて、近付いたのだから。
軽く笑んで見せたのに合わせるように、ミラノも、眉を寄せたまま少しだけ表情を綻ばせる。
「……それと、これを持っていってください。セト先生が翻訳してくれた、創世記の最初の所の写しです。まだ公開の許可は取れてませんけど、何か、役に立つかも知れません」
「ありがとうございます。慎重に扱います」
薄い封書を渡したミラノの小柄な手が、ツン、と旅装の袖口を、掴む。
少しだけ俯いた薄茶色の眼差しが、ゆれている。
「あの……アルヴァさんは、魔女の誤解を解く為に、探されているんですよね。……あの人のこと、どう思っているんですか?」
――どう、とは……。
「……どうしようもなく、大切な何か、です。初めて会った時から、守らなければいけないと思った。魔女探し達の目的を妨げるのは、魔女の手下でも、リースでもなく、俺かも知れませんね」
アルヴァの不穏な言葉に、ほっとしたように笑んだミラノの目から涙が滲む。
「ごっ、ごめんなさい。なんだか、怖かったんです。……旅のご無事を、お祈りしていますね」
ごし、と目を擦る聖女の頭を撫でたくなったのは、自重する。
教会の正門でして良い事ではない。
アクアが覗き込んできたのに、パッとミラノから離れて、直立で左手を胸に添えた。
メルド湖沼地帯から遠くない所で、魔物に手掛かりを訊いてまわる。
危険度の高さは、通常の魔物退治とは比較にならない。だから、そのやり方は、言わないでおく。
「――必ず、見つけ出します。……待っていて下さい」
冬に向かう冷えた風が、背中を叩いた。
◇◇◇東の空の朝焼けへ◇◇◇
フェルトリア連邦国 中央都市フェリア。行政機関である人事院の、地下牢。
この中央都市で重大な犯罪を犯した人間が、裁判を待つ間に収容される場所だ。
レギナは、その一角に収容されていた。
「……はぁ。なんで、生かされたのよ……」
燭台の明かりがひとつだけ灯された地下牢で、目を醒ましたレギナは、息をついた。
地下牢。殺人事件を起こして、次に目を覚ました場所としては、納得の場所だ。第2皇女には、即刻切り捨てるように叫んだ筈だが。リーオレイス帝国内ならもう自分は切り捨てられていただろう。だが、ここは平和なフェルトリア連邦だ。問題が複雑になることに、息を吐いた。
――あの男性は、10年前に言葉を交わした事もある、魔女の擬態だ。
そう周囲に説明したところで、10年前と同じで、なかなか信じる人間はいないだろう。
皆が信じないうちにダラダラと状況は変わり、結局、逃がしてしまうことになる。
だから、見つけた瞬間に、殺した。
先手必勝とはこのことだ。
これで、魔女が世界を支配する世界は、おわる。
自分の人生もおわるだろうが、長い歴史の終止符を打つ事が出来るなら、上出来な締め括りだ。
それに誰も気づかなかったとしても、世界は、ゆっくり変わっていくだろう。
「ひさしぶり。レギナ=クッシュ」
何気ない、静かな女性の声。
死体の白衣を纏った人間が、鉄格子の向こう側に、佇んでいた。
「ツァーレ帝王から奪った力、折角貴女にあげたのに、返したんだね。確かに使い道は任せたけど」
急速に、喉が、渇く。
「……致命傷だった筈……。まさか、不死身だとでも……」
それに、白衣の女性は、小さく首を傾げた。
「心臓を刺したぐらいで、私が死ぬ事は無いよ。すごく、目は覚めたけど」
「……は……はは……なにそれ。私、馬鹿みたい……」
外交上の問題を超越した、英断の筈だった。なのに、問題だけを残して、魔女はこうして、健在だ。リーオレイス帝国人としてあるまじき失態。あとは、死ぬだけだ。――多くの仲間達のように。
「顔色が悪いよ。大丈夫?」
「大丈夫な訳ないでしょ! なんで、心臓刺したのに、生きてんのよ……!」
「心臓は私の一部だけど、私じゃないから」
「そういう屁理屈はもう結構、外交問題とか面倒だから、早く私を殺しなさいよ!」
勢いの会話に息をついて、レギナはちらりと目をあげた。
「じゃあ、殺していい? セトの、おかえしに」
言う事は普通じゃなかった。
しずかに鉄格子に触れてくる仕草に、ひやりとする。
どう転んでも、未来はない。
「……どうして総議長と一緒にいたの? 国を陰ながら操るって、そういうこと?」
「私、国の偉い人に何かした事は無いよ。面倒臭いし」
「じゃあ悪政の裏に魔女の支配があるって話は?」
「悪いことを全部私のせいにしてくれているんだよね。面倒臭くなくて、助かってる」
「……わざと、悪の根源になってるって、事なのね」
鉄格子に触れていた魔女の細い指先が、するりと外れる。
「そう。私ひとりが、諸悪の根源。戦争を無くせるなら、それで良い」
さらりとした茶髪のしたで、魔女の緑色の瞳が、揺れる。
それで、はじめて彼女の瞳が緑色になっているのに、気付いた。
これが、300年、世界を支配している魔女――。20代半ばのセトから女性の姿に変容したからか、10年前に見た時よりも、大人の女性にみえる。
「私の身体に刃を届かせたのは、貴女だけ。貴女はこれから、どうしたい?」
「どう、って……」
する、と魔女の影から深い青色の蛇が現れる。
帝王と戦闘になった時に見た、あの強大な羽根蛇とは違う。
「忠節のレギナ。あなたに、敬意を。これは私からの贈り物よ」
深い青色の蛇。
足元からするりと登ってきて、これで殺されるのかと思ったのに、懐くように肩に乗った。
赤黒い魔物とは違う。帝王が使役する、水龍と似ている。
「……どうして、また私を、殺さないの?」
魔女を探しだす為に多くの仲間を喪ってきた。
惨敗した帝王の力を奪った元凶たる魔女は、その力を渡して、消えた。
そして今も、一方的に、力を渡してくる――。
世界的にも憎むべき対象に優遇されているわけが、わからない。
顔をあげると、もう魔女の姿は、なかった。
◇◇◇
「――もう、充分だったでしょう」
冬が近づく風の中、日が傾く時間帯に、白い短衣を一枚だけ、というのはかなり肌寒い。小さくクシャミをしたところに、静かな男の声がそういって近付いてきた。
「……うん。これで良かった。ねぇ、何か暖かい着るもの持ってない?」
細い手足が薄い短衣から出ていると、自分の身体なのに、久しぶりで変な感じがする。厚手の外套を外した男の白い髪がふわりと冷たい風に揺れた。そっと丁寧に肩に掛けられた彼の外套は、どこか、薬臭い。
「じじくさい臭いがする」
「古書にのめり込んでいた誰かほどではありませんよ。薬の勉強をしていたんです。次の立ち回りに、使えるかと思いまして」
「薬は、毒にもなる。――刃の効かない私を毒殺するのは、実は簡単かも知れないわね」
「ご冗談を。僕は、貴女の奴隷ですよ」
足元に膝をついた彼の白い髪は、フェイ――フェイゼルと、同じ血筋のものだ。
素足にトンと唇が落ちてきて、少しだけ、暖かくなる。
「……最近は、ノーリ、と名乗っています。協会と本のおかげで、本名が出せなくなりましたから」
「その、白い髪もね」
「奴隷を解放した現フェルトリア議会は、どうするつもりですか? 崩壊させましょうか」
穏やかな貌のしたに、黒い影がちらついた。
「……放っておきなさい。どこまでやれるか、見せて貰うわ」
よく晴れた星空の下で、どこまでも、冷たい風が吹き抜ける。
創世記の時代。夜空に浮かんでいたといわれる「つき」の光は、暖かかったのだろうか。
魔物を解放する、光明の聖女。
フェルトリア連邦総議長。
シェリース王国の女王。
それに、魔女探しの協会。
おそらくリーオレイス帝国も、足並みを同じくしようと動くだろう。
やっと、役者が揃いはじめた――。
東街道は大勢の魔女探し達が使った馬車の轍で、ちょっとした悪路になっている。
白い奴隷がフェリアの街中に消えていくのを片目でみて、冷えた暗い道を、歩きはじめた。
「おーい、こんな所を一人で歩くなんて、危ないぜ、お姉さん」
車輪をガタガタいわせながら通りがかった馬車の馭者が、声をかけてきた。
「それに街は反対の方だ。今から明かりも無しで何処に行くんだ? 金があれば、乗せてやるぞ」
辻馬車か。
魔女探し達が街中の馬車を使いきってしまった訳ではないらしい。
「乗り物なら持っているから、大丈夫」
足元を、羽根蛇がぐるりと回りながら音もなく巨大化する。
その背中にひらりと飛び乗れば、少しだけ、楽しくなる。
ぽかんと青い顔で見上げた馭者に、にっこり笑顔を残して、スルリと蛇の身を道の先へおどらせた。
東へ――
まどろみの先で、朝焼けが迎えてくれるだろう。
続
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